暗殺娘と影武者姫

楠富 つかさ

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暗殺者の巣窟

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 廃教会の扉が重々しく軋む音を立てて開いた。湿気を帯びた空気の中に、無数の蝋燭が灯る礼拝堂が広がる。その中心には、黒いローブをまとった男、”父”が荘厳な姿勢で佇んでいた。その背後には十字架が影を落とし、どこか威圧的な雰囲気を醸し出している。

 銀は黒に連れられ、礼拝堂の中央まで歩く。その間、周囲から視線を感じた。柱の陰や二階のバルコニーから、アサシンの少女たちがこちらを注視しているのがわかる。

 黒が膝をつき、頭を垂れる。

「申し訳ありません。任務は失敗しました」
「理由を聞こうか」

 父の声は低く響き、銀の背筋に冷たいものが走る。
 黒は短く状況を説明した。姫の暗殺に挑むも影武者による防御に阻まれ、逆に返り討ちにされたこと。だが、その影武者である銀の実力を見抜き、命を救われた恩も含めて連れてきたことを語る。

 父はしばらく黙っていたが、ゆっくりと歩み寄り、銀を見下ろす。その目は冷たく鋭く、銀の内面まで見透かすようだった。

「なるほど。つまり、この少女が私たちの計画を妨害した張本人というわけか」

 そう言うと父は手を伸ばし、銀の顎を掴んで持ち上げる。銀は目を逸らさず、まっすぐに父を見返した。

「お前の名は?」
「名はない。が、黒が銀と呼んでくれた」
「ふむ……強い目だ。それに、その名も悪くない」

 父は顎を放し、今度は黒に向き直る。

「だが、失敗は失敗だ。理由がどうあれ、任務を果たせなかったお前には罰が必要だな」

 父は冷たい笑みを浮かべると、懐から短い鞭を取り出した。それを黒に向けて一振りする。黒は無言で立ち上がり、銀から離れて膝をつく。

「父様、申し開きはありません」

 父はため息をつき、鞭を黒の背中に叩きつける音が響く。だが黒は一切の声を漏らさない。それを見ていた銀は拳を握りしめたが、何も言わない。三度の鞭打ちの後、父は手を止めた。
 それから桃、茶、紫の三人に歩み寄る。黒の同行者である桃、茶、紫が静かに膝をつき、父の裁きを待っていた。父は三人の少女たちに目を向けた。

「さて、黒だけではなく、お前たち三人にも責任はあるな。任務失敗は個々の判断力と連携不足の結果だ。説明を聞かせてもらおうか」

 父の声は厳しく、礼拝堂全体に響く。桃が先に口を開く。

「……姫暗殺の際、護衛が思った以上に多く、足止めに時間を取られました。連携の齟齬があり、姫に手を掛ける前に時間切れとなったのです」
「連携の齟齬だと?」

 父は冷たく桃を見つめ、言葉を続けた。

「それを防ぐのが最年長のお前の役目だったのではないか?」

 桃は唇を噛みしめる。そのやり取りに銀は内心戸惑っていた。桃が最年長とはどういうことか、明らかに見た目は一番幼いというのに。

「申し訳ありません」
「……まあいい。お前が最年長であることは揺るがないが、その幼い見た目で指揮を取るのも苦労があるだろう。ん? 何か言いたそうだな?」

 桃の表情が一瞬で険しくなり、声を荒げた。

「私の歳は関係ありません!」

 父は満足げに微笑む。

「ふふ、怒ったか。まあいい。では、その怒りをしっかり罰に耐える力に変えるがいい」

 父は桃に向けて短い鞭を振る。最初の一撃で桃は顔をしかめるものの、すぐに無表情を装い、声を上げない。それを見ていた銀は彼女の気丈さに驚きを覚えた。続いて茶が口を開く。

「私は護衛の排除を任されていましたが、一人取り逃がしました。それが任務全体の失敗に繋がったと思います」
「ふむ、認めるだけましだな。だが、お前も例外ではない。まだまだ未熟だ。精進したまえ」

 父は鞭を茶に向け、数度叩きつけた。茶は背中を丸め、苦痛に耐えながらも静かに耐え続けた。最後に紫が口を開いた。

「私は情報収集に関わる役目でしたが、護衛の配置や動きを完全に把握できませんでした。それが黒の行動を阻害した原因だと考えます」
「情報不足が命取りになることをお前ほど理解している者はいないと思っていたがな、紫。まったく、色ボケと誹られても否定できまい」

 父は言いながら鞭を振る。紫は薄く笑みを浮かべたまま、冷ややかな表情で鞭打ちに耐える。

「全員、これで終わりだ。だが忘れるな。次の失敗はないと思え」

 父は鞭を置き、冷たく三人を見下ろした。そして銀の方に振り返る。次はお前だと言わんばかりである。
 銀は身構えた。だが父は鞭を置き、ゆっくりと近づいてくると、彼女の肩に手を置いた。

「だが、気に入ったよ。失敗の要因だったお前が、我々にとって計り知れない武器になる可能性を持っている。お前を責める理由はない」

 銀は戸惑いながらも黙ったまま、父の目を見つめた。

「銀、お前は今日からここで生き、死ぬまで私の駒として働く。その強さと賢さを存分に見せてみろ」
「……わかりました」

 短い返答だが、銀は迷いのない声で答えた。

「では歓迎しよう。黒、今夜からこの娘を訓練に加えろ。桃、年長者として教会を案内しておくように」
「承知しました」
「……承知しました」

 黒は息を整え、静かに答えた。
 父は笑みを浮かべると銀の肩を叩き、背後の少女たちに合図を送った。柱の陰やバルコニーに隠れていた少女たちが姿を現し、それぞれが銀を一瞥する。

「ようこそ、銀。我が家へ」

父の荘厳な声が礼拝堂に響く中、銀は新たな戦いの舞台に立たされたのだと理解したのだった。
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