双子の兄が幽霊になりまして。

よこすかなみ

文字の大きさ
10 / 13

10

しおりを挟む
 帰りのホームルームが終わるや否や教室を飛び出した。
 三咲先輩は、律儀にも校門の横で待っていてくれていた。彼の横を通り過ぎる一年生の女子が、「あの人かっこいい」と口々につぶやいている。
「すみません、行きましょうか」
「え、おい、どこに?」
 困惑したままの三咲先輩を連れて、沙耶さんが入院していたという病院まで行く。道路では邪魔になるので、病院の隣にある公園に入った。
 沙耶さんも空も、オレたちの後ろからついて来ている。三咲先輩にバレないように、こっそり。
「ここって……」
 三咲先輩があたりを見渡す。視線が止まったのは、公園内ではなく、沙耶さんがかつて入院していたという病院だった。
「……なんだよ、話って。こんなところまで連れてきて」
「この病院、来たことあるんですか?」
 オレも病院を見ながら、三咲先輩に問いかける。
「……何が言いたい」
 三咲先輩の眉間に皺がよった。
「三咲先輩、本当は沙耶さんのこと、覚えてますよね?」
「沙耶さん?」
 三咲先輩が疑わしげな表情になった。
 それを無視して、オレは続ける。
「オレ、沙耶さんから、三咲先輩に伝言を預かってるんです」
「はぁ?」
 すぅ、と息を吸い込む。冷たい冬の空気が喉を通って、少し痛い。
 沙耶さんから伝えられていた言葉を思い出しながら、紡いでいく。
「──どうして、あの日、お見舞いに来てくれなかったの? 何か悪いことしちゃったなら謝るから、ごめんね」
「おい、なんだそれ!」
 三咲先輩が珍しく声を荒げた。理解が追いつかないと言わんばかりに、手を顔に当てている。
 部活で大声を上げるところはよく聞くけれど、こんな感情的になっている先輩を見るのは初めてかもしれない。
「ちょっと待てって、意味わかんねぇんだけど!」
 強めの言い方をしてくる三咲先輩に、オレも負けじと言い返す。
「沙耶さんを知らないって言うのは、嘘ですよね? まだしらばっくれるんですか?」
「だから、そうじゃねえって! どうして、お前がそんな伝言、預かってるんだよ」
「この前、沙耶さんと知り合ったんですよ」
「この前っていつだよ?」
 ずんずんと三咲先輩がすごい剣幕で距離を詰めてくる。さすがに気圧されてしまった。
「え……? いつって、み、三日前くらい、ですけど……」
「そんなのありえねぇ。お前こそ、テキトーなこと言ってんじゃねぇのか」
「な、なんでそんなこと、言い切れるんですか!?」
「だって、鈴野は──」
 少しだけ、三咲先輩の唇が震えた。

「去年、心臓の病気で、死んでるんだよ」

 ────え?
 沙耶さんが、去年、死んでる?
 思わず沙耶さんを振り返る。
 沙耶さんは困ったように笑っていた。

『ごめんね、騙すつもりは、なかったんだけれど』

 ──嘘だろ。
 苦笑する沙耶さんの横で、空が『あちゃー』と頭を抱えていた。
 空は気づいてたのか、沙耶さんが幽霊だって。
 あぁ、でも、そしたら色んなことが腑に落ちる。
 沙耶さんに空が見えるのは、自分も幽霊だから。
 オレに話しかけてきたのは、幽霊が見えるから。
 祟るって言っていたのは、三咲先輩に未練があるから。
 そうか、そうだったのか……。
 どんどん、どんどん、今までのことが整理されていく。
「なぁ、なんでお前が、去年死んだ鈴野の伝言を預かってるんだ?」
「それは……」
 三咲先輩がオレの両肩を掴んだ。痛いくらい強く掴んでいるが、その手はわずかに震えていた。
 ……三咲先輩も、沙耶さんに特別な思いがあるんだろうか。
「……オレに、幽霊が見えるからです」
「幽霊が見える?」
 肩を掴んでいた手が離される。一歩、三咲先輩が後ろに下がった。
「じゃあ、何か? お前には、鈴野の幽霊が見えて、幽霊の鈴野と話したってことか?」
「はい」
「んなバカな……」
 三咲先輩の口角が片方だけ吊り上がる。
 信じられない、と顔に書いてあった。去年、空が見えるって言ったときの両親や親戚と同じ表情だ。あんまり言うもんだから、病院に連れて行かれた。
 あのときは、周りに信じさせる術はなかったけれど、今回は違う。
「三咲先輩、オレとカフェに行ったとき、コーヒー飲んでましたよね」
「あ、あぁ、飲んでたけど……」

「ミルク二つと砂糖三つ、入れなくてよかったんですか?」

 三咲先輩が、息をのんだ。
「……な、なんでそれ、お前が知ってんだよ……」
 彼の両目が、震えながら見開かれていく。
「俺がその量のミルクと砂糖入れることを知ってるのは、鈴野だけのはずなのに……」
「だから、沙耶さんから聞いたんです」
『三咲……』
 いつの間にか、沙耶さんはオレの隣に立っていた。両手を胸の前で組んで、心配そうに三咲先輩を見守っている。
 その姿を見て、オレの心臓が苦しくなる。
 ……祟りたいなんて、嘘じゃん。
 三咲先輩のこと、大好きなんじゃん。
 胸が痛くなるのを無視して、オレは沙耶さんのために言葉を続ける。
「……こうも言っていましたよ」
 オレは上を向いた。昨日、沙耶さんが三咲先輩に言っていた小言を思い出す。

「──ココア頼めって言ってるのに」

「あ……」
 大きく見開かれたままの三咲先輩の目から、ぽろ、と涙が一粒だけこぼれ落ちた。
「何か特別なセリフなんですか?」
「……鈴野がミルクと砂糖を手渡してくるときに……毎回言ってきたセリフだよ……」
 三咲先輩は、乱暴にこぼれた涙を拭った。はぁ、と大きく息を吐く。その息は白く染まっていた。
「……分かった。お前を信じる。疑って悪かった」
 意を決したような目つきになった三咲先輩は、謝罪と共に頭を下げてきた。
 オレは慌ててそれを制する。
「いやいや、顔あげてくださいよ! そこまで謝んなくていいですって」
 言われて、ゆっくりと三咲先輩が頭を上げた。
「……鈴野は、そこにいるのか?」
『いるよ、三咲。聞いてるよ』
 オレは沙耶さんの言葉を代わりに伝える。ここにいます、と隣を手で示すと、そっちに体を向けた。
「約束の日──手術の前日に行けなかったのは、友達にからかわれて恥ずかしくなったからなんだ。鈴野のこと好き過ぎだろ、って」
 三咲先輩は、沙耶さんのほうに頭を深々と下げた。
「本当にごめん。子供の、つまんない意地でお前を傷つけて」
『そうだったの……』
 からかわれて、恥ずかしくなって、意地を張って。それで、大切な手術前日に行かなかったなんて。
 ──その翌日の手術で、きっと沙耶さんは……。
 そう思うと、三咲先輩にふつふつと怒りが湧いてくるけれど、沙耶さんは安堵の表情を浮かべていた。

 ──『……わたし、何かしちゃったのかな?』

 そう言って、涙目になっていた沙耶さんのことだから──きっと、自分が何かしたわけではないとわかって、ほっとしたんだろう。
「それなら……なんで、最初、オレが聞いたとき、沙耶さんのこと知らないなんて言ったんですか」
 オレが疑問をぶつけると、三咲先輩は目をつむって、首を横に振った。
「……忘れようとしたんだ。鈴野のことが、好きだったから」
『え……』
 沙耶さんは口元を手で隠した。しかし、手の隙間から覗く頬は、真っ赤に染まっている。
 ……そうだよな。
 三咲先輩の想いを聞いて、嬉しそうに照れる沙耶さんを見たくなくて、目を逸らした。
 三咲先輩は続ける。
「でも、無理だった。恋愛する気になれなかったのは、鈴野のことが忘れられなかったから」
 そういえば、恋愛とかそういうのは苦手、なんて言ってたっけ。
 ふと、ちらちらと白いものが空から舞ってきた。
 ──雪だ。
「鈴野が幽霊になって成仏してないのって、多分、俺のこと恨んでるからだよな……。恨まれて当然だと思ってる。本当にごめん」
 俯く三咲先輩。また、目から涙がこぼれ落ちる。
『三咲!』
 沙耶さんが駆け出して、三咲先輩を抱きしめた──しかし、手はすり抜けて、何も触れることはできない。
『違う、違うの! わたし、三咲を恨んでるんじゃないの! 悲しかっただけなの!』
 必死に叫んでも、沙耶さんの声は三咲先輩には届かない。
 この気持ちを、伝えられるのは、オレしかいないんだ。
 ……損な役回りだな。
 オレは自分のお人好し具合に鼻で笑う。
 まぁ、でも、終わった恋心も、最後に好きな人の役に立つなら、いい墓場かもしれない。
『わたしも、三咲が好きだから!!』
 オレは三咲先輩に、沙耶さんの思いの丈をぶつけた。
 三咲先輩の瞳から、せきを切ったように涙がこぼれ始める。
「鈴野……ありがとう」
 三咲先輩の手が、恐る恐る、沙耶さんの手と重なる。見えていないはずなのに、二人は見つめ合っていた。
 雪が降る中、沙耶さんはだんだん透けていった。
『陸くん、空くん、ありがとう。二人とも、ちゃんと話さなきゃ、ダメだよ』
 オレたちに向かって、にっこりと笑う沙耶さんは、やっぱりとても可愛い。
『じゃあね』
 雪と一緒に、透明になっていく。泣きながらも、笑顔で、手を振って──そして、沙耶さんは見えなくなった。
 ……これが、成仏したってことなのかな。
「……沙耶さん、いなくなりました」
「……そうか、ありがとうな。早川」
「いえ……」
 どちらからともなく、歩き出す。
 コツン、と三咲先輩の足に何かがぶつかった。
「ん?」
「どうしましたか?」
 一緒に地面を見れば、未開封のココアの缶が転がっている。
 あ──……。

『ココア頼めって言ってるのに』

 沙耶さんの笑った顔が思い浮かぶ。
 幽霊は物に触れないはずだから、沙耶さんの仕業じゃないんだろうけど。
 オレと三咲先輩には、そのココアを沙耶さんが置いていったようにしか見えなかった。
 三咲先輩がしゃがんで、ゆっくりとココアを拾い上げる。
「……本当はさ、あいつが死ぬところ、見たくなかったんだ」
 ぽつり、ぽつり。
 三咲先輩は言う。
「手術の前の日に会って、これが最後なんて、思いたくなかった。怖かったんだ、あいつが本当に死んじゃうかもしれないって、実感するのが」
 ココアを握りしめて、先輩が立ち上がる。
「……帰るか」
「……そうですね」
 そう言う三咲先輩の声が、涙に濡れていたのを、オレは気づかないふりをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。 ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。 ※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。 ※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。 ※2026.1.5に完結しました! 修正中です。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

マジカル・ミッション

碧月あめり
児童書・童話
 小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。

処理中です...