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第4話 M国料理の調理開始
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「はじめまして。田村由美です」
千石さんが連れて来た女性は、事前に聞いていた通りとても地味な人だった。華やかな千石さんと友人であるのが不思議な感じがする。
千石さんのいでたちは、クルクルとまかれた栗色の髪に鮮やかなオレンジのブラウスにゴールドのアクセサリーをつけてまるで太陽のようだ。その隣の田村さんは白の襟付きブラウスに紺のスカート。高校や役場の事務職員のような格好だ。
変わった取り合わせにやや戸惑いながら、俺はこの日のために用意した来客スリッパを玄関に並べる。
「あ、はじめまして。二人ともどうぞ上がって下さい」
百均で済ませようかと思ったが、思いとどまってホームセンターで買い整えたものだ。
二人とも髪を一つに括り、持参したエプロンを身に着ける。ただ、二人にそれ以上することはない。俺がまな板で材料を切り、用意したスパイスを鍋に振り入れ、そして炒める。彼女たちは後ろで立ってみているだけだ。
別に彼女達が怠惰なわけではなく、そもそもが家庭料理なだけあって作り方もシンプルで、別に三人がかりで取り組むようなものでもないからだ。
「すごーい。一ノ瀬君、包丁さばきが手慣れてる」
「なるほど、昨日今日始めたばかりの付け焼刃とは思えない」
だって、四月に入居してから半年近くずっとお昼の弁当を含め自炊をしてきた。そう説明すると、田村さんが千石さんをからかった。
「ずっと実家でお母さんに料理して貰っている凛子ちゃんより、一ノ瀬君の方が手際がいいんじゃない?」
「ほんとー。そう思ってたから、ずっと一ノ瀬君のことが気になってたのよ」
思わず俺の口許が緩む。彼女が俺に興味がありそうだったのは、決して自惚れではなかったのだ。
しばらく三人とも無言で鍋の中を眺めていたが、千石さんが気の抜けた声をだした。
「なんかあまりエスニック料理ってほどの香りはしないわね」
ガッカリされたくない俺は、鍋の中身をかばう。
「いや、なんか臭いはするにはするよ。あ、俺が化学畑で実験時の臭気に敏感なだけかもしれないけど」
千石さんの言いたいことも分かる。俺だって、初めて聞く名前のスパイスの小瓶を並べただけで、すっごくエキゾチックな香りで台所が満たされると思っていた。
鍋に入れて加熱しても特にそんな気配もなければ、彼女が拍子抜けする気持ちも分かる。
田村さんが口を開いた。
「エスニック料理イコール匂いが強い香辛料というイメージが強すぎるんじゃないの。インドとかだとそうかもしれないけど」
ナイスフォローありがとう、田村さん。
「そうか、そうだね。東南アジアだもん、インドほどスパイシーじゃないかもしれないんだよね」
ようやく台所が盛り上がったのはナンプラーだ。確かに嗅いだことのない匂いが鍋から立ち上ってきた。
「うっわー。これこれ! こういう感じを期待してたの。謎の料理って感じを!」
千石さんが笑う。派手な造作の顔がより一層華やかなものとなる。
田村さんも「これがナンプラーの調理中の匂いなんだね」と興味深そうだ。
東南アジアでは、ナンプラーを含め魚醬は広く使われるものだそうで、日本でも所謂エスニック料理が好きな人にとっては特に珍しくないものかもしれない。だけど、俺も千石さんも別にエスニック料理を求めて食べに行くタイプではないので、未知の調味料が新鮮だった。
田村さんだって、ボランティアしている子ども食堂で作ったこともないだろう。今回俺が輸入食材店で買い集めてみて感じたのは、やはり日本国内で量産されるわけではない食材は値段がやや高いという事実だ。子ども食堂ならならもっと安価なメニューを採用しているはずだ。
福祉の領域で活動する田村さんは慎み深く、そして己の立ち位置を弁えている人だった。
千石さんが上機嫌となり俺と会話が弾むようになると、邪魔をするまいと気を利かせてくれたらしい。
「一ノ瀬君って読書家なんだね。リビングに紙の本もたくさん並んでる。読ませてもらっていい?」
「うん。特に料理本は紙媒体でないとやりにくいから何冊かあるし、いくらでも手に取ってもらっていいよ」
彼女の子ども食堂の活動に役立てば、俺の蔵書も喜ぶだろう。
さあ。俺は千石さんと盛り上がるぞ!
千石さんが連れて来た女性は、事前に聞いていた通りとても地味な人だった。華やかな千石さんと友人であるのが不思議な感じがする。
千石さんのいでたちは、クルクルとまかれた栗色の髪に鮮やかなオレンジのブラウスにゴールドのアクセサリーをつけてまるで太陽のようだ。その隣の田村さんは白の襟付きブラウスに紺のスカート。高校や役場の事務職員のような格好だ。
変わった取り合わせにやや戸惑いながら、俺はこの日のために用意した来客スリッパを玄関に並べる。
「あ、はじめまして。二人ともどうぞ上がって下さい」
百均で済ませようかと思ったが、思いとどまってホームセンターで買い整えたものだ。
二人とも髪を一つに括り、持参したエプロンを身に着ける。ただ、二人にそれ以上することはない。俺がまな板で材料を切り、用意したスパイスを鍋に振り入れ、そして炒める。彼女たちは後ろで立ってみているだけだ。
別に彼女達が怠惰なわけではなく、そもそもが家庭料理なだけあって作り方もシンプルで、別に三人がかりで取り組むようなものでもないからだ。
「すごーい。一ノ瀬君、包丁さばきが手慣れてる」
「なるほど、昨日今日始めたばかりの付け焼刃とは思えない」
だって、四月に入居してから半年近くずっとお昼の弁当を含め自炊をしてきた。そう説明すると、田村さんが千石さんをからかった。
「ずっと実家でお母さんに料理して貰っている凛子ちゃんより、一ノ瀬君の方が手際がいいんじゃない?」
「ほんとー。そう思ってたから、ずっと一ノ瀬君のことが気になってたのよ」
思わず俺の口許が緩む。彼女が俺に興味がありそうだったのは、決して自惚れではなかったのだ。
しばらく三人とも無言で鍋の中を眺めていたが、千石さんが気の抜けた声をだした。
「なんかあまりエスニック料理ってほどの香りはしないわね」
ガッカリされたくない俺は、鍋の中身をかばう。
「いや、なんか臭いはするにはするよ。あ、俺が化学畑で実験時の臭気に敏感なだけかもしれないけど」
千石さんの言いたいことも分かる。俺だって、初めて聞く名前のスパイスの小瓶を並べただけで、すっごくエキゾチックな香りで台所が満たされると思っていた。
鍋に入れて加熱しても特にそんな気配もなければ、彼女が拍子抜けする気持ちも分かる。
田村さんが口を開いた。
「エスニック料理イコール匂いが強い香辛料というイメージが強すぎるんじゃないの。インドとかだとそうかもしれないけど」
ナイスフォローありがとう、田村さん。
「そうか、そうだね。東南アジアだもん、インドほどスパイシーじゃないかもしれないんだよね」
ようやく台所が盛り上がったのはナンプラーだ。確かに嗅いだことのない匂いが鍋から立ち上ってきた。
「うっわー。これこれ! こういう感じを期待してたの。謎の料理って感じを!」
千石さんが笑う。派手な造作の顔がより一層華やかなものとなる。
田村さんも「これがナンプラーの調理中の匂いなんだね」と興味深そうだ。
東南アジアでは、ナンプラーを含め魚醬は広く使われるものだそうで、日本でも所謂エスニック料理が好きな人にとっては特に珍しくないものかもしれない。だけど、俺も千石さんも別にエスニック料理を求めて食べに行くタイプではないので、未知の調味料が新鮮だった。
田村さんだって、ボランティアしている子ども食堂で作ったこともないだろう。今回俺が輸入食材店で買い集めてみて感じたのは、やはり日本国内で量産されるわけではない食材は値段がやや高いという事実だ。子ども食堂ならならもっと安価なメニューを採用しているはずだ。
福祉の領域で活動する田村さんは慎み深く、そして己の立ち位置を弁えている人だった。
千石さんが上機嫌となり俺と会話が弾むようになると、邪魔をするまいと気を利かせてくれたらしい。
「一ノ瀬君って読書家なんだね。リビングに紙の本もたくさん並んでる。読ませてもらっていい?」
「うん。特に料理本は紙媒体でないとやりにくいから何冊かあるし、いくらでも手に取ってもらっていいよ」
彼女の子ども食堂の活動に役立てば、俺の蔵書も喜ぶだろう。
さあ。俺は千石さんと盛り上がるぞ!
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