君の隣で ~競技のペアとプライベートでもペアになる百合~

楠富 つかさ

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衝動

 それから一日中、頭の中は椿の言葉でいっぱいだった。
 何をしていても、視界の端に椿の横顔がちらつく。
 あの何気ない声、軽い口調、笑う唇──全部が、私の胸を締めつけた。

 後輩と付き合う。
 ペア解消。
 卓球には思い入れがない。

 あんなにも簡単に、今までの日々を手放せるの?
 私にとってどれほど大きな意味を持っていた時間だったか、椿は何もわかっていない。何も気づいてくれていなかった。
 放課後、私が部活を終えて寮の部屋に帰ると、椿はベッドに寝転んでスマホを弄っていた。まるで何事もなかったかのように。私だけが、昨日のまま取り残されていた。

「椿」

 呼ぶ声が少し震えていた。椿はスマホから顔を上げて、あっけらかんと笑った。

「ん? なに」
「ねぇ、椿に告白してきた後輩って、誰?」
「んぁ? 言ってなかったっけ。坂井って中等部の子なんだけどさ、前々からあたしに気があったって」


 その無防備な顔を見た瞬間、もう止められなかった。
 張り詰めていたものが、音を立てて崩れた。私は思わず椿の手首を掴んで、引き寄せる。

「ちょ、姫乃? な、何すんだよ──」

 椿の腕を押さえつけて、勢いのままベッドに押し倒した。
 椿は驚いた顔をしたまま、目を見開いていた。
 普段はガサツで力強い椿が、今は信じられないほど小さく見えた。

「そんな簡単に付き合うなら、私とでもいいじゃん」

 ぽつりと吐き出した言葉は、自分でも驚くほど冷たくて、乾いていた。椿の目が、初めて怯えたように揺れる。

「……は?」
「私だって椿のこと好きだよ。ずっと前から。ペア組んで、毎日隣にいて……好きにならないわけないじゃん」

 自分の口からそんな言葉が出てくるなんて、思ってもいなかった。でももう、抑えきれなかった。椿を誰かに取られるくらいなら、傷つけても、壊してでも、今この瞬間だけは私のものにしたかった。
 椿は、何も言えなくなったみたいに、私の顔を見つめたまま固まっていた。
 その顔を、私はずっと独り占めしたかった。誰にも渡したくなかった。

「椿の初めては、全部私のものだもん」

 喉の奥が焼けるように熱かった。震える手で頬を撫でて、唇が自然と椿の唇に触れる。
 ほんの一瞬のキス。なのに、それはまるで永遠のように重く、深く、私たちの境界線を超えていった。
 こんな形でしか伝えられなかった想いが、ようやく熱を持って伝わった気がした。

 椿は抵抗も、否定も、もうしなかった。
 ただ、涙をこらえるみたいに、ぎゅっと目を閉じた。

 私はそのまま、椿の髪にそっと額を寄せた。
 聞こえるのは、二人分の呼吸だけ。
 狭い寮の一室で、世界にはもう私たちしかいなかった。

「……怖いくらいだよ、椿のことが好きすぎて」

 ようやくこぼれた本音は、ほとんど囁きのようだった。
 それでも、椿には届いていたはずだった。

 長い沈黙のあと、椿がぽつりと息を吐いた。

「……なんで、そんな顔で言うんだよ」

 かすかに震える声だった。
 優しさにも、戸惑いにも聞こえた。

 私は、椿のその声を胸の奥に焼きつけた。
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