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第三章 魔物の巣へ
4、魔素中毒
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ユキ達はその後も襲いくる蟲たちから逃げ惑うことになった。
魔物化する前の特性を持っているからか、一匹一匹はガレート達でも対処可能なのだが、とにかく数が多い。
巨体となってなお群れで行動し、生命力も強い。
音や匂い、地面の震動にまで反応し現れるものだから、気が休まる時がない。
一番危険だったのは、歩いている地中から飛び出してきた蟻だろう。
アッバスとガレートの警戒など嘲笑うかのように足元から集団で現れた。
その甲殻は剣を弾き、仲間が多少減ってもなお逃げることなく仲間を呼び集める。
強酸を吐き、針で突き、強靭な顎で切り裂こうとする。
逃げても匂いや足音をどこまでも追ってくる。
お陰で数に限りある殺虫剤の煙幕を三つも使うはめになった。
「虫除けを焚く。煙いだろうが我慢してくれ」
「屋根があれば良かったんだけどね。雨が降らないことを祈ろう」
「大丈夫」
三人が余裕で寝転がれるほどの巨大な岩盤を見つけ、そこで一夜を明かすことになった。
最初に休めそうだと思った広めの横穴は、魔物化した巨大ムカデの巣であった。
アッバスがその存在に気付き、ムカデたちに見つかる前に脱出できた。
陽が落ちきる前にこの岩盤を見つけられたのは運が良いとしか言いようがない。
岩盤の上であれば足音を聞きつけられることもない。
周囲の木々は魔素に耐え切れず朽ちたのか、高い木はなく見晴らしも良い。
虫除けのお香の匂いと煙を嫌うのか、空から寄ってくる蟲もいなかった。
「火が焚けないから、寒いかもしれないけど」
「スコットにくっついているから平気」
虫の走光性を警戒し、焚火はせずに街で購入したサンドイッチを食べた。
このところ野営でもちゃんと調理したものを食べていたせいか、ユキには少し物足りなく感じた。
この世界に来る前は空腹状態が常だったのに、満腹まで食べれられる状況にずいぶんと慣れてしまっていたようだと、ユキは自嘲気味に口元を緩める。
そんなユキの心情などアッバスとガレートは知る由もなく、スコットを胸に抱き微笑むユキが可愛らしく見えていた。
街道に足を踏み入れた時からユキにだけ見えている黒い靄は、ここでも上空に漂っている。
不思議なことにそれでも星空が透けて見えている。
黒い靄が視界を塞ぐことはないのもまた不思議だった。
ふとユキは、アッバスとガレートの顔色が悪くなっているように見えた。
それは星明りの下だからそう見えるのかもしれない、とユキは思おうとしたが、不安を拭いきることはできなかった。
「ねぇ、大丈夫?」
「あぁ」
「大丈夫だよ」
何でもない、少し疲れただけさ、と気丈に振る舞う二人。
やはり気のせいだったか、とユキが思おうとした時、アッバスが座り込んだ。
「やっぱり少しだけ休ませてもらおうかな」
「そうだな。危険な場所だからこそ、不調は隠さない方が良い」
「そう言うガレートこそ、呼吸乱れてるよ?」
「チッ……。俺が見張っとくから、先に休め」
心配するユキに、再度ちょっと疲れただけだから大丈夫だと笑うアッバス。
だが、ユキを抱えて走っても息が乱れないほどの二人が、ユキより先に疲れるなんてことはやはり普通の状態ではない。
そう感じたものの、ユキにはどうすれば良いのかわからなかった。
そこで、これまで体力保持のため喋ることすらしなかったスコットが口を開く。
「魔素中毒になりかけてるね。これ以上進まない方が良い」
「……ユキちゃんは、平気なのかい?」
「ユキは魔素に対して耐性があるからね」
スコットの忠告に一瞬悔しそうな表情になった二人だったが、すぐにユキの体調を気遣う。
しかし、ユキには全く異常などなく健康そのものであった。
魔素に冒された世界を救う存在となるべく、スコットがそう創ったからだ。
他に冒険者の姿が見えないことを確認して、鞄から2号も出てきた。
「俺が警戒しておくから、二人は休んでいていいぞ!」
「そうか……すまん」
2号もまた魔素には耐性があるのか、ぴんぴんしている。
一方でスコットもかなり辛そうだ。
それもそのはず。霊素を生命力にしているスコットには、魔素に満ちたこの場所は猛毒の沼にも等しいのだ。
ユキは水の精霊に頼んで冷たい水を出そうとしたが、何の反応もない。
どうやら、魔素が濃い場所では精霊術が使えないようだ。
仕方なく鞄から水筒を出し、二人に渡した。
「ユキ、前に修繕の力を教えたでしょ。その応用で、魔素を霊素に戻してみて」
「ん、やってみる」
いつも寝る前に能力の練習をしていたが、魔素を霊素に戻すというのは初めてだった。
ユキは深呼吸をして、一番楽な姿勢を取るべく横になる。
修繕の力を揮う時には、治したい物に触れないとまだ上手く力を出すことができない。
そこで、ユキはまず魔素とは何かを考えた。
(不思議……あたしは、それを知っている……)
知らないはずなのに、考えるとまるで最初から知っているかのように知識が浮き上がってくる。
それもまたスコットが与えたユキの能力なのだが、ユキはまだ知らない。
自分にしか見えていなかったあの黒いもやこそが魔素なのだとユキは認識した。
それが、スコットやアッバス、ガレートを苦しめていることに怒りを覚える。
ユキは上空に漂うもやに向けて両手を伸ばした。
(魔素も元々は、霊素……なら、修繕と一緒だ)
本来のあるべき姿へと戻るよう念を込めて、ユキは力を掌に集める。
そして、それをもやに向けて放つ。
直接触れずに力を伝えるのは初めてだったが、視認できているのが良かったのだろう。
ユキの手から放たれた光は、もやにぶつかると周囲のもやを飲み込むように広がっていく。
やがて、それは光の粒子となって慈雨のように辺りに降り注いだ。
魔物化する前の特性を持っているからか、一匹一匹はガレート達でも対処可能なのだが、とにかく数が多い。
巨体となってなお群れで行動し、生命力も強い。
音や匂い、地面の震動にまで反応し現れるものだから、気が休まる時がない。
一番危険だったのは、歩いている地中から飛び出してきた蟻だろう。
アッバスとガレートの警戒など嘲笑うかのように足元から集団で現れた。
その甲殻は剣を弾き、仲間が多少減ってもなお逃げることなく仲間を呼び集める。
強酸を吐き、針で突き、強靭な顎で切り裂こうとする。
逃げても匂いや足音をどこまでも追ってくる。
お陰で数に限りある殺虫剤の煙幕を三つも使うはめになった。
「虫除けを焚く。煙いだろうが我慢してくれ」
「屋根があれば良かったんだけどね。雨が降らないことを祈ろう」
「大丈夫」
三人が余裕で寝転がれるほどの巨大な岩盤を見つけ、そこで一夜を明かすことになった。
最初に休めそうだと思った広めの横穴は、魔物化した巨大ムカデの巣であった。
アッバスがその存在に気付き、ムカデたちに見つかる前に脱出できた。
陽が落ちきる前にこの岩盤を見つけられたのは運が良いとしか言いようがない。
岩盤の上であれば足音を聞きつけられることもない。
周囲の木々は魔素に耐え切れず朽ちたのか、高い木はなく見晴らしも良い。
虫除けのお香の匂いと煙を嫌うのか、空から寄ってくる蟲もいなかった。
「火が焚けないから、寒いかもしれないけど」
「スコットにくっついているから平気」
虫の走光性を警戒し、焚火はせずに街で購入したサンドイッチを食べた。
このところ野営でもちゃんと調理したものを食べていたせいか、ユキには少し物足りなく感じた。
この世界に来る前は空腹状態が常だったのに、満腹まで食べれられる状況にずいぶんと慣れてしまっていたようだと、ユキは自嘲気味に口元を緩める。
そんなユキの心情などアッバスとガレートは知る由もなく、スコットを胸に抱き微笑むユキが可愛らしく見えていた。
街道に足を踏み入れた時からユキにだけ見えている黒い靄は、ここでも上空に漂っている。
不思議なことにそれでも星空が透けて見えている。
黒い靄が視界を塞ぐことはないのもまた不思議だった。
ふとユキは、アッバスとガレートの顔色が悪くなっているように見えた。
それは星明りの下だからそう見えるのかもしれない、とユキは思おうとしたが、不安を拭いきることはできなかった。
「ねぇ、大丈夫?」
「あぁ」
「大丈夫だよ」
何でもない、少し疲れただけさ、と気丈に振る舞う二人。
やはり気のせいだったか、とユキが思おうとした時、アッバスが座り込んだ。
「やっぱり少しだけ休ませてもらおうかな」
「そうだな。危険な場所だからこそ、不調は隠さない方が良い」
「そう言うガレートこそ、呼吸乱れてるよ?」
「チッ……。俺が見張っとくから、先に休め」
心配するユキに、再度ちょっと疲れただけだから大丈夫だと笑うアッバス。
だが、ユキを抱えて走っても息が乱れないほどの二人が、ユキより先に疲れるなんてことはやはり普通の状態ではない。
そう感じたものの、ユキにはどうすれば良いのかわからなかった。
そこで、これまで体力保持のため喋ることすらしなかったスコットが口を開く。
「魔素中毒になりかけてるね。これ以上進まない方が良い」
「……ユキちゃんは、平気なのかい?」
「ユキは魔素に対して耐性があるからね」
スコットの忠告に一瞬悔しそうな表情になった二人だったが、すぐにユキの体調を気遣う。
しかし、ユキには全く異常などなく健康そのものであった。
魔素に冒された世界を救う存在となるべく、スコットがそう創ったからだ。
他に冒険者の姿が見えないことを確認して、鞄から2号も出てきた。
「俺が警戒しておくから、二人は休んでいていいぞ!」
「そうか……すまん」
2号もまた魔素には耐性があるのか、ぴんぴんしている。
一方でスコットもかなり辛そうだ。
それもそのはず。霊素を生命力にしているスコットには、魔素に満ちたこの場所は猛毒の沼にも等しいのだ。
ユキは水の精霊に頼んで冷たい水を出そうとしたが、何の反応もない。
どうやら、魔素が濃い場所では精霊術が使えないようだ。
仕方なく鞄から水筒を出し、二人に渡した。
「ユキ、前に修繕の力を教えたでしょ。その応用で、魔素を霊素に戻してみて」
「ん、やってみる」
いつも寝る前に能力の練習をしていたが、魔素を霊素に戻すというのは初めてだった。
ユキは深呼吸をして、一番楽な姿勢を取るべく横になる。
修繕の力を揮う時には、治したい物に触れないとまだ上手く力を出すことができない。
そこで、ユキはまず魔素とは何かを考えた。
(不思議……あたしは、それを知っている……)
知らないはずなのに、考えるとまるで最初から知っているかのように知識が浮き上がってくる。
それもまたスコットが与えたユキの能力なのだが、ユキはまだ知らない。
自分にしか見えていなかったあの黒いもやこそが魔素なのだとユキは認識した。
それが、スコットやアッバス、ガレートを苦しめていることに怒りを覚える。
ユキは上空に漂うもやに向けて両手を伸ばした。
(魔素も元々は、霊素……なら、修繕と一緒だ)
本来のあるべき姿へと戻るよう念を込めて、ユキは力を掌に集める。
そして、それをもやに向けて放つ。
直接触れずに力を伝えるのは初めてだったが、視認できているのが良かったのだろう。
ユキの手から放たれた光は、もやにぶつかると周囲のもやを飲み込むように広がっていく。
やがて、それは光の粒子となって慈雨のように辺りに降り注いだ。
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