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第3章 恋愛フラグの破壊と成立
だから僕はよく眠る
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「あっはっは! 卒業式に撥ねられて気がついたら女子高生に転生してたって!? 何それ! 運が良いんだか悪いんだか! 爆笑~!」
南雲はとんでもない大嘘つきだった。
約束はいとも容易く反故にされ、やつは涙を滲ませ腹を抱える始末である。
「笑わないで、真剣に聞くって言ったじゃねぇか……!」
「うん、だから、真剣に聞いてるって、ぷくく……!」
堪えきれていない笑いを隠すでもなく、南雲はうなずいた。
どこをどう見たら、真剣に聞いてるって言えるんだ。
「嘘つくんじゃねぇ! 散々笑いやがって……! お前に話した俺が馬鹿だった!」
無言で屋上まで引っ張られたときから、腹を立てていたというのに、ちゃんと話した末に爆笑されて。
とことん自分勝手な南雲に呆れ果てた。
くるりと踵を返す俺の手首を、南雲が掴む。
「待って、嘘じゃないよ」
「離せよ」
俺は教室に戻って、綾小路と親睦を深めるんだ。
振り解こうとしたが、力の入った南雲の手は簡単には離れない。
「いい加減に……!」
「だって、僕、乙女ちゃんの話、信じてるもん」
「……は?」
信じてる、だって?
転生なんていう突拍子もない話を?
「……あんだけ笑い倒しておいて?」
「笑ったのは……その、悪かったよ、謝る、ごめん」
意外とすんなり、素直に南雲は謝罪の言葉を口にした。
マイペース、自分勝手、悠々自適。
人に嫌われるのが、おおよそ怖くなさそうなワードばかりが似合いそうな南雲が、己の非を認めている。
なんか調子が狂うな。
「でも、僕は本当に、君が転生したって話を信じるよ。体は女の子なんだけど、中身は完全に男ってことなんでしょ?」
「……そ、そうだよ、そうなんだよ!」
俺の話を完全に理解した南雲の要約に俺は興奮する。
この世界で初めて、俺の身の上を信じてくれる人間が現れた!
「あ、あと、この世界についてなんだけど……」
「この世界について? 転生ってだけでも面白いのに、まだあるの?」
転生した経緯はあらかた説明したが、まだ語っていない部分がある。
「……ここ、少女漫画の世界なんだ」
「……少女漫画の世界?」
クエスチョンマークが南雲の頭上に、数えきれないほど浮かび上がっているのが見える。
……さすがに、今度こそ信じてもらえないかもな。
「この世界は、俺が前世で読んだことのある少女漫画の世界で──俺は主人公でヒロイン。伊集院と鬼塚から迫られて、どっちかと付き合う羽目になるんだ!」
「…………」
「俺はその運命を変えたい……! どっちとも付き合うことなく、高校生活を無事に終えたい!」
熱がこもった俺の野望を南雲は無言で聞いていた。
今度こそ笑いもせず真剣に。
「生徒会長と不良少年が、絶対に乙女ちゃんを好きになるのか……」
顎をつまんで、思案する南雲。
「え……、これも、信じてくれるのか……?」
びっくりする俺に、南雲はにこりと笑いかける。
「言ったでしょ、乙女ちゃんの話、信じてるって」
「だって……、転生した話より馬鹿げてるだろ……? 自分の生きてる世界が少女漫画なんて……」
「信用度で話すなら、正直、どっちもどっちだよ」
……確かに。
南雲は続ける。
「転生したっていうのも、生徒会長と不良少年に絶対恋をされるっていうのも、全部僕の疑問に答えてくれるから、信じるしかないよね」
「南雲の疑問?」
「うん。乙女ちゃんが男らしすぎるとか、学年もクラスも違うイケメンたちと偶然にしては接点が多すぎるとか」
ほ、ほんとだ……!
言われてみれば、クラスメイトでもない、昔からの知り合いでもない、親族でもないあいつらと、不自然なくらいエンカウントしてやがる……!
くっ、これが少女漫画の力か……!
「その割には、乙女ちゃん全然嬉しそうじゃないし、むしろ嫌がってる感じすらあるし。でも、転生して中身が男で、少女漫画のヒロインだっていうなら納得。僕としても、恋愛したくないタイプの友達ができて嬉しい」
「そ、そうか……」
南雲の事情は知らないが、本人が嬉しそうにしているからオールオッケーだな。
「じゃ、じゃあ、教室戻ろうぜ。弁当も持たずにこんなところで話し込んでたら、昼飯食いっぱぐれる……」
「じゃあ、次は僕の話を聞いてくれる?」
「え?」
「僕さぁ、お母さんがいないんだぁ」
……なんか始まったぞ。
しかも導入からして、めちゃくちゃ重たいぞ。
南雲は空を仰ぐが、春の青空に似つかわしくなさそうな身の上話を披露しようとしていた。
「あ、南雲……、教室に……」
「僕のお母さんはね、家事もこなしながら働いてたんだけど……、職場がとんだブラック企業だったみたいで」
俺の声は届かないのだろうか。
俺の身の上話を聞いたんだから、今度は南雲の番ということか。
確かに散々自分の話ばかり聞かせておいて、南雲の話は聞かないというのは理屈が通らない。
俺は昼飯も綾小路も諦めて、南雲の語りに耳を傾けた。
「家事と仕事を両立させようとして、無理して……、死んじゃった。睡眠不足と過労だってさ。それで、死ぬ直前にお母さん、僕に言ったんだ」
青空から、俺に視線を落とす南雲。
「健康に生きてって」
……健康。
俺たち高校生が健康なんて、言われなくても当たり前なほど前提条件だ。
みんな、その上で何をするか悩み学び、遊ぶのが高校生活だろう。
それを、遺言として、南雲のお母さんはわざわざ残したのか。
「だから、僕はどこでもいつだって寝るんだ」
南雲がやたら昼寝をする理由がそこにあった。
睡眠不足で亡くなったお母さんからの遺言を、彼は律儀にも強く守っているのだ。
こんなに母思いの南雲から、お母さんを奪うなんて、漫画の神様は残酷だ。
「……ねぇ、お母さんはなんで死んじゃったと思う?」
「……え」
「結婚なんてしたからだよ」
……決めつけが過ぎないか。
なんて他人の俺が口を出すわけにはいかない。
「だから、僕は母さんを、あんな目に遭わせた父さんを、絶対に許さない……!」
ぎゅう、と南雲の拳が強く握られた。
震えている。
恋愛を毛嫌いしていたのは、大好きだったお母さんが奪われたと思っているからか。
両親が結ばれなければ、そもそも南雲だって生まれていないのだが。
……そういう問題じゃないんだろう。
「南雲のお父さんが全面的に悪いわけじゃ……」
「お父さんは、衰弱していくお母さんを見殺しにしたんだよ」
強い視線に、俺は怯んだ。
もう南雲の視野は完全に狭まってしまっている。
「おかしいんだよ、どうしてお母さんだけが家事も仕事もしなきゃいけなかったの? お父さんは今だって仕事しかしないでさぁ……!」
お母さんが亡くなったということは、現在、南雲は父子家庭なのか。
片親しかいなければ、金を稼げない南雲に、生活するための負担が回ってくるだろう。
母親がいたときも、いなくなってさえも、家事をやろうとしない仕事人間の父親に、南雲は腹の虫が収まらないようだった。
それはもはや、恨みにも見える。
これから先、親子で、二人三脚で、生きていかなきゃいけないのに、片方に怨恨を抱えているだなんて。
……そんなの、悲しすぎるだろ。
「……なぁ、お前のお父さんは、本当にお母さんを見捨てたのかな」
「見捨てたに決まってるよ! だって、僕はお父さんが家事をしているところを、一度だって……!」
「……お前のお父さんにも、何か事情があったかもしれないだろ」
「……なんでそんなこと、父さんに会ったこともない乙女ちゃんに分かるのさ」
「わかんねぇよ。だから、聞きに行こう」
「聞きに行く? 乙女ちゃんは何を言ってるの?」
「だから、今から行くんだよ、お前のお父さんのところに」
南雲が俺を屋上に連れてきたときのように、俺は南雲の手を取って駆け出した。
屋上の出入り口をくぐり抜け、できる限りのスピードで階段を降りる。
「い、今から!?」
俺の行動に目を丸くしつつも、南雲は大人しく引っ張られてついてきた。
俺たちはそのまま、校門を抜けて学校を後にした。
南雲はとんでもない大嘘つきだった。
約束はいとも容易く反故にされ、やつは涙を滲ませ腹を抱える始末である。
「笑わないで、真剣に聞くって言ったじゃねぇか……!」
「うん、だから、真剣に聞いてるって、ぷくく……!」
堪えきれていない笑いを隠すでもなく、南雲はうなずいた。
どこをどう見たら、真剣に聞いてるって言えるんだ。
「嘘つくんじゃねぇ! 散々笑いやがって……! お前に話した俺が馬鹿だった!」
無言で屋上まで引っ張られたときから、腹を立てていたというのに、ちゃんと話した末に爆笑されて。
とことん自分勝手な南雲に呆れ果てた。
くるりと踵を返す俺の手首を、南雲が掴む。
「待って、嘘じゃないよ」
「離せよ」
俺は教室に戻って、綾小路と親睦を深めるんだ。
振り解こうとしたが、力の入った南雲の手は簡単には離れない。
「いい加減に……!」
「だって、僕、乙女ちゃんの話、信じてるもん」
「……は?」
信じてる、だって?
転生なんていう突拍子もない話を?
「……あんだけ笑い倒しておいて?」
「笑ったのは……その、悪かったよ、謝る、ごめん」
意外とすんなり、素直に南雲は謝罪の言葉を口にした。
マイペース、自分勝手、悠々自適。
人に嫌われるのが、おおよそ怖くなさそうなワードばかりが似合いそうな南雲が、己の非を認めている。
なんか調子が狂うな。
「でも、僕は本当に、君が転生したって話を信じるよ。体は女の子なんだけど、中身は完全に男ってことなんでしょ?」
「……そ、そうだよ、そうなんだよ!」
俺の話を完全に理解した南雲の要約に俺は興奮する。
この世界で初めて、俺の身の上を信じてくれる人間が現れた!
「あ、あと、この世界についてなんだけど……」
「この世界について? 転生ってだけでも面白いのに、まだあるの?」
転生した経緯はあらかた説明したが、まだ語っていない部分がある。
「……ここ、少女漫画の世界なんだ」
「……少女漫画の世界?」
クエスチョンマークが南雲の頭上に、数えきれないほど浮かび上がっているのが見える。
……さすがに、今度こそ信じてもらえないかもな。
「この世界は、俺が前世で読んだことのある少女漫画の世界で──俺は主人公でヒロイン。伊集院と鬼塚から迫られて、どっちかと付き合う羽目になるんだ!」
「…………」
「俺はその運命を変えたい……! どっちとも付き合うことなく、高校生活を無事に終えたい!」
熱がこもった俺の野望を南雲は無言で聞いていた。
今度こそ笑いもせず真剣に。
「生徒会長と不良少年が、絶対に乙女ちゃんを好きになるのか……」
顎をつまんで、思案する南雲。
「え……、これも、信じてくれるのか……?」
びっくりする俺に、南雲はにこりと笑いかける。
「言ったでしょ、乙女ちゃんの話、信じてるって」
「だって……、転生した話より馬鹿げてるだろ……? 自分の生きてる世界が少女漫画なんて……」
「信用度で話すなら、正直、どっちもどっちだよ」
……確かに。
南雲は続ける。
「転生したっていうのも、生徒会長と不良少年に絶対恋をされるっていうのも、全部僕の疑問に答えてくれるから、信じるしかないよね」
「南雲の疑問?」
「うん。乙女ちゃんが男らしすぎるとか、学年もクラスも違うイケメンたちと偶然にしては接点が多すぎるとか」
ほ、ほんとだ……!
言われてみれば、クラスメイトでもない、昔からの知り合いでもない、親族でもないあいつらと、不自然なくらいエンカウントしてやがる……!
くっ、これが少女漫画の力か……!
「その割には、乙女ちゃん全然嬉しそうじゃないし、むしろ嫌がってる感じすらあるし。でも、転生して中身が男で、少女漫画のヒロインだっていうなら納得。僕としても、恋愛したくないタイプの友達ができて嬉しい」
「そ、そうか……」
南雲の事情は知らないが、本人が嬉しそうにしているからオールオッケーだな。
「じゃ、じゃあ、教室戻ろうぜ。弁当も持たずにこんなところで話し込んでたら、昼飯食いっぱぐれる……」
「じゃあ、次は僕の話を聞いてくれる?」
「え?」
「僕さぁ、お母さんがいないんだぁ」
……なんか始まったぞ。
しかも導入からして、めちゃくちゃ重たいぞ。
南雲は空を仰ぐが、春の青空に似つかわしくなさそうな身の上話を披露しようとしていた。
「あ、南雲……、教室に……」
「僕のお母さんはね、家事もこなしながら働いてたんだけど……、職場がとんだブラック企業だったみたいで」
俺の声は届かないのだろうか。
俺の身の上話を聞いたんだから、今度は南雲の番ということか。
確かに散々自分の話ばかり聞かせておいて、南雲の話は聞かないというのは理屈が通らない。
俺は昼飯も綾小路も諦めて、南雲の語りに耳を傾けた。
「家事と仕事を両立させようとして、無理して……、死んじゃった。睡眠不足と過労だってさ。それで、死ぬ直前にお母さん、僕に言ったんだ」
青空から、俺に視線を落とす南雲。
「健康に生きてって」
……健康。
俺たち高校生が健康なんて、言われなくても当たり前なほど前提条件だ。
みんな、その上で何をするか悩み学び、遊ぶのが高校生活だろう。
それを、遺言として、南雲のお母さんはわざわざ残したのか。
「だから、僕はどこでもいつだって寝るんだ」
南雲がやたら昼寝をする理由がそこにあった。
睡眠不足で亡くなったお母さんからの遺言を、彼は律儀にも強く守っているのだ。
こんなに母思いの南雲から、お母さんを奪うなんて、漫画の神様は残酷だ。
「……ねぇ、お母さんはなんで死んじゃったと思う?」
「……え」
「結婚なんてしたからだよ」
……決めつけが過ぎないか。
なんて他人の俺が口を出すわけにはいかない。
「だから、僕は母さんを、あんな目に遭わせた父さんを、絶対に許さない……!」
ぎゅう、と南雲の拳が強く握られた。
震えている。
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両親が結ばれなければ、そもそも南雲だって生まれていないのだが。
……そういう問題じゃないんだろう。
「南雲のお父さんが全面的に悪いわけじゃ……」
「お父さんは、衰弱していくお母さんを見殺しにしたんだよ」
強い視線に、俺は怯んだ。
もう南雲の視野は完全に狭まってしまっている。
「おかしいんだよ、どうしてお母さんだけが家事も仕事もしなきゃいけなかったの? お父さんは今だって仕事しかしないでさぁ……!」
お母さんが亡くなったということは、現在、南雲は父子家庭なのか。
片親しかいなければ、金を稼げない南雲に、生活するための負担が回ってくるだろう。
母親がいたときも、いなくなってさえも、家事をやろうとしない仕事人間の父親に、南雲は腹の虫が収まらないようだった。
それはもはや、恨みにも見える。
これから先、親子で、二人三脚で、生きていかなきゃいけないのに、片方に怨恨を抱えているだなんて。
……そんなの、悲しすぎるだろ。
「……なぁ、お前のお父さんは、本当にお母さんを見捨てたのかな」
「見捨てたに決まってるよ! だって、僕はお父さんが家事をしているところを、一度だって……!」
「……お前のお父さんにも、何か事情があったかもしれないだろ」
「……なんでそんなこと、父さんに会ったこともない乙女ちゃんに分かるのさ」
「わかんねぇよ。だから、聞きに行こう」
「聞きに行く? 乙女ちゃんは何を言ってるの?」
「だから、今から行くんだよ、お前のお父さんのところに」
南雲が俺を屋上に連れてきたときのように、俺は南雲の手を取って駆け出した。
屋上の出入り口をくぐり抜け、できる限りのスピードで階段を降りる。
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