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カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調
③
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唐突に叩かれたドアの音。咄嗟に、診察室の中にいた二人は音がなるほうへ視線を向ける。おそらく診察室の向こうの待合室から聞こえたものであろう。
先ほどまでの妖艶な雰囲気は一気に吹き飛び、悠馬もリファエルも耳を澄ませる。
すると――。
再び、二度、三度と叩かれるドアの音を聞いて悠馬はその場から駆けだした。
そして、すぐさま待合室のドア――つまりこの病院の入り口を開ける。
そこには、コンクリートの地面に跪きうなだれる女性がいた。悠馬は思わず息をのむ。というのも、その女性の容貌が異様と形容するに他ならなかったからだ。
飛び込んでくるのは、目がくらむような金髪。その髪は泥にまみれており、本来の美しさは陰っている。当然、髪だけでなく、全身が泥塗れであり、見るからにみすぼらしい印象を与えていた。
女性の身体は分厚い皮でできた外套――とよぶにはいささか作りが大胆だが――に包まれており、現代の街中で見かけるようなものではない。そして、その外套からわずかに見える手足はみるからに蒼白だ。
「どうした? 大丈夫か!?」
なんとか絞り出した声に反応して、目の前の女性はぎこちなく顔を上げる。そして、悠馬と目があったかと思うと、そのまま地面に倒れ込んだ。
「おい! わかるか!? おい!」
突然のことに悠馬の心拍数は跳ね上がる。
研修医時代に救命措置は学んできたし、救急病棟で研修も行ってきた。だが、最先端である大学病院の急性期医療からしばらく遠ざかっていた身としては、この事態はいささか荷が重い。
すぐさま、目の前の女性を仰向けに寝かせ、呼吸の確認を始めた。
「よし……呼吸はしてる」
「脈も……ちゃんと触れますね」
後ろから駆け付けたリファエルも、倒れた女性の手首あたりに指をあて脈拍を測っていた。
ひとまず、この場で救命措置をしなくてもよさそうだと判断した悠馬は、リファエルとともに女性をベッドまで運ぼうと抱き上げる。その軽さに思わずぎょっとするが、すぐさま気を取り直し女性を運ぼうと腕に力を込めた。
その力みからか、抱き上げた女性は悠馬の腕の中で軽く跳ね、そのせいで女性を包んでいた外套が滑り落ちた。
「おっと!」
「ユーマ様!?」
外套を掴もうと姿勢を崩した悠馬はあやうく女性を落としそうになり、反対側で支えていたリファエルも思わず声を上げる。
当然、腕の中の女性の安静は守られているはずもなく、金髪の髪が乱れる。
――瞬間、空気は凍りついた。
悠馬もリファエルも一点を凝視して逸らせない。というのも、この世界には決してありえないものが、そこには確かにあったのだ。
こういうのを狐につままれたとでも言うのだろう。悠馬ならいざ知らず、リファエルでさえ、ぽかんと間抜けな顔を披露していた。
困惑、疑問、混乱。いずれの言葉も、今の二人の心境を正確に表現はできない。言い表せない感情を飲み込むように、悠馬は音を立てて唾を飲みこんだ。
「なぁ、リファエル」
「なんでしょう、ユーマ様」
「たぶん、俺の目にはとんでもないもんが見えてると思うんだが……そっちはどうだ?」
「わたしもです。きっと……そう、きっとユーマ様と同じものが見えていたらいいな、なんて思っています」
「そうだよな」
「そうですね」
どこか核心をつかない曖昧なやり取りをしながらも、二人の視線は動かない。そして、もう一度、二人は目の前のものを確認し、互いに見合っては再び視線を戻し、そして。
「なんでエルフがこんなとこにいるんだよ……」
長くとがった耳を見ながら、悠馬は絞り出すかのように呟いていた。
先ほどまでの妖艶な雰囲気は一気に吹き飛び、悠馬もリファエルも耳を澄ませる。
すると――。
再び、二度、三度と叩かれるドアの音を聞いて悠馬はその場から駆けだした。
そして、すぐさま待合室のドア――つまりこの病院の入り口を開ける。
そこには、コンクリートの地面に跪きうなだれる女性がいた。悠馬は思わず息をのむ。というのも、その女性の容貌が異様と形容するに他ならなかったからだ。
飛び込んでくるのは、目がくらむような金髪。その髪は泥にまみれており、本来の美しさは陰っている。当然、髪だけでなく、全身が泥塗れであり、見るからにみすぼらしい印象を与えていた。
女性の身体は分厚い皮でできた外套――とよぶにはいささか作りが大胆だが――に包まれており、現代の街中で見かけるようなものではない。そして、その外套からわずかに見える手足はみるからに蒼白だ。
「どうした? 大丈夫か!?」
なんとか絞り出した声に反応して、目の前の女性はぎこちなく顔を上げる。そして、悠馬と目があったかと思うと、そのまま地面に倒れ込んだ。
「おい! わかるか!? おい!」
突然のことに悠馬の心拍数は跳ね上がる。
研修医時代に救命措置は学んできたし、救急病棟で研修も行ってきた。だが、最先端である大学病院の急性期医療からしばらく遠ざかっていた身としては、この事態はいささか荷が重い。
すぐさま、目の前の女性を仰向けに寝かせ、呼吸の確認を始めた。
「よし……呼吸はしてる」
「脈も……ちゃんと触れますね」
後ろから駆け付けたリファエルも、倒れた女性の手首あたりに指をあて脈拍を測っていた。
ひとまず、この場で救命措置をしなくてもよさそうだと判断した悠馬は、リファエルとともに女性をベッドまで運ぼうと抱き上げる。その軽さに思わずぎょっとするが、すぐさま気を取り直し女性を運ぼうと腕に力を込めた。
その力みからか、抱き上げた女性は悠馬の腕の中で軽く跳ね、そのせいで女性を包んでいた外套が滑り落ちた。
「おっと!」
「ユーマ様!?」
外套を掴もうと姿勢を崩した悠馬はあやうく女性を落としそうになり、反対側で支えていたリファエルも思わず声を上げる。
当然、腕の中の女性の安静は守られているはずもなく、金髪の髪が乱れる。
――瞬間、空気は凍りついた。
悠馬もリファエルも一点を凝視して逸らせない。というのも、この世界には決してありえないものが、そこには確かにあったのだ。
こういうのを狐につままれたとでも言うのだろう。悠馬ならいざ知らず、リファエルでさえ、ぽかんと間抜けな顔を披露していた。
困惑、疑問、混乱。いずれの言葉も、今の二人の心境を正確に表現はできない。言い表せない感情を飲み込むように、悠馬は音を立てて唾を飲みこんだ。
「なぁ、リファエル」
「なんでしょう、ユーマ様」
「たぶん、俺の目にはとんでもないもんが見えてると思うんだが……そっちはどうだ?」
「わたしもです。きっと……そう、きっとユーマ様と同じものが見えていたらいいな、なんて思っています」
「そうだよな」
「そうですね」
どこか核心をつかない曖昧なやり取りをしながらも、二人の視線は動かない。そして、もう一度、二人は目の前のものを確認し、互いに見合っては再び視線を戻し、そして。
「なんでエルフがこんなとこにいるんだよ……」
長くとがった耳を見ながら、悠馬は絞り出すかのように呟いていた。
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