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アンソロジー
やがて母になる Side:柑奈&祭 立成22年3月
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立成22年3月、アタシ秋村柑奈は星花女子学園を卒業した。卒業式から二週間あまり、アタシは寮で六年ルームメイトだった粟飯原祭をカフェに呼び出した。どうしても話しておきたいことがあったからだ。
「あ、待たせちゃったかな」
肉感のいい肢体をゆるいアタシ好みのピンクのワンピースに包んで彼女は現われた。可愛らしい洋服とは裏腹に靴はいたって普通のスニーカーだった。
「何か飲む? ここのコーヒー、美味しいそうよ」
コーヒーを勧めておきながらアタシは相変わらずネクターを愛飲している。
「コーヒーは遠慮しておくわ。わたしも今はジュースの気分なの。グレープフルーツジュースを一つお願いしますわ」
オーダーを済ませ椅子に腰掛ける祭。ジュースが来てからアタシは口を開く。
「アンタにはさ、感謝してるのよ。理子が卒業してから、ノンケだって言い張るアンタを無理矢理セフレみたいにしちゃってさ、アンタのおかげで踏ん張れた。ありがとう」
「そんな、あきむぅったら改まってそんなこと言いに呼び出したの? 気にすることないのに。貴女に虐げられるのはわたしの趣味に合ったし、わたしだって年頃の女の子なわけで、それなりに性欲があって、あきむぅのおかげで持て余さずに済んだわけだし」
「そう、分かってる。アンタなりにアタシを受け入れて抱かれてたって。だからこそ、最後にもう一度って時に断った理由を改めて聞きたい」
先月、バレンタインのことだった。今年は一度も彼女と肌を重ねていない。のらりくらりと躱されていた。卒業した今となっては理子と好き放題できるが、やはり祭に拒まれたことがどうしても腑に落ちない。
「それは、あきむぅが最後なんて言うからよ。理子さんがいるのは承知よ? それでも、不倫みたいで貴女と肌を重ねるのは特別な楽しみがあるの。だから、私は望まれればいつだって貴女に抱かれるわ」
「なら今夜」
「今のは……言葉の綾であって、将来的な話なの。今すぐってわけにはいかないわ」
疑念は確信に変わった。
「アンタさ……妊娠してるでしょ」
「……」
沈黙は同意だった。祭は少しだけ逡巡し、ようやく口を開いた。
「貴女に、隠し事は通用しないわね」
卒業式前から少し体調が悪そうな日もあった。卒業という節目を前にナイーブになっているだけかと思っていたけれど、カフェインを摂らなくなり、平べったい靴ばかり履き、酸っぱいものを好む。保健体育で習う程度の知識でも分かる。
「今、約二ヶ月。感情の浮き沈みが激しいって読んだけど、わたしは意外と落ち着いているわ。つわりは辛いけれど。どこから話そうかしら」
「誰の子なのよ」
「姉がプロの漫画家だって話は何度かしたでしょう? その担当編集さん。七つ年上で姉と同い年。大学の同期だって知ったのは最近のこと。姉が好きだったらしいけど、振られたって言ってた。その点は姉に感謝ね。取り合いにならなくて良かった。業務外のことなのに、わたしの漫画も読んでくれて感想や改善点を教えてくれるの。両親からも凄く信頼されていて。式をね、六月にやりたいって言ったら予約が取れなくてね。来年かなぁって話もしてたの。籍はね、四月になったら入れるの。彼が粟飯原の家に入る形で。あと、何を話そうかしら」
祭が幸せそうでアタシは安心した。ずっとアタシが変態だと罵ってきた相手は、たおやかな笑みを浮かべる美しい女性だと今更ながら知った。
「なんで秘密にしていたの?」
「在校中に妊娠したら卒業間近なのに退学処分を受ける可能性もあると思って。別に、貴女が告げ口するとは思ってないわ。でも……人の口に戸は立てられないから。桜花は壁も薄いし」
「まぁいいわ。アンタが望んで孕んだ子なら心配はいらない。アンタとの肉体関係もおしまいね。人妻を抱く趣味はないわ。ただし、祝儀はちゃんと包むから式には呼ぶこと。理子の分もね。それと、変態拗らせて旦那に愛想尽かされないこと。約束しなさい」
「あきむぅ……。ええ。分かったわ」
少し寂しそうな表情を浮かべる祭。いいんだ、卒業するまでの関係だと割り切っていたから。
「じゃあ、秘密にしていた罰としてここはアンタの奢りね。すみませーん、桃のタルト二つとネクターのおかわり」
「え、わたし別の……」
「どっちもアタシの。ほら、アンタも頼みなさいよ」
「じゃ、じゃあこのハニーレモンケーキ一つとハーブティーを!」
粟飯原祭の第一子、粟飯原祷が生まれる少し前の話。
「あ、待たせちゃったかな」
肉感のいい肢体をゆるいアタシ好みのピンクのワンピースに包んで彼女は現われた。可愛らしい洋服とは裏腹に靴はいたって普通のスニーカーだった。
「何か飲む? ここのコーヒー、美味しいそうよ」
コーヒーを勧めておきながらアタシは相変わらずネクターを愛飲している。
「コーヒーは遠慮しておくわ。わたしも今はジュースの気分なの。グレープフルーツジュースを一つお願いしますわ」
オーダーを済ませ椅子に腰掛ける祭。ジュースが来てからアタシは口を開く。
「アンタにはさ、感謝してるのよ。理子が卒業してから、ノンケだって言い張るアンタを無理矢理セフレみたいにしちゃってさ、アンタのおかげで踏ん張れた。ありがとう」
「そんな、あきむぅったら改まってそんなこと言いに呼び出したの? 気にすることないのに。貴女に虐げられるのはわたしの趣味に合ったし、わたしだって年頃の女の子なわけで、それなりに性欲があって、あきむぅのおかげで持て余さずに済んだわけだし」
「そう、分かってる。アンタなりにアタシを受け入れて抱かれてたって。だからこそ、最後にもう一度って時に断った理由を改めて聞きたい」
先月、バレンタインのことだった。今年は一度も彼女と肌を重ねていない。のらりくらりと躱されていた。卒業した今となっては理子と好き放題できるが、やはり祭に拒まれたことがどうしても腑に落ちない。
「それは、あきむぅが最後なんて言うからよ。理子さんがいるのは承知よ? それでも、不倫みたいで貴女と肌を重ねるのは特別な楽しみがあるの。だから、私は望まれればいつだって貴女に抱かれるわ」
「なら今夜」
「今のは……言葉の綾であって、将来的な話なの。今すぐってわけにはいかないわ」
疑念は確信に変わった。
「アンタさ……妊娠してるでしょ」
「……」
沈黙は同意だった。祭は少しだけ逡巡し、ようやく口を開いた。
「貴女に、隠し事は通用しないわね」
卒業式前から少し体調が悪そうな日もあった。卒業という節目を前にナイーブになっているだけかと思っていたけれど、カフェインを摂らなくなり、平べったい靴ばかり履き、酸っぱいものを好む。保健体育で習う程度の知識でも分かる。
「今、約二ヶ月。感情の浮き沈みが激しいって読んだけど、わたしは意外と落ち着いているわ。つわりは辛いけれど。どこから話そうかしら」
「誰の子なのよ」
「姉がプロの漫画家だって話は何度かしたでしょう? その担当編集さん。七つ年上で姉と同い年。大学の同期だって知ったのは最近のこと。姉が好きだったらしいけど、振られたって言ってた。その点は姉に感謝ね。取り合いにならなくて良かった。業務外のことなのに、わたしの漫画も読んでくれて感想や改善点を教えてくれるの。両親からも凄く信頼されていて。式をね、六月にやりたいって言ったら予約が取れなくてね。来年かなぁって話もしてたの。籍はね、四月になったら入れるの。彼が粟飯原の家に入る形で。あと、何を話そうかしら」
祭が幸せそうでアタシは安心した。ずっとアタシが変態だと罵ってきた相手は、たおやかな笑みを浮かべる美しい女性だと今更ながら知った。
「なんで秘密にしていたの?」
「在校中に妊娠したら卒業間近なのに退学処分を受ける可能性もあると思って。別に、貴女が告げ口するとは思ってないわ。でも……人の口に戸は立てられないから。桜花は壁も薄いし」
「まぁいいわ。アンタが望んで孕んだ子なら心配はいらない。アンタとの肉体関係もおしまいね。人妻を抱く趣味はないわ。ただし、祝儀はちゃんと包むから式には呼ぶこと。理子の分もね。それと、変態拗らせて旦那に愛想尽かされないこと。約束しなさい」
「あきむぅ……。ええ。分かったわ」
少し寂しそうな表情を浮かべる祭。いいんだ、卒業するまでの関係だと割り切っていたから。
「じゃあ、秘密にしていた罰としてここはアンタの奢りね。すみませーん、桃のタルト二つとネクターのおかわり」
「え、わたし別の……」
「どっちもアタシの。ほら、アンタも頼みなさいよ」
「じゃ、じゃあこのハニーレモンケーキ一つとハーブティーを!」
粟飯原祭の第一子、粟飯原祷が生まれる少し前の話。
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