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第三章
4.勝利 その①:似た者同士
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4.勝利
翌日の朝、私はヨセフさんとの交渉前に用事を片付けておこうとベレニケ伯の宮殿を訪ねた。以前にヘレナに連れられて行った主殿ではなく客殿の方へ。
ここには、大魔法祭のついでにベレニケ伯との面会を所望した複数名の外交官が、月を蝕むもの包囲網の皺寄せで事が終わるまで軟禁状態となっている。
客殿前の庭につくと、その中央で素振り用と思しき巨大な木剣を振り回す者がいた。まるで丸太のような太さと長さの木剣だ。振るわれる度に重い風切り音が鳴っている。
流石、ファラフナーズ。決勝まで上がってくるだけある。日頃から鍛錬に抜かりはないようだ。
「やっほー」
「……リンか」
私に気付いたファラフナーズは手を止め、額の汗を拭った。
彼女の直属の上官――パルティアでは早いうちから軍隊仕込み――は融和派であり、[パルティア-イリュリア]間における通商再開を各方面へ訴えるべく、この地に留まった。行きがけはスケジュールの都合上難しかったので、帰りがけにエドム・モアブ・アモン地方の有力貴族・商人のもとを歴訪するという。ファラフナーズはその護衛兼社会勉強として帯同しているそうだ。
「ベレニケ伯には会えた?」
「ああ。昨日、ようやく謁見することができたよ。感触は良くなかったがな」
「あらら。まあ、そっちは置いといて……アルゲニア王国の役人も謁見は済ませた?」
なぜ、そんなことを聞くのかという顔をしながら、ファラフナーズは私の問いを首肯した。
「ああ、この客殿に軟禁されてる連中は昨日のうちに全員ベレニケ伯への謁見を済ませた筈だ」
「そう!」
ならば、アルゲニア王国の連中もファラフナーズのように暇してる訳だ。
あのスタテイラも。
「ねえ、一つお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
「……それは何だ?」
私の懐から取り出された便箋を、ファラフナーズは怪訝そうな顔をして見詰める。私は、お願いの内容を説明する。
「見ての通りお手紙よ。これをアルゲニア王国の『スタテイラ』に渡してきて欲しいの」
「自分で渡せばいい」
「それはそうなのだけど……」
私はスタテイラを呼び出したい。その為には、他人に渡させるのが一番確実なのだ。
「私はね、スタテイラを怒らせたいの」
「どういうことだ?」
「スタテイラはね、そうされるとトサカにくる性格なの。――とにかく、ファラフナーズにしか頼めそうにないのよ。お願いっ!」
「ふむ。事情は知らないがが、別に渡すぐらいは構わない」
ファラフナーズは快諾してくれた。だが、私が喜びの声をあげる前に、すかさず「ただし――」と付け加える。そして、素振り用の巨大な木剣を、ぶうんと風切り音を立てて回した。
「私と一戦交えてくれたらな」
「……良いわ」
ファラフナーズの眼に灯る雪辱の戦意を見た時から、こんな展開になるだろうことは予想が付いていた。
私たちはどちらからともなく庭を離れ、人目につかない場所を探し始めた。
「リン、ルールはどうする?」
「殺さなきゃOK」
「ふっ……分かりやすくていい」
――ここにしよう。
そうね。
ふと立ち止まって振り返ると、少し離れた位置で同じく立ち止まっていたファラフナーズが素振り用の巨大な木剣をそのまま構える。その背後にはいつの間にか召喚門が開いており、そこから現れたらしい竜人が街灯のように佇立していた。
その竜人が更にまた別の門を開く――これは【武器召喚】。彼が〝魔界〟から喚び出し、手にしたのは剣じゃなく槍だった。彼もまた、本気という訳だ。
ゴングは不要だった。
場所はここ、時は今――戦いの火蓋はとっくに切られていた。
「行くわよ、マネ! 秒で終わらせるわ!」
「おう!」
ベレニケの町外れにて仁王立ちすること一時間、やっとこさスタテイラがおいでなすった。彼女は怒りを滲ませた般若の形相で、全身から血気を迸らせながらズカズカとまっすぐに歩いてくる。
私は堪らずこっちから声をかけた。
「スタテイラ、遅かったじゃない! ゆっくり朝飯でも食べてきたのかしらー?」
「リン! この手紙は何のつもりだ――って、お前……なんで既にボロボロなんだ?」
「そこは気にしなーい!」
ファラフナーズ相手に結構苦戦し、割と洒落にならないぐらい疲労困憊しているが、泣き言は言ってられない。掃滅作戦及び回収作戦は今日の夕方にかけてフィナーレを迎える予定だ。今日を逃せば、スタテイラたちは明日の朝一番にここを出てしまう。
だから、スタテイラと戦うには今日この日、この時間しかなかったのだ。
「まあいい、それよりなんだこの手紙は!」
ひらひらと風に靡くクシャクシャになった紙面には、この場所と『再戦しよう』という旨、『殺さなきゃOK』という大雑把なルールが挑発的に書かれていた。私自身の文じゃなく、人の神経を逆撫でするのが得意なコーネリアに書かせたのだが、大正解だったみたいだ。
「決闘状だけど。読んでないの?」
「読んだからここに来たんだろうが! 客殿をこっそり抜け出してまで!」
「そりゃご苦労なことで」
ぞんざいに答えれば、スタテイラは予想通りにますます怒る。
自慢じゃないが私の他人を見る目は確かな方だと思う。見誤るのは、ヘレナやレイラのように狂気を秘めた奴らだけ。たぶん、狂気というやつが私の中にないものだから上手く理解しきれないのだ。
けれど、スタテイラは違う。
ごくごく普通の人間。であるならば、表情や仕草を見れば何となく嘘をついてるかぐらいは判別できるし、戦えばもっと深くその人格を理解できる。
(一度剣を交えた私が、今アンタに対して抱いている感情が何か分かる?)
それは――共感だ。
「まず理由を言え!」
スタテイラが額に血管を浮かべながら怒鳴る。
「負けた側が再戦要求するなら分かるが、なぜ勝った側であるお前が再戦の場を設ける!」
「それは戦いの中で教えてあげるわ」
「また、それか……!」
どうしようもなく、私とスタテイラは似通っている。そりゃあ多少の差異はあるけど、根っこの部分では同じだ。そんな確信がある。
だから、どう言えば手っ取り早く剣を取ってくれるかも分かってしまう。
「で、闘るの闘らないの」
「――やるに決まってるだろう!」
キレ気味の返答と共に門が開き、宝石獣が可愛らしい鳴き声を上げながら飛び出してくる。スタテイラは宝石獣にカラギウスの剣を一本投げ渡し、自分は杖を構えた。
「【束縛の鎖】」
そして、素早く魔法を構築し、カラギウスの剣の柄に鎖を付ける。あくまで、その戦法自体は貫くつもりらしい。
「あら、それで戦うの? アンタのそういう変に意固地なとこ、ホントに面白い。馬鹿の一つ覚えじゃないことを祈るわ」
「なんとでも言え! 私がこの数日間ただ遊んでいたとでも思っているのか! 行くぞ、アル!」
「みゅう!」
アル? ああ、その宝石獣の名前。鉄礬柘榴石のアルって言うんだ。安直なネーミングね。
(そんなどうでもいいことは置いといて、と……)
糞マジメで負けず嫌いなスタテイラは、私が指摘した言葉を受け入れ実戦を想定した『勝つため』の戦い方を組み立て直してきたらしい。試合では禁止されていた火属性魔法を組み合わせて、ガンガン攻めてくる。私は即座にアメ玉三コをマネに叩きつけ、その攻撃に対応した。
数日間、客殿に足止めをくって缶詰になっていたとは思えない技のキレ。あの負けが相当に堪えたか、ファラフナーズのように鍛錬も戦術研究も怠っていないようだ。
だが、反省しているのは私とて同じ。あまりに似ているものだから、あの時はつい自分を基準に考えてしまっていた。認識の溝を埋めるには、やはり何をおいても対話が肝心だ。一昨日あたり、私はそんな結論に至った。
私はだしぬけに杖を手に取って、スタテイラに向けてみた。すると、案の定スタテイラは身構えて一度攻撃を止める。
「そう、それ」
「……はあ?」
「普通の魔法使い相手ならその反応で良いけど、私の魔法ってそんなに怖いものかしら? それと魔力の流れを良く見なさい。私は魔法の構築なんてしてないし、なんなら偽装してる風でもないでしょ。私は眼以外に【身体強化】を使ってないんだから」
常に――スタテイラは対魔法使い戦を想定している。それも、特定個人相手の。
「アンタ、誰を見て戦ってるの」
「くっ、戦いながらべらべらと……! 器用な奴だな!」
「――私を見て、そうすればアンタはもっと強くなれる」
強くなれる、私のその言葉にスタテイラの体はピクリと反応した。そして、食いしばった歯を軋ませながらも潜考し、攻勢を緩めず私の質問に金切り声で答えた。
「……私には妹がいる。よく出来た妹だ……ムカつくほどに! 腹違いの癖に!」
来た、これがスタテイラの本音だ。戦うだけでは掬えなかったつぶさな事情、彼女の本質を支える骨子となる背景。それが今、私の呼びかけに応えて、表に引き出されようとしている。
聞こう。そして、その後に私も話そう。
「昔は良かった! 神は私に魔法という祝福をくれた! だが、なぜ同じものを――いや、それ以上のものを妹に与えたのか! 今や全ての中心に居るのは妹で、私は見向きもされない! 誰も口には出さないが、家長を継ぐ者は私じゃなく妹であることが既定路線だ! ――嫌だろうが! そんなこと、私のプライドが許さない!」
語られる言葉に、私はどこか懐かしさを覚えていた。否応なく口角が釣り上がってゆくが、そんな私の反応がスタテイラは気に食わないらしい。ますます、怒りの気炎をぶち上げる。
「力を、証明せねばならんのだ――!」
「誰に?」
「軍官である父に、優秀過ぎる妹に、そして我が学友たちに!」
一際大きな魔力の高まりの後、スタテイラから粉状の炎が僅かに舞い飛ぶ。
(攻撃――違う――これは揺動)
本命は宝石獣のアルだ。いち早く、その狙いに気付いたことで、私はアルから放たれた魔法を余裕を持って回避することに成功する。スタテイラの口から舌打ちが漏れた。
「そう……誰を見てるかは分かったけれど、戦ってる最中に余所見をするのはイケナイわ。ほら、今だって私は相手の動きをよく見ていたからこそ避けられたのよ。何においても、まずは眼前の敵を除かなきゃ」
「何を偉そうに――! そういうお前だって、選ばれていないじゃないか! 『団体戦』のメンバーに!」
『団体戦』とは、中等生の部と高等生の部でそれぞれ二回行われる大魔法祭のメインイベントである。通常、生徒は一つの競技にしかエントリーできないが、『団体戦』のみ別である。
私はそのメンバーに選ばれていない。候補として名前が挙がったという話は聞いたが、今年の中等生の部のリーダーを務めるグィネヴィアの意向により、編成から外された。これまた随分、嫌われたものだ。
そういう派閥争いの絡む我が国特有の複雑な事情を端的に説明するのは難しい。国が違えば文化も違う、歴史も違う、ましてや今は戦闘中だ。
しかし、今ので一つ分かったことがある。アルゲニアの『団体戦』メンバーに居た唯一の中等部二年生――ストラトニケは、きっとスタテイラの腹違いの妹なのだろう。思い返してみれば、顔や雰囲気がよく似ている。
そりゃあ、嫉妬もするし焦燥も抱くだろう。私にとっても、その感情はとても馴染み深いものだ。
さて、スタテイラをより深く理解したところで、次は相互理解の段階に移行しよう。次は私の話をする番だ。
「そうね……私も同じよ」
「ほらみろ!」
「そっちじゃない。つか、『団体戦』に選ばれてるファラフナーズに私は勝ってるじゃない」
私は自分の顔を指差した。
「私の肌、色がちょっと混じってるの分かる? 日焼けじゃないのよ、自前なの。まあ、色白なだけで割合的には植民系の血の方が少なくて八分の一なんだけど」
「混血か。顔つきとかをよく見ると……少し、そうかもな!」
それがどうしたと言わんばかりにスタテイラの攻勢が強まる。話は最後まで聞けい。
「私の故郷は、エドム地方のド田舎で住民は土着系の人ばっかりなの。そこへ植民系の血が半分入ったパパがやってきてママと結婚、私を生んだ。村の皆は、表にこそ出さないけど、余所者のパパを村の一員とは認めてなかった。侵略者の子孫だって。そして、ママと子供の私にもその不満の矛先を向けていた」
一番よく覚えているのは水事情だ。私たち家族だけ、わざわざ遠くにある別の水源を使用せねばならなかった。それでも、直接的かつ徹底的で暴力的な迫害にまで至らなかったのは、ママが近隣有力者の親戚だったことが大きい。
それに、生活を続ける中で徐々に村の皆の態度も軟化していった。同年代の友人もいた。もう少し、パパが長生きしていれば完全なる和解という未来もあったのかもしれない。
けれども、そうはならなかった。
パパの早すぎる死によって植民系への敵意は宙ぶらりんになり、村の皆は私たち家族を心から受け入れるタイミングを失って、ふわふわした曖昧な対応で落ち着いてしまった。
「悲しかったけど、両親によく諭されてたから恨むようなことはしなかった。村の皆とパパや自分は見た目からして明らかに違うから、仕方のないことなのかなって……もっと、褐色っぽく生まれたらと思ったこともあった。でね、そんなある時、村に新しい土地管理官が派遣されてきたの。前任者と違ってモロに植民系丸出しの肌の白い魔法使いだった」
「ハッ、愚かな村人どもはそいつにも嫌がらせをしたか!?」
スタテイラの嫌味な物言いに、私は首を横に振って否定を示した。
「私、可哀想だと思ったのよ。きっと、彼も村の皆に冷たくされると思って。でも、違った。新しく来た土地管理官の人は村中からすっごく歓迎されたの。それこそ、神様扱い。あれは衝撃的だった……」
後から勉強して知識として把握したことだが、いかに国教会の布教が進んだイリュリア王国といえど、田舎の方にはまだまだ昔ながらの民族宗教的な祭事と感性が残っている。
今でこそ軍事的なイメージが強い魔法使いも、大昔は主に豊穣の象徴として扱われた。水を生み出し、土を整え、火を起こす。どれも農業に欠かせないものだ。
だから、農民が大半を占める村の皆は赴任してきた土地管理官を村をあげて歓待したのだ。それが例え、植民系であろうとも。
「そんな光景を見るうちに思ったのよ。私も魔法が使えさえすれば、私も魔法使いなら、村の皆に認められるんじゃないかってね」
同時期、王都で『星団』の晴れ晴れしいパレードを目撃していたことも重なった。
――あの服は、魔法使いの中でも一握りの人間しか着れない特別なものなのよ。
そんなママの言葉を受け、私の夢は固まった。どうせ目指すなら頂点、一番がいい。まさか、この時の私に魔法の素質があるかどうかなんて知る由もない。けれど、幼児期の万能感ゆえにか、不思議と目指さなければならないという強迫観念にも似た考えを持った。
「私も立派な魔女になって、家族に――ママや妹たちに、誰にも自分を恥じることのない生活を送ってほしい」
それが、私が頑張る理由。『星団』を目指す理由。
「その為には、他人に私の力を認めさせなければならない。ね、アンタと一緒でしょ」
「それは……己が命をたかが一試合の結果に委ねてまで、貫き通す価値のあるものかッ!?」
かつての夢は、やがて意地となり、そして今や呪いと化している。クラウディア教官のくれた『天才』の看板を背負っているがゆえに、殊更に私は負けられない。状況を問わず、時を問わず、敗北は許されない。
「負けられないのよ」
その時、初めて私の視線がスタテイラのそれと交わるのを感じた。
「――やっと、私を見てくれた。戦ってるのにちっとも眼を合わせてくれないんだから、全く気持ち悪いったらないわ」
「お前は……」
「もはや言葉は不要! 戦に生きる魔女ならば、これより先は杖で語れ!」
緩む頬を抑えきれず、思いっきり破顔しながら仕掛ける。
ギアを一つあげるわよ?
――なるほど面白い、かかってこい!
スタテイラもまた好戦的な笑みで応じる。戦いの最中にも関わらず、私たちの間には不思議な爽やかさがあった。
さて、通じ合ったばかりで名残惜しいが、そろそろ決めにいく。大魔法祭中には醜聞を気にして己に課していた枷を解き、徐々に尋常の剣術から私だけの異形の剣術へ移行する。
私は地面に倒れ込みながら全身をくの字に引き絞り、さながらアッパーカットを打ち込むかのように杖先で地面をえぐった。そして、魔法を解き放つ。
「撒き散らせ――【魔力弾】!」
ベレニケの乾燥した砂が魔力弾の直撃を受けて蒙々と巻き上がる。私は、その砂煙の中に潜行した。
(何でも有りの怖さを教えてあげる)
さあ、どうする? スタテイラ。
――舐めるなよ、砂埃ごとだ。
間を置かず、うねる炎が砂煙を薙ぎ払い、宝石獣のアルが私の居場所を探るように細かな炎弾を放つ。だが、その一つとして私に掠ることはない。砂煙が晴れた時、さぞかしスタテイラは目を見張ったことだろう。
「居ないっ!? ――後ろかッ!」
スタテイラは振り向きざまに当て推量で剣を繰り出した。その反応の早さのために、背後にいた私は不意打ちを諦め左手首に装着していた小盾で防御に回らざるを得なくされた。
反応が早いわね。
――いつの間に盾を装備した?
今、坑道の中を通った時よ。
なぜ、私がこの場所を戦場に選んだのか、その理由はこの地下に古い坑道が張り巡らされているからだ。私はその坑道に幾つかの入口を新設し、小盾を始めとする大量の武装をそこに隠しておいた。確実に勝つために。
――だが、問題ないな。
「おおっ!」
思わず、感嘆の声が漏れた。
小盾の下から迫りくる予想外の杖! その先からは薄い【魔力刃】が伸びており、私の脇腹を突き刺さんと一直線に向かってくる。
手を打っていたのは私だけじゃなかった。スタテイラは、剣で攻撃すると同時に反対側の手に持っていた杖を手放していたのだろう。それにより、剣の動きに鎖で引っ張られた杖がこうして時間差攻撃として機能した。
更に空いた手には、既に抜け目なく別の剣が握られている。杖の背後を追いかけるように、スタテイラは大振りせずコンパクトに魔力刃を突き出してきていた。
咄嗟に三段の時間差攻撃を繰り出してくるとは……!
(解放は無理……)
宝石獣のアルが既に細かな炎を放ち、私の退路という退路を全て塞いでいる。となると、こうする他あるまい。避けられないのなら、向こうから避けさせるまでだ。
――そうきたか、リン!
スタテイラの心得顔がガクッと崩れ落ち、杖も剣も空を切る。
私は、マネに土を掘らせた。それにより、スタテイラは足を取られてバランスを崩したのだ。
作り出した隙を見逃さず、私は渾身の一撃をスタテイラに見舞う。スタテイラの姿勢は崩れており、宝石獣のアルも魔法の構築が間に合っていない。
もう、スタテイラに攻撃を防ぐ手立ては残されていなかった。
「胴落」
今回は、楽しかったわ。
――前回は?
楽しくなかった。
「――クハハッ!」
スタテイラの顔に屈託なき笑みが弾けた。
私の剣が胴を走り抜けると、スタテイラは間もなく意識を失い、前のめりに倒れ込む。私は、新しき友人を正面から抱き止めた。
(頑張れ。私も、頑張るから)
気が付くと、私も笑っていた。
翌日の朝、私はヨセフさんとの交渉前に用事を片付けておこうとベレニケ伯の宮殿を訪ねた。以前にヘレナに連れられて行った主殿ではなく客殿の方へ。
ここには、大魔法祭のついでにベレニケ伯との面会を所望した複数名の外交官が、月を蝕むもの包囲網の皺寄せで事が終わるまで軟禁状態となっている。
客殿前の庭につくと、その中央で素振り用と思しき巨大な木剣を振り回す者がいた。まるで丸太のような太さと長さの木剣だ。振るわれる度に重い風切り音が鳴っている。
流石、ファラフナーズ。決勝まで上がってくるだけある。日頃から鍛錬に抜かりはないようだ。
「やっほー」
「……リンか」
私に気付いたファラフナーズは手を止め、額の汗を拭った。
彼女の直属の上官――パルティアでは早いうちから軍隊仕込み――は融和派であり、[パルティア-イリュリア]間における通商再開を各方面へ訴えるべく、この地に留まった。行きがけはスケジュールの都合上難しかったので、帰りがけにエドム・モアブ・アモン地方の有力貴族・商人のもとを歴訪するという。ファラフナーズはその護衛兼社会勉強として帯同しているそうだ。
「ベレニケ伯には会えた?」
「ああ。昨日、ようやく謁見することができたよ。感触は良くなかったがな」
「あらら。まあ、そっちは置いといて……アルゲニア王国の役人も謁見は済ませた?」
なぜ、そんなことを聞くのかという顔をしながら、ファラフナーズは私の問いを首肯した。
「ああ、この客殿に軟禁されてる連中は昨日のうちに全員ベレニケ伯への謁見を済ませた筈だ」
「そう!」
ならば、アルゲニア王国の連中もファラフナーズのように暇してる訳だ。
あのスタテイラも。
「ねえ、一つお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
「……それは何だ?」
私の懐から取り出された便箋を、ファラフナーズは怪訝そうな顔をして見詰める。私は、お願いの内容を説明する。
「見ての通りお手紙よ。これをアルゲニア王国の『スタテイラ』に渡してきて欲しいの」
「自分で渡せばいい」
「それはそうなのだけど……」
私はスタテイラを呼び出したい。その為には、他人に渡させるのが一番確実なのだ。
「私はね、スタテイラを怒らせたいの」
「どういうことだ?」
「スタテイラはね、そうされるとトサカにくる性格なの。――とにかく、ファラフナーズにしか頼めそうにないのよ。お願いっ!」
「ふむ。事情は知らないがが、別に渡すぐらいは構わない」
ファラフナーズは快諾してくれた。だが、私が喜びの声をあげる前に、すかさず「ただし――」と付け加える。そして、素振り用の巨大な木剣を、ぶうんと風切り音を立てて回した。
「私と一戦交えてくれたらな」
「……良いわ」
ファラフナーズの眼に灯る雪辱の戦意を見た時から、こんな展開になるだろうことは予想が付いていた。
私たちはどちらからともなく庭を離れ、人目につかない場所を探し始めた。
「リン、ルールはどうする?」
「殺さなきゃOK」
「ふっ……分かりやすくていい」
――ここにしよう。
そうね。
ふと立ち止まって振り返ると、少し離れた位置で同じく立ち止まっていたファラフナーズが素振り用の巨大な木剣をそのまま構える。その背後にはいつの間にか召喚門が開いており、そこから現れたらしい竜人が街灯のように佇立していた。
その竜人が更にまた別の門を開く――これは【武器召喚】。彼が〝魔界〟から喚び出し、手にしたのは剣じゃなく槍だった。彼もまた、本気という訳だ。
ゴングは不要だった。
場所はここ、時は今――戦いの火蓋はとっくに切られていた。
「行くわよ、マネ! 秒で終わらせるわ!」
「おう!」
ベレニケの町外れにて仁王立ちすること一時間、やっとこさスタテイラがおいでなすった。彼女は怒りを滲ませた般若の形相で、全身から血気を迸らせながらズカズカとまっすぐに歩いてくる。
私は堪らずこっちから声をかけた。
「スタテイラ、遅かったじゃない! ゆっくり朝飯でも食べてきたのかしらー?」
「リン! この手紙は何のつもりだ――って、お前……なんで既にボロボロなんだ?」
「そこは気にしなーい!」
ファラフナーズ相手に結構苦戦し、割と洒落にならないぐらい疲労困憊しているが、泣き言は言ってられない。掃滅作戦及び回収作戦は今日の夕方にかけてフィナーレを迎える予定だ。今日を逃せば、スタテイラたちは明日の朝一番にここを出てしまう。
だから、スタテイラと戦うには今日この日、この時間しかなかったのだ。
「まあいい、それよりなんだこの手紙は!」
ひらひらと風に靡くクシャクシャになった紙面には、この場所と『再戦しよう』という旨、『殺さなきゃOK』という大雑把なルールが挑発的に書かれていた。私自身の文じゃなく、人の神経を逆撫でするのが得意なコーネリアに書かせたのだが、大正解だったみたいだ。
「決闘状だけど。読んでないの?」
「読んだからここに来たんだろうが! 客殿をこっそり抜け出してまで!」
「そりゃご苦労なことで」
ぞんざいに答えれば、スタテイラは予想通りにますます怒る。
自慢じゃないが私の他人を見る目は確かな方だと思う。見誤るのは、ヘレナやレイラのように狂気を秘めた奴らだけ。たぶん、狂気というやつが私の中にないものだから上手く理解しきれないのだ。
けれど、スタテイラは違う。
ごくごく普通の人間。であるならば、表情や仕草を見れば何となく嘘をついてるかぐらいは判別できるし、戦えばもっと深くその人格を理解できる。
(一度剣を交えた私が、今アンタに対して抱いている感情が何か分かる?)
それは――共感だ。
「まず理由を言え!」
スタテイラが額に血管を浮かべながら怒鳴る。
「負けた側が再戦要求するなら分かるが、なぜ勝った側であるお前が再戦の場を設ける!」
「それは戦いの中で教えてあげるわ」
「また、それか……!」
どうしようもなく、私とスタテイラは似通っている。そりゃあ多少の差異はあるけど、根っこの部分では同じだ。そんな確信がある。
だから、どう言えば手っ取り早く剣を取ってくれるかも分かってしまう。
「で、闘るの闘らないの」
「――やるに決まってるだろう!」
キレ気味の返答と共に門が開き、宝石獣が可愛らしい鳴き声を上げながら飛び出してくる。スタテイラは宝石獣にカラギウスの剣を一本投げ渡し、自分は杖を構えた。
「【束縛の鎖】」
そして、素早く魔法を構築し、カラギウスの剣の柄に鎖を付ける。あくまで、その戦法自体は貫くつもりらしい。
「あら、それで戦うの? アンタのそういう変に意固地なとこ、ホントに面白い。馬鹿の一つ覚えじゃないことを祈るわ」
「なんとでも言え! 私がこの数日間ただ遊んでいたとでも思っているのか! 行くぞ、アル!」
「みゅう!」
アル? ああ、その宝石獣の名前。鉄礬柘榴石のアルって言うんだ。安直なネーミングね。
(そんなどうでもいいことは置いといて、と……)
糞マジメで負けず嫌いなスタテイラは、私が指摘した言葉を受け入れ実戦を想定した『勝つため』の戦い方を組み立て直してきたらしい。試合では禁止されていた火属性魔法を組み合わせて、ガンガン攻めてくる。私は即座にアメ玉三コをマネに叩きつけ、その攻撃に対応した。
数日間、客殿に足止めをくって缶詰になっていたとは思えない技のキレ。あの負けが相当に堪えたか、ファラフナーズのように鍛錬も戦術研究も怠っていないようだ。
だが、反省しているのは私とて同じ。あまりに似ているものだから、あの時はつい自分を基準に考えてしまっていた。認識の溝を埋めるには、やはり何をおいても対話が肝心だ。一昨日あたり、私はそんな結論に至った。
私はだしぬけに杖を手に取って、スタテイラに向けてみた。すると、案の定スタテイラは身構えて一度攻撃を止める。
「そう、それ」
「……はあ?」
「普通の魔法使い相手ならその反応で良いけど、私の魔法ってそんなに怖いものかしら? それと魔力の流れを良く見なさい。私は魔法の構築なんてしてないし、なんなら偽装してる風でもないでしょ。私は眼以外に【身体強化】を使ってないんだから」
常に――スタテイラは対魔法使い戦を想定している。それも、特定個人相手の。
「アンタ、誰を見て戦ってるの」
「くっ、戦いながらべらべらと……! 器用な奴だな!」
「――私を見て、そうすればアンタはもっと強くなれる」
強くなれる、私のその言葉にスタテイラの体はピクリと反応した。そして、食いしばった歯を軋ませながらも潜考し、攻勢を緩めず私の質問に金切り声で答えた。
「……私には妹がいる。よく出来た妹だ……ムカつくほどに! 腹違いの癖に!」
来た、これがスタテイラの本音だ。戦うだけでは掬えなかったつぶさな事情、彼女の本質を支える骨子となる背景。それが今、私の呼びかけに応えて、表に引き出されようとしている。
聞こう。そして、その後に私も話そう。
「昔は良かった! 神は私に魔法という祝福をくれた! だが、なぜ同じものを――いや、それ以上のものを妹に与えたのか! 今や全ての中心に居るのは妹で、私は見向きもされない! 誰も口には出さないが、家長を継ぐ者は私じゃなく妹であることが既定路線だ! ――嫌だろうが! そんなこと、私のプライドが許さない!」
語られる言葉に、私はどこか懐かしさを覚えていた。否応なく口角が釣り上がってゆくが、そんな私の反応がスタテイラは気に食わないらしい。ますます、怒りの気炎をぶち上げる。
「力を、証明せねばならんのだ――!」
「誰に?」
「軍官である父に、優秀過ぎる妹に、そして我が学友たちに!」
一際大きな魔力の高まりの後、スタテイラから粉状の炎が僅かに舞い飛ぶ。
(攻撃――違う――これは揺動)
本命は宝石獣のアルだ。いち早く、その狙いに気付いたことで、私はアルから放たれた魔法を余裕を持って回避することに成功する。スタテイラの口から舌打ちが漏れた。
「そう……誰を見てるかは分かったけれど、戦ってる最中に余所見をするのはイケナイわ。ほら、今だって私は相手の動きをよく見ていたからこそ避けられたのよ。何においても、まずは眼前の敵を除かなきゃ」
「何を偉そうに――! そういうお前だって、選ばれていないじゃないか! 『団体戦』のメンバーに!」
『団体戦』とは、中等生の部と高等生の部でそれぞれ二回行われる大魔法祭のメインイベントである。通常、生徒は一つの競技にしかエントリーできないが、『団体戦』のみ別である。
私はそのメンバーに選ばれていない。候補として名前が挙がったという話は聞いたが、今年の中等生の部のリーダーを務めるグィネヴィアの意向により、編成から外された。これまた随分、嫌われたものだ。
そういう派閥争いの絡む我が国特有の複雑な事情を端的に説明するのは難しい。国が違えば文化も違う、歴史も違う、ましてや今は戦闘中だ。
しかし、今ので一つ分かったことがある。アルゲニアの『団体戦』メンバーに居た唯一の中等部二年生――ストラトニケは、きっとスタテイラの腹違いの妹なのだろう。思い返してみれば、顔や雰囲気がよく似ている。
そりゃあ、嫉妬もするし焦燥も抱くだろう。私にとっても、その感情はとても馴染み深いものだ。
さて、スタテイラをより深く理解したところで、次は相互理解の段階に移行しよう。次は私の話をする番だ。
「そうね……私も同じよ」
「ほらみろ!」
「そっちじゃない。つか、『団体戦』に選ばれてるファラフナーズに私は勝ってるじゃない」
私は自分の顔を指差した。
「私の肌、色がちょっと混じってるの分かる? 日焼けじゃないのよ、自前なの。まあ、色白なだけで割合的には植民系の血の方が少なくて八分の一なんだけど」
「混血か。顔つきとかをよく見ると……少し、そうかもな!」
それがどうしたと言わんばかりにスタテイラの攻勢が強まる。話は最後まで聞けい。
「私の故郷は、エドム地方のド田舎で住民は土着系の人ばっかりなの。そこへ植民系の血が半分入ったパパがやってきてママと結婚、私を生んだ。村の皆は、表にこそ出さないけど、余所者のパパを村の一員とは認めてなかった。侵略者の子孫だって。そして、ママと子供の私にもその不満の矛先を向けていた」
一番よく覚えているのは水事情だ。私たち家族だけ、わざわざ遠くにある別の水源を使用せねばならなかった。それでも、直接的かつ徹底的で暴力的な迫害にまで至らなかったのは、ママが近隣有力者の親戚だったことが大きい。
それに、生活を続ける中で徐々に村の皆の態度も軟化していった。同年代の友人もいた。もう少し、パパが長生きしていれば完全なる和解という未来もあったのかもしれない。
けれども、そうはならなかった。
パパの早すぎる死によって植民系への敵意は宙ぶらりんになり、村の皆は私たち家族を心から受け入れるタイミングを失って、ふわふわした曖昧な対応で落ち着いてしまった。
「悲しかったけど、両親によく諭されてたから恨むようなことはしなかった。村の皆とパパや自分は見た目からして明らかに違うから、仕方のないことなのかなって……もっと、褐色っぽく生まれたらと思ったこともあった。でね、そんなある時、村に新しい土地管理官が派遣されてきたの。前任者と違ってモロに植民系丸出しの肌の白い魔法使いだった」
「ハッ、愚かな村人どもはそいつにも嫌がらせをしたか!?」
スタテイラの嫌味な物言いに、私は首を横に振って否定を示した。
「私、可哀想だと思ったのよ。きっと、彼も村の皆に冷たくされると思って。でも、違った。新しく来た土地管理官の人は村中からすっごく歓迎されたの。それこそ、神様扱い。あれは衝撃的だった……」
後から勉強して知識として把握したことだが、いかに国教会の布教が進んだイリュリア王国といえど、田舎の方にはまだまだ昔ながらの民族宗教的な祭事と感性が残っている。
今でこそ軍事的なイメージが強い魔法使いも、大昔は主に豊穣の象徴として扱われた。水を生み出し、土を整え、火を起こす。どれも農業に欠かせないものだ。
だから、農民が大半を占める村の皆は赴任してきた土地管理官を村をあげて歓待したのだ。それが例え、植民系であろうとも。
「そんな光景を見るうちに思ったのよ。私も魔法が使えさえすれば、私も魔法使いなら、村の皆に認められるんじゃないかってね」
同時期、王都で『星団』の晴れ晴れしいパレードを目撃していたことも重なった。
――あの服は、魔法使いの中でも一握りの人間しか着れない特別なものなのよ。
そんなママの言葉を受け、私の夢は固まった。どうせ目指すなら頂点、一番がいい。まさか、この時の私に魔法の素質があるかどうかなんて知る由もない。けれど、幼児期の万能感ゆえにか、不思議と目指さなければならないという強迫観念にも似た考えを持った。
「私も立派な魔女になって、家族に――ママや妹たちに、誰にも自分を恥じることのない生活を送ってほしい」
それが、私が頑張る理由。『星団』を目指す理由。
「その為には、他人に私の力を認めさせなければならない。ね、アンタと一緒でしょ」
「それは……己が命をたかが一試合の結果に委ねてまで、貫き通す価値のあるものかッ!?」
かつての夢は、やがて意地となり、そして今や呪いと化している。クラウディア教官のくれた『天才』の看板を背負っているがゆえに、殊更に私は負けられない。状況を問わず、時を問わず、敗北は許されない。
「負けられないのよ」
その時、初めて私の視線がスタテイラのそれと交わるのを感じた。
「――やっと、私を見てくれた。戦ってるのにちっとも眼を合わせてくれないんだから、全く気持ち悪いったらないわ」
「お前は……」
「もはや言葉は不要! 戦に生きる魔女ならば、これより先は杖で語れ!」
緩む頬を抑えきれず、思いっきり破顔しながら仕掛ける。
ギアを一つあげるわよ?
――なるほど面白い、かかってこい!
スタテイラもまた好戦的な笑みで応じる。戦いの最中にも関わらず、私たちの間には不思議な爽やかさがあった。
さて、通じ合ったばかりで名残惜しいが、そろそろ決めにいく。大魔法祭中には醜聞を気にして己に課していた枷を解き、徐々に尋常の剣術から私だけの異形の剣術へ移行する。
私は地面に倒れ込みながら全身をくの字に引き絞り、さながらアッパーカットを打ち込むかのように杖先で地面をえぐった。そして、魔法を解き放つ。
「撒き散らせ――【魔力弾】!」
ベレニケの乾燥した砂が魔力弾の直撃を受けて蒙々と巻き上がる。私は、その砂煙の中に潜行した。
(何でも有りの怖さを教えてあげる)
さあ、どうする? スタテイラ。
――舐めるなよ、砂埃ごとだ。
間を置かず、うねる炎が砂煙を薙ぎ払い、宝石獣のアルが私の居場所を探るように細かな炎弾を放つ。だが、その一つとして私に掠ることはない。砂煙が晴れた時、さぞかしスタテイラは目を見張ったことだろう。
「居ないっ!? ――後ろかッ!」
スタテイラは振り向きざまに当て推量で剣を繰り出した。その反応の早さのために、背後にいた私は不意打ちを諦め左手首に装着していた小盾で防御に回らざるを得なくされた。
反応が早いわね。
――いつの間に盾を装備した?
今、坑道の中を通った時よ。
なぜ、私がこの場所を戦場に選んだのか、その理由はこの地下に古い坑道が張り巡らされているからだ。私はその坑道に幾つかの入口を新設し、小盾を始めとする大量の武装をそこに隠しておいた。確実に勝つために。
――だが、問題ないな。
「おおっ!」
思わず、感嘆の声が漏れた。
小盾の下から迫りくる予想外の杖! その先からは薄い【魔力刃】が伸びており、私の脇腹を突き刺さんと一直線に向かってくる。
手を打っていたのは私だけじゃなかった。スタテイラは、剣で攻撃すると同時に反対側の手に持っていた杖を手放していたのだろう。それにより、剣の動きに鎖で引っ張られた杖がこうして時間差攻撃として機能した。
更に空いた手には、既に抜け目なく別の剣が握られている。杖の背後を追いかけるように、スタテイラは大振りせずコンパクトに魔力刃を突き出してきていた。
咄嗟に三段の時間差攻撃を繰り出してくるとは……!
(解放は無理……)
宝石獣のアルが既に細かな炎を放ち、私の退路という退路を全て塞いでいる。となると、こうする他あるまい。避けられないのなら、向こうから避けさせるまでだ。
――そうきたか、リン!
スタテイラの心得顔がガクッと崩れ落ち、杖も剣も空を切る。
私は、マネに土を掘らせた。それにより、スタテイラは足を取られてバランスを崩したのだ。
作り出した隙を見逃さず、私は渾身の一撃をスタテイラに見舞う。スタテイラの姿勢は崩れており、宝石獣のアルも魔法の構築が間に合っていない。
もう、スタテイラに攻撃を防ぐ手立ては残されていなかった。
「胴落」
今回は、楽しかったわ。
――前回は?
楽しくなかった。
「――クハハッ!」
スタテイラの顔に屈託なき笑みが弾けた。
私の剣が胴を走り抜けると、スタテイラは間もなく意識を失い、前のめりに倒れ込む。私は、新しき友人を正面から抱き止めた。
(頑張れ。私も、頑張るから)
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