雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第23話 Side:咲桜

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 ……明日からりんりん学校か。雪絵先輩、どんな風に過ごすんだろう。生真面目な先輩のことだから、星花祭で展示する絵の題材でも探すのかな。わたしも考えないと。……先輩のために描く一作になるだろうから。
 けれど絵のことを考えるのはまだ先。星花祭まで時間もあるし、それより先に片付けなければならないものがある。わたし自身の心だ。リリーと先輩の間で揺れているようじゃ、二人と……それからリリーに想いを寄せている女の子にも悪い。

「リリー、出掛けるわよ」

 雪絵先輩に選んでもらった青いギンガムチェックのワンピースを着る。荷物は既にまとまっている。パスポートや美術雑誌、スマホの充電も済ませてある。夏休みの課題も一応、入れてある。りんりん学校へ行くつもりの荷物を準備したリリーの分まで、きっちり入れてあるからその点は抜かりない。
 小さなスーツケースを自分のと彼女の分を両手に持つわたしに、リリーが困惑する。明日からりんりん学校なのも重々承知だ。その点については後で説明するつもりだし、清歌さんの許可も取ってある。
 なおも煮え切らない彼女にビシッと声をかけて引きずり出すように寮を後にする。寮にほど近い門へ寄せて貰っていた車で一路空港を目指す。
 母からチケットとパスポートを渡されても、リリーはなんだか上の空だった。上の空のまま空の上へ、なんてね。
 あまりにも状況が呑めていなさそうなリリーが少し心配になって、まずは航空機酔いしていないか確認する。すると……。

「い、いや……あまりの出来事に呆然としてただけ。……なんで私飛行機乗ってるの? 咲桜の隣の方は誰?」

 飛んできたのは矢継ぎ早の質問。どーどーと落ち着かせると、リリーはごめんと一言謝った。謝るのはわたしの方だ。まずはわたしたちがパリに向かっていること、そこでわたしの個展が開催されること、そして隣に居るのはわたしの母だということを説明した。
 母との挨拶を済ませたリリーに、何故リリーを連れて行く必要があるのか説明する。

「このままだとわたしはリリーの事を離せなくなる。そうなる前に、リリーに選んでほしい。わたしをとるか、あの娘を選ぶか」

 わたしはリリーも雪絵先輩も、今は同じくらい好きだ。だからといって、それこそ叶美先輩のような振る舞いはできない。あの場合はそもそもリリーと雪絵先輩が……少し想像したら圧倒的な疎外感に気分が悪くなったわ。……けれど、リリーとリリーに想いを寄せる彼女が結ばれるのなら、それはきっと祝福できる。

「……それを、どうして咲桜が結論を早めようとするの?」

 リリーのことも、リリーの気持ちも、もちろん大切だけれど……これは単純に時間の問題。雪絵先輩の卒業まで時間が少なくなってきたということ。わたしが想っている以上に、雪絵先輩がわたしのことを好きになっているはず。けれど、先輩の性格上、わたしから告白しないといけない。でも……まだわたし自身の決心がつかない。リリーがわたしを選ぼうとも、突き放そうとも、そうしなければわたし自身が自立できない、そんな風に考えてしまうのだ。

「それに、そろそろgrand-mèreが恋人を作れってうるさいから」

 おばあさまが住むフランスは既に同性婚が認められている。反対派のデモが激しく行われたり、逮捕される人がいたりしたけれど……きちんと法によって認められている。悲しいよね、国に同性婚を認めてもらうためじゃなく、それに反対するデモが行われるなんて。

「ともかく、うちはなかなか厳しい家だからね。さっさと自分で見つけないとよくわからない人とお見合いさせられたりするから。今年のうちに決めておきたいんだ」
「……それで私に選べと」
「そういうこと」

 軽く言ってみせるが……きっとリリーはわたしから遠のくだろう。その決意を促すための一枚を描いたのだから。
 この旅はきっと、わたしにとってもリリーにとっても凄く重要なターニングポイントになる……そう、旅立ちなのだ。
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