75 / 158
第三章
2.大魔法祭 その⑤:決勝前
しおりを挟む
決勝までは再び少しの時間が空くので、他の試合を観戦したり食事を取ったりして時間を潰した。
そして、そろそろ控室の方に向かおうかというところで、団体さんを引き連れて堂々と通路を闊歩する熊親爺と来合わせる。
私は即座に威儀を正した。それこそ慇懃無礼なぐらいに。
「これはこれは――ベルンハルト中将、ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますでしょうか、リンです。お変わりないようで安心いたしました」
「フンッ、貴様もな。相も変わらず、トンチキなことばかりしておるそうではないか。あの〝狂王〟にまで盾突きおるとは。よくも、今日まで生き永らえられたものだと感心するわい!」
あの時のことは忘れていないぞと、釘を刺すかのようなトゲトゲしい敵意をひしひしと肌に感じる。しかし、何か出来る訳でもあるまい。それこそ、出来てアメ玉をどうにかする程度の嫌がらせが精々。
だが、私はベルンハルト中将が犯人だとは全く思っていなかった。確率で言えば1%ぐらいの可能性はあるだろうが、彼はそういうみみっちいことを嫌う男だ。
「その節はどうも。私も、敵の大将と一騎打ちをさせられた時の事は今でも夢に見ます。しかし、あの時も今も、私を助くは天より授かった才かと存じます」
「抜かすわ。ヘレナ嬢の権威なしには粋がれぬ悪たれが」
「――あァ?」
ぶらり、と腕を垂れ下げ、手中に収まるカラギウスの剣をチラつかせる。
「今、この場に居る全員を斬り捨ててしまえば、何もヘレナに揉み消してもらう必要もないんですけれどねぇ?」
しかし、ざわっと動揺したのは周囲の秘書官、護衛らだけで、ベルンハルト中将は私の脅しを鼻で笑った。
「ハッ、肝が据わっとるのかイカれとるのか判然とせぬ奴よ」
お褒め頂き光栄である。
「ふふふ」
「がっはっは」
私たちは乾いた笑いを場に響かせあった。
しかし、ベルンハルト中将までベレニケに来ているとは。そっちこそ、警備で来たのか来賓として来たのか判然としない野郎ではないか。
もう暫く雑談に興じて彼が何をしに来たのか聞き出してもよかったのだが、折からに慌てふためいた様子のシンシアが駆け込んできたので、その考えは立ち消えになる。
「お、お姉様、やっと見つけました! 大変です!」
「どうしたのよ、シンシア。相変わらず騒々しい。私は今、こちらの殿方とお話ししているところなのだけれど」
「あっ、ベルンハルト中将! こんにちは!」
シンシアが頭を下げて軽く挨拶する。そして、すぐに私の方へ向き直った。
「とにかく、今すぐ来てください! 大変なんです!」
最初は、シンシアがさっきの試合で神聖エトルリアの代表選手にこっぴどく負けたのを慰めて欲しいのかとも思ったが、どうやらそういうどうでもいい用事ではなさそうな雰囲気だった。
「こっちです!」
シンシアが私の袖を強く引っ張ってくる。行き先は、ちょうど私が向かおうとしていた控室の方角と同じだったので、変に抵抗せず付いてゆく。
私は引っ張られながら後ろを振り返った。
「――そういう訳ですので、お先に失礼します。また近いうちにちゃんとしたご挨拶にお伺い致します」
「来るな」
心底うんざりした表情で言われてしまった。少し王党派と軍の動きについて探りを入れたかってみたかったのだが、ここまで手酷く振られてはそれも無理だろう。
私はシンシアの方に頭を切り替えた。マネが、服の下からにょろにょろと触手を伸ばしてくる。
「おい、ウルセェの。何があったのか言ってみろよ」
「アメが……アメがまた無くなっちゃったんです!」
「また?」
控室前に付くと、殊勝にも見張りを買って出てくれたベンが落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。軽妙洒脱の軟派な伊達男が、今日は真面目くさった深刻そうな顔ばかりだな。
「ベン、何があったの?」
「リン君! ……す、すまない。僕が居ながら……みすみす賊の再侵入を許してしまった!」
どういうことかとベンを押しのけて控室に入ると、中に置いていた私の荷物がまたもや荒らされていた。
「アメがないらしいけど、調達自体はできたの?」
「ああ、その通りだ。倉庫などにあるものを頼み込んで買い取ってきたそうだが……今は、ご覧の有様だ」
ご覧の有様と言われましても。つまり、なくなってしまったと言いたいのだろう。控室はベンがずっと見張っていた筈だ。それなのに再侵入を許すとは。
まあ、善意でやってくれたであろうことを責めるのも何なので、文句は呑み込んだ。心の中で、彼の評価は下げたけど。
しかし、実際どのようにして犯人は控室に侵入したのだろう。
「僕は一度も入口前から離れていない。中には王党派の者以外は誰も入らなかった」
「王党派の者? それって、アメを運んできた奴ってこと?」
「ああ。準決勝中にポーラが、準決勝の後にヘレナ君がアメを運んで来た。ヘレナ君の方はリン君を探していたようだったが、聞いてみると『王が帰る前に会って話したいと言っている』とかふざけた用件だったから僕の一存で取り次ぎはしなかった。試合前なのに、変に煩わせてはいけないと……」
「そう、それは普通にありがとう」
こう見えても結構集中しているから、それを乱されずに済んだのは幸いだった。やっぱり評価は上げとこう。
「それ以降は誰も来なかったんだが……先程、急に中から物音がしてね。不審に思って入ってみたらこうなっていた。クソッ……試合開始直前のこの時を狙われた! きっと諸侯派の仕業だ! ベレニケ伯の差し金だ!」
「ふーん、成程ねえ……」
騒ぐベンを横目に散乱する荷物たちに触れてみると、さっきとは違って仄かに魔力の気配を感じた。既に感覚では魔法使いの魔力か月を蝕むものの魔力か識別できないほどに薄れており、それを調べられる魔道具を取りに行っている間に消え去ってしまうだろうほど微弱な気配。
こんなことなら、ナタリーさんに付いてきてもらうんだった。『魔力偏差検出器』の機能ならば、魔力波長を読み取ることも魔法使いか月を蝕むものかも見分けられるので、ある程度は犯人の目星を付けられたのに。
加えて、扉を経ず部屋の中に干渉するなんて、そんな芸当ができるものは魔法使いでも月を蝕むものでも限られている。
(たかが、嫌がらせの為だけにわざわざ魔法使いがこんな高度なことをする意味は見いだせないし……となると、そういう能力が備わった月を蝕むものの線の方が濃いのかしら?)
ふと頭を過ぎったのは『寄合』に居た子供だ。あの子供が撤退時に見せた、変態を壁の中に引き込んだ能力ならどうだろう。ベンの警備を擦り抜け扉を経ずにアメ玉を持ち出すことも可能かもしれない。
(だが、その目的はなんだ……?)
向こうの言い分を全て信用する訳ではないが、『寄合』は諸侯派とは無関係とのことだったが……。しかし、それが嘘だとして顔見せをしてきた直後に信用を損なう行動に出る意味も分からない。
なんとなくだが、犯人は『寄合』ではないような気がした。
「お姉様、決勝戦は棄権しましょう」
シンシアが力強くそう提案すると、ここぞとばかりにマネも「それが良いぜ」と乗っかる。
控室の検分を終えた私が冷めた目でシンシアの方を振り返ると、彼女は気圧されたように「うっ」と言葉を詰まらせたが、やがて決心したように震え声で意見を述べ始めた。
「お姉様の強さを疑う訳じゃありませんが、パルティア王国のファラフナーズは相当の使い手……アメ玉が一コもない状況では、きび、っきび……」
「ハッキリ言いなさい」
「きび……きびしいかと! 思います!」
さぞかし言いづらかったろう。私はシンシアの必死すぎる顔を見て、勝手な苛立ちで詰めるように威圧してしまったことを少し反省した。
「〝狂王〟の御前でした誓いについては……私も知ってます。不本意でしょうが……ここは王党派のツテを総動員して、どうにか誤魔化しましょう」
「オレ様もシンシアに賛成だ。誤魔化せるんなら、それが一番良い」
ムカつく提案だが、一理あることは認めなければならない。それがもっとも合理的な選択肢だろう。
「まぁね。目の前でおもくそ負けるよりは、それっぽい理由でもつけて棄権する方が安全策よね。でも、〝狂王〟を納得させられるような理由なんてそうそうあるかしら」
「かくなる上は……!」
何を思ったか、ベンが思いつめた表情で私に杖を向けてきた。
「ここで怪我の一つでも作っておくべきではないか!? そして、それを『寄合』の所為に致すとしよう! 棄権に正当性と説得力を持たすと共に警備体制の不備を糾弾できる! ついでにベレニケ伯を凋落させることもできよう!」
「バカ。それじゃ、私が侵入者の月を蝕むものごときに不覚を取ったと要らん誹りを受けるじゃない。良いわよ、そんなことしなくても」
私はベンの杖を押しのけ、代わりにシンシアの方へ手を差し出した。
「出しなさい」
「えっと、あの……ごめんなさい! お姉様からもらったアメは全部食べちゃって……」
「もう、アレは緊急時用って言ったじゃない。まあ、知ってたけど」
私は緊急時用のアメをベンや他の王党派のものに渡していた。しかし、それが誰からも出てこないということは、控室の中に纏めて置いといたのだろう。あるのならとっくに出してるだろうし。
ともかく、私がいま求めているアメはそれじゃない。
「それは良いから、胸ポケットを探ってみなさい。ほら、早く」
「胸ポケット……あっ」
そこからは包み紙に包まれたアメ玉が一コ、コロンと転がり出てきた。
「忘れてたでしょ」
「これ、いつの……」
「三ヶ月前」
私はずっと気付いていたが、面白かったので黙っていた。それが、まさかこんなところで役立つとは。
さて、そろそろ時間だ。
(――行くしかない)
行かなくては。このままだと自動的に棄権扱いで不戦敗になってしまう。
私は、なけなしのアメ玉一コを握りしめ、無言のうちに踵を返した。
「お姉様!」
「リン君!」
「リン!」
引き止める三つの声を強引に振り切り、なおも歩を進めると、後ろからどたどたと二人分の足音が付いてくる。私は振り返らず、控室の扉を突き飛ばすようにして通路に出た。
「アンタたちねえ……私を舐めてんじゃないの? 所詮は、マネにおんぶにだっこの味噌っかすだとでも? ――ふざけるなッ!」
一喝すると全員黙った。肯定も否定も言わない。あまりにも予想通り過ぎる反応にムカついてしょうがなかったが、アメ玉をマネに叩きつけてどうにか怒りを鎮める。
「――私は天才よ。今から、それを証明してみせる」
勇ましい言葉とは裏腹に萎縮しかける心を無理矢理に奮い立たせ、私は全力疾走して選手入場用の通路を駆け抜ける。
そして、決勝の舞台へと駆け上がった。
試合開始時間ぎりぎりかつ、他の試合は既に終わっていたこともあって、私の登場だけを待っていたらしい観覧席から安堵のため息が漏れた。しかし、パルティア王国のファラフナーズは些かも待ち倦ねた様子を見せず、ただ泰然と向かい側に佇んでいた。
(出来ているわね……ファラフナーズ!)
そして、そろそろ控室の方に向かおうかというところで、団体さんを引き連れて堂々と通路を闊歩する熊親爺と来合わせる。
私は即座に威儀を正した。それこそ慇懃無礼なぐらいに。
「これはこれは――ベルンハルト中将、ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますでしょうか、リンです。お変わりないようで安心いたしました」
「フンッ、貴様もな。相も変わらず、トンチキなことばかりしておるそうではないか。あの〝狂王〟にまで盾突きおるとは。よくも、今日まで生き永らえられたものだと感心するわい!」
あの時のことは忘れていないぞと、釘を刺すかのようなトゲトゲしい敵意をひしひしと肌に感じる。しかし、何か出来る訳でもあるまい。それこそ、出来てアメ玉をどうにかする程度の嫌がらせが精々。
だが、私はベルンハルト中将が犯人だとは全く思っていなかった。確率で言えば1%ぐらいの可能性はあるだろうが、彼はそういうみみっちいことを嫌う男だ。
「その節はどうも。私も、敵の大将と一騎打ちをさせられた時の事は今でも夢に見ます。しかし、あの時も今も、私を助くは天より授かった才かと存じます」
「抜かすわ。ヘレナ嬢の権威なしには粋がれぬ悪たれが」
「――あァ?」
ぶらり、と腕を垂れ下げ、手中に収まるカラギウスの剣をチラつかせる。
「今、この場に居る全員を斬り捨ててしまえば、何もヘレナに揉み消してもらう必要もないんですけれどねぇ?」
しかし、ざわっと動揺したのは周囲の秘書官、護衛らだけで、ベルンハルト中将は私の脅しを鼻で笑った。
「ハッ、肝が据わっとるのかイカれとるのか判然とせぬ奴よ」
お褒め頂き光栄である。
「ふふふ」
「がっはっは」
私たちは乾いた笑いを場に響かせあった。
しかし、ベルンハルト中将までベレニケに来ているとは。そっちこそ、警備で来たのか来賓として来たのか判然としない野郎ではないか。
もう暫く雑談に興じて彼が何をしに来たのか聞き出してもよかったのだが、折からに慌てふためいた様子のシンシアが駆け込んできたので、その考えは立ち消えになる。
「お、お姉様、やっと見つけました! 大変です!」
「どうしたのよ、シンシア。相変わらず騒々しい。私は今、こちらの殿方とお話ししているところなのだけれど」
「あっ、ベルンハルト中将! こんにちは!」
シンシアが頭を下げて軽く挨拶する。そして、すぐに私の方へ向き直った。
「とにかく、今すぐ来てください! 大変なんです!」
最初は、シンシアがさっきの試合で神聖エトルリアの代表選手にこっぴどく負けたのを慰めて欲しいのかとも思ったが、どうやらそういうどうでもいい用事ではなさそうな雰囲気だった。
「こっちです!」
シンシアが私の袖を強く引っ張ってくる。行き先は、ちょうど私が向かおうとしていた控室の方角と同じだったので、変に抵抗せず付いてゆく。
私は引っ張られながら後ろを振り返った。
「――そういう訳ですので、お先に失礼します。また近いうちにちゃんとしたご挨拶にお伺い致します」
「来るな」
心底うんざりした表情で言われてしまった。少し王党派と軍の動きについて探りを入れたかってみたかったのだが、ここまで手酷く振られてはそれも無理だろう。
私はシンシアの方に頭を切り替えた。マネが、服の下からにょろにょろと触手を伸ばしてくる。
「おい、ウルセェの。何があったのか言ってみろよ」
「アメが……アメがまた無くなっちゃったんです!」
「また?」
控室前に付くと、殊勝にも見張りを買って出てくれたベンが落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。軽妙洒脱の軟派な伊達男が、今日は真面目くさった深刻そうな顔ばかりだな。
「ベン、何があったの?」
「リン君! ……す、すまない。僕が居ながら……みすみす賊の再侵入を許してしまった!」
どういうことかとベンを押しのけて控室に入ると、中に置いていた私の荷物がまたもや荒らされていた。
「アメがないらしいけど、調達自体はできたの?」
「ああ、その通りだ。倉庫などにあるものを頼み込んで買い取ってきたそうだが……今は、ご覧の有様だ」
ご覧の有様と言われましても。つまり、なくなってしまったと言いたいのだろう。控室はベンがずっと見張っていた筈だ。それなのに再侵入を許すとは。
まあ、善意でやってくれたであろうことを責めるのも何なので、文句は呑み込んだ。心の中で、彼の評価は下げたけど。
しかし、実際どのようにして犯人は控室に侵入したのだろう。
「僕は一度も入口前から離れていない。中には王党派の者以外は誰も入らなかった」
「王党派の者? それって、アメを運んできた奴ってこと?」
「ああ。準決勝中にポーラが、準決勝の後にヘレナ君がアメを運んで来た。ヘレナ君の方はリン君を探していたようだったが、聞いてみると『王が帰る前に会って話したいと言っている』とかふざけた用件だったから僕の一存で取り次ぎはしなかった。試合前なのに、変に煩わせてはいけないと……」
「そう、それは普通にありがとう」
こう見えても結構集中しているから、それを乱されずに済んだのは幸いだった。やっぱり評価は上げとこう。
「それ以降は誰も来なかったんだが……先程、急に中から物音がしてね。不審に思って入ってみたらこうなっていた。クソッ……試合開始直前のこの時を狙われた! きっと諸侯派の仕業だ! ベレニケ伯の差し金だ!」
「ふーん、成程ねえ……」
騒ぐベンを横目に散乱する荷物たちに触れてみると、さっきとは違って仄かに魔力の気配を感じた。既に感覚では魔法使いの魔力か月を蝕むものの魔力か識別できないほどに薄れており、それを調べられる魔道具を取りに行っている間に消え去ってしまうだろうほど微弱な気配。
こんなことなら、ナタリーさんに付いてきてもらうんだった。『魔力偏差検出器』の機能ならば、魔力波長を読み取ることも魔法使いか月を蝕むものかも見分けられるので、ある程度は犯人の目星を付けられたのに。
加えて、扉を経ず部屋の中に干渉するなんて、そんな芸当ができるものは魔法使いでも月を蝕むものでも限られている。
(たかが、嫌がらせの為だけにわざわざ魔法使いがこんな高度なことをする意味は見いだせないし……となると、そういう能力が備わった月を蝕むものの線の方が濃いのかしら?)
ふと頭を過ぎったのは『寄合』に居た子供だ。あの子供が撤退時に見せた、変態を壁の中に引き込んだ能力ならどうだろう。ベンの警備を擦り抜け扉を経ずにアメ玉を持ち出すことも可能かもしれない。
(だが、その目的はなんだ……?)
向こうの言い分を全て信用する訳ではないが、『寄合』は諸侯派とは無関係とのことだったが……。しかし、それが嘘だとして顔見せをしてきた直後に信用を損なう行動に出る意味も分からない。
なんとなくだが、犯人は『寄合』ではないような気がした。
「お姉様、決勝戦は棄権しましょう」
シンシアが力強くそう提案すると、ここぞとばかりにマネも「それが良いぜ」と乗っかる。
控室の検分を終えた私が冷めた目でシンシアの方を振り返ると、彼女は気圧されたように「うっ」と言葉を詰まらせたが、やがて決心したように震え声で意見を述べ始めた。
「お姉様の強さを疑う訳じゃありませんが、パルティア王国のファラフナーズは相当の使い手……アメ玉が一コもない状況では、きび、っきび……」
「ハッキリ言いなさい」
「きび……きびしいかと! 思います!」
さぞかし言いづらかったろう。私はシンシアの必死すぎる顔を見て、勝手な苛立ちで詰めるように威圧してしまったことを少し反省した。
「〝狂王〟の御前でした誓いについては……私も知ってます。不本意でしょうが……ここは王党派のツテを総動員して、どうにか誤魔化しましょう」
「オレ様もシンシアに賛成だ。誤魔化せるんなら、それが一番良い」
ムカつく提案だが、一理あることは認めなければならない。それがもっとも合理的な選択肢だろう。
「まぁね。目の前でおもくそ負けるよりは、それっぽい理由でもつけて棄権する方が安全策よね。でも、〝狂王〟を納得させられるような理由なんてそうそうあるかしら」
「かくなる上は……!」
何を思ったか、ベンが思いつめた表情で私に杖を向けてきた。
「ここで怪我の一つでも作っておくべきではないか!? そして、それを『寄合』の所為に致すとしよう! 棄権に正当性と説得力を持たすと共に警備体制の不備を糾弾できる! ついでにベレニケ伯を凋落させることもできよう!」
「バカ。それじゃ、私が侵入者の月を蝕むものごときに不覚を取ったと要らん誹りを受けるじゃない。良いわよ、そんなことしなくても」
私はベンの杖を押しのけ、代わりにシンシアの方へ手を差し出した。
「出しなさい」
「えっと、あの……ごめんなさい! お姉様からもらったアメは全部食べちゃって……」
「もう、アレは緊急時用って言ったじゃない。まあ、知ってたけど」
私は緊急時用のアメをベンや他の王党派のものに渡していた。しかし、それが誰からも出てこないということは、控室の中に纏めて置いといたのだろう。あるのならとっくに出してるだろうし。
ともかく、私がいま求めているアメはそれじゃない。
「それは良いから、胸ポケットを探ってみなさい。ほら、早く」
「胸ポケット……あっ」
そこからは包み紙に包まれたアメ玉が一コ、コロンと転がり出てきた。
「忘れてたでしょ」
「これ、いつの……」
「三ヶ月前」
私はずっと気付いていたが、面白かったので黙っていた。それが、まさかこんなところで役立つとは。
さて、そろそろ時間だ。
(――行くしかない)
行かなくては。このままだと自動的に棄権扱いで不戦敗になってしまう。
私は、なけなしのアメ玉一コを握りしめ、無言のうちに踵を返した。
「お姉様!」
「リン君!」
「リン!」
引き止める三つの声を強引に振り切り、なおも歩を進めると、後ろからどたどたと二人分の足音が付いてくる。私は振り返らず、控室の扉を突き飛ばすようにして通路に出た。
「アンタたちねえ……私を舐めてんじゃないの? 所詮は、マネにおんぶにだっこの味噌っかすだとでも? ――ふざけるなッ!」
一喝すると全員黙った。肯定も否定も言わない。あまりにも予想通り過ぎる反応にムカついてしょうがなかったが、アメ玉をマネに叩きつけてどうにか怒りを鎮める。
「――私は天才よ。今から、それを証明してみせる」
勇ましい言葉とは裏腹に萎縮しかける心を無理矢理に奮い立たせ、私は全力疾走して選手入場用の通路を駆け抜ける。
そして、決勝の舞台へと駆け上がった。
試合開始時間ぎりぎりかつ、他の試合は既に終わっていたこともあって、私の登場だけを待っていたらしい観覧席から安堵のため息が漏れた。しかし、パルティア王国のファラフナーズは些かも待ち倦ねた様子を見せず、ただ泰然と向かい側に佇んでいた。
(出来ているわね……ファラフナーズ!)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる