心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ドナ

56 大丈夫というお守り

 順調に進んで行き、タセルを抜けた。いよいよ私の生まれた国に馬車は入った。途端に嫌悪感を感じる。生まれ育ったというのに懐かしいなんて思えない。馬車の窓を開けず、私はそのままエリック様のお屋敷に着いた。

「大丈夫か?」

 ヴィンス様に手を握られた。スティーブ様の手も頭の上に乗っている。2人が心配そうな顔をしている。私は笑顔を作り出す。

「大丈夫です」

 そう言いながら、私の手は震えていた。ここはタセルではない。そう思うと色々な感情が押し寄せてくる。出迎えてくださったエリック様も眉間に皺を寄せ、私の様子を見守っている。

「少し部屋で休むと良い」

 用意された客室へマリア様と向かう。マリア様も心配そうな表情だ。

「大丈夫です、本当に」

 そう言いながら笑う。だがその笑みがぎこちなくなっていることに自分で気づく。こんなに影響があるとは自分でも思っていなかった。私にとっての生まれ故郷は地獄でしかないのだ。結局はそのことを再認識する。早くタセルに帰りたい。私の故郷はタセルなのだ。

 マリア様が温かいお茶を用意してくれた。飲むと少し落ち着いた。それでもマリア様は険しい顔をしている。

「大丈夫なように見えないわ」

 マリア様は少し怒ったような声だ。

「やっぱりお断りすればよかったのよ。ドナを苦しめる必要はないもの」

 私のために怒ってくれているのだ。そう思うと申し訳ないけど嬉しかった。大丈夫。私は1人じゃないから、大丈夫。あの時とは違うから、大丈夫。温かいお茶と一緒に胸の奥にも温かい何かが広がる。

「さっさとやることを済ませて帰りましょうね」

 マリア様の意見に私も賛成だった。明日はエリック様主催のパーティがある。それさえ終わればいいのだ。

「ドナがどれだけすごい女性か思い知らせてやりましょうね」

 マリア様はそんなことを言いながら荷物を整理している。私が手を出そうとすると、ドナは座っててと追い返される。思い知らせるって誰にだろうか。

「私もこの国で長く生活していたからわかるのよ。この国は女性を軽視している。女性は男性に劣るなんて、馬鹿な考えをしている人が大勢いたわ」

 マリア様はため息をつき、手を止めて私を見た。確かにそうなのかもしれない。でも姉のように皆から崇拝され優遇される女性もいた。

「ドナは素晴らしい女性なのよ。せめてそのことを知らしめるべきだわ」

 マリア様はそう言ってドレスをハンガーにかけた。私は3着用意したつもりだった。しかし3着以上のドレスをマリア様はせっせとハンガーにかけている。いつの間に荷物が増えていたのだろうか。道理で荷物が多いと思ったのだが、そんなものかとも思ってしまった。私の荷物が多かったのだ。

「どのドレスにしようかしら。楽しみだわぁ」

 ドレスを並べ終えたマリア様は、品定めするようにドレスを順番に見ながら満面の笑みである。その様子が舌なめずりしているようにも見える。実際にはそんなはしたないことはしないのだが、そんなふうに見えてしまったのだ。

「アクセサリーはこれかしら、それとも・・・」

 ドレスの後はアクセサリーだった。これもマリア様の目つきがギラギラしているように見える。

「この国では宝石は大きければ大きいほどいいという考えがあったわ。質の悪い宝石でも大きければいいって、得意げにぶら下げた人を何人も見たわ」
「そうなんですか・・・」

 何も言わないのは悪い気がして、私は相槌のように答えた。

「そうなのよっ!」

 すると、マリア様は振り返った。その勢いの良さに思わずのけ反りそうになった。

「忘れもしない、レティシア様より大きな宝石をつけた女が嬉しそうに言ったのよ。随分と可愛らしいお石ですことって」

 マリア様はたった今言われたくらいの勢いで話している。随分と、のところから声色を変えたのは言われたときの相手のモノマネをしているのだろう。

「相手の石は確かに大きかったけどそれだけだったわ。金額で言えばレティシア様の5分の1ってところね。価値がわからないって本当に恥ずかしいことねって、レティシア様も呆れていたわ」

 思い出したのかマリア様の口調が荒くなっている。

「伯爵の家の奥方だったわ。レティシア様にそんなことが言える身分じゃなかったの。そのこともあってこの国の教育をどうにかすべきってレティシア様は考えられたの。タセルではそんなこと許されることではないもの」

 タセルでは洋服やアクセサリーも品の良さを感じるものが多い。姉は装飾品はつければつけるほどお金がかかっている、すなわち良い服装だと考えていたと思う。だから姉のドレスはフリルやレースが大量に付いていた。それを外して私に与えることで、お金をかける相手ではないと見下していたのだろう。

「でも、そのおかげで、レティシア様は修道院を作り、そして私は救われたんですね」

 本当にレティシア様がいなければ今の私はないのだ。感謝してもしきれない。

「そうね、本当にそうだわ」

 マリア様は私の隣に座り、そして私を抱きしめた。

「あの時の屈辱がドナを連れてきてくれたのね」

 レティシア様にも辛いことがあったのだ。と、私は当たり前のことに気づく。誰にでも辛いことがあって、それを乗り越えて今があるのだ。私だけが辛いのではないのだ。私は目を瞑り、何度も自分に言い聞かす。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫。大丈夫という言葉は私にとってのお守りなのだ。

「感謝しないといけないわね。あの時の伯爵家の奥方」

 マリア様は独り言のように呟いた。

「ラガン家の奥方様」

 聞き間違えだったら良かったのに。と、私は思ったのだった。

 

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