異世界カントリーライフ ~妖精たちと季節を楽しむ日々~

楠富 つかさ

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お裁縫

 異世界生活も二日目。お腹がいっぱいになり、心も満たされた私は、昨日は怒られるんじゃないかと思って開けられずにいた棚や引き出しを開けてみることにした。自給自足で頑張っていけるかもしれないけど、もしかしたらこの世界のお金だってどこかに保管されているかもしれない。
 寝室の隅に置かれた、少し古びたオーク材のチェスト。欲しいものには着替えや地図や他にもいろいろあるけれど、裁縫道具とかあったら嬉しい。

「えいっ」

 少し力を込めて扉を引くと、木の擦れる乾いた音と共に、ふわりと古い木の香りが漂った。
 棚の中には、丁寧に畳まれた布地がいくつも重なっている。その一番上の段に、手のひらよりも一回り大きな、重厚感のある木箱が置かれていた。

「これって……もしかして」

 期待に胸を膨らませて蓋を開けると、そこには宝箱のような光景が広がっていた。大小様々な針が刺さった針山、そして、まるで虹を閉じ込めたかのように色とりどりの糸巻。前の住人が残してくれた、完璧な状態の裁縫道具セットだった。

「あった……! 裁縫道具だ!」

 歓声を上げると、妖精さんたちが「何事?」と顔を出し、不思議そうに糸巻をつついている。

「あ、ダメだよ、それは遊び道具じゃないんだから。これでね、私にぴったりの服を作るんだよ」

 私は棚の奥から、使い勝手の良さそうな生成りのリネン生地と、落ち着いた藍色の薄手のウールを取り出した。
 今の私が着ているのは、この家に残されていた前の住人のもの。デザインは可愛らしくて素材も良いのだけれど、いかんせんサイズが合っていない。袖は指先まで隠れてしまうし、裾は油断すると踏んで転びそうになる。

「よし、まずはこのワンピースの丈を直そうかな」

 窓際の明るい場所に座り、作業を開始する。正直、これまで手芸なんて学校の家庭科でしかやったことがない。けれど、静寂に包まれたこの異世界で、窓から差し込む陽光を受けながら針を動かす時間は、驚くほど贅沢に感じられた。

 チクチク、チクチク。

 布を切るハサミの心地よい音。針が布を通る小さな抵抗。
 指先に神経を集中させていると、いつの間にか仕事で擦り切れていた心までもが、ゆっくりと繕われていくような気がした。

「ねえ、妖精さん。この糸、どっちがいいと思う?」

 私が青い糸と緑の糸を差し出すと、一番小さな妖精が迷わず緑色の糸の上でくるくると回った。

「緑? ふふ、そうだね。この森の色に合わせて、深緑のステッチを入れようか」

 妖精さんたちに助手をお願いしながら(実際には糸を絡ませないように見守るのが精一杯だったけれど)、私は夢中で作業を続けた。
 袖口を絞って家事をしやすくし、裾を膝下まで詰めて動きやすさを確保する。余った布では、小物を入れるためのポシェットを作ることにした。
 作業に没頭していると、時間が経つのを忘れてしまう。
 ふと顔を上げると、窓の外はいつの間にか茜色に染まっていた。黄金色の光が部屋の奥まで差し込み、埃がキラキラとダイヤモンドの粉のように舞っている。がっつりと大掃除をするのもいいかもしれない。農作業や家事をする時のために汚していいような服も――え、待って。

「あ……もうこんな時間!?」

 驚いて立ち上がると、膝の上からポシェットの試作品が滑り落ちた。
 時計はないけれど、お腹の虫が「夕食の時間だよ」と鳴っている。

「裁縫に夢中になりすぎちゃった。今日は家の外を探検しようと思ってたのに……」

 少しだけ肩を落としたけれど、手元には見違えるほど自分に馴染んだ新しい服が出来上がっている。試しに袖を通してみると、驚くほど体が軽くなったような気がした。

「でも、これで準備は完璧。明日はこの服を着て、もっと遠くまで歩けるもんね」

 私は窓辺に寄り、沈みゆく夕日を眺めた。
 ここに来て丸二日。まだ、この家と庭、そして妖精さんたちとの小さな世界しか知らない。けれど、明日はきっと違う。自分で繕った新しい服をまとい、この森の向こうにあるかもしれない何かとの出会いや、新しい発見を探しに行くのだ。

「明日は、絶対にお出かけしようね」

 そう呟くと、夕闇が迫る森の向こうから、鳥のさえずりが聞こえたような気がした。私は明日への決意を胸に、残った布を丁寧に畳み、夕食の準備を始めた。異世界三日目。私の本当の冒険は、きっと明日から始まるのだ。
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