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しおりを挟む食材は大量にあった。この量が毎日届くらしい。この地域は農業や酪農が盛んらしく、食材はふんだんにあるそうだ。
「おはようございます」
何人かの隊員の方に声をかけられ、私も笑顔で挨拶を返す。隊員の料理当番は毎日変わるらしいが、主に下の階級の人が担当するそうだ。
「隊員一同、昨日の食事をありがたく頂戴致しました。私は副団長を務めておりますレイモンドと申します」
レイモンド様は丁寧に挨拶をしてくれた。長く伸ばした金色の髪を一つに結び、端正なお顔立ちでスラリとした体型。どちらかと華奢な印象を受ける。ジョセフ様とは違う。
と、何故か先ほどまでのジョセフ様を思い出してしまい思わず声が出そうになる。顔が熱い。私、今どんな顔をしているのだろう。まともに顔を上げることができず、レイモンド様のお腹の辺りを見ることにした。
「今日はそちらは何を作られる予定ですか」
明らかにおかしな素振りを見せた私に気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのかわからない。レイモンド様はごく普通に聞かれた。騎士の方はお優しい。
そちらはということは隊員の方の分は作らなくていいということか。私は勝手に隊員の方の分も作るつもりでいた。そのほうが燃料も一箇所だけで済むし、私なら問題はないのだがもしかしたら職務上問題なのかもしれない。少し残念だが、私がしゃしゃり出るわけにいかない。
「卵がたくさんありますのでオムレツにしようと思います」
「オムレツ、ですか?」
やや不思議そうな顔でレイモンド様がおっしゃる。オムレツはよくないのだろうか。
「こちらはゆで卵になるでしょう。時間をかける料理は面倒ですし。正直料理のできる者はおりませんので、茹でるか焼くかしか知らないのです」
なるほど、職務中に騎士の方が作るわけだから時間もかけていられないだろう。私に作らせてくれたらいいのに、と心の中でつぶやく。
「隊長は大食漢ですからね。1人で5人分くらいは平気で食べますよ。オムレツも特大にしないといけないかもしれませんね」
ふむ、それならオープンオムレツにしてしまおうか。いいことを教えてもらった。野菜とベーコンを入れたオープンオムレツなら食べ応えもあるだろう。私は頭の中で手順を考える。
「お嬢様、お料理をお願いしてしまって申し訳ございません」
腰をさすりながらメイリンに言われた。私は大量の野菜を切りながら興奮していた。野菜は新鮮そのもの。美味しそうだ。こんな体験ができるとは思わなかった。料理ができることが嬉しくてたまらない。
婚約破棄されてよかった。あのままレナード様と結婚させられていたら、どんなことになっていただろう。おそらくすぐに離縁されて、私は路頭に迷っていたことだろう。
「私、料理が好きなんです」
鼻歌まじりに私は答えた。
「家ではよくやっていたので」
仮にも貴族の家の娘が家で料理をするのは、普通のことではない。しかし私は何も気にせず話した。野菜を切っている最中だったので私はメイリンの顔も見ていなかった。
「まあ、そうですの」
メイリンの声も特に変わったことはなかった。
「ジョセフ様のお嫌いな食べ物はなんでしょう?」
何となく聞きたくなって聞いてみた。好みを聞いておけば今後の役に立つ。取り替えごっこの最中に「ご主人様の好みもわきまえずに何のための使用人か」と叱られたことがあった。叱ったのは使用人である。遊びの最中なので使用人がご主人様になってしまう。それ以降、人の好みを把握するのが癖になってしまった。
「特にないと思いますわ。食事についてあれこれ口にすることはクルーソン家では禁止されていたようですから」
ジョセフ様と結婚したら私もクルーソン家の一員だ。食べ物の好き嫌いを安易に口にしたらいけないようである。メイリンはさりげなく、クルーソン家のしきたりを教えてくれたのか。感謝しなくては。
「そうですの。教えていただいてありがとうございます」
そう言いながらオープンオムレツは完成した。今日の朝食は、オープンオムレツ、ウインナー、スープにパンである。オープンオムレツは大きなフライパンで作った。私とセオにメイリンの分を切り分けると残りはジョセフ様の分になる。それが思ったよりも大きかった。
「大きすぎますよね」
皿に盛ってみたもののまるで大皿料理だ。数人で分けて食べる大きさである。
「これでいいでしょう」
しかし、セオはその皿を見て満足げにうなづいた。
「ジョセフ様はお喜びになると思います」
「そ、そうですか?」
本当かな、と思っていたが、テーブルについたジョセフ様の目が一瞬輝いた。今日もセオとメイリンと4人で食事だ。
「うん、うまい」
ジョセフ様の声が聞こえた。よかった。思わず顔を上げるとジョセフ様と目が合った。が、何となく目を逸らしてしまった。まだジョセフ様の素晴らしい体を忘れたわけではないのだ。
目を逸らしてしまったが、ジョセフ様は特に何かを気にした様子でもなく食事を続けていた。
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