俺と料理と彼女と家と

washusatomi

文字の大きさ
4 / 15

第4話 M国料理の調理開始

しおりを挟む
「はじめまして。田村由美です」

 千石さんが連れて来た女性は、事前に聞いていた通りとても地味な人だった。華やかな千石さんと友人であるのが不思議な感じがする。

 千石さんのいでたちは、クルクルとまかれた栗色の髪に鮮やかなオレンジのブラウスにゴールドのアクセサリーをつけてまるで太陽のようだ。その隣の田村さんは白の襟付きブラウスに紺のスカート。高校や役場の事務職員のような格好だ。

 変わった取り合わせにやや戸惑いながら、俺はこの日のために用意した来客スリッパを玄関に並べる。

「あ、はじめまして。二人ともどうぞ上がって下さい」

 百均で済ませようかと思ったが、思いとどまってホームセンターで買い整えたものだ。

 二人とも髪を一つに括り、持参したエプロンを身に着ける。ただ、二人にそれ以上することはない。俺がまな板で材料を切り、用意したスパイスを鍋に振り入れ、そして炒める。彼女たちは後ろで立ってみているだけだ。

 別に彼女達が怠惰なわけではなく、そもそもが家庭料理なだけあって作り方もシンプルで、別に三人がかりで取り組むようなものでもないからだ。

「すごーい。一ノ瀬君、包丁さばきが手慣れてる」

「なるほど、昨日今日始めたばかりの付け焼刃とは思えない」

 だって、四月に入居してから半年近くずっとお昼の弁当を含め自炊をしてきた。そう説明すると、田村さんが千石さんをからかった。

「ずっと実家でお母さんに料理して貰っている凛子ちゃんより、一ノ瀬君の方が手際がいいんじゃない?」

「ほんとー。そう思ってたから、ずっと一ノ瀬君のことが気になってたのよ」

 思わず俺の口許が緩む。彼女が俺に興味がありそうだったのは、決して自惚れではなかったのだ。

 しばらく三人とも無言で鍋の中を眺めていたが、千石さんが気の抜けた声をだした。

「なんかあまりエスニック料理ってほどの香りはしないわね」

 ガッカリされたくない俺は、鍋の中身をかばう。

「いや、なんか臭いはするにはするよ。あ、俺が化学畑で実験時の臭気に敏感なだけかもしれないけど」

 千石さんの言いたいことも分かる。俺だって、初めて聞く名前のスパイスの小瓶を並べただけで、すっごくエキゾチックな香りで台所が満たされると思っていた。

 鍋に入れて加熱しても特にそんな気配もなければ、彼女が拍子抜けする気持ちも分かる。

 田村さんが口を開いた。

「エスニック料理イコール匂いが強い香辛料というイメージが強すぎるんじゃないの。インドとかだとそうかもしれないけど」

 ナイスフォローありがとう、田村さん。

「そうか、そうだね。東南アジアだもん、インドほどスパイシーじゃないかもしれないんだよね」

 ようやく台所が盛り上がったのはナンプラーだ。確かに嗅いだことのない匂いが鍋から立ち上ってきた。

「うっわー。これこれ! こういう感じを期待してたの。謎の料理って感じを!」

 千石さんが笑う。派手な造作の顔がより一層華やかなものとなる。

 田村さんも「これがナンプラーの調理中の匂いなんだね」と興味深そうだ。

 東南アジアでは、ナンプラーを含め魚醬は広く使われるものだそうで、日本でも所謂エスニック料理が好きな人にとっては特に珍しくないものかもしれない。だけど、俺も千石さんも別にエスニック料理を求めて食べに行くタイプではないので、未知の調味料が新鮮だった。

 田村さんだって、ボランティアしている子ども食堂で作ったこともないだろう。今回俺が輸入食材店で買い集めてみて感じたのは、やはり日本国内で量産されるわけではない食材は値段がやや高いという事実だ。子ども食堂ならならもっと安価なメニューを採用しているはずだ。

 福祉の領域で活動する田村さんは慎み深く、そして己の立ち位置を弁えている人だった。

 千石さんが上機嫌となり俺と会話が弾むようになると、邪魔をするまいと気を利かせてくれたらしい。

「一ノ瀬君って読書家なんだね。リビングに紙の本もたくさん並んでる。読ませてもらっていい?」

「うん。特に料理本は紙媒体でないとやりにくいから何冊かあるし、いくらでも手に取ってもらっていいよ」

 彼女の子ども食堂の活動に役立てば、俺の蔵書も喜ぶだろう。

 さあ。俺は千石さんと盛り上がるぞ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...