雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第5話 Side:雪絵

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 白雪さんが恵玲奈から取材を受けている最中、私は珍しく美術室に残った北川さんに声をかけた。彼女の愛らしさは十分に知っているし、ついつい甘やかしたくなる雰囲気を持っていて、今日もまた彼女に焼き菓子をあげてしまう私がいた。

「ありがとう雪絵ちゃん」

 私をちゃん付けで呼ぶ後輩は彼女しかいないが、それももう慣れてしまったから注意はしない。彼女が叶美と付き合うようになって一年以上経つと思うと、時折見せる大人びた笑みの理由は推して知るべしだろう。叶美の肌つやの良さも同様である。
 さて……彼女にも叶美にも、聞きたいようで聞いてこなかったことがある。

「北川さんは……どうして叶美とお付き合いすることになったの?」

 浮き世離れしているとすら言える叶美には、中等部三年間に高校一年を加えても、叶美が誰かに恋をするなんて話は一切なかった。叶美は顔も可愛いし、胸も大きくて、優しくて気遣いが出来て料理も上手な、好きだった私が言うのもナンセンスだけれど、どちらかと言えば男性にもてる女子だと思っていた。けれど、理想と懸想の境界が曖昧な星花女子では、叶美にはファンクラブが出来る程の人気だった。まぁ、ファンクラブのメンバーは私や恵令奈の友達が多いのは事実だが。
 そんな叶美に、北川さんとの接点はないはず。無邪気な彼女が恋愛感情を抱くだけの何かがきっとあったのでは……あるいはいっそ、純然たる感覚だけで北川さんは叶美と一緒にいることを決めたのだろうか。それに、彼女のルームメイトも叶美と恋愛関係にある。高等部に上がってからは菊花寮に入ったようでたまに見かけるけれど、高一とは思えない程に発育が良くて色っぽい女の子だと認識している。彼女らが見せる大人びた一面というのは、やはり恋人がいるから発せられるものなのだろうか。

「叶美ちゃんをね、好きになったのは……なんでかなぁ。でも、この人しかいないって思ったの。はっきりと。その気持ちを真っ直ぐ伝えたら応えてくれたって感じ」

 ……やっぱり天才の考えは凡人には理解出来ないよ。私も、伝えられたら良かったのかな。でも、そんなことしたら恵玲奈とは袂を分かつことになっただろうし、むしろ叶美は出会って間もなかったからこそ彼女らの想いを受け止められたのかな。長い時間を共有してから想いを告げても、そういう目で見られない……みたいな感覚があるのかもしれないし。

「そっか。今は幸せ?」
「うん!」

 その笑顔を見れば、聞くまでもないことだと思った。彼女は胸に手を当てて、私にいかに幸せかを語ってくれた。

「叶美ちゃんといると、ここがぽーっと温かくなって、どきどきするけど落ち着いて、安心できて……それで、えへへってなるの」

 実感が湧かない以上、仕方ないのだけれど……北川さんの抱く感覚というのが私にはどのようなものなのか分からなかった。だからといって否定するわけでもないし、むしろ私だってそのような感覚を体感してみたいとすら思っている。

「雪絵ちゃんは今、幸せ?」

 北川さんの瞳が私をじっと見据える。その問を深く考えるのが無性に怖くて、私は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。そんな私を彼女は怪訝そうな瞳で見ている。視線を逸らすように準備室を見やると、取材が終わったようだ。私は恵玲奈に声をかけようと――半ば北川さんから逃げ出すように席を外した。けれども、恵玲奈はこちらに気付かないのか、すたすたと廊下を歩いて立ち去ってしまった。

「恵玲奈、どうかしたの?」

 準備室から出てきた白雪さんに訊ねると、少し時間をオーバーしてしまったので、と言われた。そう言えば前にも、情報は鮮度が命なんて言っていたくらいだから、きっとそういうことなんだろう。再び美術室に入る私を白雪さんが見つめていたような気がした。
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