花のように咲いて、雫のように落ちて

楠富 つかさ

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揺れる心

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 朝食の準備をしながら、心の中は落ち着かないままだった。
 コンロの火を見つめていると、昨夜の記憶がますます鮮明に蘇る。
 ――雫ちゃんに抱かれてしまった。拒めたはずなのに、流されてしまった。夫がいるのに、娘がいるのに、義理とはいえ姉妹なのに……。

「……っ」

 フライパンの上で目玉焼きがじゅっと音を立てた。思考を断ち切るように、トングでベーコンを押さえる。
 ダメだ。考えちゃダメ。あれは酔った勢いでの出来事。
 私は雫ちゃんの義姉であり、専業主婦であり、咲良の母親だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。

「姉さん、咲良ちゃんまだ寝てたよ」

 不意に後ろから声をかけられた。背筋がピンと張る。
 振り向くと、彼女はいつも通りの顔でそこにいた。身支度を整えた、これまで通りの雫ちゃん。昨夜見せた表情は今は隠れている。宣言通り、いつもと同じように振る舞っている。だから私も、いつも通りに接しないと。

「どうする? 起こして良かった?」
「ううん、昨日たくさん遊んだから、もう少し寝かせてあげよう」
「そっか。じゃあ、朝ごはん手伝うよ」

 何気なくエプロンを手に取る雫ちゃん。大丈夫。普通に話せている。昨夜のことなんて、なかったみたいに。
 ――それでいいんだ。
 心の中でそう自分に言い聞かせる。けれど、その安堵は、すぐに崩れ去った。
 雫ちゃんが私のすぐ後ろに立ち、手を伸ばしてきたのだ。

「姉さん、それ焦げちゃうよ」

 さらりとした指先が、私の手に触れた。たったそれだけのことなのに、びくりと肩が跳ねる。それくらいの接触なんて、これまでいくらでもあったはずなのに。

「……あ、ごめん」
「大丈夫? なんかぼーっとしてるね」

 気のせいか、その声が少しだけ甘く響く。

「そんなことないよ」

 なんでもないふりをするのに、胸が締めつけられた。

 ――私は、母になったんだから。

 咲良を産んでからというもの、夫とはそういう関係になっていない。産後は育児で忙しく、それどころではなかった。夫も理解してくれていたし、それで問題ないと思っていた。

 それなのに――。

 昨夜、私は久しぶりに「女」として過ごしてしまった。雫ちゃんの熱を帯びた眼差しを向けられて、心がざわついてしまった。
 それが、怖い。
 「普通の私」が壊れてしまうんじゃないかと、怖くて仕方がなかった。

「姉さん?」
「……何?」
「さっきから、なんか変だよ?」

 雫ちゃんが覗き込んでくる。そんな風に見つめられると、昨夜のことを思い出してしまう。

「……別に、なんでもない」

 私は視線を逸らした。
 今はただ、いつも通りに過ごさなきゃいけない。
 昨夜のことなんて、何もなかったように振る舞わなきゃ。
 それが、一番いいんだから――。
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