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1話

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 振り返れば人生なんていうのはあっという間に過ぎていく。いや、そんな大層な話ではないのだけれど。あれほど受験勉強で忙しかった中学三年生の一年と、その解放感にたゆたっていた高校一年生の一年は圧倒的に前者の方が長かったと思う。だってもう二年生の一学期が始まっているのだから。
 なんだかんだでやっと自分も高校生なんだと自覚する。一年生の三学期で文系理系を選択して、二年生から文系のクラスにいるというのに、何をいまさらという話だが。ぼんやりとそんなことを考えながら、ついつい出そうになった欠伸を噛み殺しながらなんとか黒板の方に顔を向ける。四時間目の授業は日本史だ。まだまだ始まったばかりだから縄文と弥生の各時代の違いについて板書がされている。この辺りは中学の復習みたいなものだ。

「おぉ、時間か」

 キンコンカンコンと授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業は日直の号令で終わった。そこまで張りつめていなかったであろうはずなのに、授業が終わるとやはり教室の空気は一気に弛緩する。授業から解放された、という開放感で満ちている。
 チャイムが鳴り終わる頃には先生も教室を出ていて、クラスはすぐさま喧噪に包まれる。授業が終わって早々、教室のあちこちではグループが形成され始め、小さな集団がいくつも生まれている。
 和気あいあいとした明るい雰囲気。クラス替えをしたことで最初に築き上げるべき人間関係がリセットされるかと言われればそうではないのだ。基本的には。一年生の時からのクラスメイト、部活の仲間、委員会での仲間、あるいは久しぶりに同じクラスになった中学からの朋友、そういった繋がりを起点に人間関係が形成されていく。しかしながらそういった結びつきは私にはないので、私の昼休みは教室ではお昼は食べない。目指すは一年生のゴールデンウィーク明けに見つけた穴場、敷地の片隅にある少し古ぼけたベンチのある木陰だ。雨の降らない日の私の定位置。

 人の多い場所があまり好きではない私にとっては好都合な癒しのスポット。一応は学校の敷地内ということもあってか、ベンチは時折清掃されているのでありがたい。そんなことを思いながらその中庭の木陰についてみると、非常に珍しいことに先客がいた。
 その先客はベンチの背もたれに身体を預けて眠っているようだった。すぅすぅと小さな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。黒というよりはこげ茶色の髪は少しくせっ毛で、すっきりとした鼻筋とぷっくりとした唇が可愛らしい。色付きリップでもしているのか、目を惹かれるほどに艶やかだ。

 寝ている人ならいいかと思い、ベンチの隅っこに腰を下ろしてお弁当を開ける。この木陰を作ってくれる樹が桜だったらとても風流なんだけど、実際にはおそらく欅かなにか。そもそも桜は温暖なこの地域じゃもうほとんど散ってしまうか。
 今日のお弁当はだし巻き卵にウィンナー、ほうれん草のおひたし、あとは冷凍食品のコロッケだ。そんなに手をかけているわけじゃないけれど、朝の短時間で作るお弁当としてはこれでも頑張った方だ。

「んぁぁあ。寝ちゃってた……んぅ? ごはんの匂いがするぅ」
 可愛らしい顔をして意外と食いしん坊みたいなことを言う子だなぁというのが、彼女に抱いた第一印象だった。
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