いくら剣道有段者だからって異世界で無双なんてちょっと……

楠富 つかさ

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いくら剣道有段者だからって異世界で無双なんてちょっと……無理

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「へぇ、殺っちゃうんだ。キャハ! アンタ、勇者より魔王が似合うんじゃない。血みどろじゃん」

 最初の多少は厳かだった口調は崩れ、随分と昂揚したような口ぶりのクラリア。その底抜けに明るくキャピキャピした態度が気に入らない。刀を構え直し、クラリアに斬りかかる。

「ふふ、それでも我に立ち向かう? アンタ、異世界勇者ってやつでしょう? 帰れないよ。知ってた? ここで我を倒して魔王になるか、それとも大人しく殺されるか。道は二つに一つだよ」

 剣に、斧に、鎌に、杖に、爪に、攻撃を弾かれる。背後から迫る鎗は勘だけで横に転がって回避する。袈裟斬り、水平斬り、唐竹割り、刺突、逆袈裟、一撃も通らない。
 魔王を倒す義理はあるだろうか。きっと、そんな物は無い。ガルーシャ王国の国王に頼まれて旅立った。道中、魔物に滅ぼされたという国も見た。だけど、そこは日本じゃない。私の暮らす世界じゃない。けれど、頼まれたからにはと思って戦ってきた。

「アンタ、我に恨みでもある? ないでしょ。自分なら魔王だって倒せるとか思ってた? お生憎、そうやすやすと殺されてたまるかっての。この世界が我のものにするからさ」
 魔王を倒せる、そう思っていたさ。だって実際に異世界勇者だし、この刀に選ばれたんだよ? 銘すら無いけれど、どの刀より美しく、あらゆる刀剣より強い、そんな名刀に選ばれ、招かれ、そんな私が負けるとでも? 普通は思わないさ。

「せい! やぁああ!!!」

 魔法はおろか必殺技もない。ただただ刀一本で何体もの魔物や何人もの魔族を殺してきた。経験値があってレベルアップするわけでもない。一撃で死にそうになったこともある。即座に治るわけでもないから、ここまで来るのに二年もかかったんだ。けれど、たとえ数値として分かりやすい経験値がなかったとしても、ここまで積み重ねてきた経験は嘘じゃ無い!

「魔王を殺して私も死ぬ! それが私の答えだ!」

 どの武器のせいか分からないけど、脇腹から血が出ている。太もももボロボロだ。学校の制服もつぎはぎや当て布ばかりで原型をとどめていない。ルリアの趣味でつけられたフリルも、

「ぐっうぅ……」

 ソニアが熱心に選んでくれたガントレットやグリーブも、大切な想い出だ。爪をいなし、鎌の刃をくぐり、剣を弾いて、斧を躱す。鞭を飛び越え、ハンマーの一撃を逃れ、迫り来る杖を打ち落とす。
 七つ目、鎗はクラリアが構えている。どうやら彼女は鎗を最も得意としているようだ。刺突や払いを躱し、柄を掴んで引き寄せる。そのまま刀で貫こうとする……その瞬間。

「愚か者め!」

 飛来した杖から黒い火球が飛び出す。すんでのところで回避するが、危うかった。世界が魔に歪められたせいで人類は行使できなくなった魔法。それを魔族は平然と行使する。再び七つの武器が、まるでクラリアを守るように彼女の周囲を回転しながら浮遊する。

「あと少しだったのに……」
「一撃も与えられずにアンタは死ぬ。我を巻き添えになど出来る訳がない」

 掌を突き出すクラリア、すぐさにハンマーが襲ってくる。質量と速度が、その殺意の高さを物語っている。回避しようと左へ視線をやった瞬間に、左側に剣、右側に鎗が陣取る。正面からはハンマーが迫っている。その後ろから鞭も伸びている。おそらくジャンプしたら絡め取られる。

「ちっ!!」

 舌打ちをしながら右斜め前に転がる。即座に後方を警戒しながらクラリア目がけて駆け出す。鞭を躱し、爪を弾き、今度こそ一撃を加えんと詰め寄る。

「無駄なことを!!」

 大鎌を構えたクラリアが私の命を刈ろうとする。だったら、それより早く刺し貫けばいい。

「とど、け!!」
「ぬぅ……!?」

 魔族の身体が人体と同じ構造をしていることは、既に知っている。心臓を刺し貫けば、もう……動くまい。
 刺突の勢いのまま仰向けに倒れるクラリア。それにより、背後から迫る鎌の刃は加速し、私が最後に目にしたのは自分自身の胴体だった……。
 倒せたことへの安堵、相討ちになったことへの悔しさ、帰れなかった無念、ルリアを見殺しにしソニアを自ら斬った後悔、黒く澱む感情と同じように視界が黒塗りになっていく。そういえば、最後まで残る感覚は聴覚だと聞いたことがある。

「キャハ」

 最期、かすかに聞こえたその笑い声――――私は絶望した。
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