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第12話 覚悟と瓦解とそれから萌芽

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 星花祭まで残すところ数日。夏休み明けの熱気が冷めていく代わりに今度は星花祭へ向けて熱気が高まってきた。夏休み中に出来た彼女と過ごす最初の一大イベントなのだから、浮かれるのも当然だろう。あるいは、夏は機を逃してしまったけれど星花祭はチャンス! って思っている人もいるだろう。まぁ、それとは全く関係なく純粋に校内のお祭りを楽しみたい人もいるのだろうが。

「では先輩、私は奉納剣舞をされる剣道部に取材してきますね」
「うん。星玲奈によろしく」
「はい!」

 文佳を見送った恵玲奈は部室を出て文芸部の部室へ足を向けた。まだ答えを出していないこの状況で美海に会うことに、恵玲奈は始めは抵抗感があったが、文佳がどうしても剣道部の取材に行きたがっていたことや、この中途半端な状況を自分自身で決着させなければならないという覚悟が、恵玲奈を文芸部室へと向かわせていた。

「失礼します。新聞部の西です」

 文芸部室には美海や燐を始め、文芸部員がほぼ全員集まっていた。恵玲奈は美海と話したい気持ちを必死に抑えて、まずは部長と仕事の話をする。
文芸部は毎年、部員の小説を一冊の冊子にまとめて販売している。その冊子のテーマやざっくりとしたあらすじなんかを聞いて宣伝広告のようなものを作る。星花祭のパンフレットを作るのは生徒会と新聞部なのだ。重要なお仕事だ。あらかた話し終えると、恵玲奈から美海に声をかけた。

「少しだけ時間もらえる?」

 恵玲奈と美海は文芸部室からはす向かいにある旧校舎職員室に入った。給湯設備と冷蔵庫だけ残っているので共用と書かれたペットボトルから紙コップに麦茶を注いだ。喉に張り付くこわばりを麦茶で押し流す。

「あのさ、私……やっぱり須川さんの気持ちに応えられないよ。このままじゃ君をひどく傷つけてしまう。そうならないうちに……浅いうちに私から離れた方がいい。君にはもっと、男性でも女性でも……いい人が見付かるから」

 何度も何度も考えて出した結論を、美海に告げる。恵玲奈の中で恋心の対象はやはり叶美であった。叶美と結ばれないのなら、自分は一人でいい、それが恵玲奈の結論だった。だが、美海はそれを認めない。

「……何度だって言います。私は貴女が好き。欲しい。先輩に貰った本、毎晩のように読み返しています。私と貴女だったらどれだけ幸せかって、何度も。あの胸の高鳴りを私に直截教えて欲しいの。恵玲奈先輩……貴女に」

 感情の熱を帯びる彼女の声に、恵玲奈は他人事のように恋は人をかくも変えるのかなんて考えていた。それでも、彼女に呼びかけられて自分のことなんだと思うと、恵玲奈は絞り出すように告げた。

「ダメだよ……私には、好きな人がいるから。振り向いてもらえないのは分かってるけど、それでも私は……」
「そんなことどうでもいいんです。私の世界に貴女が必要です」

 きっぱりと言い切った彼女の声は、凜然とした意思が籠もっていて、恵玲奈は何故かくらくらしてしまった。

「少し待っていてください。見せたいものがあります」

 部室に戻った美海はすぐに戻ってきた。手に持っていたのは、原稿用紙だった。

「私が貴女を想って手ずから書いた一万字の小説……ラブレターです」

 力強く押し付けられた原稿用紙を受け取り、恵玲奈は原稿用紙に視線を落とす。意外と丸く可愛らしい字を書く彼女の文章は、愚直なまでに感情がこもっていた。

『あの人から渡された本を見て、なぜか熱くなった体。
緊張と混乱で必死に平静を装っていたけれど、自分が何を口走ったか全く覚えていない。変な人だと想われていなければいいけれど……』
『女性同士でキスするのって、どういう感じなんだろう。漫画の中で唇を重ねてる二人を、私とあの人に置き換えようとして、……ただ、頭が真っ白になるだけ』
『まだ、私は全然知らない。誰かを恋するということも、彼女のことも。
気づいてしまった気持ちは、まぎれもない『恋』そのもの。先輩。もっと、あなたの事が知りたい。誰かに恋するってこと、あなたから教えてほしい。貴女からの好きを独り占めしたい』

 それは明らかに恵玲奈と美海の物語だった。
 美海の真っすぐな想いは恵玲奈の心を揺さぶり、恵玲奈のちっぽけな覚悟をきれいさっぱり壊してしまった。

「私はやっぱり……誰かに愛されたかったんだ。……須川さん。私、わたしぃ……」

 ぼやける視界の中、恵玲奈をそっと抱きしめる美海。その温もりは、恵玲奈にとっての救いだったのかもしれない。
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