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カルテNo.4 百数十歳、女性。魔族、紫髪。強制入院。先生の言うことは聞きなさい。

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「なんだと!?」
「なかなか厄介なものを生み出してくれるの」

 そう呟きながら、サラとミロルが一歩を踏み出す。リファエルは少し後ろの方で何やら瞑想をしていた。

「すみません。お二人とも。私はやらなければならないことがあるので、お相手、お願いしてもいいですか? もちろんお手伝いはできると思います」
「必要ない。もう十分動けるからな」
「本調子ではないが、やってやれないこともないじゃろう」

 そう言いながら、向かってくる二体を睨みつける。もう二体は悠馬のほうへと向かっていった。そちらも心配ではあったが、まずは自分たちのことだと、サラとミロルは気を引き締めた。
 目の前に迫る黒い影は多大な魔力を内包しており、持っている力はそれに比例して大きくなるのは予想できた。だからこそ、自分達と同等の魔力を持った影達に、警戒心をあらわにしたのだ。

 向かってくる影は手に剣のようなものを作り出し、勢いにまかせて切りかかってきた。サラはそれを同じく剣で受け止めると、吹き飛ばされそうになる衝撃に顔をゆがめる。

「ぐぅ……」

 その横をもう一体が通り過ぎるが、ミロルは両手を向け素早く詠唱を行った。

『あまねく我の同朋よ。目の前に迫りし刃に不条理な戒めを与えよ』

 ミロルの足元から現れた幾重にも別れた木の根。それは黒い影目がけて飛び出すと段々と太く大きくなり、あっという間に全身を絡め取る。もがけども抜け出すことはかなわない。

「サラよ! 我も今の状態ではそれほど持たん! 急いでそっちをなんとかせねば!」
「わかっている!」

 サラは、押し合いながらミロルを一瞥する。
 ミロルは強大な魔法でもう一体を無力化していた。だが、ミロルの額に滲む汗や表情からすると言葉通りなのだろう。自分達と同等の力を持つ目の前の影を抑えるには、全力で魔法を行使しなければならないのだ。
 もちろん、目の前の影を倒すのも一筋縄ではいかない。だからこそ、サラは出し惜しみをするつもりはなかった。

「はあぁぁぁ!」

 全身に力を込める。そして、影をこれでもかと下から切り上げ、空へと吹き飛ばした。

「ぎぎ」

 不気味な声を上げながら影は宙へと浮かぶ。そこへ、すぐさま飛び込んできたサラは剣を持っていた右腕を切った。

 ――だが、右腕はそのままだ。代わりに右腕全体を囲うように透明の箱状のものが現れた。

「一つ目」

 サラは小さくつぶやき、再び影と相対する。
 影は、というと右腕の箱状のものを振り払おうと必死だった。だが、何をしても取れないと悟ったのか、片一方の腕で殴り掛かってくる。

「ぎぎぎ」
「一つ目を許した時点で、お前に勝ち目はない。さあ、二つ目だ」

 その姿が消えたかと思うと、すぐさまサラの隣に影が現れた。同時に振り下ろされる刃。サラがそれを受け止めても、先ほどのように顔を歪めたりはしない。幾度となく繰り出される斬撃を、軽やかに受け止めていく。

「軽い!」

 再び、すれ違いざまに左腕を切り付けるサラ。右腕と同様、腕を囲う箱状のものが現れる。

「ぐぎぎぎ」
「さて。これは何かわかるか?」

 サラの問いかけに当然、影は答えない。一心不乱にサラへ向かっていくが、その速さは先ほどとは別人のようだった。サラにとっては、欠伸がでるほど遅くなっていたのだ。
 向かってくる影の斬撃を余裕で避けつつ、サラは今度は右足を切り付けた。

「三つ目。もう、これで、お前は力、速さ、頑丈さの本来の力が封印されたことになる。もう終わりだ」

 透明の箱状のもの。それはサラが行使した封印の魔法だ。影の持つ能力を封じ込めるそれは、多大な魔力と引き換えに、任意の能力を封じ込めるという魔法だった。
 もちろん、まったくなくなるわけではない。一部の力の封印にとどまる。が、ほぼ互角な相手との場合は、大きなアドバンテージになることは間違いない。
 剣での押し合いが互角だったサラは、まずは力で押し負けないように力を封じた。確実に相手に攻撃を与えるためには素早さを封印する必要があった。最後に、自分の攻撃が容易く相手に通じるよう頑丈さを封印した。
 
 こうなってしまえば、いかに強力な力を持っていようとも、サラの敵ではない。

「終わりだ」
 
 一薙ぎで真っ二つになる影。不気味なうめき声を挙げながら、影は空気へと溶けていく。
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