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浮気されました。お相手はどなたでしょう……?
しおりを挟む「申し訳ない!俺は……真実の愛を見つけたんだ」
頭を下げて謝ってくる美形のこの男……
大国シャルダンの公爵家の男であり、
名はエレン・ゲストという。
私の夫である。
一応申し訳無さそうな顔をしながら頭を下げてはいるが、どうやらあまり反省はしていなさそうだ。
最近何やら怪しいと思ってはいたのだ。
仕事が忙しいと言いながら外食やら何やらに出掛けては、2、3日居なくなり暫くするとまた帰ってくる。
そんな事が一ヶ月で頻発するのだ。
それだけならまだしも、行き先も教えてくれないのだ。
気になって彼の執事に問い詰めてみたが、濁されてしまった。
この時点でもう信用は無くなりかけだったが、まだ決まったわけでは無い……
どうか嘘であってくれと願いながら、彼の書斎を調べてみたら……
「この恋文が出てきたわけですわね」
「ああ……それは、彼女に向けて送った手紙だ。いや、送るつもりだった」
「しらばっくれたりはしないのですか?」
「……もう気づいていたみたいだからな。今更どう弁解しようと意味はない」
「はぁ……まったく、分かってらっしゃるんでしょうね?」
「勿論だ。慰謝料は払う。……だから」
そう、この男は既に私と別れる前提で話している。
お願いだ!今回だけだから許してくれ!
そんな言葉の一つでも言ってみてほしかったのだが……
「良いですよ。当然たっぷり頂きますがね」
「ああ……本当に申し訳ない」
一応ちょっとは罪悪感があるのだろう。
何度も申し訳ないと言ってくるが、それで気が晴れる訳でもない。
そもそもこの男は分かっていないのだ。
私の事を……
申し遅れたが、私の名前はルーナ・トライアル……この国の辺境伯の令嬢だ。
辺境伯は何かと差別されてはいるが、貴族の格としては公爵家と同等……
その上、私の父と国王陛下が実は個人的に仲が良かった為、下手な公爵家より権力はある。
一方エレンの家は歴史が浅く、権力は公爵家としては少し弱かったのだが、お金があった。
エレンの祖父の代で鉱脈を掘り当てたらしく、ここら一帯は鉱山の利益で潤っているのだ。
その税は当然王国と領主のもとに行くので、エレンの家ゲスト家は権力の割にお金があった。
こうして私とエレンは互いに益のある政略結婚をしていた訳だが、まさか浮気をされるとは……
一体どこの野良猫だ?
まあ良い、私がいなくなった事でトライアル家とのパイプが無くなれば、この家は貴族間で少しではあるが立場が落ちるだろう。
この家がなくなったりする程落ちぶれたりはしないだろうが、浮気して辺境伯令嬢を逃したなどと噂が広がれば肩身は狭くなる筈だ。
一方我が家は、ゲスト家からかなりの額の賠償金を支払われる筈だ。
当面お金に苦労はしないだろう。
つまり、ダメージは向こうの方が大きいのだ。
ついでのダメ推しに……
「あなたの浮気相手にも慰謝料を請求させていただきますわね」
あまり意味は無いだろう。ぶっちゃけ貴族同士の浮気の慰謝料は、貴族にとっては家の存続に関わるような金額にはならない。
我が家は払えないが……
ほんの嫌がらせ程度……と思っていたのだが、
エレンの見せた表情は予想外に困り顔であった。
「そ、それはやめてくれ!彼…あ、いや、彼女の分まで俺が払うから彼女に直接請求するのはやめてくれ!」
「はぁ?何でですか?相手も貴族でしょう?まさか払えないという額では無いでしょうし……まさか、平民ですか?」
別に平民を差別するつもりなど無いが、今回に限っては話が別である。
エレンは自分が2人分の賠償を支払うなどと言っているが、それはかなり難しい。
1人分なら貴族であれば払える金額だが、2人分となると少し厳しいのだ。
当然我が家なら払えない。
ゲスト家ならば払えるかもしれないが、今後暫くは苦しめの生活になるだろう。
万が一払ってもらえないなんて事になったら損をするのはこちらである。
だから、相手の情報くらいは押さえておきたいのだ。
「なら……せめて相手の身元を教えて下さい。直接会いに行きますから」
「それも……すまない」
ここで私は少しだけキレた。
「何がすまないですか!先程から浮気をした身の癖に偉そうに自分ばかり指図できる立場だと思っているのですか!?良い加減にして下さい!」
私はそれだけ言って書斎を出て行った。
外には私の侍女が待機しており、心配そうにしている。
「帰るわよ」
「奥様!帰るということはトライアル家にですか?」
この侍女は私が結婚をする前からトライアル家で使えていた人間だ。
私が最も信頼する人間の一人である。
名前なんだったっけ……?
まぁ良いか。
「ええ、こんな所居られないわ!出て行って……」
そこまで言いかけた所で思い直す。
「いや待てよ、あの人があんなにしてまで庇う相手が気になるわね……良いわ。ここは一つ私は実家に帰った事にしてこの家の中で潜伏します。そしてあの人の浮気する所に着いて行き、2人仲良くしている所に突入して修羅場にしてやるわ」
「奥様……はしたないです」
「何とでもおっしゃい。悪いのは向こうなんだから」
こうして私はこの家に潜伏することとなったのであった………
………………………………
………………
……
「奥様、お加減は如何ですか?」
「案外悪く無いわ。こんな風に暮らしてみると。屋根裏も良い物ね」
「まあ…お嬢様がそれで良いのなら」
あの日から3日がたった……
私は未だゲスト家の屋根裏に潜伏して、細々と暮らしている。
3日前に私の影武者に馬車で実家に帰らせて、エレンには誤解をしてもらった。
この家の人間の一部は私に協力してくれているので、こうして気付かれずにやっていけているという訳だ。
「でもこれって犯罪なんじゃ無いですか?もう奥様はエレン様の妻では無いのですから、この家の人間ではありませんよね?という事は不法侵入とかに当たるんじゃ……」
「いいえ、実は別れるとは言ったけどまだ離婚届にはサインしてないわ。本人の署名無しで離婚は出来ないからエレンは今頃私がヘソを曲げて実家に帰ったとしか思っていないの」
「なるほど……そこまでして浮気相手の顔を見たいんですか?」
「勿論よ」
「まあ止めはしないですけど……この間あんな風に奥様が問い詰めたというのにたった3日で浮気相手の所行くとは考え……」
その時、窓から顔を出してルーナが叫んだ。
「あっ!何処かへ出かける様子よ」
「嘘でしょう!?そんなに早くまた浮気しますかあの人は!?」
侍女が確認しに行くと、本当にエレンは馬車を用意して出かける準備をしていた。
「マジですか……」
「兎も角追うわよ!私の分の馬車もすぐに用意しなさい!」
「仕方ありませんね、馬車は無理ですがすぐに代わりの物をご用意します」
急いで出かける支度をしたルーナと侍女は、街に馬を借りに行った。
「私は教養として馬の乗り方くらいは教わってるけど……侍女、貴方は乗れるの?」
「馬鹿にしないでください、馬だけに。これでも田舎育ちですから馬くらい乗れます。あと、私の名前はスズナです」
「ああ、そうだったわねスズネ。それと今のあんまり面白くないわ」
「スズナです」
こうして彼女達は結構下手くそな尾行を開始した。
普通に見つかりそうな距離で後ろから馬車を追っていたというのに見つからなかったのは奇跡と言えよう。
行く途中で気づいたのだが、もしかして浮気相手のところに行く訳では無い可能性もある。
単に仕事で行くということも充分有り得るのだ。
「でもね、私はエレンは浮気相手の所に行くと確信しているわ」
「何故ですか?」
「あの人、ここ最近香水をするようになったのよ。する日としない日があったんだけど、今思えば香水をつけている時は浮気相手の所に行っていたんだわ」
「たしかに……今日は先程出かける前に付けていましたね」
「そう。だからこれから向かう先は浮気相手のところで間違いないはずよ」
しかし、彼女の予想とは裏腹に馬車が向かった場所は予想外な所であった。
「ここは……私の実家のすぐ近くじゃ無い」
「というかもうその領地に入っていますね。まさか……」
「どうしたの!スズノ!」
「いや、ひょっとしたらエレン様がルーナ様に浮気相手の事を言わなかったのは、浮気相手がルーナ様のお知り合いであったから、気まずくしたく無い……という思いだったのでは無いでしょうか?あと私の名前はスズナです」
「うーん……私友達いないわよ?」
「存じてますとも。ですがいくら友達が全くいない奥様とはいえ、学生時代のお知り合いとかならいらっしゃられるでしょう?」
「いないわよそんなの」
「え……」
「私には友達はおろか、教室で話してくれる人もいなかったわ」
「そう……ですか。なんかすみません奥様」
「まあでも、たしかに顔見知りくらいなら居るし、あながち間違ってはいないかもね」
しかし領地に入ると、馬車は真っ先にルーナの実家の方に向かって行った。
「あっ!ひょっとしてエレン様はルーナ様に謝りに来たのでは?ご実家に引き篭もられてしまわれたルーナ様の身を安じて……」
「成る程、どうやら無駄骨だったようね。私はここにいるから」
エレンは馬車を降りるとルーナの実家に入っていく。
「如何いたしますか奥様?はるばる来たというのに奥様がお見えにならないのは流石に少し可哀想ではありますが」
「どうもしないわよ。折角実家に帰ってきたんだし、父上と兄上に挨拶だけしてまたあの屋根裏に潜伏よ」
だが、ここで事態は思わぬ方向へと変わっていく。
窓から覗き込んでいると、エレンはルーナの兄、ダイバーと話していたのだ。
ダイバーは大柄な体躯に童顔を持ち合わせていて、そのギャップに屋敷内の女性から人気があったのだ。
そのダイバーがエレンと2人きりで話している。
「兄上……?そうか、私の行方を兄上に聞いているのですね!」
「いや、なんかそんな感じじゃありませんよ」
暫くするとエレンはダイバーに強く壁ドンをしていた。
「ああ!お兄様!おのれエレン!私の居場所が分からないからとよくもお兄様に脅迫まがいのことを……」
「待って下さい、なんかダイバー様嬉しそうじゃありませんか?」
「スズカ……そんな訳ないでしょう?確かに頬を赤くしているけど、あれは怒りよ」
「成る程……あと私の名前はスズナです」
この後、必死に抵抗するダイバーをエレンは無理やり押さえつけてどんどん近寄って行った。
だが、抵抗虚しくダイバーはエレンにソファに押し倒されてしまったようだ。
「お、お兄様!負けないで下さい!どうか……」
「いや、なんかあんまりダイバー様本気で抵抗してなくないですか?大体ダイバー様身長190㎝もある巨大ですし、明らかに喜んでますよ」
「あのねスズム……あれはお兄様が本気を出したらエレンが怪我をするから敢えて手加減してるのよ。顔が赤いのはちょっと疲れただけよ」
「そう……ですか。あと私の名前はスズナです」
その後、互いが互いの服に手をかけた時、部屋の外から足音がしてきた。
どうやらこのトライアル家の現当主で、ルーナの父であるダンテ・トライアルがやって来たようだ。
「なっ、何をやっておるのじゃダイバー!それにエレン君!」
「ご、誤解です父上」
「そうですお義父様!実はダイバーさんにルーナの行方を聞きに来たのですが……」
何が誤解だと言うのか……
ありのままを見られてしまい2人は慌てて弁明する。あれやこれや小一時間ほど言い訳をした後、なんとか言いくるめられたエレン達はほっと息を撫で下ろした。
「ふぅ……危ないところだった」
「ああ。続きは私の部屋でやるとしよう」
そう言って2人は部屋を出て行ってしまった。
観察していたルーナは焦り出す。
「どうしましょう!お兄様の部屋は2階です!このままでは覗き見出来ない!」
「どうもこうも……覗かなくて良いでしょうよ。もう浮気相手は確定したんですから」
「こうなったら……もう普通に家に戻って扉の隙間から覗くわよ!」
「ええ……面倒臭い」
ルーナ達は普通に家の中に入っていった。
ダンテには事情を説明し、さっきの疑いもあったので一緒に覗きに行く事になったのである。
覗いてみると、2人はベットに潜り込んで馬乗りになっていた。押しているのはエレンの方である。
「不味い!お兄様が危ないわ!」
「エレン君め……ダイバーを押し倒すとは中々やりおるではないか」
ルーナとダンテ、親子共々とんでもない勘違いをしていたので、唯一常識人のスズナが訂正をする。
「奥様、旦那様、落ち着いてください、もうどう見てもそういうプレイです」
「そう……かしら」
「そう……かのう」
「そうです、現実を見て下さい。ほら、裸になり始めましたよ」
「いやいや、男と男の取っ組み合いは裸でやるものよ」
「そうじゃぞ、ワシも若い頃はカルラ(妻)を取り合い、国王陛下と裸で取っ組み合ったもんじゃ」
スズナは深呼吸を2回した。
「でもご覧ください、ダイバー様の【自主規制】をエレン様が【自主規制】してますよ」
「あれは……【自主規制】してるのよ!」
「そうじゃ、ワシも若い頃はよくカルラとよく【自主規制】したもんじゃ」
「聞きたくねぇ……」
「不味いわ!【自主規制】が【自主規制】で【自主規制】【自主規制】【自主規制】してるぅぅぅ!!!」
「なんじゃなんじゃ!?何が起こっとるんじゃあ!?ワシの若い頃ですらあんなことはせんかったぞ!!?」
「奥様ぁ!旦那様!見ちゃいけません!あれは【自主規制】なやつです!」
ダイバーは突然バッと起き上がると、ベットの下に手を伸ばし、何やら服を取り出した。
「あれは……、バニーガールのコスチューム?それにナースコスや制服まで……」
「もう嫌な予感しかしません」
その後たっぷり1時間ほど様子を見た後休憩タイムに入ったようなので私達も一旦屋敷の外に出た。
ダンテだけ自室に篭りに行った。
「……どう思う、スズミ?」
「どうと言われても……あの2人にそういう趣味があったとしか……あとその間違え方はなんかミミズみたいなのでやめて下さい」
「て事は、私はお兄様に不倫をされていたということね」
「もうとっくにそんな事分かってんでしょうが。しかし、これで得心がいきました。そりゃあ嫁の兄と不倫してるなんて、口が裂けても嫁本人には言えませんよね」
「ねぇ、どうする?私はどうすれば良いの?」
「どうすると言われましても……これはお兄様に慰謝料請求をしてもトライアル家の資産はプラマイゼロですから、何ともし難いですね。まあ裏切られたのは事実ですし、探偵でも雇ってもっと証拠を集めてから離婚されては?」
「そうじゃなくて……なんか私、浮気相手がお兄様なら良いかって、思い始めてて」
スズナは今日一驚いた顔を見せた。
「しょ、正気ですか?」
「うん……実の所言うと、良いもの見せてもらえたし……」
「冷静になってください奥様、それは完全に一時の気の迷いです」
「でも、ぶっちゃけ私BL好きだから」
「……まあ奥様が言うのであれば私からは何もありませんが、かなり不満です」
「まあ良いじゃない」
こうしてルーナはエレンとの離婚を取りやめたのであった。
屋敷に帰ってきたらルーナの機嫌が直っていて離婚をやめると言われたエレンの方が随分驚いていたのは言うまでもない……
応援ありがとうございます!
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