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二人きりの夜
椿の寝息が、かすかに聞こえる。ベッドの上、私の腕の中に抱かれている椿は、まるで壊れ物みたいに静かだった。いつも強気で、誰にでも物怖じせずに笑うのに。
今はその表情が、あまりに無防備で、私はただそっと額に唇を落とすしかなかった。
こんなふうに椿と触れ合える日が来るなんて、ずっと思ってなかった。諦めていた。親友の顔で、部活のパートナーとして、日常の中に埋もれるだけの存在で終わるんだって。
──でも、私は椿が好きだった。ずっと、ずっと前から。
あの日。入部したばかりの頃。
右も左も分からない私に、笑って声をかけてきたのが椿だった。
「お前、卓球うめぇな! あたしがペアになってやる!」
ただそれだけの言葉なのに、あの笑顔が、やけに眩しく見えた。入ったばかりで部活はおろか、学校の空気に馴染めず、どう過ごしたらいいか分からなかった私は、椿の言葉だけが救いだった。
この人は、何でもない日常を、軽やかに生きてる。そんなふうに見えた。彼女のもっと側にいたいと思って、せっかく入った一人部屋の菊花寮を半年で辞退して、彼女のルームメイトになることを望んだ。
でも、近くにいればいるほど、私は気づいてしまった。椿は、誰よりも孤独を隠すのが上手な人だってことに。
誰かに頼ることが苦手で、負けず嫌いで、でもほんとは──
たまにぽつりと漏れる弱音や、疲れた目元。私だけが知っている、椿の影。それがどうしようもなく、愛しかった。
だから、ペア解消を告げられたとき、本当に怖かった。私は椿にとって、ただの便利な相棒だったのかもしれないって。そんなの、嫌だった。卓球がどうとか、ペアがどうとか、そんなのじゃない。
私は椿と一緒にいたいだけだった。それをどう言葉にすればいいのか分からなくて、気づけば、抱きしめていた。
自分の想いを、衝動で押しつけることしかできなかった。
──椿の初めてが、私のものじゃなきゃ嫌だった。
あんなふうに言ってしまったこと、後悔もしてる。もっとロマンティックなファーストキスをしたかった。でも、あの瞬間の私は、本当に必死だった。
「……ねえ、椿。起きてる?」
小さく声をかけると、椿はぴくりとまつげを揺らした。目を開けたまま、ぼんやりと私を見上げる。
「……ん、なんだよ、急に」
眠そうな声。でも、逃げようとはしなかった。
私はそっと椿の髪を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「どうして椿のことが好きか、ちゃんと伝えられてないなと思って……」
「……別に、今さら……」
「ううん。今だから、話したいの」
言葉を選びながら、でも、曖昧にはしたくなかった。
「椿が、無理して笑うとこ、知ってる。みんなの前では明るくて、強くて、ちょっといい加減で。でも……本当は、不安になるとすぐ顔に出るし、寂しいとすぐ黙っちゃうよね」
「……な、なんだよ、それ。ばれてたんか」
「うん。ずっと、見てたから。ずっと、椿を見てきた」
椿の手を握る。あたたかい。けれど、少し震えていた。
「ぶっちゃけ、あたし……男みたいだってからかわれてきたし。姫乃みたいな美人が、あたしなんかを好きになるわけないって、勝手に思ってた」
椿の声が震える。
目が潤んでいるのが、月明かりに照らされて見えた。
「だって……好きだから。ずっと、椿が好きだったから。可愛くて、優しくて、誰よりも不器用で、でも……そこが全部好きなんだよ。だから、私の隣にいて」
たぶんこれは、ずっと前から決まってた気持ちだった。
椿のそばにいたい。守りたい。笑ってほしい。そう思うたびに、胸の奥が痛くて、それが恋なんだと気づいたときには、もう戻れなかった。椿の手が、私の胸元にそっと触れる。
「……あたしも、姫乃の隣がいい」
その声は、小さくて、でも確かに震えていた。
私はもう一度、椿を抱きしめた。
この気持ちを、ゆっくりと、丁寧に育てていきたい。
焦らなくてもいい。逃げなくてもいい。
そう思えるようになったのは──椿が、今ここにいてくれるからだった。
今はその表情が、あまりに無防備で、私はただそっと額に唇を落とすしかなかった。
こんなふうに椿と触れ合える日が来るなんて、ずっと思ってなかった。諦めていた。親友の顔で、部活のパートナーとして、日常の中に埋もれるだけの存在で終わるんだって。
──でも、私は椿が好きだった。ずっと、ずっと前から。
あの日。入部したばかりの頃。
右も左も分からない私に、笑って声をかけてきたのが椿だった。
「お前、卓球うめぇな! あたしがペアになってやる!」
ただそれだけの言葉なのに、あの笑顔が、やけに眩しく見えた。入ったばかりで部活はおろか、学校の空気に馴染めず、どう過ごしたらいいか分からなかった私は、椿の言葉だけが救いだった。
この人は、何でもない日常を、軽やかに生きてる。そんなふうに見えた。彼女のもっと側にいたいと思って、せっかく入った一人部屋の菊花寮を半年で辞退して、彼女のルームメイトになることを望んだ。
でも、近くにいればいるほど、私は気づいてしまった。椿は、誰よりも孤独を隠すのが上手な人だってことに。
誰かに頼ることが苦手で、負けず嫌いで、でもほんとは──
たまにぽつりと漏れる弱音や、疲れた目元。私だけが知っている、椿の影。それがどうしようもなく、愛しかった。
だから、ペア解消を告げられたとき、本当に怖かった。私は椿にとって、ただの便利な相棒だったのかもしれないって。そんなの、嫌だった。卓球がどうとか、ペアがどうとか、そんなのじゃない。
私は椿と一緒にいたいだけだった。それをどう言葉にすればいいのか分からなくて、気づけば、抱きしめていた。
自分の想いを、衝動で押しつけることしかできなかった。
──椿の初めてが、私のものじゃなきゃ嫌だった。
あんなふうに言ってしまったこと、後悔もしてる。もっとロマンティックなファーストキスをしたかった。でも、あの瞬間の私は、本当に必死だった。
「……ねえ、椿。起きてる?」
小さく声をかけると、椿はぴくりとまつげを揺らした。目を開けたまま、ぼんやりと私を見上げる。
「……ん、なんだよ、急に」
眠そうな声。でも、逃げようとはしなかった。
私はそっと椿の髪を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「どうして椿のことが好きか、ちゃんと伝えられてないなと思って……」
「……別に、今さら……」
「ううん。今だから、話したいの」
言葉を選びながら、でも、曖昧にはしたくなかった。
「椿が、無理して笑うとこ、知ってる。みんなの前では明るくて、強くて、ちょっといい加減で。でも……本当は、不安になるとすぐ顔に出るし、寂しいとすぐ黙っちゃうよね」
「……な、なんだよ、それ。ばれてたんか」
「うん。ずっと、見てたから。ずっと、椿を見てきた」
椿の手を握る。あたたかい。けれど、少し震えていた。
「ぶっちゃけ、あたし……男みたいだってからかわれてきたし。姫乃みたいな美人が、あたしなんかを好きになるわけないって、勝手に思ってた」
椿の声が震える。
目が潤んでいるのが、月明かりに照らされて見えた。
「だって……好きだから。ずっと、椿が好きだったから。可愛くて、優しくて、誰よりも不器用で、でも……そこが全部好きなんだよ。だから、私の隣にいて」
たぶんこれは、ずっと前から決まってた気持ちだった。
椿のそばにいたい。守りたい。笑ってほしい。そう思うたびに、胸の奥が痛くて、それが恋なんだと気づいたときには、もう戻れなかった。椿の手が、私の胸元にそっと触れる。
「……あたしも、姫乃の隣がいい」
その声は、小さくて、でも確かに震えていた。
私はもう一度、椿を抱きしめた。
この気持ちを、ゆっくりと、丁寧に育てていきたい。
焦らなくてもいい。逃げなくてもいい。
そう思えるようになったのは──椿が、今ここにいてくれるからだった。
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