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ドナ
55 旅の途中
それから旅は順調に続いていった。毎日スティーブ様、ヴィンス様と一緒の馬車に乗る。そして夜はマリア様から淑女の嗜み・・・ということを教えてもらう。思わせぶりな態度を取るとか、3回に1回は誘いを断るとか。プレゼントをもらっても、次に会うときにはつけて行かないとか。そんなことをしてどうするんだと思うようなことを言われ、淑女って大変なのだなとしか思わなくなった。
正直役に立つのかわからないし、そもそも私は淑女ではないのだなと思う。淑女と言われる人は本当にこんなことを実践しているのだろうか。凄いとしか言えない。私には不要な情報と思うのだが、嬉々として教えてくれるマリア様を前にすると何も言い返すことができず私は素直に聞いている。と言うより、聞いているふりをしているだけだ。
「ふふふ、女同士の話は楽しいわね」
そう言ってマリア様は嬉しそうに笑う。
「こういう話、昔はよくレティシア様ともしたのよ。あの方、ああ見えてすごく可愛らしい方だったの」
懐かしそうにマリア様は笑っている。まるで少女のようにも見えてしまう。きっと昔から仲が良かったのだろう。
「まるで姉妹のような関係だったから」
マリア様の言葉に小さな針で刺されたような気がした。姉妹、と言う言葉に心が冷たくなった。体が震えそうになるのを必死で堪える。
「今日はもうおしまいにしましょうね」
私の様子に気づいたのか、マリア様が急に立ち上がった。楽しい時間だったはずなのに急に重苦しい空気になってしまった。まだダメなのか。私は自分の心に聞いてみる。まだ姉のことを忘れられないのか。もう過去のことなのに。
私は呼吸を整え、マリア様をまっすぐに見た。マリア様は心配そうな目で私を見返している。
「タセルに戻ったら、今度はお母様や伯母様も一緒に女性だけで集まってお話しませんか?」
咄嗟にそんな提案をした。
「女性だけ?」
「はい」
「それはいいわね」
マリア様は嬉しそうに笑ってくれた。私も安心して笑う。もう姉のことを考えないように、私は意識してとびきりの笑顔を作った。
「馬車での移動も飽きてきたな」
ヴィンス様はそう言って伸びをした。狭い馬車の中で私たちに気を遣って思い切りというわけにはいかず、伸ばした手の先は馬車の天井に当たっていた。普段体を動かして生活しているヴィンス様がずっと馬車の中なのだ。私が想像するよりも辛いだろう。
「もうじき着くから我慢しろ」
スティーブ様はそう言って窓の外を見た。スティーブ様は退屈しのぎに本を読んでいたが、明らかにページを捲る速度が落ちていた。スティーブ様も集中力が落ちているのだろう。窓の外は同じような景色が続くだけだ。
来た時はこんなに時間はかからなかった。数日続いた大雨のせいで一部の道が通行できなくなり、大回りをしているのである。明日にはタセルを抜けるとのこと。そうすると、私は生まれ故郷に戻ることになる。
「次からは馬に乗ろうかな」
次、というのは次の休憩の後ということだろう。まさか何度も行き来したくはない。
「よし、ドナも馬に乗せてやるよ」
ヴィンス様はニカっと歯を見せて笑う。
「馬?」
私は馬に乗ったことがない。乗る機会がないからだ。乗りたいと思ったことすらないので、ヴィンス様に誘われてもどう答えていいかわからなかった。
「駄目だよ、危ないじゃないか」
スティーブ様はそう言うと私の肩を自分の方へ寄せる。あぁよかった。と私は安心した。危なそうなことはスティーブ様が大抵断ってくれるのだ。
「俺がついてるんだから大丈夫だよ」
しかしヴィンス様は私を見ながら言う。まるで同意を求めているようだ。そう言われてしまうと断りづらい。
「ドナも馬車は退屈だろ?馬なら気持ちいいぞ」
正直にいえば、退屈ということはないのだ。2人と話をするのも楽しかったし、暇になれば本を読んだりしている。最初のうちは文字を追うと気持ちが悪くなったが、徐々に慣れたようで今は特になんともない。でもヴィンス様は辛いのだろう。
「乗るならヴィンスだけにしろ」
スティーブ様がやや冷たく言う。ヴィンス様は普段は常に身体を動かしているのだ。大人しく座っているだけというのは珍しい。おそらく限界が近づいているのだろう。
「ドナにもしものことがあったらどうするんだ」
「俺がついているんだ、怪我なんてさせるかよ」
ヴィンス様が少し拗ねたように唇を尖らせた。しかしスティーブ様は鋭い視線を向けている。
「怪我はなくとも風邪でも引いたらどうするつもりだ」
スティーブ様の言葉にヴィンス様はうーんと唸り、そして考え込んでいる。
「それに乗馬服はないんだ。ドレスのまま馬に乗せるつもりか?そんなことをして、誰かに見られたら?攫われるかもしれないじゃないか」
スティーブ様の発言に私は驚いて、彼の顔を見た。ふざけているのかと思ったが、スティーブ様は大真面目な顔をしている。そんなことあるわけないだろう、とかヴィンス様が言うだろうと思ったが、彼もまた大真面目な顔で何度もうなづいていた。
「・・・確かに」
ヴィンス様は納得するように呟く。その様子を満足げにスティーブ様が見守っていた。
「乗せるなら国に帰ってからだな」
「そうだな、ちゃんとした乗馬服も買おう」
「おとなしい牝馬が確かいただろう、あれをドナ用にしたらいいんじゃないか」
「あぁ、そうだな」
2人の話を聞きながら、私はめんどくさいなと思っていた。きっとこれも暇だからだ。やはり数日続く馬車の旅は退屈だ。こうなったら、早く着けばいいのに。そう思いながら私は窓の外を見ていた。
正直役に立つのかわからないし、そもそも私は淑女ではないのだなと思う。淑女と言われる人は本当にこんなことを実践しているのだろうか。凄いとしか言えない。私には不要な情報と思うのだが、嬉々として教えてくれるマリア様を前にすると何も言い返すことができず私は素直に聞いている。と言うより、聞いているふりをしているだけだ。
「ふふふ、女同士の話は楽しいわね」
そう言ってマリア様は嬉しそうに笑う。
「こういう話、昔はよくレティシア様ともしたのよ。あの方、ああ見えてすごく可愛らしい方だったの」
懐かしそうにマリア様は笑っている。まるで少女のようにも見えてしまう。きっと昔から仲が良かったのだろう。
「まるで姉妹のような関係だったから」
マリア様の言葉に小さな針で刺されたような気がした。姉妹、と言う言葉に心が冷たくなった。体が震えそうになるのを必死で堪える。
「今日はもうおしまいにしましょうね」
私の様子に気づいたのか、マリア様が急に立ち上がった。楽しい時間だったはずなのに急に重苦しい空気になってしまった。まだダメなのか。私は自分の心に聞いてみる。まだ姉のことを忘れられないのか。もう過去のことなのに。
私は呼吸を整え、マリア様をまっすぐに見た。マリア様は心配そうな目で私を見返している。
「タセルに戻ったら、今度はお母様や伯母様も一緒に女性だけで集まってお話しませんか?」
咄嗟にそんな提案をした。
「女性だけ?」
「はい」
「それはいいわね」
マリア様は嬉しそうに笑ってくれた。私も安心して笑う。もう姉のことを考えないように、私は意識してとびきりの笑顔を作った。
「馬車での移動も飽きてきたな」
ヴィンス様はそう言って伸びをした。狭い馬車の中で私たちに気を遣って思い切りというわけにはいかず、伸ばした手の先は馬車の天井に当たっていた。普段体を動かして生活しているヴィンス様がずっと馬車の中なのだ。私が想像するよりも辛いだろう。
「もうじき着くから我慢しろ」
スティーブ様はそう言って窓の外を見た。スティーブ様は退屈しのぎに本を読んでいたが、明らかにページを捲る速度が落ちていた。スティーブ様も集中力が落ちているのだろう。窓の外は同じような景色が続くだけだ。
来た時はこんなに時間はかからなかった。数日続いた大雨のせいで一部の道が通行できなくなり、大回りをしているのである。明日にはタセルを抜けるとのこと。そうすると、私は生まれ故郷に戻ることになる。
「次からは馬に乗ろうかな」
次、というのは次の休憩の後ということだろう。まさか何度も行き来したくはない。
「よし、ドナも馬に乗せてやるよ」
ヴィンス様はニカっと歯を見せて笑う。
「馬?」
私は馬に乗ったことがない。乗る機会がないからだ。乗りたいと思ったことすらないので、ヴィンス様に誘われてもどう答えていいかわからなかった。
「駄目だよ、危ないじゃないか」
スティーブ様はそう言うと私の肩を自分の方へ寄せる。あぁよかった。と私は安心した。危なそうなことはスティーブ様が大抵断ってくれるのだ。
「俺がついてるんだから大丈夫だよ」
しかしヴィンス様は私を見ながら言う。まるで同意を求めているようだ。そう言われてしまうと断りづらい。
「ドナも馬車は退屈だろ?馬なら気持ちいいぞ」
正直にいえば、退屈ということはないのだ。2人と話をするのも楽しかったし、暇になれば本を読んだりしている。最初のうちは文字を追うと気持ちが悪くなったが、徐々に慣れたようで今は特になんともない。でもヴィンス様は辛いのだろう。
「乗るならヴィンスだけにしろ」
スティーブ様がやや冷たく言う。ヴィンス様は普段は常に身体を動かしているのだ。大人しく座っているだけというのは珍しい。おそらく限界が近づいているのだろう。
「ドナにもしものことがあったらどうするんだ」
「俺がついているんだ、怪我なんてさせるかよ」
ヴィンス様が少し拗ねたように唇を尖らせた。しかしスティーブ様は鋭い視線を向けている。
「怪我はなくとも風邪でも引いたらどうするつもりだ」
スティーブ様の言葉にヴィンス様はうーんと唸り、そして考え込んでいる。
「それに乗馬服はないんだ。ドレスのまま馬に乗せるつもりか?そんなことをして、誰かに見られたら?攫われるかもしれないじゃないか」
スティーブ様の発言に私は驚いて、彼の顔を見た。ふざけているのかと思ったが、スティーブ様は大真面目な顔をしている。そんなことあるわけないだろう、とかヴィンス様が言うだろうと思ったが、彼もまた大真面目な顔で何度もうなづいていた。
「・・・確かに」
ヴィンス様は納得するように呟く。その様子を満足げにスティーブ様が見守っていた。
「乗せるなら国に帰ってからだな」
「そうだな、ちゃんとした乗馬服も買おう」
「おとなしい牝馬が確かいただろう、あれをドナ用にしたらいいんじゃないか」
「あぁ、そうだな」
2人の話を聞きながら、私はめんどくさいなと思っていた。きっとこれも暇だからだ。やはり数日続く馬車の旅は退屈だ。こうなったら、早く着けばいいのに。そう思いながら私は窓の外を見ていた。
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