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三通目 親子の情
#14
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『名前……名前かぁ……うん、敏一ってどうだ?』
前々から考えていたみたいで、お兄さんはあっさり候補を挙げた。
格好良い名前、と言ったから、もっとこう、キラキラネームとまでは行かなくても派手な名前を期待したのだけれど。普通過ぎてちょっと残念に思った僕に構わず、お兄さんは続ける。
『俺と、一花の名前から一字ずつ取った。一花の期待からは外れるかもだけどさ、俺と一花が確かに愛し合った証がその子になるわけだし。……何より、キラキラネームは俺あまり好きじゃなくてさ。将来名前で苦労させたくない』
「としかず……敏一か……うん、敏さんを感じられて良い」
お兄さんが生きていた証だもんね、とお姉さんは嬉しそうにお腹を撫でた。
「なぁ、一花さん? 産んだ後の事なんだが……その、一花さんさえ嫌でなければ、家に来ないか?」
「良いんですか?」
お爺さんがお姉さんに声を掛ける。
「ああ、敏郎から、一花さんにはご家族がいないと聞いた。一人で子育てをするのは大変だろう。俺の孫でもあるし、家が賑やかになると俺も嬉しい。いざ一花さんに他に好きな人ができたら、子供を置いて行って構わないよ。一花さんの幸せを最優先してくれ」
「置いて行くなんて……! そんな無責任なこと、しません!!」
『いや、親父の言う通りだよ。一花はまだ若い。他に恋人を作って、幸せになって欲しい』
お姉さんの幸せを思っての言葉なんだろうけれど。このタイミングで言うのはなぁ。ほら、お姉さんちょっと怒ってる。
「私には、敏さんだけなの! プロポーズしてくれた直後に、どうしてそんなこと言うの!?」
「敏郎をそこまで想ってくれる一花さんの気持ちは有難く思うよ。でもな、世間は残酷だ。未婚で子供を産んだ人に心無い言葉をかける人間だっているだろう。できるだけサポートするけれど、辛くなる日がきっとくる」
怒ってボロボロ泣くお姉さんにお爺さんが諭そうとするけれど、見てられないや。
「あのね、お姉さん。お兄さんは、お姉さんに幸せに暮らしてって言ってるだけ。子供と一緒にお兄さんの家で暮らすのが幸せだっていうなら、それで良いんだよ。でももしそうでないなら、お姉さんが一番幸せだと思う生き方をしても良いって。ただそれだけ。今決めなくても良いんだよ。今、お姉さんが幸せだと思う生き方をしていけばそれで良いんだ」
僕のちょっとした助け舟に、お姉さんが目を見開いて僕を見る。
『そうだよな……決めるのは一花だった。一花がどんな選択をしても、それが一花の幸せのためなら良いってことが一番言いたかったんだ』
「子育ては大変だ。いつでも頼ってくれ」
僕の言葉に二人も乗っかってくる。そうそう。大事なことはそこだよね。
お姉さんは、お爺さんに向き直ると、あまり動かない身体を動かして頭を下げる。
「お義父さん、敏一共々、ご厄介になります。宜しくお願い致します」
「無理をしないでくれ、一花さん。そんなことをしなくったって、一花さんはもう俺の娘だ。必要なものがあれば何でも遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうざいます」
『ありがとうな、親父……今まで、親孝行らしいこと全然できなくてごめんな。一花のこと、頼むな』
二人のやり取りを見ていたお兄さんが満足げに笑うと、その体が光に包まれだんだんと薄くなる。
「敏さん?!」
「敏郎?!」
自分の身体を見て、お兄さんは寂し気に笑う。
『もう時間みたいだ。一花、幸せになれよ。親父、いつも素直になれなかったけど、本当は尊敬してた。……それじゃあ、いってくる』
そう言って、お兄さんは消えてしまった。あの日、お爺さんと喧嘩して言えなかった言葉を残して。
泣き崩れるお姉さんと、それを支えるように肩を抱くお爺さん。
うん、もう二人は大丈夫そうだね。
「あ、僕もそろそろ帰らないと。それじゃあね、お姉さん。お腹の子のためにも、無理しちゃダメだよ?」
お兄さんとの約束は果たしたし、この場に僕はもう必要ない。
「ちょっと待ってくれ。君は結局、誰なんだ?」
「え? 敏さんの弟じゃないの?」
慌てて呼び止めるお爺さんと、困惑するお姉さんの声に僕は足を止めて振り返る。
「僕? 僕はお爺さんの向かいの木下家の甥っ子だよ。ちょっと幽霊が視えたり視せたりできるだけの、ただの子供」
配達人云々は言わない。だってもう二人には必要ないから。
「それじゃあ。元気な子を産んでね」
今度こそ病室を出ていくと、仕事が終わったお父さんが入口で待っててくれていた。
夜勤だったからか、凄く眠そうだ。
「今日は夏樹さんが来る日だっけ?」
「そうだよ。洗濯物とか夕飯は僕がやるから、お父さんは寝てて良いよ」
近所だから、お父さんは健康のために徒歩で通勤している。
他愛のない話をしながら、眠そうにしているお父さんと手を繋いで帰れるのが嬉しい。手を繋いでも、嫌がらないのが。嬉しいと思ってくれてるのが伝わってくるのが。
お父さんが僕を本当の子供に、って願ってくれているように、僕も、お父さんの本当の子供になりたい。
前々から考えていたみたいで、お兄さんはあっさり候補を挙げた。
格好良い名前、と言ったから、もっとこう、キラキラネームとまでは行かなくても派手な名前を期待したのだけれど。普通過ぎてちょっと残念に思った僕に構わず、お兄さんは続ける。
『俺と、一花の名前から一字ずつ取った。一花の期待からは外れるかもだけどさ、俺と一花が確かに愛し合った証がその子になるわけだし。……何より、キラキラネームは俺あまり好きじゃなくてさ。将来名前で苦労させたくない』
「としかず……敏一か……うん、敏さんを感じられて良い」
お兄さんが生きていた証だもんね、とお姉さんは嬉しそうにお腹を撫でた。
「なぁ、一花さん? 産んだ後の事なんだが……その、一花さんさえ嫌でなければ、家に来ないか?」
「良いんですか?」
お爺さんがお姉さんに声を掛ける。
「ああ、敏郎から、一花さんにはご家族がいないと聞いた。一人で子育てをするのは大変だろう。俺の孫でもあるし、家が賑やかになると俺も嬉しい。いざ一花さんに他に好きな人ができたら、子供を置いて行って構わないよ。一花さんの幸せを最優先してくれ」
「置いて行くなんて……! そんな無責任なこと、しません!!」
『いや、親父の言う通りだよ。一花はまだ若い。他に恋人を作って、幸せになって欲しい』
お姉さんの幸せを思っての言葉なんだろうけれど。このタイミングで言うのはなぁ。ほら、お姉さんちょっと怒ってる。
「私には、敏さんだけなの! プロポーズしてくれた直後に、どうしてそんなこと言うの!?」
「敏郎をそこまで想ってくれる一花さんの気持ちは有難く思うよ。でもな、世間は残酷だ。未婚で子供を産んだ人に心無い言葉をかける人間だっているだろう。できるだけサポートするけれど、辛くなる日がきっとくる」
怒ってボロボロ泣くお姉さんにお爺さんが諭そうとするけれど、見てられないや。
「あのね、お姉さん。お兄さんは、お姉さんに幸せに暮らしてって言ってるだけ。子供と一緒にお兄さんの家で暮らすのが幸せだっていうなら、それで良いんだよ。でももしそうでないなら、お姉さんが一番幸せだと思う生き方をしても良いって。ただそれだけ。今決めなくても良いんだよ。今、お姉さんが幸せだと思う生き方をしていけばそれで良いんだ」
僕のちょっとした助け舟に、お姉さんが目を見開いて僕を見る。
『そうだよな……決めるのは一花だった。一花がどんな選択をしても、それが一花の幸せのためなら良いってことが一番言いたかったんだ』
「子育ては大変だ。いつでも頼ってくれ」
僕の言葉に二人も乗っかってくる。そうそう。大事なことはそこだよね。
お姉さんは、お爺さんに向き直ると、あまり動かない身体を動かして頭を下げる。
「お義父さん、敏一共々、ご厄介になります。宜しくお願い致します」
「無理をしないでくれ、一花さん。そんなことをしなくったって、一花さんはもう俺の娘だ。必要なものがあれば何でも遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうざいます」
『ありがとうな、親父……今まで、親孝行らしいこと全然できなくてごめんな。一花のこと、頼むな』
二人のやり取りを見ていたお兄さんが満足げに笑うと、その体が光に包まれだんだんと薄くなる。
「敏さん?!」
「敏郎?!」
自分の身体を見て、お兄さんは寂し気に笑う。
『もう時間みたいだ。一花、幸せになれよ。親父、いつも素直になれなかったけど、本当は尊敬してた。……それじゃあ、いってくる』
そう言って、お兄さんは消えてしまった。あの日、お爺さんと喧嘩して言えなかった言葉を残して。
泣き崩れるお姉さんと、それを支えるように肩を抱くお爺さん。
うん、もう二人は大丈夫そうだね。
「あ、僕もそろそろ帰らないと。それじゃあね、お姉さん。お腹の子のためにも、無理しちゃダメだよ?」
お兄さんとの約束は果たしたし、この場に僕はもう必要ない。
「ちょっと待ってくれ。君は結局、誰なんだ?」
「え? 敏さんの弟じゃないの?」
慌てて呼び止めるお爺さんと、困惑するお姉さんの声に僕は足を止めて振り返る。
「僕? 僕はお爺さんの向かいの木下家の甥っ子だよ。ちょっと幽霊が視えたり視せたりできるだけの、ただの子供」
配達人云々は言わない。だってもう二人には必要ないから。
「それじゃあ。元気な子を産んでね」
今度こそ病室を出ていくと、仕事が終わったお父さんが入口で待っててくれていた。
夜勤だったからか、凄く眠そうだ。
「今日は夏樹さんが来る日だっけ?」
「そうだよ。洗濯物とか夕飯は僕がやるから、お父さんは寝てて良いよ」
近所だから、お父さんは健康のために徒歩で通勤している。
他愛のない話をしながら、眠そうにしているお父さんと手を繋いで帰れるのが嬉しい。手を繋いでも、嫌がらないのが。嬉しいと思ってくれてるのが伝わってくるのが。
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