異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる

卯月 みつび

文字の大きさ
25 / 51
カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

しおりを挟む
 ミロルが倒れるほんの少し前。悠馬とリファエルの所には奈緒が訪れていた。通っている大学の講義が終わり、夕食の準備のために買い物にでかけるところなのだという。

「それでさ、今日は何か食べたいものある?」

 リファエルが診察室の物品を片付けているところに問いかけた。

「私ですか? 私はなんでもいいですよ。奈緒さんの料理はいつでもおいしいですから」
「またなんでもいいって言うー。それが一番困るんだから。じゃあ、悠馬は何かある?」
「俺? そうだなぁ……。サラが病み上がりだから消化にいいものがいいな」

 悠馬の言葉を受けて、奈緒がうんうんとうねりながら考え始めた。

「ならおうどんとか、お鍋にして雑炊とか、炭水化物系がいいよね。あんまりお肉とかたくさんはよくないかなー。お野菜も食物繊維は控えめにして……」

 そうぶつぶつと自身の頭の中で計画を煮詰めていく。そんな奈緒をみて、意地悪そうな笑みを浮かべたリファエルが一言告げた。

「私は、本当に奈緒さんの作る料理が好きですよ。……胸が小さくなる効能がないかどうかだけは心配ですけどね」
「今、なんていいました?」

 例のごとく、奈緒の額には青筋が浮かびあがり、握られた手には血管が怒張している。そんな奈緒の様子を気にもかけずにリファエルは言葉を重ねた。

「だって、奈緒さんは自分の料理ばかり食べているからそんなにスリムでいられるんでしょう? なら、奈緒さんの料理で私の胸がなくなってしまう可能性だってあるじゃありませんか。あ、間違えました。私のではなくユーマ様のものですね」

 そういってリファエルは悠馬の腕にからみつき胸を押し当てる。その胸は大きくたわみ、盛り上がるようにしながら悠馬の腕を包み込んだ。

「な、ちょっ、おい! カルテが書けないだろ? 離してくれよ!」
「そんな恥ずかしがらないでください。いいんですよ? ユーマ様の好きなようにいじっていただいても――」
「待て! 待てよ! いろいろとそれはまずいって」

 逃げようとする悠馬とそれを離さんとするリファエル。傍からみると、単にいちゃついているようにしか見えない二人。おそらく、全世界の男達は悠馬に爆発しろと願っていることだろう。
 奈緒は、プルプルと全身を震わせて怒りに耐えていた。だが、それも限界にきているのだろう。真っ赤な顔をして勢いよく両手を上げたと思ったら、大声で叫び始めた。

「だから、毎度毎度失礼ですよ! いい加減にしてください!」
「そんなに目くじら立てなくても……そんなに不満なら、奈緒さんも一緒にどうですか?」
「なっ――!? なにいってるんですか!? そんな、リファエルさんと一緒にだなんて……一緒に、そんな、恥ずかしい……私、胸ないし……」

 急にすぼんでいくかのように奈緒はさらに顔を赤らめ小さく縮こまる。リファエルと同じように胸を押し付ける場面を想像してしまったのか、もじもじと指をいじりながら恥ずかしそうにしていた。

「ゆ、悠馬がしてほしいっていうなら、別に考えなくもな――」

 奈緒が決死の覚悟を伝えている最中、そう、最中であったが唐突に、悠馬とリファエルを何かが襲う。

 それは違和感。
 
 二人が感じたのはまさにそれだった。唐突にすさまじい量の魔力がうごめくのを感じたのだ。だが、魔法が行使される気配もなく、うごめいた魔力は唐突に消え去った。それは異常。そう、魔力を操るものからすると、考えられない非常識な出来事だったのだ。

「ユーマ様!」
「ああ! なんだよ、今のは。うちの庭のほうだぞ!?」

 今までの騒動がなかったかのように、慌てて診察室を飛び出す悠馬とリファエル。その様子をみて、状況を飲み込めない奈緒はおろおろと慌てていた。

「え? なに? なにがあったの!? ねぇ、ちょっと!」

 そして、ようやく奈緒も二人の後を追った。すでに二人の後ろ姿はなく、庭という言葉だけを頼りに走る。
 奈緒が庭に行くと、そこには妙な光景が広がっていた。

 それは、庭に倒れるミロル。険しい顔をした悠馬とリファエル。そして、二人に睨まれている見たこともない浅黒い美女だった。

「ミロルちゃん!? 大丈夫?」

 慌てて倒れているミロルに駆け寄る奈緒。ミロルを抱き上げると、暖かく、呼吸をしているのが抱きしめた腕から伝わってきた。
 なにかあったのでは、と思った奈緒は、思わずほっと息とつく。それと同時に、ミロルが倒れているのに突っ立っている悠馬とリファエルにふつふつと怒りがわいてきた。

「ねぇ、ちょっと! あの女の人は知り合いなの? 知り合いの人が気になるのはわかるけど、ミロルちゃんが倒れてるならそっちのほうが先じゃない!?」

 ミロルを抱き上げ、悠馬へとつっかかる奈緒。だが、奈緒の怒りの言葉を受けた悠馬は、微動だにしない。目の前の美女から決して目をそらさない。

「ちょっと聞いてるの? ねぇ――」
「すぐにミロルをつれて家の中に入ってろ」

 奈緒の言葉を遮り、悠馬が堅い口調でそう告げた。その言い方にさらに怒りを燃え上がらせる。

「何その言い方。私が言いたいのは」
「いいから行け。二度も言わせるな」

 そう告げた悠馬の身体から青白い炎が吹き上がった。思わず奈緒は二、三歩後ずさるがすぐにそれが勘違いだったと知る。
 悠馬からほとばしる青白い炎。それは単に悠馬から感じる圧力だった。冷たさと熱さを内包したかのようなその圧力に奈緒は思わず唾を飲みこんだ。そして、今までずっと一緒にいて、初めて感じた圧力だった。初めて、恐怖を感じた瞬間だった。

「ゆ、うま……」

 そして、その圧力はいまだ収まることがない。奈緒の知らない人間がそこにいた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...