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第19話 Side:咲桜
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思ったより温かい雪絵先輩の手を取って階段の踊り場へ向かった。そこまではよかった。ただ、正直その先を何も考えていなかった。先輩はどんなわたしが好きですか? なんてことを聞いてしまったんだ。先輩がわたしのことを好きであるという前提のもとになされた質問だということを、言い終えてから気付いた。わたしの自意識も大きくなったものだといっそ感心してしまう。
「もう一度聞きますね、先輩はどんなわたしが好きですか?」
いっそ、好きであることを確認したいだけなのかもしれない。リリーからも好かれ、先輩からも好かれるわたしという何かを欲しているのかもしれない。服のコーディネートが絵を描くことに似ていると思ったのは本心だ。だから先輩の絵がきらきらするように変わったとしたら、ひょっとしたらこういった瞬間でもその一部が垣間見えるのかもしれない、なんてことを考えてもみた。
「貴女は……そうね」
先輩は少しだけ逡巡してから、こう呟いた。
「人を惹きつけるようで、突き放すような……そんな気ままな、でも放っておけなくて……ただ……」
「ただ?」
先輩はどういう訳が少し自嘲気味な笑みを浮かべてこう答えた。
「貴女が先輩と呼んだ時に、一番に振り返るのが私だったらいいなって思うの」
曖昧だけど抽象的とはまた少し違う……けれどほんのかすかに、わたしが思っていることと重なる気がして嬉しかった。雪絵先輩は、わたしが一番敬意を持って接している先輩だと思う。先輩として先輩と呼んでいるような……ただの敬称じゃない、先輩。特別な、先輩。
「ねぇ先輩。わたしに、先輩のコーディネートさせてもらえませんか?」
「なら私も、白雪さんのコーディネートさせてもらおうかな。私だけの意見で」
実は城咲さんと談笑しながらわたしに服をあてがう先輩は、なんだか見ていてもやもやさせられたけれど、先輩がわたしのためだけに選んでくれるというならそれは嬉しい。
わたしたちは再び一階へ下りると雪絵先輩が一番のお気に入りだというショップに入った。店名は英語ともフランス語とも違う言葉で読めなかったが、ひょっとしたら造語にアルファベットをあてたものかもしれない。
「お互い高すぎるとなんか良くないから、五千円くらいね。今ちょうど全品二割引だから、そんなにしんどくないはず」
確かに全身フルコーデというわけではなく、トップスとボトムスもしくはワンピースなわけで、予算としては妥当な感じ。頷いてから店内の物色に移る。にしても他人の服を選ぶなんて不思議な気分だ。わたしはずっと選んで貰う側だったから……。
先輩にはどんな服が似合うだろう。いや、いっそ先輩が自分じゃ選ばないような服とか? でも私服は今日のそれしか見たことがない。白と茶色と呼ぶには薄い……ベージュとも違う、カフェオレみたいな色の五分袖ストライプワンピースに、わたしが借りている黒のカーディガン。
色彩で言えば地味な部類だ。わたしの絵はしばしばその色使いに目を奪われるなんて評されるけれど、わたしは正直色使いに何の計算も盛り込んでいなくて、ただただ感性でこの色を使いたいっていう決め方をしているから、何色と何色の組み合わせがいいとかそういった理論だったものは分からないのだ。
考えることをあまりよしとしないわたしだけれど、今はなんだか妙に楽しい。先輩を自分色に出来るというのはこの先もしかしたら二度と無い経験かもしれない。先輩のきりりとした大人の雰囲気をどうアレンジできるのか、あるいはより引き立てるのか。一度先輩を裸婦で描いた後、服を描くようなそんな感覚……。
そういえば一度だけ、勉強会中に寝落ちして起きたら先輩の膝枕だったということがあった。あの時の太ももの感触をかすかに思い出す。今日もスカート丈が長い。ひょっとしたら制服より短いスカートをはくことが滅多にないかもしれない。いっそホットパンツみたいな……のは流石に似合うイメージが起きない。やっぱり先輩にはスカートかな。となると上は……先輩は膨らみに乏しい体型にちょっと卑屈なところがあるから、ふわっとしたものがいいかもしれない。先輩のイメージからゆるいとかふんわりとかは遠いし、選ばなさそうだから尚更だ。
「なるほど」
どうしてこんなに楽しいのか、少し掴めた気がする。誰かのために自分の時間を割くというか、誰かを想って行動することが新鮮なんだ。ずっと自分のために絵を描くばかりの生活だったから、こういうのは新鮮だし、少しだけ先輩が言っていた人のために絵を描く感覚が理解できたように思えて、自分の知らない自分に出逢えたみたいだ。
「これがいいかな」
なんとなく自分の身体にあてがいながら鏡を見ると、思っていた以上に口角が上がって、ますます笑みを浮かべるわたしだった。
「もう一度聞きますね、先輩はどんなわたしが好きですか?」
いっそ、好きであることを確認したいだけなのかもしれない。リリーからも好かれ、先輩からも好かれるわたしという何かを欲しているのかもしれない。服のコーディネートが絵を描くことに似ていると思ったのは本心だ。だから先輩の絵がきらきらするように変わったとしたら、ひょっとしたらこういった瞬間でもその一部が垣間見えるのかもしれない、なんてことを考えてもみた。
「貴女は……そうね」
先輩は少しだけ逡巡してから、こう呟いた。
「人を惹きつけるようで、突き放すような……そんな気ままな、でも放っておけなくて……ただ……」
「ただ?」
先輩はどういう訳が少し自嘲気味な笑みを浮かべてこう答えた。
「貴女が先輩と呼んだ時に、一番に振り返るのが私だったらいいなって思うの」
曖昧だけど抽象的とはまた少し違う……けれどほんのかすかに、わたしが思っていることと重なる気がして嬉しかった。雪絵先輩は、わたしが一番敬意を持って接している先輩だと思う。先輩として先輩と呼んでいるような……ただの敬称じゃない、先輩。特別な、先輩。
「ねぇ先輩。わたしに、先輩のコーディネートさせてもらえませんか?」
「なら私も、白雪さんのコーディネートさせてもらおうかな。私だけの意見で」
実は城咲さんと談笑しながらわたしに服をあてがう先輩は、なんだか見ていてもやもやさせられたけれど、先輩がわたしのためだけに選んでくれるというならそれは嬉しい。
わたしたちは再び一階へ下りると雪絵先輩が一番のお気に入りだというショップに入った。店名は英語ともフランス語とも違う言葉で読めなかったが、ひょっとしたら造語にアルファベットをあてたものかもしれない。
「お互い高すぎるとなんか良くないから、五千円くらいね。今ちょうど全品二割引だから、そんなにしんどくないはず」
確かに全身フルコーデというわけではなく、トップスとボトムスもしくはワンピースなわけで、予算としては妥当な感じ。頷いてから店内の物色に移る。にしても他人の服を選ぶなんて不思議な気分だ。わたしはずっと選んで貰う側だったから……。
先輩にはどんな服が似合うだろう。いや、いっそ先輩が自分じゃ選ばないような服とか? でも私服は今日のそれしか見たことがない。白と茶色と呼ぶには薄い……ベージュとも違う、カフェオレみたいな色の五分袖ストライプワンピースに、わたしが借りている黒のカーディガン。
色彩で言えば地味な部類だ。わたしの絵はしばしばその色使いに目を奪われるなんて評されるけれど、わたしは正直色使いに何の計算も盛り込んでいなくて、ただただ感性でこの色を使いたいっていう決め方をしているから、何色と何色の組み合わせがいいとかそういった理論だったものは分からないのだ。
考えることをあまりよしとしないわたしだけれど、今はなんだか妙に楽しい。先輩を自分色に出来るというのはこの先もしかしたら二度と無い経験かもしれない。先輩のきりりとした大人の雰囲気をどうアレンジできるのか、あるいはより引き立てるのか。一度先輩を裸婦で描いた後、服を描くようなそんな感覚……。
そういえば一度だけ、勉強会中に寝落ちして起きたら先輩の膝枕だったということがあった。あの時の太ももの感触をかすかに思い出す。今日もスカート丈が長い。ひょっとしたら制服より短いスカートをはくことが滅多にないかもしれない。いっそホットパンツみたいな……のは流石に似合うイメージが起きない。やっぱり先輩にはスカートかな。となると上は……先輩は膨らみに乏しい体型にちょっと卑屈なところがあるから、ふわっとしたものがいいかもしれない。先輩のイメージからゆるいとかふんわりとかは遠いし、選ばなさそうだから尚更だ。
「なるほど」
どうしてこんなに楽しいのか、少し掴めた気がする。誰かのために自分の時間を割くというか、誰かを想って行動することが新鮮なんだ。ずっと自分のために絵を描くばかりの生活だったから、こういうのは新鮮だし、少しだけ先輩が言っていた人のために絵を描く感覚が理解できたように思えて、自分の知らない自分に出逢えたみたいだ。
「これがいいかな」
なんとなく自分の身体にあてがいながら鏡を見ると、思っていた以上に口角が上がって、ますます笑みを浮かべるわたしだった。
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