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 クリスマスが近い。
 クリスマスが近いってことは、冬休みが近いってこと。
 冬休みが近いってことは……期末テストが近いってこと。
 我が家では、クリスマスには毎年ご馳走が出る。楽しみではあるんだけど、その前には、乗り越えなきゃならない期末テストがあるのだから、手放しには喜べない。
 期末テストのないクリスマスだったら、最高なのになぁ。

『クリスマスに思い馳せてないで、早く掃除を済ませなよ。部活もう始まってるよ』

 横からちくちくした小言が飛んでくる。
 声の主へと視線をやれば、双子の兄である空が、腕を組んでオレを睨みつけていた。
 オレは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「しょうがねぇだろ。オレにしか頼めない、一生のお願いって、泣きつかれちまったんだから」
 本来、掃除当番ではないオレが、放課後の教室で一人、ほうきを持っているのは、クラスメイトに頼まれたからだ。
「ま、人気者の宿命だよな。頼り甲斐のある男は辛いぜ」
 ふふん、と鼻の下を指でこすると、空ははぁ、とため息をついた。
『都合よく押し付けられてるだけだと思うけど。陸一人だけが掃除なんて、絶対ハメられてるよ』
「お前、そういうところだぞ!」
『? 何が?』
 空が首をかしげたのと、教室のドアが開かれるのは同時だった。
「あら、早川くん一人だけ? 今、誰かと喋ってなかった?」
 担任の先生が、廊下から顔を覗かせた。
 やば。見られた。
 オレは慌てて、両手を左右にぶんぶん振る。
「い、いや! 何も喋ってないですよ! オレ、部活あるんで、行きますね~! あは、あははは!」
 オレは作り笑いをしながら、ほうきを掃除ロッカーに押し入れて、その場から走り去った。不思議そうな表情を浮かべている先生を残して。
「おい、あんまり外では話しかけるなって、いつも言ってるだろ!」
 部室へ足を向けつつ、オレは小声で空に話しかける。空は不服そうに唇を尖らせた。
『誰もいなかったんだから、別にいいじゃん』
「よくなかっただろ! 先生に変な目で見られるし……! お前はもうちょっと、幽霊である自覚を持て!」
『はいはい』
 ──そう。
 双子の空は、去年、小学六年生の時に、勉強をするために図書館へ行く途中に交通事故に遭って──死んだ。
 親戚も小学校の同級生も、みんな残されたオレに気を遣っていたけれど、オレ自身は、ちっとも寂しくなかった。
 空は、ずっと隣にいたからだ。
 しかし、幽霊っていうやつは、漫画やアニメで見るほどのことは、特にできないようで。オレ以外には見えないし、声も聞こえない、物も触れないらしい。
 空が見えると言っても、隣にいると言っても、誰も信じてはくれなかった。
 知り合いが誰もいないこの私立中学に入学するまでは、空が死んだショックで頭がおかしくなったのだと、周りに思われていた。
 中学受験は大変だったが、空を知っている人間がいないから、妙な気の遣われ方をされないで済むのがいいところだ。
『成仏できてない自覚があるから、早くサッカー部行けって急かしてるんじゃないか。ほら、走って走って』
「それが人に物を頼む態度か!」
 パンパン、と手を叩いて急かす空に対して、思わず大声が出てしまう。
「……え? 一人で怒鳴ってる……?」
 すれ違った女子が変な目で見てきた。
「ゴホッ! ゲェッホ!」
 わざとらしく、大きな咳払いをして、なんとか誤魔化す。誤魔化せているかどうかはわからない。
「早く成仏してくれ……」
 オレがため息まじりに呟くと、空は意味ありげに笑った。
『陸が代わりに、ぼくの無念を晴らしてくれたら、ね』
「無念って……そんな大層なもんじゃないだろ」
 オレの言葉に、空は『ちっちっち』と人差し指を左右に振った。
『いいや、ぼくにとっては重要なことさ。スタメンに選ばれたことが一度もないっていうのは』
 確かに、空とオレは小学生時代、同じ地元のサッカークラブに所属していたけれど──空って、そんなにサッカー好きだったか?
 サッカーよりも勉強に励んでいたイメージが大きい。塾も同じだったから、よく比べられたのを覚えている。
 考えが巡る前に、部室に到着した。さっさとスポーツウェアに着替える。
 グラウンドに出ると、サッカー部のみんなは既にアップのランニングを始めていた。
「すみません! 遅れました!」
 ランニングの先頭を走るキャプテンの三咲先輩が、オレの声に気づく。
「遅いぞ! 早くアップに混ざれ!」
「はい!」
 オレはランニングの最後尾について、みんなと共に声を張り上げた。
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