配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

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四通目 おまけの話

2、少女と子犬 ②

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「ここか?」

 次の土曜日、楓が僕をお店まで連れて行ってくれた。マロンに見せられた通りの場所だ。
 一つだけ違うのはそのショーウィンドウ。女の子の人形のすぐ傍には、マロンそっくりな犬の人形が置かれ、その周りにたくさんの花やお菓子といった小物が並べられていた。
 人形も首の角度が直され、微笑みを浮かべ子犬と見つめ合っている構図になっている。


「すいませーん」

 取り敢えず入ってみようという楓を追いかけて店内に入ると、誰もいなかった。
 店内の至る所に並べられた大小さまざまなリアルな人形が一斉にこちらを見ている。
 大きな声で呼ぶと、微かに返事とパタパタ駆けてくる足音が聞こえる。
 暫く待っていると、ワイシャツにエプロン姿のおじいさんが出てきた。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しですか?」
「え、あの、ごめんなさい、お客じゃないんです。ちょっとあのショーウィンドウの人形について聞きたくて」

 僕が申し訳なさそうにそう言うと、品定めをするかのように眼鏡をくいっと直して僕の姿を見た。

「前、犬の人形なかったよね? それに、女の子も明るくなった気がするの」
「香月、こういうのは直球で言った方が良いぞ。ショーウィンドウの人形、あれが死んだ娘と飼っていた犬にそっくりだっていうご婦人がいてね。こんな偶然があるのかと。何かあるなら教えて欲しい」

 楓には道中に事情を説明してある。おじいさんは楓の話しを聞いて、フム、と何か考えたような顔をした後、お店の外に出てすぐに入ってきた。

「立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「え? お店は?」

 入口の看板をcloseにしてきましたからお気になさらず、とおじいさんは奥に続く扉を開けて案内する。
 その先は工房のようになっていて、顔の入っていない人形がたくさん置かれていた。

「凄いな……どれもこれも本物みたいだ……」
「いえ、私などまだまだですよ。ですが、お褒めいただいて嬉しく思います」

 大きなテーブルの上をサッと片付け、そこにお茶を出してくれる。

「それで、あのショーウィンドウの人形について、でしたね」




 おじいさんの話をまとめると、人形が杏莉ちゃんに似ているのは完全に偶然だそうだ。
 おじいさんは近所の音楽ホールで定期的に行われているピアノのコンサートを毎回見に行くのだそうだ。曲に心を洗われて休息になるし、ドレスを着た演奏者の姿に刺激されて作品作りが進むことがあるんだって。
 子供の人形を作る時、たまにコンサートに来ていた子をモデルにすることもあるそうできっとその内の一人が杏莉ちゃんだったのかもしれない、とおじいさんは苦笑した。

「あの犬の人形は、先週作り上げました」

 ショーウィンドウの人形の前に毎日毎日花や草を運び、一日中傍を離れなかった子犬。
 通行人が「犬が人形に恋をした」なんて言っては毎日マロンを構っていたみたい。わざわざカフェでパンを買ってきて与える光景もあったとか。

「そんなにあの人形が気に入ったのなら、いっそのことうちで飼おうかって家内と話してたんです」

 既に店の看板犬のようになっていたマロン。でも、高齢で散歩などの世話が困難だからとなかなか決断できずにいたらしい。そして、とうとう……。


「店の前で倒れている所を見つけた時には、もう冷たくなっていました」

 せめて、形だけでも傍にいさせてあげようと、マロンに似せた人形をぬいぐるみ専門の職人へ依頼して作ってもらったのだという。
 僕は杏莉ちゃんのお母さんにこの店の事を伝えたいと話した。


「もしあの人形を譲ってほしいって人が現れたら売っていただけますか?」
「……私が勝手にモデルにしたことで娘さんが亡くなった、なんて言いませんかね?」
「あの人形は杏莉ちゃんを殺してなんかいないよ? だって凄く綺麗だもの」

 人間そっくりの人形が魂を吸い取る、なんて迷信を言ってくる人が少なからずいるらしい。
 でも、僕は人形と杏里ちゃんの死が何の関係もないとはっきり断言できる。
 殺していない、と言い切った僕をおじいさんは不思議そうに見つめてきた。僕はもう一度言う。

「あの人形には、杏莉ちゃんは入っていない。杏莉ちゃんはここにはいない。僕にはわかる」
「うん、お前がそう言うならそうなんだろ」
「証明は……あ、そうだ。おじいさん、手を貸して」
「え? はい」

 不思議そうに手を出すおじいさんの、ごつごつした、それでいて細い手を握り外へ出る。
 ショーウィンドウの前、マロンが死んだその位置に、ついてきていた幽霊のマロンがいた。
 生前と変わらずショーウィンドウを見上げ尻尾を振っている。
 おじいさんが小さく息を飲む音がして、僕は手を離す。

「……っ?!」

 そしてまた握る。
 消えたり現れたりするマロンの姿に驚いたのか、僕とマロンを何度も見比べている。
 でも、僕が見せたいのはそれだけじゃない。

「わかる? おじいさんの人形を欲しがっているのは、本当はマロンなんだ。そして、あそこ。あの人形に、杏莉ちゃんはいない。だから、あの人形は杏莉ちゃんの魂を吸い込んでなんかいない」
「……ありがとう、ございます……」

 おじいさんは涙をこぼしながら、とても嬉しそうにそう言った。
 おじいさんが今まで酷いことを言われてきた記憶が、おじいさんの手を通じて伝わってくる。
 一生懸命作れば作るほど不気味だと、気持ち悪いと言われ。人形が人を殺すなんてあるはずのないことまで言い出す人もいて。
 そんな中で、どんな想いで人形を作り続けたのかまではわからないけれど。けど、今おじいさんの中で何かが一つ解決したようだった。


「それで、もし杏莉ちゃんのお母さんがあの人形を売ってくれと言ってきたら、売ってくれる?」

 おじいさんは、子犬のぬいぐるみと引き離さないでくれるなら、と言ってくれた。
 確かに、対になるように作ってくれたのに置いて行っちゃうのは可哀想だもんね。




「さて、どんな風に伝えるかな……」
「そのまま伝えようぜ。ここで待ってるってさ」

 楓はさり気なくお店のチラシを持ってきていたようだ。
 僕と楓は色々案を出し合って、チラシにマロンの思念を乗せておばさんをお店まで誘導することにした。



 次の日、僕はおばさんの所へ行く。おばさんは今日は河原でマロンを探していた。
 爽やかな風が河原の草を揺らしている。ちょうどいい。
 僕はそっと風上に回って、おばさんに向かってチラシを風に乗せる。

「あっ! 待って! 待ってぇ!」

 少しわざとらしいけれど、追いかけるふり。すぐにおばさんが気付いてチラシを受け止めてくれた。

「あら、また会ったわね、坊や」

 はい、とチラシを寄越しながら笑うおばさんはどこか寂しそうだ。

「ありがとう、おばさん」
「手紙、書いてみたけれど、届けてもらえなかったみたい」

 届けた証が届くって話だったけれど何もなかったわ、と笑うおばさんは今にも泣きだしそうに見えた。
 僕は受け取るふりをしておばさんの手に触れる。
 マロンの記憶で聞いた杏莉ちゃんの声を思い浮かべながら。



(お母さん、マロンはここよ。迎えに来て――)



「えっ?」

 うん、ちゃんと聞こえたみたい。驚いて、チラシをマジマジと見つめている。

「気になる? う~ん……じゃぁ、それあげる! 僕はもう行ってきたから!」

 少し強引にチラシを押し付けると、僕は手を振ってその場を走り去った。
 これで上手くいくと良いんだけど。


 さらに、楓に付き合ってもらってもうひと仕事。何をしたのかはまだ内緒。
 
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