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第三章 魔物の巣へ

6、あたしのせいだ

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 宿場町リーベと思われるものが見えてきた。
 思われる、というのも、緑に呑み込まれ森と一体化してしまっているからだ。
 蔦や草で覆われた町を囲む獣除けの塀から、巨木が連なっているのが見える。
 その巨木の枝の隙間やウロの中に、ガラスや壁の一部が残っていた。

「残っている建物があれば、久々に屋根の下で寝れるな」
「もうすぐ日が暮れるよ。早く行こう?」

 町に向かってユキは駆け出した。
 先に行ってはダメだと、アッバスとガレートが慌てて追いかける。

 まだ目的であるロットまでは遠い。
 しかし、その中継地点であったリーベが見えたことで、ユキは目的地が少し近づいたような気がした。
 スコットの命を脅かす装置を一刻も早く見つけたかった。

「危ない!」

 アッバスが叫ぶ。
 ユキの体が浮く。
 全身に衝撃が走り、ユキは一瞬呼吸を忘れる。

「う……アッバス……?」

 目を開けると、ユキはアッバスに抱えられた状態で地面に転がっていた。
 しかし、身じろぎしてもアッバスがどかない。

「アッバス? アッバス!」
「ユキ、動くな! そのまま伏せてろ!」

 アッバスに呼びかけても、揺り動かしてみても反応がない。
 ガレートの怒鳴る声がして、起き上がりかけたユキは再び地面に伏せる。

 頭上で金属が擦れる音がした。
 獣の唸り声。
 目の前に振り下ろされたネコ科の獣の足。

(ライオンだ!)

 それは、ユキの世界にいた動物とよく似ていた。
 違うのは、尾が蛇であること。翼が生えていること。目が紅く光っていること。
 依頼を受けた際にギルドで聞いた獅子型の魔物だと、ユキは悟った。

 ――ガルルルルル

 低音の唸り声が響く。
 ザ、と音がしたかと思うと、ユキの目の前に尾の蛇が落ちてきた。
 切り離されて半身がないにも関わらず、ユキ目掛けて飛び掛かってきた。

「キャッ!」

 咄嗟に腰につけていた短剣を振り抜く。
 地面に伏せた体勢では蛇を斬ることなどできなかったが、叩き飛ばすには十分だった。
 飛ばされてなおユキ達を狙おうとした蛇だったが、本体であるはずの獅子に踏み潰され動かなくなった。

「ふぅ……アッバス、大丈夫?」

 呼吸を落ち着かせて、再度アッバスを揺さぶるがやはり反応はない。
 けれど、呼吸はある。
 アッバスが死んでいないことにホッとしつつ、ユキは様子を伺う。

 獅子は伏せているユキ達ではなく、ガレートに狙いを定めているようだ。
 自分の一部を斬り離したことで怒ったのか、執拗に前足でガレートに攻撃を仕掛けている。
 ガレートは獅子の攻撃を軽く流し、なお獅子に傷を負わせていく。

「ガゥッ!」

 獅子が一声吠えたかと思うと、火の粉がユキの所まで飛んできた。
 そっと顔だけ上げて獅子の方を見ると、獅子の鬣が燃えている。
 しかし、獅子は火を熱がるでもなく、火の玉を自分の周囲に浮かべ始める。

「チッ、そう簡単には倒されてくれないか」

 忌々しそうに舌打ちするガレート。
 だが、それでも苦戦している様子ではない。
 どういう仕組みなのかガレート目掛けて飛ぶ火の玉を、ガレートはあっさりと切り捨てる。
 依然流れはガレートが優勢であった。

 ユキは獅子の気を引かないよう、ゆっくりと動く。
 アッバスの腕をそっとどかし、その胸元から抜け出す。
 ガレートの戦闘の邪魔をしないよう体を低くしたまま、アッバスの状態を確認する。

「!」

 側頭部と左腕が血で染まっていた。
 革製の肩当ては裂け、肘まで裂傷が走っている。
 爪に毒でもあったのか、傷口は紫色のシミが広がっていた。

(あたしのせいだ……。あたしが、勝手に走ったりしたから……)

 自分のせいでアッバスが死んでしまう、と顔面蒼白になるユキ。
 その時、2号とスコットが小声で話しかけてきた。

「落ち着け、ユキ。大丈夫だ。まずは傷の手当をしよう」
「2号の言う通りだよ、ユキ。思い出してごらん。ユキの力は何だっけ?」
「あたしの、力……? あっ!」

 ユキはこの世界に来てから毎日訓練していた再生の力のことを思い出す。

「人間も霊素でできているからね。ユキの力が使えるよ」

 スコットに促され、ユキは頷く。
 顔を少し上げると、ガレートと獅子が遠くにいた。
 どうやらガレートが少しずつユキ達から離れるよう誘導しながら戦ってくれていたようだ。

「今なら……」

 獅子とガレートのことは考えないよう、目の前のアッバスに集中する。
 訓練の時のように、息を短く吸い、長く吐く。
 それから空気を肺に貯めるように、お腹の中心に神力を集める。
 集めた力を、手のひらに移動させる。

「アッバスを、怪我する前に戻す」

 薄っすらと光る手をアッバスの頭と肩に添える。
 口に出すと、いつもの笑うアッバスの姿が思い浮かんだ。

(お願い、治って……)

 祈るように神力を送ると、光がユキの手からアッバスの傷へと移り、吸い込まれるように消えた。
 しばらく待ってみる。
 しかし、アッバスが起きる気配はない。
 それどころか、じわじわと紫のシミが広がり、塞がりかけた皮膚が溶けるように傷口を開いていく。

「ユキ、これ、毒消し」

 2号がユキの鞄から毒消しの瓶を取り出す。虫よけの薬を買うときに一緒に買ったものだ。
 泣きそうになっていたユキは、その瓶のラベルを確認する。
 似たような種類の薬を多数購入したユキ達のために、雑貨屋の主人は使い方を書いておいてくれていたのだ。

「キャップを外し、患部に刺す……」

 正直、この毒消しが獅子型の魔物の毒に効くかはわからない。
 けれど、これが効かなければ内服用の毒消しだってある。
 迷っている暇はない、とユキはコルクの蓋を取った。

 瓶の中央に注射器のような針がついている。
 ユキはそれをアッバスの変色した肩に刺した。

「お願い、効いて……」

 ユキは祈りながら、再生の力を注ぎ続ける。
 だんだんと肌の色が元に戻り、傷が塞がったのを確認したところでユキは力尽きた。
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