侠花徒花乱れ咲き

楠富 つかさ

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3幕

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「組長、静山会の連中が横浜組に負けたそうです」

 ここは静山会の上部組織である青木ヶ原組の組事務所。

「あらあら、仕方ないわねぇ。あそこは黄道会の中でも精鋭ぞろいだもの。静山会の娘たちじゃ太刀打ちできないわよ~。で、しずかは?」
「かなり善戦したらしく、唇を奪われる程度で解放されたとか」
「へぇ。就任のあいさつで来た時から気になっていたけど、けっこうできる子なのね。今度また呼びつけてみようかしら」

 青木ヶ原組の組長、青木美空は二十八歳の美女。タレ目がちな目元に泣きボクロが艶やかな女性だが、十年この組を率いてきた歴代で最も武闘派として知られる組長である。

「先代の仇討ちだって静山会の連中は息巻いていましたからねぇ。とはいえここまで短時間でカチコミかけるとは」
「先代があの横浜姫希に犯されて既に半年か。氣の総量であれば一流であった二代目水沢しずかの子どもが横浜組ないし黄道会系列で育てられると思うと、溜息の一つも出るわね」

 極道の組織を一つの国ととらえるならば、青木ヶ原組は国の王族である。傘下としておさめている静山会は貴族の家系のようなもので、静山会のシマというのはある意味で青木ヶ原組の国土を静山会に統治させているようなもの。とはいえ、通常の国と領地の関係と異なり、極道の領地すなわちシマは明確な国境などない。挙句、すぐ近くに別の大国が領土を持っている可能性だってある。
 事実、静山会と横浜組のシマはかすかに重なるほど近い。だからこそ抗争は根深いのだが。しかし、その国力が近しいとは限らない。静山会は青木ヶ原組にとって男爵のようなものだが、横浜組は黄道会にとって伯爵レベルの大規模組織だ。

「先代の仇討ちは叶わなかったわけですが、横浜姫希は静山会の三代目を気に入った様子。今度は横浜組から静山会に攻め込んで姉妹丼なんてやりだしかねないですよ」
「それは流石に困りますわね。黄道会といえばまだまだ新興組織……橙影会あたりを叩けば多少はおとなしくなるかしら」
「橙影会ですか……あまり踏み込めば紅組からにらまれますよ?」

 黄道会はそもそも紅組という別の組織の傘下にあった赤道会が独立したもの。先のように貴族組織で考えれば赤道会は紅組にとって公爵級の臣籍であった。紅組の組長が交代する際に、内部抗争が起きた末に独立したが今なお結びつきそのものは強い。黄道会との抗争には常に紅組の影がちらつくとすらいえる。

「紅組は幼かった組長がそろそろ精力的に動ける年齢、氣力充実であれば孕ますに容易しってね。絶対に相手したくないわね……少しでも氣を緩めれば孕みかねない」

 氣力は初潮から高まり始め二十歳くらいがピークになる。そこからゆるやかに減衰し閉経とともに氣力を繰ることはできなくなる。氣力が上り調子であるときは孕ませやすく、減衰を始める頃は孕みやすくなるのがこの世界における人類の常識だ。そして侠花は抗争で屈服させた相手を孕ませ自らの苗床とすることで組織を強化してきた。最古にして最強の侠花組織である紅組の組長が動き出す。騒乱の暁と言っても過言ではない。

「とにかく静山会にはしばらく力をつけてもらうしかないわね。長瀞組や晴美家、そして蒼樹会にも通達なさい。宴の前に心身を整えておくように、と」
「かしこまりました。お姉さまの花道、そろそろ考えねばなりませんか……」
「えぇ、戦功を積んだ者に組長の座を譲るのも一考ね」

 青木ヶ原組組長、青木美空――多くの侠花と肌を重ね何人もの娘を持つ母でもあり、自らの後継者に悩む組織の長である。この代替わりは穏便に済むか否か、それを知るものはまだ誰もいない。
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