めぐる季節を君の隣で

楠富 つかさ

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「入学式が意外とあっさり終わって嬉しい」
「確かに。高校生活の幸先がいい感じがする」

 東海地方S県東部、空の宮市に位置する県立空の宮東高校は今日、入学式を迎えていた。温暖な地方ということもあって、桜は既に散り始めているが、気に留める者はいない。かく言う私、姫路悠李も桜の咲いていることより入学式が手短に終わる方に喜ぶ一人だ。

「悠李は部活決めた?」
「いんや。あんたは陸上続けるんでしょ?」

 隣で話しかけてくる福地さとみとは小学校の頃からの幼馴染で、私が東高を受験すると言ったら猛勉強を始めてまで同じ高校を選ぶほどの仲だ。少し南にある私立の女子校から推薦を受けていたという話もあるが、真偽のほどを確かめたことはない。
 トタン屋根の連絡通路を抜けて階段を上り本校舎の四階へ向かう。一年生が四階、二年生が三階、三年生が二階という教室の配置になっている。クラスは各学年六クラス。近隣に女子校があることもあり男女比は男子が六割ほど。偏差値は市内二番目ということで教室は真面目そうな雰囲気に包まれていた。

「うぃっす、あたしは本間律子。少ない女子同士、仲良くしてや。中学は熱幕二中、二人は?」

 ……真面目そうな雰囲気にはやはり包まれていなかった。軽薄なナンパ師のように声をかけてきた女子生徒に、向き合うように椅子を動かしてその実少しだけ距離を取った。

「私は福地さとみ。こっちが姫路悠李。二人とも一中。よろしくね」

 さとみは物怖じしない性格だから、わりと誰とでも打ち解けられる。

「よろしく」
「さとみと悠李な。悠李はやったら前髪長いな。目、刺さらんのか?」
「別に、平気だから」
「そうなん? ヘアピン貸そうか? 何本も持ってるんよ」

 確かに律子はセーラーの胸ポケットに何本もストックしていた。口ぶりこそギャルっぽいものの髪は黒髪の地毛で、ヘアピンも真っ黒のシンプルなものだった。それでも私はヘアピンを断り話題を打ち切った。

「したらば君らも自己紹介してくれん? 後でやるだろうけどさ」

 律子が話題を振ったのは、さとみの真後ろで律子の前の席に座る男子。彼は少々面倒くさそうな反応をしたが、律子に促されてしぶしぶと言った感じで自己紹介をした。

「本田浩介だ。まぁ、よろしく」

 熊を思わせるようながっしりとした体格と、それに見合った低音の声。熊と違って人畜無害そうだが、だからといって好き好んで会話するタイプでもない。

「そんじゃそちらさんも、どうよ?」

 八人ずつ五列で席が配置されている教室で、私たちは窓から四列目の後ろ半分。最早クラス全員に声をかけてまわりそうな勢いの律子が次にターゲットにしたのが、五列目つまるところ最も廊下側の席に座る四人だった。

「え? あ、その……山田美咲です。よろしくお願いします」
「コミュ力お化けはこえぇなあ、ったく。弓削和磨。本間と同じ二中出身。よろしくな」
「せっかくだから波に乗せてもらおっか。若林このみ。こっちは渡泉希」
「自己紹介くらい出来るよ。北中から来ました渡泉希です。よろしくお願いします」

 正直、いきなりこんなに自己紹介されても覚えきれない。とは言え周囲に女子多めというのは嬉しい。まぁ、左一列は全員男子なのだが。その男子の列へ律子が突っ込む寸でのところで担任教師が教室に入ってきた。

「あー、席に着け。ホームルームを始めるぞ」

 少し疲れた声を出しながら教卓の前に立ったのは三十そこそことおぼしき男性。黒板にチョークでかつかつと音を立てながら名前を書く。

「中村茂春だ。担当は古文、一年宜しく頼むぞ。こう見えて新婚でな……いや、この話は長くなるからいいや。出席番号順に……待て、一番と四十番でじゃんけんしてくれ。負けた方からな」

 右後方からえっという短い声が聞こえた。このみ……はその前だから、そう泉希だ。泉希が立ち上がり、一番に座っていた男子とじゃんけんをして……負けた。

「んじゃ、渡からだな」

 中村先生がパイプ椅子に座りながら座席表に目を落とす。

「あ、えっと……はい。その、北中から来ました渡泉希です。よろしくお願いします」

 ぼそぼそとした声を教室の何人が聞き取れただろうか。しんとした空気になる前に、このみが椅子でわざとらしいほど大きな音を立てて立ち上がった。

「出席番号三十九番、若林このみです! 同じく北中出身で、陸上部に入ろうと思っています。一年間、よろしくお願いします」

 はきはきとした自己紹介に、ぱちぱちと少ない拍手が応じた。それから順々に自己紹介を進めていく中で、拍手はちゃんとしたものになっていったが……。廊下側で泉希、美咲、私となかなかに陰気な女子がまとまっているせいか、窓側に座る女子達はなかなか真面目そうではあるが明るいオーラを纏っていた。
 クラスでどのような派閥が形成されるか、なんとなく予想しながら聞いているうちに自己紹介は終わり、中村先生が再び立ち上がる。

「んじゃ、クラス委員決めるか。男女一人っつ。自薦他薦問わない。決まったら解散な。早い方がいいぞ。誰かいないか?」
「なら、はい」

 先生が生徒達をぐるっと見渡すと、右前方の男子が手を挙げた。続いて左前方で女子が手を挙げる。

「お、さっと決まったな。いいクラスだ。森本と……赤沢か。うし、前に出て名前書いてくれ」

 森本祥太郎は中肉中背の眼鏡。真面目なお坊ちゃんといった雰囲気で、なんとも堅そう。一方の赤沢楓は柔和でおっとりとした印象を受ける。自分から学級委員をやる雰囲気ではないが、まぁどうでもいい。

「よし、そんじゃ森本。号令頼むわ」
「起立、気をつけ、礼」

 委員長の号令で解散となり、下校することになった。空の宮東高校は熱幕北中の校区の南端であり、熱幕一中の校区の北端でもある。つまるところ、一中出身の私たちは徒歩での登下校も可能ということだ。東高は最寄りの熱幕駅から微妙に遠いということもあり、立地はさほど良くない。徒歩やバス特に自転車で通う生徒が多く、正門前の道を無警戒に歩こうものなら後方から自転車に乗った生徒から邪魔だと言われかねないほどだ。入学式だけということで今はちょうどお昼時、空腹に目を血走らせたライダーたちが風を切って駆け抜けていく。

「自転車に乗った生徒が正門から吐き出されていると言っても過言ではないね」

 さとみが呟くと私も頷いた。お昼を食べてから帰る生徒もいるだろうが、全校の七百人ほどの生徒がほぼ一斉に下校する。しかも東高は坂道を登り切った場所にあるため、下校時には下り坂。加速がついており確かに吐き出されているという表現はしっくりくる。

「いやぁ、近所の高校に受かって良かったぁ」
「さとみが東高受けるって言った時は驚いたよ」

 私たちが通っていた一中もそれなりに規模が大きく、一学年は二百五十人ほど。成績で言えば上位の百人くらいが、市内トップの空の宮高校、二番手の東高、それと女子なら星花女子学園を進学先に選ぶ。さとみは百か二百なら二百番に近い成績だったのに、半年強の猛勉強で合格してしまったから驚きだ。

「だって、悠李一人じゃ過ごせなかったでしょ。人見知りだし、口がちょっと悪いし」
「そこまで心配されるほど子供じゃないし」
「そう? まぁ私がそうしたかったからいいんだけど」

 そんな話をしながら一キロも歩かないうちにある交差点で別れを告げて、それぞれ岐路へついた。
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