イチゴ

風宮 秤

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イチゴ

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「スポンジケーキの上の部分が私の分って言ったでしょ?」
「人の話はちゃんとに聞きましょう。生クリームの部分はあげると言いました。でも、スポンジケーキの上とは言っていません」

 今まで、小麦アレルギーの映美を食べ物で寂しい思いをさせまいと日々の料理をしている豊彦だった。お菓子に関しては自作で対応するには種類も味も太刀打ちできなかった。そこで、ケーキのスポンジの部分を豊彦が食べれば映美が食べられる洋菓子の種類は格段に増える。嬉しそうに食べる映美の顔を見たいために洋菓子を買ってくるようになった。

「イチゴには生クリームべったりでしょ。生クリームは私の分よね?」
 豊彦は頷いた。
「スポンジとスポンジの間の生クリームとイチゴは誰の?」
「それは、僕の分」
「つまり、てっぺんのイチゴは私の分ですね」

 二人は似た者同士だった。初志貫徹で困難を乗り越えるタイプ、つまり頑固だった。思いやりは使い方を変えると相手の逃げ道を塞いで問い詰めるタイプと言う事だった。
 そして、恐らく二人の人生の間では訪れる事がないほどの悪い巡り会わせがぴたりと重なって訪れていた。

 いつもなら、生クリームをイチゴで掬い取り映美に食べさせているはずだった。しかし、今日の豊彦は違っていた。
「だからと言って、イチゴは生クリームではありません」
「間にもイチゴがあるんだから十分でしょ」
「間のイチゴはスライスしてあって本来のイチゴの酸味がありません」
 いつもなら、生クリームのついてない分と言って口移しをするはずだった。しかし、今日の映美は違っていた。
「男のくせに・・・・」
「え? 何ですか、この時代に差別用語が出てくるとはびっくりだ」


  ~・~数分前~・~

 ショートケーキを買ってきた豊彦は、テーブルの上にケーキを出すと紅茶の準備をしていた。
「映美さん、ケーキを買ってきました」
「わー、美味しそう」
 テーブルの上にショートケーキが一つおいてあった。二人には一つのケーキで十分だった。
「私が食べさせてあげる」
 食べさせて貰う事が多い映美だった。だけど、スポンジばかりで我慢している豊彦にちょっとでも喜んで貰いたいと思った。
 スポンジの上の生クリームをフォークで掬うと舐めていった。最後に甘くなったお口直しでイチゴを食べた。大きさと言い酸味の具合と言い完璧だった。さすが豊彦の選ぶものに間違いはないと感心していた。

 ちょうど、二人分の紅茶を用意して豊彦が現れたのだった。

 怒っていた。


  ~・~数日前~・~

 最近の映美に不満を感じていた。彼女はスイーツの小麦が使われていない部分は自分のものだと思っているからだ。
 小麦アレルギーの映美からすれば洋菓子は毒の塊のようなものだった。だから、甘い物と言えば、団子に羊羹、上生菓子ぐらいだった。饅頭にどら焼きは小麦が入っていてダメだった。でも、豊彦と一緒になってから洋菓子は分解すれば食べられる事を知った。幸い映美のアレルギーが軽いから出来る事だった。
 豊彦は、甘い物を嬉しそうに食べる映美のために、小麦の部分を喜んで食べていた。

 モンブランを一緒に食べている時、当然のように栗を食べていく。タルトの時は豊彦の手を掴んで、残ったのは、お皿のようなタルト生地だけだった。
 豊彦は嬉しそうな顔を見ながら、なにか違うと感じていた。

「先に食べたよ」
 帰宅した豊彦に映美は言った。なんの事なのか見当がつかなかったが答えは冷蔵庫の中にあった。アップルパイがパイになっていた。
 アンパンの時は包丁で二つに切られ、中のアンがなくなっていた。
「外でケーキとか食べてきているんでしょ。私、食べれないんだから」
 甘えた映美の言い方に、そう言う事じゃないでしょ。と、豊彦のモヤモヤは膨らんでいた。


 そして、今日のイチゴだった。
 映美は昨日と同じなのにと思っていた。豊彦の不満は悲しみに変わっていた。

  ~・~・~

 いつも甘えさせてくれるから、昨日の事はそのまま終わったと思っていた。その証拠に台所からは豊彦が朝食の準備をする音が聞こえてくる。広がる甘い香りに胸をワクワクする映美だった。
「映美さんの分ですよ」
 テーブルに持ってきたのは、手作りのおにぎりと味噌汁だった。そして持ってきたのはフレンチトーストとコーヒーだった。甘い香りはフレンチトーストだった。
 映美は悟った、まだ怒っている。でも、豊彦に謝った事がなかった、いつも折れていてくれていたからだ。

 台所から音が聞こえる。いつの間にかお昼になっていた。朝食の時に謝っておけば良かったと後悔していた。
「映美さん、お昼ですよ」
 テーブルに持ってきたのは、手作りのハンバーガーだった。
『私には食べれない・・・・』何も言えなかった。
 そして、持ってきたのは、手作りのお茶漬けだった。
 会話は何もなかった。きっと美味しいはずだけど、味なんか分からなかった。

 午後のひと時を、読書をしながらビスケットを食べている豊彦を横目に見ながら、読書をしている振りをするので精一杯の映美だった。
 何も言ってこない豊彦の怒り方に、映美はタイミングを掴む事ができなかった。

 夕飯の準備の音が聞こえる。何が出てくるのか考えるのが怖くなっていた。今までなら一緒のご飯の時は、一緒に食べれるメニューだけだった。豊彦に聞いても一人の時や職場では自由に食べているから無理していないと言ってくれていた。
 今までは・・・・。
『いつも一緒だから』と口癖のように豊彦は言っていた。
 それなのに、私は何をしていたのだろう・・・・。

「映美さん、夕飯ですよ」
 テーブルに持ってきたのは、手作りの牛丼と味噌汁だった。そして持ってきたのはカルボナーラだった。
 映美は分かった『もう一緒じゃない』と、『一緒』に拘っていた豊彦を諦めさせてしまったと。
 溢れ出る涙で周りが見えない。
「ごめんなさい・・・・。私も豊彦くんと一緒じゃなきゃ、いや」
 カルボナーラの皿を取ると、映美は食べ始めた。小麦粉をふんだんに使った料理を映美は食べ始めた。
 豊彦は目の前の光景を理解するのに時間が掛かった。慌てて皿を取り上げると、口をこじ開け指を奥まで入れた。テーブルの上も二人の服も吐き出したカルボナーラまみれになっていた。
「何て事をするんですか。毒の塊を食べるなんて・・・・、僕を一人ぼっちにするなんて。そんなの・・・・、そんなの絶対ダメです。一人ぼっちにするなんて絶対に許しませんから」
 豊彦は腕を押さえ込むと抱きしめていた。
 二人とも、そのまま泣き続けていた。

  ~・~・~

「映美さん、デザートが出来ましたよ」
 テーブルに持ってきたのは、ホイップ化粧をしたイチゴの山だった。
 映美は摘まんだイチゴでホイップを掬い取った。
「これは、こないだのイチゴの分」
 豊彦に食べさせた。


注意:本作はフィクションです。医学的裏付けのない描写です。
また、食物アレルギーの症状は個人差があります。ケーキの上、アンパンの中身だけでも危険な場合があります。

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