触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

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最終章

5.蠢蠢 その②:私がこの国を奪るまで

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 クーデターは見事に成功し、王党派は議会から追い出された。

 王党派議員の当選は無効とされ、ロイ・アーヴィンはこの前に監獄から出てきたばかりだというのにまた逮捕されて収監された。王党派の意向を受けて挿げ替えられた統領コンスルたちは、別の人間へ再び挿げ替えられた。

 そして、クーデターのごたごたも小康状態に入った昨日、五頭政府クイーンケヴィラトゥスの決定で、私はケメト方面軍の総司令官としてアルゲニア王国の属領であるケメト総督府へ侵攻することになった。

 これは、民衆の中で徐々に存在感を増してゆく私の存在を五頭政府クイーンケヴィラトゥスが穏和なやり方で王都から排斥しようとした結果だろう。そして、それにイスラエル・レカペノスも乗っかった。

 私はその決定自体には異論を唱えるつもりはない。ただ、その実現のためという名目で、一つの要求をぶつけるつもりだ。

 それは、新型人工外骨格エクソスケルトンの実戦配備である。




 イリュリア共和国の魔法工学を支える工業地帯の中心地に至り、ようやく『ナタン工房』の看板を見ることができた。アポイントメントは取っているから、工房の主ナタン・メーイールはあそこで私を待っている筈だ。

 さあ、そのご尊顔を存分におろがませてもらうとしよう。

「ここで降ろして。用事は一時間もすれば終わるから待ってなさい」
「畏まりました」

 馬車を飛び降り、改めて『ナタン工房』を見上げる。彼の功績を讃えて最近に新設されたということもあり、外見は結構小綺麗だった。しかし、壁越しにも工房内から発せられる『熱気』が肌を通して伝わってくる。

 だが、今日はこっちの本館ではなく、分館の方へ来るよう言われている。
 興味はあるが、見学はまたの機会としよう。

 汗ばむような『熱気』から逃れるように本館の裏手へ回ると、敷地の隅にこじんまりと建てられた分館がその姿を現す。

 私は、遠慮なく分館入口の扉を押し開いた。

「失礼します」

 分館で事務作業や魔道具アーティファクトの製図のような作業に従事していた者たちが一斉に私を見た。そのうちの一人が、応対のために立ち上がろうとする。しかし、私はその必要はないと手で制し、最奥でパイプを吹かしながら製図していた浅黒い肌の人物へ向かって声をかけた。

「――貴方が、ナタン・メーイールですね?」
「うん? その通りだが……よく分かったな」
「顔を見れば分かります」

 そう言うと、ナタン・メーイールはニヤリと笑って製図用具を机上に置いた。まさに人生の最盛期を謳歌しているといった感じの、眩い生気に満ち溢れた男だった。



「若き『天才』、リン。こうして直接会うのは初めてだな?」
「はい」

 これまでは手紙の上で、それも形だけ付き合いを続けているような繋がりでしかなかったが、これからは違う。もっと密に、懇ろの付き合いを所望する。

 私は心の距離を縮める前に、まず物理的な距離を縮めるべくずいっと身を乗り出させた。

「約束どおり、少しお話をさせてもらいに来ました」
「――良い眼だ。ヘレナ・アーヴィンと同じ、狂気に満ちた良い眼をしている」

 ナタン・メーイールはパイプを一吹かしして立ち上がり、私を奥の部屋へ案内する。そこへ付いてきた事務員の一人が、コーヒーと菓子を出してくれた。その事務員が下がるのを見計らって、私は切り出す。

「いつかの『機雷』は助かりました。突然の注文にも対応して頂いて」
「そういやぁ、そうか。あの時と一緒のリンかぁ! ヨッパ攻囲戦の時だな、あれは。こっちとしても在庫が掃けて助かった。しかし、よく『機雷』の存在を知っていたな、大将。『人工外骨格エクソスケルトン』なんかより軍部のウケは悪かったと記憶しているが」
「私は個人的に『ナタン工房』の作品には注目しておりまして、カタログに乗っていたものは全て把握しています」

 これは本当だ。私は毎月発行される『ナタン工房』の商品カタログを欠かさずチェックしている。その中でも『機雷』の設計思想――海上封鎖――は特に興味深く思い、印象に残っていたので、ヨッパ攻囲戦の時に作戦の着想を得ることができたのだ。

「――で、だ」

 ナタン・メーイールが強引に本題へと入る。

「今日は新型人工外骨格エクソスケルトンの実戦配備とかいう話だったが」
「はい」
「俺ァ、これでもお偉いサン方との付き合いもある……だが、そんな話は初耳だ。些か性急な話じゃねえか?」

 噂の天才魔法工学技師は想像以上に政治的方面へも明るい人物らしい。私は、にっこり笑って彼の疑問に答えた。

「現状は、私と貴方の間だけのお話と思っていただいて構いません。しかし、同時に――これはでもあります」
「はぁ?」
「私は、『やる』と言ったら女ですよ」

 実戦配備の提案は、私の全てをかけても押し通す。向こうは、私にゴネられても困るだろうから、きっと強めに押せば首を縦に振る筈だ。

(例え嫌と言っても絶対に振らせる)

 ゆえにこれは嘘でもハッタリでもなく、ただ各方面に話を通していないだけの決定事項であると言えた。

 ナタン・メーイールはじっと私の眼を見つめ、そしてふっと笑った。

「なるほど、『天才』だ。良いだろう、話だけは聞いてやる」
「ありがとうございます。では、まずはこちらを御覧ください」

 私はカバンから資料を取り出し、ナタン・メーイールの前に差し出した。

「現行の『人工外骨格エクソスケルトンX-03』の問題点や改善点を私なりに纏めたものです。一応、現場の人間の声も入っていますので、一考の余地ありと存じます」
「ほーう……?」

 ナタン・メーイールは、パラパラと資料をめくってゆく。この資料はヴァレンシュタインやその部下たちから聞き取りを行い作成したものだ。天才の意見も凡才の意見も入っており、なかなか良い出来の資料になったと自画自賛している。

「やはり、次世代の戦争に装甲部隊アーマード・ソルジャーは欠かせないものであると心得ます。つきましては、現行の『人工外骨格エクソスケルトンX-03』をベースに後継作『X-04』を製作して頂きたいと思いまして」
「それなら、

 やにわに立ち上がったナタン・メーイールは、「少し待っていろ」と言って部屋を出る。宣言通り、彼はすぐに戻ってきて携えていた設計図を広げて見せてくれた。

人工外骨格エクソスケルトンX-04』

 私は、その設計図を見て慄然とした。

(……既に、改善されている)

 私が持ち込んだ程度の問題点や改善点など、天才たる彼には既に把握済みのものでしかなかったらしい。魔法工学に関して通り一遍の知識にすら乏しい私では、重箱の隅をつつくような意地悪な文句も付けられない完璧な出来だ。

 加えて、『X-03』と規格が統一されているのが何より素晴らしい。これなら装備の更新も整備も効率的に行えるだろう。

 ふう、と思わずため息を吐く。

 ナタン・メーイールは私の想像を超える『天才』だった。彼は『広域非破壊探査装置NDIシステム』のような一点物を作らせても一級品なら、このような量産品の設計を手がけさせても一級らしい。

 だがしかし、その所為で私は逆に困ってしまった。

「参りましたね……これでは
「……どういう意味だ?」
「少々、デチューンしていただきたいということです。『X-04』の名称はデチューン後の人工外骨格エクソスケルトンに用い、フルチューンしたものは『X-05』として発表はにしていただけませんか」

 ナタン・メーイールはパイプを一つ吹かす。次の言葉を待たずとも、その不満げな面持ちで気乗りしていないのが分かった。

「話にならねえ」

 彼はパイプの火皿に溜まった燃えカスを灰皿に落とし、私の提案をピシャリと切って捨てた。

「俺ァ、自分の発明品が世で活躍することが嬉しくて魔道具アーティファクトを作ってんだ。例えそれが愚にもつかない革命や野蛮な殺し合いだろうとよ。それをデチューンしろだァ? 発表するなだァ? 聞けねぇな、そんな馬鹿げた話は。ちゅーか、大将、お前は軍人だろ。お国の勝利が大目的ではないのかァ?」
「言いたいことは分かりますよ。ですから……こういうのはいかがです?」

 あらかじめ反応の一つとして『反発』を予想していた私は、ナタン・メーイールの耳元へ近付き計画の概略を囁いた。

「――という感じです」
「……それ、本気で言ってるのか?」
「はい。全てが上手く行った暁には、予算額も倍増どころか五倍にして差し上げますよ」

 現状の魔法工学全体への投資額にナタン・メーイールは満足していない。度々、再三再四にわたって彼は時の政府に金をせびっている。お偉いサンとの付き合いも、そのために維持しているのだろう。

(もう、そんな面倒なことをしなくても良いわ)

 これからは媚びれば良いのだから。

 私は、他のありとあらゆる分野を犠牲にしてでも、本気で予算額を五倍にしてやるつもりだった。魔法工学の発展とこのナタン・メーイールという男には、それくらいの価値はあると思っている。

 話を聞いてナタン・メーイールの眼の色が変わった。金の話に食い付く辺り、存外に俗物らしい一面もあるようだ。あるいは、それだけ魔法工学に対して真摯とも言えるか。

「前言撤回だ。興味がむんむん湧いてきた。なあ、『X-04』の発表が二年後ってのは、つまり……」
「はい。お察しの通り、それはにかかる時間に起因します」

 ナタン・メーイールは、私の発言の荒唐無稽さに暫し閉口していたが、その内容を咀嚼するにつれてじわじわと口角を吊り上げてゆく。

 私は、気骨稜々たる笑みを浮かべてみせた。

「貴方がそうであるように、私もまた『天才』であるということです」
「――大言壮語を吐いたな! 二年! 期待するぞ!?」
「どうぞ、ご随意に」

 ナタン・メーイールは、大口を開けて豪快に笑った。

 どうやら、合意コンセンサスは無事に得られたようなので、私は別の資料を差し出しつつ詳細を詰めてゆく。

「では、つまらない話を……『X-04』に関してですが、半年後には量産ラインの立ち上げを始め、一年後には実戦配備できるのが理想です」
「つまらないものかよ、阿呆ほど楽しいぜ。しかし、そんなにで良いのかい?」
「はい、これがベストです」

 微妙に生産力を制限し、余力を残しておく。これがポイントだ。

「手隙で『X-05』を一個小隊分、用意しておいてくれませんか。『試作』……という名目で、出来ればが来るまでは部品の状態にしておいてもらえると、隠蔽もできて嬉しいですね。もちろん、代金の方はお支払いしますよ。私のポケットマネーから先払いで」

 持参していたカバンを開き、中にぎっしりと詰まった札束を見せると、ナタン・メーイールはその頬を緩ませ、上機嫌で再びパイプに火を付けた。

 俗物め。
 だが、素直な奴は嫌いじゃない。

 私もまた葉巻に火を付ける。商談は、予定していた一時間を越えて続いた。
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