月への出張

風宮 秤

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2:スペースポートタワー編

スペースポートタワー :1

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 機体が旋回コースに入ると夕陽に照らされたスペースポートタワーが窓枠いっぱいに広がり乗客から歓声が上がった。基底部で十キロメートルのスペースポートタワーを旋回しながら近づいていくとトラス構造の線に見えていたパイプが旅客機より大きい太さだと分かる。その迫力に今度は言葉を失っている。
 豊彦と映美も窓に張り付くようにスペースポートタワーに見入っていた。
「白夜のスペースポートタワーは迫力があって良いですね」
 太い柱と細い柱が絡み合う隙間から日差しがキラキラと漏れ出ていた。よく見ると軍艦の砲塔のような物が設置され、旅客機の動きに合わせ向きを変えていた。
「あれが、テロ対策の砲塔ですね。常に側面を見せて近づかないと撃たれてしまう・・・・」
「白日の下に晒された、現実ですね」
 旅客機が衝突しても傷もつかない様な圧倒的な存在であっても、人に対する備えが設計に残っていた。
「テロの火種が殆どなくなった現代からすれば杞憂だと思うけど、日常的に人工衛星やシャトルに隕石など脅威は残りますからね。砲塔の撤去は無理でも旅客機をロックオンするのは止めて欲しいですね」
 シートベルト着用のランプが点いた。あちらこちらで聞こえていた声がひそひそ声に変わった。機体の姿勢が小刻みに変わる。フラップが大きく広がっていく。近づいてくるはずの氷面が雪煙で見えない。風はかなり強いようだ。激しい振動に機内は静まり返ったが着陸の振動だと分かると安堵の声が広がった。旅客機が誘導路に入るとドーム状のエプロンの扉が開いた。極夜の中では忽然と現れた昼の世界に見えたが白夜の世界では薄暗い格納庫のようだった。
 エプロンの扉が閉まりボーディングブリッジが横付けされる音が聞こえる。
「私たちも、観光を楽しみましょう。先ずはホテルにチェックインして荷物を預けてしまいましょうか?」
 映美がパソコンを抱え立ち上がると、まっすぐ豊彦を見つめた。
「ありがとう。二兎を追って二兎とも得ました」
 豊彦はにっこり笑みを浮かべると、
「お疲れさまでした。では、観光に専念しましょう」

 ガラス越しに見える搭乗待ちの乗客を横目に通路を歩いていく。ガイドポールが並び一人一人に応じ通路が切り替わっていった。人の流れを見るとグループ単位で通路が切り替わり豊彦と映美は同じコースを歩いていた。
「あみだくじを歩いているみたいですね」
「そうですね。前に来た時と変わりましたね」
「生体認証に歩き方を取り入れたのかな?」
「歩幅で骨格から健康状態まで分かりそうですよね。でも、セキュリティーが上がるとは思えないけど」
「サーバー側に嘘のデータを流し込めば第三者に成りすましが出来るからですよね。それとも、パスポートの再発行でデータを上書きするとか。セキュリティーの脆弱性が売りの地域もありますからね」
 歩きながら話をしていると、セキュリティーブレスレットのカウンターの前だった。係員が色違のブレスレットから選ぶように促しながら、
「このブレスレットには三つの機能があります。一つ目は電子マネーです。レジ横の端末に翳せば支払いが出来ます。二つ目はゲート管理です。ホテルのドアから改札など全ての出入り口で使えます。三つ目は位置情報です。施設内のどこにいるのかを把握するためですが、極寒の北極では施設の外では生存できません。プライバシーがないとか言わないで下さいね、見守りシステムとご理解ください」
 係員がブレスレットを取り付けると端末に翳し動作チェックを行っている。
「水海道映美さんと水海道豊彦さんは、二回目の入場ですね」
「はい、前とセキュリティーチェックが変わりましたよね?」
 豊彦は質問のチャンスを逃さなかった。
 よくぞ質問してくれたと係員は笑顔で、
「テロを起こす人に必ず前科があるとは限りませんから、現在位置の把握は大切ですよね。それと、歩き方に健康状態も出ますけど心理状態も出ますから。事件前に対処できる確率を高められますよね」
 係員はにっこりすると、
「より安全なスペースポートタワーを楽しんでください」
 手を振りながら送り出されてしまった。

 空港島からスペースポートタワーまでを結ぶシャトルステーションに制服姿の職員が集まってきた。
「僕たちの便が、本日最後の便でしたね」
 小声で言う豊彦に、映美も小声で答えた。
「私たち、通勤電車にいる観光客の感じになりましたね」
 スペースポートタワーまでの十分間の車窓の風景は白一色で何の変化もない。車内は観光客向けの前回と同じ広告ばかりだった。それでも観光客には期待に胸を膨らまし日程の確認や白一色の何もない風景に驚嘆したりするには短い時間かもしれないが、通勤で乗車している職員には何をするにも短い時間のようだった。誰もが無言のままだった。
 シャトルの改札を抜けると、街が一つ収まるような巨大な空間が現れた。
「やっぱり、広いですね。向こう側の壁は・・・ちゃんと見えますね」
 豊彦はガイドブックの壁の説明イラストを翳した。
「壁の下側三分の二は空色にペイントで上側は鏡で天井の青の濃い空色を反射するようになっています」
 前回は向こう側の壁が見えない程に広い空間だと思っていた二人だったが、答えを知った上でよく見ると、空のグラデーションの不自然さが分かる様になった。
「豊彦くんには壁が見えるのね。でも、私の視力では答えが分かっていても自然が広がる壁のない巨大空間に見えます」
 豊彦は先ほどからの違和感に気がついた。
「映美さん、メガネはどうしました? 飛行機の中に忘れましたか?」
 向き合う映美はちゃんとにメガネを掛けていた。
「あ・・・・」
「ありがとう。出張前にあんなに手伝って貰って・・・」
 豊彦の腕に手を回すと、
「植物園のシンボルツリーには癒し効果があるそうですよ」
「そうなんですか? 檜ですよね? 是非教えて下さい」
 植物園の遊歩道を歩きながら映美は本家の知人が植物園の監修を行い、檜は本家の神社にある御神木を株分けして育てていた苗木を植樹した事を説明した。
「御神木から株分けしたから貫禄があるのかな?」
 見上げる檜は、前回来た時より一回り大きくなり樹齢が百年を超えていると言われても誰も疑わない貫禄があった。
「大きくなったのは、音波を使った栽培方法で生長を促したからだそうです」
 映美は檜に手を当てて目を閉じた。豊彦も同じく手を当てて目を閉じた。ヒンヤリとした樹皮は柔らかく手に馴染んできた。初めて触る檜なのに子どもの頃から見守られていたような懐かしさが流れ込んできた。人工的な環境なのに田んぼがあり里山があり村を見守る神社がある。ごくごく普通の日常生活。経験した事がないはずなのに望郷の念が込み上げてくるような・・・。
「不思議ですね」
 豊彦はぽつりと言った。
「不思議です。白黒映像でしか見た事がない風景なのに思い出の一ページの様です」
「僕も同じ感覚です。そして、ここに来るべきして来たと感じました。この感覚は・・・なんと言えばいいのかな?」
「たぶん、縁です。必然とか運命と言うよりもっと柔らかい様な優しい様な感覚でしょうか?」
 二人は目を閉じると檜を感じていた。
「うまく言えないけど、満たされた感じですね」
「お腹、空いちゃいましたね」
「ホテルに行きましょう」
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