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きっかけ その1

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 駅へと向かういたって普通の国道。まだ高い位置にいる太陽を背に私、佐山遥奈は同級生三人と歩いていた。

「なぁなぁ、次の期末でも前回みたいな賭け、やろーぜ!」

 私の前を歩いている坂上麻耶が八重歯を見せながら言った。彼女はこの四人の中のリーダーっぽい存在で、高校生になってから仲良くなった私たちをまとめている。ただ、時折こんな突拍子もないことを言い出す。

「それ、中間の時に優奈が負けてエロ本買わされて真っ赤になった時に次はやんないって言ったじゃんかよぉ」

 麻耶の隣を歩いている米倉美由紀が長いポニーテールを振りながら声を上げた。私の隣では矢作優奈――前回の賭けで負けた友人が――小柄な体をさらにすくめていた。

「あれは、優奈が想定外に過激なものをもってくるから……」
「目、瞑って、適当に……あうぅ」

 必死に言い訳しようとする優奈の頭を撫でてやりながら、私は乗り気であることを表明した。なにせ、今度のテスト範囲は思った以上に簡単なのだから。

「おぅし、遥奈もその気だし、前回と同じルールでやるか。全科目の平均順位がトップの奴がビリに命令する。OK?」
「あいよ。まぁ、今度こそあんたのトップを阻止してやるから」
「うぅ、今度こそビリにならないようにしなきゃ」

 前回三位だった私も優奈に負けないよう、頑張らないと。道を挟んで並ぶ大きな民家と大型店舗を交互に見やりながら、あれこれとテストへの対策を講じてみる。いろんな店にいろんな人が入っていく。その中に一つ、どこかで見たような影が見えた気がしたんだけど……。

「遥奈ちゃん、電車に間に合わないよ!!」

 上り電車と下り電車で微妙に時間がずれる時間帯。下りに乗る二人に合わせていると一本逃しかねない。上りに乗る私と優奈は二人の通り越して小走りを始める。

「じゃ、また明日ね!!」



 翌日の火曜日から始まる期末テスト。四日間の長丁場である上に、中間テストにはなかった科目のテストもある。とはいえ、それは実技科目だからそこまで影響することはないかなぁ。
――――なんて、考えていた時期もありました。テスト明けの金曜日にはテストの返却も全て終わり、個評と呼ばれる自分の得点と順位の一覧が載った紙を見てみると……。

「今回のビリは遥奈ね。トップは私!! よっしゃぁ!」

 男勝りな口調や行動をする麻耶が、そこはかとなく頭がいいことに疑問を隠せない。一学年に200人いるちょっと頭のいい女子校である私たちの学校。その中で麻耶が87位、美由紀が106位、優奈が112位。そして私が……121位。前回より下がっているのは……。

「選択科目の順位は計算から外そうよ……。音楽のペーパーテスト難しかったんだよ……」

 レンタルビデオ店と本屋に挟まれた場所にあるファミレスで、今回のテストについての賭けによる命令の話をしている私たち。今日はデザートのやけ食いでもしないと気が晴れない。

「じゃぁ、今回の命令は……うぅん。遥奈だからセーフなものにしたいなぁ」

 優奈にはさせられないこと、ということだろうか? 麻耶は変態だからなぁ。どんな命令が下されるのか……。

「丁度そこにトビヤがあるじゃん?」

 トビヤというのは、このファミレスの隣にあるレンタルビデオ店の名前である。CD四枚で1000円とか日によっては準新作も100円なんてサービスを展開している全国規模のお店だ。

「そこのAVコーナーに30分いるなんてどう? 優奈じゃできないでしょう」

 そう言って私と優奈の胸元に視線を送る麻耶。まったいらな優奈に対して私は平均以上に大きい。

「ていうか、それ。私、めちゃめちゃ欲求不満なエロ女みたいじゃんかよ!」
「まぁまぁいいじゃん。借りてこいとは言わないからさ。それに、遥奈なら18以上に見えるよ。胸で」
「いや、そういうあんたもそれなりにあるんだけど」

 と、麻耶の隣でメロンソーダを飲んでいた美由紀がちらりと麻耶の胸を見る。美由紀はずっと水泳をやってきたこともあってすごく引き締まった身体をしている。その分、胸にも余計な脂肪が一切ないのだが。ちなみに、うちの学校は一昨年、水泳部に不祥事があり廃部。彼女はそれを知らないまま受験をし、入学してしまったらしい。水泳以外のスポーツをやるつもりもないようで、私たちとつるみながら帰宅部をやっている。それから、美由紀が髪をポニーテールにしてるのは高校に入ってから。水泳をやらないのなら髪を長くしても平気だろうということらしい。授業で水泳をやる時は帽子につめるのに手間取って優奈にやってもらっていたが。

「そもそもさぁ、AVコーナーって、私が入ったら補導とかされない? 女子高生なんだよ?」
「平気だって。女だってAV見たいさ。ひょっとしたら女優と間違えられるかもよ?」

 言いながら笑い始めてテーブルをバシバシ叩く麻耶。女子校に通っている人間として……これはどうなのだろうか。しかも、今座っている席は窓側にあって、トビヤに行く人から丸見えなのだ。なんか無性に恥ずかしくなって後ろを振り返る。

「女優って、それのだよなぁ? ふはっ」

 美由紀も笑いを堪えなれない様子。そんな彼女の笑い声を聞きながらトビヤへ入っていく人を眺めていると、

「は、遥奈ちゃんはAV女優なの?」

 さらにと優奈が大ボケをかます。違うわ! とつっこんでからふと思った。優奈ってAV……というか性についてどれだけ知っているんだろう、と。まぁ、訊くのも悪いか。隣に座る優奈の耳元で大きな声を出しすぎたことを謝りながら、視線を戻そうとしたとき、

「ん? あれ、涼風さんかな?」

 視界に風にたなびく長い黒髪を捉えた。よくよく見ると、クラスメイトだった。

「私服だね。家、近いのかなぁ」

 大人びたワンピースを着た彼女は、南国のお嬢様みたいでとても大人びて見えた。

「トビヤから出てきたのかな?」

 優奈も身体を捻って外を見る。自転車でもなく徒歩のようだから、やっぱり言家は近いのだろう。

「成績トップのお嬢さんが、どんなもん借りてるんだろうな。やっぱ恋愛系かねぇ。つか、制服だとわかんないけど、涼風もいいカラダしてんなぁ」
「麻耶、おっさんみたいになってるぞ」

 品の無い笑みを浮かべる麻耶を美由紀がたしなめる。

「じゃあ。遥奈は風紀委員でもあるあのお嬢さんにバレないように気ぃ付けろよ」
「分かったよ。で、いつ?」

 真面目を絵に描いたような彼女に見つかったら……学校にバレ、何らかの処分があるんだろうなぁ。そんなことを思いながら、麻耶にいつ行けばいいのかを問う。

「明日、かな」
「明日!?」

 急なことにも驚いたが、そもそも土曜ってトビヤが一番混雑する日ではないか。いや、トビヤだけでなく、レンタルビデオ業界が一番混雑する日だ。なにせ次が日曜日で、思い切りビデオや漫画を見れるのだから。

「それはあまりにも……」

 優奈が助け舟を出そうとするものの、作戦は失敗。

「一番セクスィーな服、着てきてよね。私らは明日もここで待ってるから、AVコーナー初潜入の感想、聞かせてよね」

 意外と様になるウインクにイラッとしながら、私の受難は始まったのです。
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