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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい
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自分自身を責める二人を目の前に、リファエルは唐突に鼻を鳴らした。当然、二人はそれに気づき顔を上げる。
「何をいってるんですか、二人とも。おかしいですよ。二人して下を向いて自分を責めて。そんなことをして誰が救われるというんですか? 自分で自分の傷を舐めて……可哀そうだと思ってほしいんでしょうか?」
辛辣な言葉に、二人は驚きを隠せない。
「最初からすべてをあきらめている二人には、なにも成し遂げられません。成し遂げる資格すらありません。何もできない二人は、そうやって地面に突っ伏しているのがお似合いですね。見事ですよ」
その言葉にサラは立ち上がりリファエルに詰め寄った。傷つきながらもそれに反発するようにまっすぐと視線を向けている。
「そのようなこと、リファエル殿に言われる筋合いはない!」
「ならば立ちなさい」
凛とした叫びが部屋に響いた。びくりとサラは背筋を伸ばし、目を見開く。
「前を向きなさい。希望を抱きなさい。人類の中でもっとも勇敢で気高い存在が、こんなことで屈するのですか? 勇者とは、単に勇気があれば、強くあればなれるものではありません。人々がその背中をみて、勇気を与えられるような、そのような存在を言うのです」
リファエルはそっと目を閉じ、記憶を探る。そして、自分がもっとも勇敢だと思う男の背中を思い浮かべた。
「サラさん……あなたにはまだできることがありますよ? それだけの力を、あなたは持っていると思います」
そう言うと、リファエルはまさに天使の微笑みを浮かべる。その笑みはすべてを包み込み、支え、癒しを与えるような、神々しさを纏った微笑みだった。
サラは、それをみて何かを感じたのだろう。どこかすがるように、見上げるように、窺うようにリファエルを見つめ、そして問いかける。
「助けられるのか?」
「ええ。ユーマ様がいますから」
その言葉とともに、四つの目が悠馬へと向けられた。肩をびくりと震わせながら、悠馬はおもむろに顔を上げる。
「何を……」
「ユーマ様がいるのです。それならば、魔王の一人や二人。どうにでもなるのは間違いないでしょう」
リファエルの視線はまっすぐだ。疑いを抱かず、期待さえも感じていない。当然の事実として、普遍的な根拠を述べるような、そんな堂々たる態度で悠馬と相対する。
対する悠馬はなぜそんな目線を向けられるのかわからない。なぜ、何も成し遂げられない自分に信頼を置いているのか。その理由も、何もわからない。
「リファエル何をいって……」
「魔王は言いました。『お前が本気を出すのなら、我も危ないと思った』と」
その言葉にサラはピクリと眉をあげる。
「気づいているんですよ、ユーマ様。あなたがただの三級の治癒魔法師程度では収まらない傑人だと。自分の脅威となるのは、ユーマ様なのだと魔王は気づいているんです」
「そんなこと」
狼狽える悠馬を後目に、サラは期待を寄せるような瞳をむける。
「ただの三級魔法師程度では収まらないとはどういうことだ? 悠馬殿は一体……確かに、内包している魔力はすさまじく、私をも凌駕するほどだ」
ゆっくりと、一歩ずつ、サラは悠馬へと近づいていく。
「まさか、何か力を隠しているとでも言うのか? あの魔王をどうにかできる力を――悠馬殿!」
悠馬の肩を掴み食いかかるサラ。その権幕に、悠馬は思わず目をそらした。
「そんなことあるわけがない」
「だが、リファエル殿も魔王も言っているではないか!」
「ただ言ってるだけだ。俺は治癒魔法師の記憶をもった、ただの医者だ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ」
「もし何らかの力を持っているなら、頼む! 力を貸してくれ! 魔王を倒す力を!」
「だから、何もないって言ってんだろうが!」
乱暴にサラの腕を振り払う悠馬。再び歩み寄ろうとするサラの目に飛び込んだのは、全身が震える真っ青な表情をした悠馬の姿だった。
「悠馬殿……」
伸ばそうとした手を引っ込めて、サラは棒立ちのまま悠馬を見つめる。
「俺はただの医者だ! お前達みたいに戦うことなんてできない。人の病気や怪我を治すことしかできないんだよ。無理だ。あんな化け物と戦うとか。そんなの無理なんだよ」
自らの身体を抱きしめたまま、悠馬はピクリとも動かない。
その様子をみて、サラは大きく深呼吸をすると目を瞑り、しばらくしてから踵を返す。
「悠馬殿。今、あなたの家族ともいえるものが命の危険にさらされている。魔王が手放しになった今、多くの人の命が失われるかもしれない。そのことについて何も思わないのか?」
悠馬は何も答えない。
「魔王が、リファエル殿が言う力を持っているあなただが、その力をどう使うのかは自由だろう。もう私はそれについて何も言わない。だが、一つだけ。私は私にできることをする。悠馬殿は家族の窮地に何をするのだ?」
サラは見下ろしていた。蔑むような、憐れむような、それでいて悔しさのような、そんな視線で。
「私は奈緒殿を助けに行こう。勇者として」
そういって、サラは診察室の出口へと向かった。迷いなく、まっすぐに。
「サラ……お前は正しいよ。だが、それだけだ」
悠馬のつぶやきはサラの背中に届いたのだろうか。サラはそのまま無言で出て行った。
「何をいってるんですか、二人とも。おかしいですよ。二人して下を向いて自分を責めて。そんなことをして誰が救われるというんですか? 自分で自分の傷を舐めて……可哀そうだと思ってほしいんでしょうか?」
辛辣な言葉に、二人は驚きを隠せない。
「最初からすべてをあきらめている二人には、なにも成し遂げられません。成し遂げる資格すらありません。何もできない二人は、そうやって地面に突っ伏しているのがお似合いですね。見事ですよ」
その言葉にサラは立ち上がりリファエルに詰め寄った。傷つきながらもそれに反発するようにまっすぐと視線を向けている。
「そのようなこと、リファエル殿に言われる筋合いはない!」
「ならば立ちなさい」
凛とした叫びが部屋に響いた。びくりとサラは背筋を伸ばし、目を見開く。
「前を向きなさい。希望を抱きなさい。人類の中でもっとも勇敢で気高い存在が、こんなことで屈するのですか? 勇者とは、単に勇気があれば、強くあればなれるものではありません。人々がその背中をみて、勇気を与えられるような、そのような存在を言うのです」
リファエルはそっと目を閉じ、記憶を探る。そして、自分がもっとも勇敢だと思う男の背中を思い浮かべた。
「サラさん……あなたにはまだできることがありますよ? それだけの力を、あなたは持っていると思います」
そう言うと、リファエルはまさに天使の微笑みを浮かべる。その笑みはすべてを包み込み、支え、癒しを与えるような、神々しさを纏った微笑みだった。
サラは、それをみて何かを感じたのだろう。どこかすがるように、見上げるように、窺うようにリファエルを見つめ、そして問いかける。
「助けられるのか?」
「ええ。ユーマ様がいますから」
その言葉とともに、四つの目が悠馬へと向けられた。肩をびくりと震わせながら、悠馬はおもむろに顔を上げる。
「何を……」
「ユーマ様がいるのです。それならば、魔王の一人や二人。どうにでもなるのは間違いないでしょう」
リファエルの視線はまっすぐだ。疑いを抱かず、期待さえも感じていない。当然の事実として、普遍的な根拠を述べるような、そんな堂々たる態度で悠馬と相対する。
対する悠馬はなぜそんな目線を向けられるのかわからない。なぜ、何も成し遂げられない自分に信頼を置いているのか。その理由も、何もわからない。
「リファエル何をいって……」
「魔王は言いました。『お前が本気を出すのなら、我も危ないと思った』と」
その言葉にサラはピクリと眉をあげる。
「気づいているんですよ、ユーマ様。あなたがただの三級の治癒魔法師程度では収まらない傑人だと。自分の脅威となるのは、ユーマ様なのだと魔王は気づいているんです」
「そんなこと」
狼狽える悠馬を後目に、サラは期待を寄せるような瞳をむける。
「ただの三級魔法師程度では収まらないとはどういうことだ? 悠馬殿は一体……確かに、内包している魔力はすさまじく、私をも凌駕するほどだ」
ゆっくりと、一歩ずつ、サラは悠馬へと近づいていく。
「まさか、何か力を隠しているとでも言うのか? あの魔王をどうにかできる力を――悠馬殿!」
悠馬の肩を掴み食いかかるサラ。その権幕に、悠馬は思わず目をそらした。
「そんなことあるわけがない」
「だが、リファエル殿も魔王も言っているではないか!」
「ただ言ってるだけだ。俺は治癒魔法師の記憶をもった、ただの医者だ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ」
「もし何らかの力を持っているなら、頼む! 力を貸してくれ! 魔王を倒す力を!」
「だから、何もないって言ってんだろうが!」
乱暴にサラの腕を振り払う悠馬。再び歩み寄ろうとするサラの目に飛び込んだのは、全身が震える真っ青な表情をした悠馬の姿だった。
「悠馬殿……」
伸ばそうとした手を引っ込めて、サラは棒立ちのまま悠馬を見つめる。
「俺はただの医者だ! お前達みたいに戦うことなんてできない。人の病気や怪我を治すことしかできないんだよ。無理だ。あんな化け物と戦うとか。そんなの無理なんだよ」
自らの身体を抱きしめたまま、悠馬はピクリとも動かない。
その様子をみて、サラは大きく深呼吸をすると目を瞑り、しばらくしてから踵を返す。
「悠馬殿。今、あなたの家族ともいえるものが命の危険にさらされている。魔王が手放しになった今、多くの人の命が失われるかもしれない。そのことについて何も思わないのか?」
悠馬は何も答えない。
「魔王が、リファエル殿が言う力を持っているあなただが、その力をどう使うのかは自由だろう。もう私はそれについて何も言わない。だが、一つだけ。私は私にできることをする。悠馬殿は家族の窮地に何をするのだ?」
サラは見下ろしていた。蔑むような、憐れむような、それでいて悔しさのような、そんな視線で。
「私は奈緒殿を助けに行こう。勇者として」
そういって、サラは診察室の出口へと向かった。迷いなく、まっすぐに。
「サラ……お前は正しいよ。だが、それだけだ」
悠馬のつぶやきはサラの背中に届いたのだろうか。サラはそのまま無言で出て行った。
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