配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

文字の大きさ
49 / 64
三通目 親子の情

#12

しおりを挟む
「子供? 誰の?」
「俺の」
「……この、馬鹿者がぁぁあ! 結婚もしないうちからよそ様のお嬢さんに手を出す奴があるかぁぁっ!」

 衝撃的なお兄さんの一言に一瞬固まったお爺さんは、また怒り爆発といった感じで拳を振り上げた。

「だぁぁっ! ちょ、最後まで聞けよっ! つかこの体マジで借りもんなんだって!」

 再び拳を受け止めたお兄さん。喧嘩慣れしてるというか何というか。日常茶飯事だったのだろうか?

「ちょっと部屋行くから、待ってろ」
「あっ、敏郎待て!」

 縁側から靴を脱いでひょいっと中に入るお兄さん。
 お爺さんは呼び止めるけど、追いかけてこない。

 不思議に思いつつも、お兄さんは部屋に入る。
 ギターケースに、楽譜。外人の歌手が映った大きなポスター。それらを懐かしい気分で眺めた後、机の引き出しをごそごそと漁る。
 そして目当ての物を取り出すと、またお爺さんのいる縁側に来た。

「敏郎、これはいったい、どういう事だ?」

 お爺さんが僕の靴を持って困惑したように聞いてくる。
 それはそうだろう。
 今、僕の身体はお爺さんにとってお兄さんに見えているのだろうが、僕から離れた靴は本来のサイズに見える。
 お兄さんが履くにはあまりにも小さい、子供の靴だ。

「だから、借りもんだって言ってんだろ。すぐに返す約束だから時間がないんだ。親父に頼みがある」

 そう言って取り出したのは、部屋から持ち出した通帳。

「親父は俺がプラプラ遊んでるって思ってたかもだけどさ、俺、ちゃんと働いてたんだよ。もちろん、歌手になるって夢を捨てきれてなかったけど」
「これは……」

 お爺さんは通帳の中身を見て驚いた顔をする。

「好きな女ができてさ、一緒になるつもりだったんだ。結婚資金だって貯めてた。そいつが夢を追う俺が素敵なんて言ってくれて。だから、親父の言葉にあんなに反発しちまったんだ。」
「その、相手の女性は……?」

 葬式にはそれらしい女性は来なかったぞ、とお爺さんが言う。

「つわりが酷くて入院してる。大沢総合病院の東棟201号室だ。きっと、俺が死んじまったことも知らねぇ」

 妊娠が発覚してから、吐いてばかりで食事を碌に取れなくて、母子ともに危ないと入院することになったらしい。

「親父には、そいつ――一花のことを頼みたい。勝手を言ってるってわかってる。でも、俺の子供のことで苦しんでいるのに、放っておけないんだ。この金は、一花と一緒になるために貯めた金だ。だから、子供を降ろすなり、産んで育てるなり、一花に使ってもらいたい。一花がどんな選択をしても、一人で生きていけるようになるまで、娘として支えてやって欲しいんだ」
「何で俺が。そのお嬢さん……イチカさん? にだって、家族くらいいるだろうが?」
「一花には家族はいない。中学生の時に両親を事故で亡くして、祖父母も二年前に亡くした。他に親族はいない」

 首を横に振って、お兄さんは続ける。

「なぁ、頼むよ。一花にはもう、頼れる人がいないんだ」
「……はぁ。で、いつ産まれるって?」

 呆れたようにお爺さんは言う。それでも、縁側でずっと外を眺めていた姿より生き生きしている。

「えっと……確か……再来月?」
「この、ばっかもんがぁぁぁ!」

 お爺さんのチョップが飛んで、受け止め損ねて脳天に刺さった。かなり痛い。

「お前、再来月って。ほとんど臨月じゃないか! 何でもっと早く言わない?!」

 子供を降ろすのって妊娠三ヶ月までなんだって。それ以降は産むしかなくなるって。
 お爺さんが怒るのも無理ないや。

 と、ズルっとお兄さんが僕の中から出ていく。
 あ、逃げた。ずるい。

「い、痛い……」

 お兄さんが主導権を握っていた時はそんなに感じなかったけど、身体を返された途端に激痛を感じる。涙目になっちゃったけど、仕方ないよね?

「あぁっ、坊や、すまん!」

 お爺さんは僕にはちゃんと謝る。厳しいのはお兄さんに対してだけだったみたい。
 頭を押さえてプルプルしている僕を気遣ってオロオロしている。
 因みに、お兄さんはまだ気まずそうに頬をポリポリと掻きながら僕のすぐ横にいる。

 ので、この痛みのちょっとした仕返しにお爺さんに触る。もっと本音で話し合ったら良いよ。っていうかまだ肝心の謝るって本来の目的を果たしていないでしょ。

「敏夫……お前。こんな子供まで巻き込んで……!」

 あ、また始まった。でも、僕の気が痛みで逸れたのか、お爺さんには姿が視えるようになっただけで、その拳はお兄さんをすり抜けていく。

『親父、この通帳と、指輪を一花の所に持って行ってくれねぇか?』
「お兄さん、直接渡したら? で、ちゃんとお別れしたら良いよ」
「どういう絡繰りかは知らんが、俺もそう思うぞ、敏夫。こうして話せるって言うなら、自分でしっかりけじめをつけてこい」
『……そう、だな。親父、それでも、一花を頼みたい。紹介するから、一緒に来てくれるか?』
「勿論だ。息子の、嫁になるはずだったお嬢さんだしな」

 「そうか…俺に、孫ができるのか…」とボソッと呟いたお爺さんの言葉はお兄さんには聞こえていなかったようだけど、二人ともとても嬉しそうに僕には見えた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

処理中です...