57 / 75
ドナ
56 大丈夫というお守り
順調に進んで行き、タセルを抜けた。いよいよ私の生まれた国に馬車は入った。途端に嫌悪感を感じる。生まれ育ったというのに懐かしいなんて思えない。馬車の窓を開けず、私はそのままエリック様のお屋敷に着いた。
「大丈夫か?」
ヴィンス様に手を握られた。スティーブ様の手も頭の上に乗っている。2人が心配そうな顔をしている。私は笑顔を作り出す。
「大丈夫です」
そう言いながら、私の手は震えていた。ここはタセルではない。そう思うと色々な感情が押し寄せてくる。出迎えてくださったエリック様も眉間に皺を寄せ、私の様子を見守っている。
「少し部屋で休むと良い」
用意された客室へマリア様と向かう。マリア様も心配そうな表情だ。
「大丈夫です、本当に」
そう言いながら笑う。だがその笑みがぎこちなくなっていることに自分で気づく。こんなに影響があるとは自分でも思っていなかった。私にとっての生まれ故郷は地獄でしかないのだ。結局はそのことを再認識する。早くタセルに帰りたい。私の故郷はタセルなのだ。
マリア様が温かいお茶を用意してくれた。飲むと少し落ち着いた。それでもマリア様は険しい顔をしている。
「大丈夫なように見えないわ」
マリア様は少し怒ったような声だ。
「やっぱりお断りすればよかったのよ。ドナを苦しめる必要はないもの」
私のために怒ってくれているのだ。そう思うと申し訳ないけど嬉しかった。大丈夫。私は1人じゃないから、大丈夫。あの時とは違うから、大丈夫。温かいお茶と一緒に胸の奥にも温かい何かが広がる。
「さっさとやることを済ませて帰りましょうね」
マリア様の意見に私も賛成だった。明日はエリック様主催のパーティがある。それさえ終わればいいのだ。
「ドナがどれだけすごい女性か思い知らせてやりましょうね」
マリア様はそんなことを言いながら荷物を整理している。私が手を出そうとすると、ドナは座っててと追い返される。思い知らせるって誰にだろうか。
「私もこの国で長く生活していたからわかるのよ。この国は女性を軽視している。女性は男性に劣るなんて、馬鹿な考えをしている人が大勢いたわ」
マリア様はため息をつき、手を止めて私を見た。確かにそうなのかもしれない。でも姉のように皆から崇拝され優遇される女性もいた。
「ドナは素晴らしい女性なのよ。せめてそのことを知らしめるべきだわ」
マリア様はそう言ってドレスをハンガーにかけた。私は3着用意したつもりだった。しかし3着以上のドレスをマリア様はせっせとハンガーにかけている。いつの間に荷物が増えていたのだろうか。道理で荷物が多いと思ったのだが、そんなものかとも思ってしまった。私の荷物が多かったのだ。
「どのドレスにしようかしら。楽しみだわぁ」
ドレスを並べ終えたマリア様は、品定めするようにドレスを順番に見ながら満面の笑みである。その様子が舌なめずりしているようにも見える。実際にはそんなはしたないことはしないのだが、そんなふうに見えてしまったのだ。
「アクセサリーはこれかしら、それとも・・・」
ドレスの後はアクセサリーだった。これもマリア様の目つきがギラギラしているように見える。
「この国では宝石は大きければ大きいほどいいという考えがあったわ。質の悪い宝石でも大きければいいって、得意げにぶら下げた人を何人も見たわ」
「そうなんですか・・・」
何も言わないのは悪い気がして、私は相槌のように答えた。
「そうなのよっ!」
すると、マリア様は振り返った。その勢いの良さに思わずのけ反りそうになった。
「忘れもしない、レティシア様より大きな宝石をつけた女が嬉しそうに言ったのよ。随分と可愛らしいお石ですことって」
マリア様はたった今言われたくらいの勢いで話している。随分と、のところから声色を変えたのは言われたときの相手のモノマネをしているのだろう。
「相手の石は確かに大きかったけどそれだけだったわ。金額で言えばレティシア様の5分の1ってところね。価値がわからないって本当に恥ずかしいことねって、レティシア様も呆れていたわ」
思い出したのかマリア様の口調が荒くなっている。
「伯爵の家の奥方だったわ。レティシア様にそんなことが言える身分じゃなかったの。そのこともあってこの国の教育をどうにかすべきってレティシア様は考えられたの。タセルではそんなこと許されることではないもの」
タセルでは洋服やアクセサリーも品の良さを感じるものが多い。姉は装飾品はつければつけるほどお金がかかっている、すなわち良い服装だと考えていたと思う。だから姉のドレスはフリルやレースが大量に付いていた。それを外して私に与えることで、お金をかける相手ではないと見下していたのだろう。
「でも、そのおかげで、レティシア様は修道院を作り、そして私は救われたんですね」
本当にレティシア様がいなければ今の私はないのだ。感謝してもしきれない。
「そうね、本当にそうだわ」
マリア様は私の隣に座り、そして私を抱きしめた。
「あの時の屈辱がドナを連れてきてくれたのね」
レティシア様にも辛いことがあったのだ。と、私は当たり前のことに気づく。誰にでも辛いことがあって、それを乗り越えて今があるのだ。私だけが辛いのではないのだ。私は目を瞑り、何度も自分に言い聞かす。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫。大丈夫という言葉は私にとってのお守りなのだ。
「感謝しないといけないわね。あの時の伯爵家の奥方」
マリア様は独り言のように呟いた。
「ラガン家の奥方様」
聞き間違えだったら良かったのに。と、私は思ったのだった。
「大丈夫か?」
ヴィンス様に手を握られた。スティーブ様の手も頭の上に乗っている。2人が心配そうな顔をしている。私は笑顔を作り出す。
「大丈夫です」
そう言いながら、私の手は震えていた。ここはタセルではない。そう思うと色々な感情が押し寄せてくる。出迎えてくださったエリック様も眉間に皺を寄せ、私の様子を見守っている。
「少し部屋で休むと良い」
用意された客室へマリア様と向かう。マリア様も心配そうな表情だ。
「大丈夫です、本当に」
そう言いながら笑う。だがその笑みがぎこちなくなっていることに自分で気づく。こんなに影響があるとは自分でも思っていなかった。私にとっての生まれ故郷は地獄でしかないのだ。結局はそのことを再認識する。早くタセルに帰りたい。私の故郷はタセルなのだ。
マリア様が温かいお茶を用意してくれた。飲むと少し落ち着いた。それでもマリア様は険しい顔をしている。
「大丈夫なように見えないわ」
マリア様は少し怒ったような声だ。
「やっぱりお断りすればよかったのよ。ドナを苦しめる必要はないもの」
私のために怒ってくれているのだ。そう思うと申し訳ないけど嬉しかった。大丈夫。私は1人じゃないから、大丈夫。あの時とは違うから、大丈夫。温かいお茶と一緒に胸の奥にも温かい何かが広がる。
「さっさとやることを済ませて帰りましょうね」
マリア様の意見に私も賛成だった。明日はエリック様主催のパーティがある。それさえ終わればいいのだ。
「ドナがどれだけすごい女性か思い知らせてやりましょうね」
マリア様はそんなことを言いながら荷物を整理している。私が手を出そうとすると、ドナは座っててと追い返される。思い知らせるって誰にだろうか。
「私もこの国で長く生活していたからわかるのよ。この国は女性を軽視している。女性は男性に劣るなんて、馬鹿な考えをしている人が大勢いたわ」
マリア様はため息をつき、手を止めて私を見た。確かにそうなのかもしれない。でも姉のように皆から崇拝され優遇される女性もいた。
「ドナは素晴らしい女性なのよ。せめてそのことを知らしめるべきだわ」
マリア様はそう言ってドレスをハンガーにかけた。私は3着用意したつもりだった。しかし3着以上のドレスをマリア様はせっせとハンガーにかけている。いつの間に荷物が増えていたのだろうか。道理で荷物が多いと思ったのだが、そんなものかとも思ってしまった。私の荷物が多かったのだ。
「どのドレスにしようかしら。楽しみだわぁ」
ドレスを並べ終えたマリア様は、品定めするようにドレスを順番に見ながら満面の笑みである。その様子が舌なめずりしているようにも見える。実際にはそんなはしたないことはしないのだが、そんなふうに見えてしまったのだ。
「アクセサリーはこれかしら、それとも・・・」
ドレスの後はアクセサリーだった。これもマリア様の目つきがギラギラしているように見える。
「この国では宝石は大きければ大きいほどいいという考えがあったわ。質の悪い宝石でも大きければいいって、得意げにぶら下げた人を何人も見たわ」
「そうなんですか・・・」
何も言わないのは悪い気がして、私は相槌のように答えた。
「そうなのよっ!」
すると、マリア様は振り返った。その勢いの良さに思わずのけ反りそうになった。
「忘れもしない、レティシア様より大きな宝石をつけた女が嬉しそうに言ったのよ。随分と可愛らしいお石ですことって」
マリア様はたった今言われたくらいの勢いで話している。随分と、のところから声色を変えたのは言われたときの相手のモノマネをしているのだろう。
「相手の石は確かに大きかったけどそれだけだったわ。金額で言えばレティシア様の5分の1ってところね。価値がわからないって本当に恥ずかしいことねって、レティシア様も呆れていたわ」
思い出したのかマリア様の口調が荒くなっている。
「伯爵の家の奥方だったわ。レティシア様にそんなことが言える身分じゃなかったの。そのこともあってこの国の教育をどうにかすべきってレティシア様は考えられたの。タセルではそんなこと許されることではないもの」
タセルでは洋服やアクセサリーも品の良さを感じるものが多い。姉は装飾品はつければつけるほどお金がかかっている、すなわち良い服装だと考えていたと思う。だから姉のドレスはフリルやレースが大量に付いていた。それを外して私に与えることで、お金をかける相手ではないと見下していたのだろう。
「でも、そのおかげで、レティシア様は修道院を作り、そして私は救われたんですね」
本当にレティシア様がいなければ今の私はないのだ。感謝してもしきれない。
「そうね、本当にそうだわ」
マリア様は私の隣に座り、そして私を抱きしめた。
「あの時の屈辱がドナを連れてきてくれたのね」
レティシア様にも辛いことがあったのだ。と、私は当たり前のことに気づく。誰にでも辛いことがあって、それを乗り越えて今があるのだ。私だけが辛いのではないのだ。私は目を瞑り、何度も自分に言い聞かす。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫。大丈夫という言葉は私にとってのお守りなのだ。
「感謝しないといけないわね。あの時の伯爵家の奥方」
マリア様は独り言のように呟いた。
「ラガン家の奥方様」
聞き間違えだったら良かったのに。と、私は思ったのだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。