配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

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一通目 夜空の虹

#9

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「みっともないからあまり遅くまで出歩くな」

 翌朝。起きてきた私に兄さんが開口一番に言った。
 視線は相変わらずTVから外さない。
 昨日の楓さん達との出会いを否定されたようで、無性に腹が立った。
 そうかと言って反論できる勇気もなく。無言で家を飛び出した。

 山の斜面を登りきり、ロープを潜って建物に入る。
 駐車場に車は無かったけれど、入口に大量のごみ袋が用意してあったのでもう来ている筈だ。
 取り敢えず制御室へ向かってみた。薄暗い階段は相変わらずごみだらけではあったけど、階段下にもごみ袋が用意してある。

 制御室の扉をそっと開ける。
 油を挿したのか、今日は音をたてず滑らかに開いた。
 そして予想通り、そこにはスイッチを操作する楓さんがいた。

「おっ、なっちゃん早いね! おはよう!」
「おはようございます」

 こちらが声をかける前に楓さんが気づいて笑顔で挨拶をしてくる。

「って、あれ? 学校は? 土曜だし昼からのイメージだったんだけど。まさかサボり……?」
「土曜日は休みですよ? 部活のある子や、進学クラスで希望者対象の補講があるくらいです。……私は部活には入ってないので……」

 訝し気な顔をする楓さんに説明をすると、なら良し、とまた笑顔になった。と、思うと、

「マジかー。俺が高校生の時は普通に授業だったぞ。半ドンだったけど。うわー、ジェネレーションギャップー!」

 と大袈裟にショックを受けたような顔をする。
 本当に、コロコロと表情の変わる人だ。


「じゃあ、今上の仕掛け切ったから、上に行きながらごみ拾っていこうか」

 頑張ろう、と乱雑に私の頭をワシワシ撫でて部屋を出る楓さんの後を追う。

「仕掛け、切ったんですか?」
「そうだよ。片付けしてていきなり椅子が動いたり、血塗れの子供が透けてたりしたら怖いだろ?」
「自分で仕掛けたのに?」
「わかっててもビビるもんはビビるの!」
「……ふふっ」

 楓さんのセリフに思わず笑ってしまった。
 少し話しているだけで、今朝の嫌な気分が飛んでいく。
 私が笑うと、楓さんも嬉しそうに笑った。

 地下の廊下、階段とごみを拾い集めながら、楓さんと他愛ない話をしながら上がっていく。
 その後も、作業をしながら楓さんはたくさん話をしてくれた。

 元々、ここは楓さんのお祖父さんがやっていたホテルで、廃業後放っておいたのを仕事を失くした楓さんが貰ったらしい。
 通信会社のアンテナ設置料だけでも生活できるだけの収入が毎月あるらしいのだけれど、荒らされるままにしていたこの廃墟感を気に入ったという映画監督に貸したことをきっかけに、心霊映画専門の貸しスタジオとしているのだそうだ。
 スタジオとして使用するようになってからも肝試しで入り込む人達が荒らすのを止めないどころか、様々な仕掛けを作って心霊スポットとして認知させているのは、その方がリアリティが出るからなのだそうだ。

 手を動かしながら、私もぽつぽつと自分の事を話し出した。
 母さんの事。兄さんの事。家を出ようとしていた事。それを否定された事。
 楓さんは作業をする手を止めずに私の話を聞いてくれている。

「うーん、悪いけどなっちゃん、俺もお兄さんに一票だ」
「えっ!?」
「や、お母さんの件云々は置いといてだよ? 言い方も理由も問題あるけど、家を出るなっていうお兄さんの言い分は正しい」

 楓さんが手を止めて真剣な顔で私を見つめながら聞いてくる。

「家を出るって事は、自立するって事だ。生活の基盤はどうする? なっちゃんはバイトもしたことがないんだろ? 貯金は? 生活費は? 家賃を払い続けられる?」

 当然払う事ができない。
 首を横に振る私に、楓さんは続ける。

「金銭的な事以外にもな、ちゃんと栄養バランス考えて食事を摂るようにしないと、すぐに病気になっちまう。洗濯に掃除に食事。そういう身の回りの事、ちゃんとできるって所を見せないと、一人で暮らす許可は俺が保護者だったら出せない」

 楓さんは、私がその言葉をちゃんと受け止められるよう言い聞かせるようにゆっくり話す。

「あとな、庇護下にいるというメリットを捨ててまで一人暮らしをして何をしたいの?」

 ……したい事なんて、何もない。
 ただ家を出たかっただけ。
 これでは、兄さんに逃避と言われるのも当然だ。

「事情をよく知らない俺に否定されて腹立つかも知れないけど、その辺よく考えな? 俺だったら、一人暮らししてでもやりたい事があって、それが常識的に賛同できる事であれば応援する。そんなの無くても、生活費自分で捻出して家に一切の負担をかけないってんなら心配はしても送り出す」

 楓さんに考えを否定されて、悲しかったけど、不思議と素直に受け入れられた。
 それは、ちゃんと私と向き合って話してくれているからだろう。
 ただ家を出たいという自分の考えがどれだけ甘かったか、兄さんの言い分の正しさにも気づけた。
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