触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

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第一章

3.サバイバル実習 その①:折節実習

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 3.サバイバル実習

 クレプスクルム魔法女学院では、季節ごとに折節実習エクストラ・クルリクルムなる行事が行われる。今夏、中等部二年生が行う予定の折節実習は『サバイバル実習』と題されていた。

 折節実習エクストラ・クルリクルムの内容はその都度、教員らの合議によって決定される。今回の『サバイバル実習』は、学院制服以外は原則あらゆるものが持ち込み不可とのこと。なんでも、必要なものは全て現地で配布してくれるらしい。

 貧乏人の私には大助かりの内容だ。確かに二百万リーブラの指輪は手元にあるが、特別に金が入り用という訳でもないのに『友好の証』として貰ったものを換金するのは気が咎めた。

 教員の馬型の使い魔メイトが曳く大馬車から降りると、まず手つかずの大自然が私たちを出迎えてくれた。

 吹き抜ける柔らかな風が、視界いっぱいに広がる木々にざわめきを起こし、遥かな山腹に跳ね返ってふくよかな緑の香を私たちの鼻先へ届ける。この雄大な景色を見れただけでも、王都から半日かけて舗装もされていない道をガタゴト南下して来た甲斐はあった。ささくれ立った心も洗われるようだ。

 さて、二年生になって第一回目の折節実習エクストラ・クルリクルム使い魔メイトを伴うのも初めてということで、教師陣の注目度もかなり高まっていることだろう。

 ここで八面六臂の活躍をできれば、教師の印象も変わろうというもの。私は大自然に癒やされて弛緩しかけていた心を引き締めた。

(――集中、集中!)

 そして、緩慢に進む生徒たちの列に続いて、私も集合場所へ向かおうとした矢先、せっかく高めた集中を大いに乱す存在が現れた。

 周りに取り巻きを引き連れてぞろぞろやってきたのは阿呆のロクサーヌだ。

「おーっほっほっほ! やっと見つけましたわ、リンさん!」

 マネが袖から飛び出て「よっ!」と挨拶すると、ロクサーヌも気取った風に軽く応じる。

「この間はどうもお世話になりましたわー!」
「うるっさ……何の用なの、ロクサーヌ? もうすぐ『サバイバル実習』が始まるって時に」
「だからこそですわ!」

 ロクサーヌは勝気な笑みを浮かべた。何か企みがあるようだ。非常に面倒くさいが、話したいだけ話させてやらないと彼女は満足しないと私は知っている。集合場所まではまだ距離があるので、ここは観念して話を聞くしかない。

 ため息を漏らしつつ「どうぞ」と話を促すと、ロクサーヌはノリノリで用件を話し始めた。

「ここらで一つ勝負といきませんこと? 折節実習エクストラ・クルリクルムの殆どはクラス対抗戦! たぶん、今回の『サバイバル実習』もそうでしょう!」
「そうね。で、勝負って?」
「難しいことはありませんわ。わたくしとリンさんは、自分の所属するクラスを勝たせるために全力を尽くせば良いのです。最終的によりクラス順位の高かった方が勝利ですわ!」
「……それ、勝ったら何か貰えたりするわけ?」
「古来より勝者に与えられるものは『名誉』と『称賛』に決まっていますわ!」

 ロクサーヌが気炎をブチ上げると、取り巻きがうんうんと頷いて勝負を受諾するよう無言で圧をかけてくる。

(いや、知らないって)

 あの試合では、使い魔メイトを使わないというロクサーヌの舐めた手加減もあって勝ちを譲ってもらったようなものだし、その借りを返すという意味で勝負に付き合ってあげても良い。

 だが正直、今回の『サバイバル実習』においてロクサーヌは眼中になかった。

「んなの要らないわよ。でも、対抗意識を燃やす分には勝手になさい。折節実習エクストラ・クルリクルムの内容がどうあれ、私は全力を尽くすつもりよ。私、『星団』入りを狙ってるから」

 そう宣言すると、ロクサーヌは目を丸くし、取り巻きはギョッとした顔をした。

(……そんなに意外だった? せめて、笑ってよね。ギョッとすんな、ギョッと)

 非常に気まずく感じた私は強引に話題転換をはかる。

「ところで、アンタの使い魔メイトは? どんなのと契約したのよ」

 移動手段がぎゅう詰めの大馬車だったので、生徒の大半は使い魔メイトを出していない。小型の魔物なんかを連れているものはいるが、魔族や大型の魔物となると到着したばかりの今はまだチラホラとしか見られなかった。ロクサーヌの使い魔もそれ系かと思い興味本位で尋ねてみたのだ。すると、ロクサーヌは意味深な笑みを浮かべた。

「ふっ……以前の貴方になら隠す理由はありませんでしたわ。しかぁーし! 再びライバルとなった今なら話は別! 手の内は雪辱戦リベンジマッチの時まで隠させて貰いますわー! あ、勝負の方はわたくしも全力で取り組みますから、くれぐれもそのおつもりで!」

 言いたいことを言い終えたのか上機嫌になったロクサーヌは、高笑いを上げながら取り巻きを引き連れてどこかへ去っていった。そっちは集合場所じゃないぞ。まさかとは思うが、私以外にも勝負をふっかけにゆく気じゃあるまいな。

 しかし、相変わらず剛毅なことだ。『サバイバル実習』とやらの詳細も分からぬうちから勝負とは。

 ともあれ、私がやることは変わらない。目覚ましい活躍をすれば、自ずと勝利を掴んでいることだろう。

「なあなあ、折節実習エクストラ・クルリクルムってどんなもんなんだ? どいつもこいつも殺気立ってるように見えるけどよぉ」
「内容は毎回違うから一概には言えないわ。でも、大体はアンタの好きそうな感じになるわよ」
「バトルか? バトル系なのか?」

 だから、内容は知らないと言うに。

 適当にマネの相手をしながら集合場所に赴くと、トラブルで一組ウナの出発が遅れていたとのことでその到着を待つことになった。二十分ほどして一組ウナの生徒も参着し、中等部二年生全員が揃っていることを確認したところで一人の教師が前に出てくる。

 老いてなお気品あふれる立ち姿の彼女は、学年主任のヴァネッサ先生だ。

「では、今回の折節実習エクストラ・クルリクルム――『サバイバル実習』について、説明を始めます」

 ヴァネッサ先生は皺くちゃの顔を厳格に律し、年齢を感じさせぬ凛とした声を澄んだ山の空気に響かせる。

「『サバイバル実習』は、この自然保護区を舞台にした『陣取り合戦』の体で行われます。その目的は、国内に自生する可食動植物に関する理解を深めると共に、流動的な戦況に対する咄嗟の理解や対応能力、チームワークの練度を計ることです」

 サバイバルに関しては分かったが、『陣取り合戦』とは具体的になんだ。後半の説明からすると、どうやらマネの期待するバトル系のように聞こえるが。私があれこれ想像を巡らせている間にも、ヴァネッサ先生は説明を続けてゆく。私は思考を分割して、そちらにも充分な意識を割いた。

「北、南西、南東の三方に一際大きな山が三座ありますね。その山の頂上が『クラス拠点』となります」

 辺りを見回すと、同じぐらいの高さの山の頂上に色違いの大きな旗が立てられていた。ヴァネッサ先生が年季の入った杖を振ると、その旗同士を結ぶように太い光のラインが現れ、自然保護区を切り取るように巨大な三角形ができあがる。

 私たちの今居るこの集合場所は、その巨大な三角形のちょうど中央に当たるようだった。

「三つの旗を頂点とする一辺10kmの領域が今回のフィールドです。この領域内には無数の『拠点』が設定されており、皆さんにはこれを奪い合ってもらいます。詳細は後ほど説明いたしますのでこの場では割愛することにし、先に注意事項を三つ述べておきます」

 一つ、この自然保護区においては自然を尊重すること。故意でなくとも自然破壊行為(採取・狩猟を含む)を行えば減点。

 二つ、致死性攻撃の禁止。

 三つ、精神干渉の禁止。

「後ろ二つについてはいつもと同じですね? アニマだけを攻撃対象としたの魔法や、身体を拘束する魔法のみを使用してください。精神干渉の解禁は高等部からです。初参加となる各自使い魔メイトには、以上のルールをキチンと伝達しておいてください。知性なき魔物の使い魔の場合は、召喚を制限するなどして対処してください。使い魔メイトを制御できず、他の生徒に怪我を負わせてしまっても当然減点対象となりますのでご注意を。私からは以上です」

 全体へ向けた説明は以上ということで、私たちは担任教師の指示に従ってクラスごとに別れて移動を開始した。私の所属する三組トレースは北上し、黄色の旗のもとへ向かった。

 到着後、私たちは用意されていたテントを設営した。中等部二年にもなると設営は皆慣れたもので卒なくこなす。設営中に夕暮れの景色を堪能する間もなく、一気に陽が落ちて辺りは闇に包まれた。

 設置した照明が灯り、私たちは木製の簡易テーブルについて夕食を取ることになった。料理人も帯同しているのか、私たちが作るまでもなく豪勢に饗された。今後もこうあれば良いのだが、『サバイバル』という謳い文句なのだから、次回からはそう甘やかしてはくれないだろう。

 夕食中、担任教師が私たちの前に出てきて淡々と言う。

「食べたままで聞いてね。本格的に『サバイバル実習』が始まるのは明日以降よ。夕食後は休むなり、辺りを散策するなり、自由に過ごしてもらって構いません。明日の予定は、午前七時に朝食、八時からルール説明、それからクラス内で作戦会議をしてもらって、九時には『サバイバル実習』を開始できるのが理想よ」

 何か質問はあるかしら? と担任教師は聞き、誰も挙手どころか声すら発さない様子を見て頷き、「それじゃあ、良い夢を」と言い残して何処かへ去っていった。

 ざわざわ、と夜の山頂に取り残された三組トレース生徒の戸惑う声が密やかに木霊する。

「ねえ、マネ。どう思う?」
「は、何が?」
「既に評価は始まっているのかしら。ご飯は食べ終えたし、頂上付近だけでも確認しとく?」
「さぁ……オレ様に聞かれてもな。リンの好きにしたら良いさ。でもよ、辺りはもうすっかり暗くなってっから、そう遠くまで行くのは止めとけよ」

 マネの言うことにも一理あった。夜でも街灯で明るい王都と違って、自然保護区の夜は本当の真っ暗闇。『クラス拠点』には照明を設置したけれど、それにしたってささやかなもので少しでも離れた途端に足元も碌に見えなくなる。

 怪我でもして明日以降に響いたら大変だ。そう思い自重することにした私は頂上付近を少し散策した後、自分のテントに潜ってさっさと就寝した。
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