雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第17話 Side:咲桜

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 雪絵先輩といちゃいちゃしながらアイスを食べ終えたわたしたちは、混雑が少しずつ解消されたのをいいことに、まとまっておしゃべりを始めた。星花女子でちょくちょく流行ってるお茶会に、わたしは参加したことがないから、こんな大所帯でのおしゃべりは初めてだ。

「そういえば、咲桜ちゃんってば私だけ西先輩って呼ぶよね。叶美と雪絵は名前で呼ぶのに」
「それはまあ、雪絵先輩は雪絵先輩って感じですし、叶美先輩は苗字知らないので」

 西先輩……恵玲奈先輩から叶美先輩の話を聞いた時、先輩は名前しか言わなかったし、知りようがないのだ。で、こうも先輩ばかりだとただの先輩呼びじゃ分かりづらいし。

「わたしも、かおりちゃんでいいよ。咲桜ちゃん、雪絵ちゃんは呼んでくれないけど」
「あぁ、雪絵堅いもんね」
「ね。私らを呼び捨てにするまで二年かかったし」
「あれは別に、ちょっと距離の詰め方が分からなかっただけで。あと、後輩を名前で呼ばないのはあくまで先輩としてね? じゃ、じゃあ、かおりちゃん? 咲桜ちゃん?」

 三年三人がわちゃわちゃと話していると思った、わたしにまで飛んできちゃった。にしても、雪絵先輩にちゃん付けされると凄く違和感。面白くてちょっと笑っちゃったや。

「なによ、笑うことないじゃない」
「ええ。雪絵ちゃん」

 照れたのかちょっと怒っちゃったか、顔を真っ赤にする雪絵先輩を叶美先輩と恵玲奈先輩がなだめる。そんなやりとりを北川さんが楽しそうに眺めている一方で、城咲さんと須川先輩がなにやらわいわい話している。

「近々映画になるあの作品、小説の方は読んだかしら?」
「はい。ちょうど図書室にあったので。面白かったです、最後の最後まで気が抜けないミステリで、わたしはけっこう犯人を予想しながら読むのですが、あの人だとは思ってもみませんでしたよ。確かに、二回目を読むとアリバイが不十分だったり、探偵にミスリードさせたり、深かったです」
「私も概ねそんな感想ね。役者に興味の無い私でも知っている人が多かったから、本当に公開が楽しみね。一緒にどうかしら?」

 文学少女然とした二人の会話は盛り上がっていた。映画かぁ。芸術としてもあまり興味の無い分野だからよく分からないや。

「そろそろ動こっか」

 叶美先輩の一声で、二手に別れて移動することになった。美術部三人で画材屋さんに、他の四人が本屋さんに。
 以前ちょっとした操作ミスで買ってしまった特大のカンバスに描く絵を完成させるべく、画材を追加する必要が生じていたのだ。母から八月一週目にフランスで個展を開くことが決定したと連絡があった。その目玉にあの大きな絵を据えたらきっと目を引くだろうと思う。今月はあと二週間もないし、運び出しやそもそも乾燥に時間がかかるからあと十日使えるかどうか。あまり描きかけで時間をおくとイメージが雲散霧消してしまし、明日から集中して描き上げなくては。……リリーを連れていったら迷惑かしら。

「――さん、白雪さん」
「え? あ、雪絵先輩。どうしました?」

 ちょっと考えに没頭しすぎたみたい。

「絵具を見たまま固まるので何事かと」
「すみません、絵のイメージが湧いちゃって」

 適当に濁して必要な道具を買いそろえお店を出た。普段はここまで足を伸ばさず商店街で済ませてしまうけれど、同じ物を購入できて一安心だ。先輩と北川さんはもう少し見るらしいから近くのソファに腰を下ろす。……そういえば、八月一週目って確か星花はりんりん学校が行われている頃のはず。わたし自身は行くつもりは無いけれどリリーはきっと仕事があるわよね。生徒会長に頼み込んで無理にでも連れて行こう。早くしないとわたしもリリーもきっと引き返せなくなってしまうから……。リリーを慕う娘には可哀想だけど、今だけは譲ってあげられそうにない。雪絵先輩は……流石に内部進学とはいえ受験生を一週間も海外に連れ回すわけにはいかないし、フランスで個展を開くなんて言ったらかなり驚いてしまいそうだ。きっと先輩はわたしの実力を看破しているんだろうけれど、わざわざ自分から言う必要もないだろう。

「白雪さん、アニメショップで叶美たちと合流するわよ」

 買い物を終えた先輩と北川さんがソファに座るわたしに声をかけてきた。アニメショップかぁ……あまり行ったことがない。アニメに興味が無いわけではないが、グッズを買おうとする程にのめり込んだことがないのだ。本や画集も売っているが本屋さんで買う方がわたしは良いと思っている。

「二階だよね? 早く行こ?」

 駆け足気味の北川さんが転ばないか心配そうに後を追う雪絵先輩が、お姉さんっぽくてなんだか微笑ましいと思った。
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