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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー
収穫祭と襲来
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バザーにやって来た最初のお客様は毅然とした老婦人だった。
背中に棒でも入っているのかと思うぐらい背筋がピンと伸びている。
お年寄りなのに背が高い。
金縁の眼鏡の奥の鋭い目が、何ごとも見のがしはしないというようにギロリと動いている。
うっへー、怖そう。
その人が母様の担当の喫茶コーナーの方に行ったので、エミリーはやれやれと安心した。
「あの…これください。」
可愛い声がしたので売り場の向こうを見ると、小さな女の子がエミリーの作った魔法の星の杖を持って立っている。
わわっ、嬉しいーー。
買ってくれるの?!
「いらっしゃいませ! そちらは3ドルになります。」
女の子は手に握っていた硬貨を差し出した。
ちょっと汗ばんで温もりのあるその硬貨は、銀色の芯に金の縁取りのある2ドル硬貨だった。
「あら、これ2ドルね。もう1ドル…ええっと、もう1つ銀色のお金がある?」
女の子は困った顔をしている。
「…持ってない。」
あら、どうしよう。
エミリーが困って隣にいたタナー夫人を見ると、苦笑してエミリーから2ドルを受け取った。
「いいですよ。今日初めてのお客さんだから特別割引にしましょう。ありがとう。大切に使ってね。」
エミリーもホッとして、女の子にお礼を言った。
「ありがとう。それ私が作ったのよ。買ってくれて嬉しいな。」
私達の言葉に、女の子の困っていた顔がみるみる笑顔になる。
「…ありがと。」
小さな声でそう言ったかと思うと、星の杖のキラキラのテープをシャカシャカと振りながらスキップで駆けて行った。
ふふ嬉しい。
くすぐったくてワクワクして気分がいい。
自分の作ったもので誰かが喜んでくれるのっていいな。
◇◇◇
昼前になって青年団の競技がひと段落したのか、競技を観戦していた大勢のお客さんがバザーの方へやって来た。
皆喉が渇いていたのか、喫茶コーナーは席が全部うまって、幾人かの男の人たちは教会の階段に座ってお茶を飲んでいる。
紅茶のカップは足りたのかしら?
その人たちが一息つくと、今度はこちらが忙しくなった。
おばさんたちに商品について尋ねられ、用意していたおつりが足りなくなって喫茶コーナーに借りに走り、知り合いの村の子がエミリーの作った天使の輪っかを買ってくれたので、揺れる飾りをつけ足すことを教えたりと、とにかくじっとしている暇がないぐらいだった。
気が付いた時には、目の前の売り場はほとんど空っぽになっていた。
「今年は思ったよりよく売れたね。青年団の競技番が回って来てたから人が多く集まったんだろうねぇ。」
タナー夫人が他の手芸担当の人と今日の様子を話している。
足が怠いしお腹が空いた。
もう終わってもいいのかなぁと思っていると、売り場に人影がさした。
お客さんだ。
「いらっしゃいませ。」
そう言って顔を上げると、そこに立っていたのは朝一番に見た怖そうな老婦人だった。
エミリーの心臓がドクッと鳴って、たちまち顔が強張ってくる。
「あなたがエミリー・サマーですか?」
老婦人に開口一番、そう尋ねられる。
「はい、そうですけど…。」
誰?この人。
何で私の名前を知ってるんだろう。
「私はメアリー・カンザスというものです。マーガレットに聞きましたけれど、あなたがキャサリンの裁縫の課題を手伝ったそうですね。」
メアリー・カンザス?
…カンザス。
もしかして魔女のカンザス?!
「でも…マーガレット?」
エミリーが小さく呟くと、目の前の老婦人は耳ざとく聞き取ったらしい。
「マーガレット・グラント。今はマーガレット・グラント・シグネス・サマー、貴方のご母堂ですよ。貴方はお母さんの名前も知らないの?!」
「い、いえ知っています。一瞬キャスの友達の名前を思い出そうとしただけです。」
ひぇーー凄い威圧感。
「エミリー・サマー、貴方に聞きたいことがあります。もうバザーの仕事の方は終わったのかしら?」
こちらの都合を尋ねるというより、召喚命令に近い言い方だ。
エミリーがタナー夫人の方を見ると、心得たように頷かれた。
「エミリー様ここはもうよろしいですから、こちらの方をお屋敷の方に案内して差し上げてはどうでしょうか。私の方も直ぐに参りますから。」
タナー夫人の言葉を受けて、カンザス何某さんをサマー邸の方に誘導する。
わー、なんだこれ。
なんか怒られるのかなぁ。
なんで母様は私の名前を出すのよ。
キャスが一人で課題を仕上げたことにしとけばいいのにぃ。
へびに睨まれたカエルじゃなくて、魔女に睨まれた、女の子?
…いやコウモリ?黒とかげ?
…いや黒猫のほうがいいかな。
などと要らぬことも考えながら歩く。
側を歩いているミズ・カンザスは、朝と変わらず背筋をピンと伸ばしてついてくる。
本当にこの人は何歳なんだろう。
エミリーがよく知っている年寄りのサムじいさん夫妻などは、腰を屈めてもっとゆっくり歩く。
こんなにシャキシャキ歩かない。
キャス達が吸血鬼疑惑を語るのも無理はないね。
こちらが魔女を案内しているのか、ドナドナと引き連れていかれているのかわからないが、とにかくサマー邸に着いたので玄関に一番近い応接室に魔女を通した。
◇◇◇
驚いたことに、私たちがソファに腰を掛けると同時に部屋の扉がノックされ、タナー夫人がお茶のセットを持って現れた。
お茶請けのロールケーキまで添えられている。
凄い!タナー夫人。
どうやってこんなに早く用意したんだろう。
瞬間移動でもできるのか?
エミリーに勧められたお茶を一口飲むと、魔女のカンザスは口を開いた。
「エミリー・サマー、私は貴方の姉キャサリンの学校の教師です。先日のエプロンの課題が提出されたとき、キャサリンのものに非常な不審感を感じました。」
「不審?」
キャスはミズ・カンザスに褒められたと言っていたけれど、どういうことなんだろう。
「キャサリンの技術にしては出来過ぎていました。かと言ってブリジットの家庭教師をしているエリザベス・クレマーの手ではない。タナーさんが作ったとは思えない。非常に不審なものでした。」
ひぇーー何でそんなことまでわかるのぉ。
怖い怖すぎる。
「貴方に聞きたいことは、キャサリンが一人で課題をこなしたかということです。キャサリンはあなたが手伝ったのは、エプロンの作り方を誰かに聞いてそれを側で教えくれただけだと言っていましたが、それは本当ですか?」
これには胸を張ってこたえられる。
「そうです。私はあまり裁縫が得意ではありません。姉の代わりに縫うことはできません。」
ミズ・カンザスは鷹揚に頷いた。
「そうでしょうね。マーガレット、ブリジット、キャサリンこの三人の裁縫の成績を考えると貴方だけが突出して出来るようになるとも思えません。貴方の父方・母方どちらの祖母も裁縫を苦手としていました。エプロンの縫い方は、誰に習ったのですか?」
なんだこれ?凄い把握力。
頭の中にどれだけの人物とその関係図が入っているんだ?
なつみさんたちのことを言ってもいいのだろうか?
でも、この人の情報の把握量だと下手なごまかしも聞かなさそうだ。
ええい、めんどくさい!
信じるかどうかはこの人次第だ。
エミリーは記憶チートの事から始まって、なつみさんやおきぬさんの事も包み隠さずに全部話した。
さすがの魔女も驚いたのだろう。
顔つきは変わっていないが、お茶を飲む手が止まっている。
魔女はやっと手に持っていたカップを受け皿に置いて言った。
「貴方の言いたいのは、貴方の中の前世の記憶が出てきて、キャサリンに縫い方の師事をしたということですか?」
「そうです。信じてもらえないと思いますが、そうなんです。」
「…いえ、信じましょう。こんなことで噓を言うとも思えません。私もそのなつみさんとおきぬさんに会ってみたいですね。ここで呼び出してみてください。」
えっ、マジですか?
こう簡単に信じてもらえるとは思わなかったよ。
いや、呼び出せということは信じてないのか?
腹をくくって呪文を唱えるしかないようだ。
ここで、私の事を気が狂ったと思わないでねという例の説明をしておく。
やれやれ。
「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ピーンポーーン
『はぁーい。呼んだぁ?』
なつみさん、今日は大人し目に出てきてくれたね。
良かった。
「なつみさん、こちらキャサリンの学校の先生で、ま…ミズ・カンザスです。ミズ・カンザス、今出てきているのがなつみさんです。」
『はじめまして。大田なつみと申しま…と言う者でした。』
えっ?
なつみさんってファミリーネームがあったんだ。
そりゃあそうだよね。
魔女のカンザスは、エミリーが一人でしゃべっているのに驚いている。
あっけにとられている様子が今度は顔に出ている。
『今回は何の用事? こちらの先生に日本料理でも差し上げるの?』
「ううん。違う。この間、キャスのエプロンを作ったでしょ。その時上手にできてたから、縫い方の指導をした人に話を聞きたかったんだって。」
『あら、じゃあおきぬさんを呼び出した方がよかったんじゃないの? 私はミシンのかけ方を教えただけだもの』
ここでミズ・カンザスはやっと我に返ったのか、なつみさんに質問する。
「ミシンのかけ方というとどのように指導されたのですか?」
なつみさんは『あら、基本的なことだけですわ…。』と言って先日のミシンがけの時に言ったようなことをミズ・カンザスに教えた。
「なんということでしょう。この歳になってもまだ学ぶことがあるとは…。」
ミズ・カンザスがなつみさんに詳しく聞いていたのは、型紙を工夫して布を裁つ裁ち方と小布を使って糸の端を始末するやり方だ。
こういうめんどくさがり考案の効率重視のやり方は、裁縫の王道をいく教師にとってえらく新鮮なものだったらしい。
とことんなつみさんに質問して、魔女のカンザスは満足したようだった。
「なつみさん、ありがとうございました。今度は裁縫だけでなく他のことでもご教授下さい。それでは、次におきぬさんに交代してもらえますか?」
なんと!
まだ尋問があるんですか?
…満足したのかと思ったよ。
なつみさんは気軽に『いいわよー。では先生またお会いしましょう。』と消えていく。
ミズ・カンザスがこっちをじっと見ているのでしかたがない。
エミリーは今度はおきぬさんを呼び出した。
「【アラ アラ カマラ アナカマラ】」
ピーーンポーーーン
『お呼びですか?』
「ええ。先日キャスに教えた手縫いのやり方をこちらのキャスの先生に話してもらえるかしら。」
おきぬさんは改まって、前に座っているミズ・カンザスに挨拶をする。
『先生様でいらっしゃいますか。お初にお目にかかります。私高野城で縫いカタの取りまとめ役をしており…ました河内村樋ノ口、杉田源兵衛の娘 おきぬと申します。どうぞよろしゅうお見知りおきください。』
あら、おきぬさんのお父さんと、それに住所も初めて聞いたよ。
おきぬさんにもミズ・カンザスはいろいろ質問していた。
特にしつけの方法が気になったらしく詳しく聞いていた。
これはこの間おきぬさんが考案したと言っていためんどくさがりの工夫というやつだろう。
どれもこれも「めんどくさがり」が手間を省くために考え出したやり方だ。
それにミズ・カンザス程の筋金入りの御仁が興味を示すのだ。
可笑しなことだがたいしたものだ。
ミズ・カンザスは得心と満足を得たのか、やっと帰って行った。
「また伺います。」という怖い言葉を残していったが、どっちにしろエミリーに会いに来るのではなく、なつみさんかおきぬさんに質問に来るのだろう。
あーー、今日は疲れた。
初めてのバザーの仕事の上に、魔女の襲来。
しばらくはゆっくりしたいものである。
夜には母様たちにミズ・カンザスが何を言っていたのか聞かれたが、こっちの方が誰が何を言って私が尋問されるハメになったのか聞きたい。
兎にも角にも、魔女のカンザスが恐ろしいという総評に行きついた。
あの記憶力、情報力、隅々まで見逃さない目。
「もう学校を卒業して何年もたつのに…。」
という母様とミズ・クレマーの溜息が魔女のカンザスの恐ろしさのすべてを物語っていた。
背中に棒でも入っているのかと思うぐらい背筋がピンと伸びている。
お年寄りなのに背が高い。
金縁の眼鏡の奥の鋭い目が、何ごとも見のがしはしないというようにギロリと動いている。
うっへー、怖そう。
その人が母様の担当の喫茶コーナーの方に行ったので、エミリーはやれやれと安心した。
「あの…これください。」
可愛い声がしたので売り場の向こうを見ると、小さな女の子がエミリーの作った魔法の星の杖を持って立っている。
わわっ、嬉しいーー。
買ってくれるの?!
「いらっしゃいませ! そちらは3ドルになります。」
女の子は手に握っていた硬貨を差し出した。
ちょっと汗ばんで温もりのあるその硬貨は、銀色の芯に金の縁取りのある2ドル硬貨だった。
「あら、これ2ドルね。もう1ドル…ええっと、もう1つ銀色のお金がある?」
女の子は困った顔をしている。
「…持ってない。」
あら、どうしよう。
エミリーが困って隣にいたタナー夫人を見ると、苦笑してエミリーから2ドルを受け取った。
「いいですよ。今日初めてのお客さんだから特別割引にしましょう。ありがとう。大切に使ってね。」
エミリーもホッとして、女の子にお礼を言った。
「ありがとう。それ私が作ったのよ。買ってくれて嬉しいな。」
私達の言葉に、女の子の困っていた顔がみるみる笑顔になる。
「…ありがと。」
小さな声でそう言ったかと思うと、星の杖のキラキラのテープをシャカシャカと振りながらスキップで駆けて行った。
ふふ嬉しい。
くすぐったくてワクワクして気分がいい。
自分の作ったもので誰かが喜んでくれるのっていいな。
◇◇◇
昼前になって青年団の競技がひと段落したのか、競技を観戦していた大勢のお客さんがバザーの方へやって来た。
皆喉が渇いていたのか、喫茶コーナーは席が全部うまって、幾人かの男の人たちは教会の階段に座ってお茶を飲んでいる。
紅茶のカップは足りたのかしら?
その人たちが一息つくと、今度はこちらが忙しくなった。
おばさんたちに商品について尋ねられ、用意していたおつりが足りなくなって喫茶コーナーに借りに走り、知り合いの村の子がエミリーの作った天使の輪っかを買ってくれたので、揺れる飾りをつけ足すことを教えたりと、とにかくじっとしている暇がないぐらいだった。
気が付いた時には、目の前の売り場はほとんど空っぽになっていた。
「今年は思ったよりよく売れたね。青年団の競技番が回って来てたから人が多く集まったんだろうねぇ。」
タナー夫人が他の手芸担当の人と今日の様子を話している。
足が怠いしお腹が空いた。
もう終わってもいいのかなぁと思っていると、売り場に人影がさした。
お客さんだ。
「いらっしゃいませ。」
そう言って顔を上げると、そこに立っていたのは朝一番に見た怖そうな老婦人だった。
エミリーの心臓がドクッと鳴って、たちまち顔が強張ってくる。
「あなたがエミリー・サマーですか?」
老婦人に開口一番、そう尋ねられる。
「はい、そうですけど…。」
誰?この人。
何で私の名前を知ってるんだろう。
「私はメアリー・カンザスというものです。マーガレットに聞きましたけれど、あなたがキャサリンの裁縫の課題を手伝ったそうですね。」
メアリー・カンザス?
…カンザス。
もしかして魔女のカンザス?!
「でも…マーガレット?」
エミリーが小さく呟くと、目の前の老婦人は耳ざとく聞き取ったらしい。
「マーガレット・グラント。今はマーガレット・グラント・シグネス・サマー、貴方のご母堂ですよ。貴方はお母さんの名前も知らないの?!」
「い、いえ知っています。一瞬キャスの友達の名前を思い出そうとしただけです。」
ひぇーー凄い威圧感。
「エミリー・サマー、貴方に聞きたいことがあります。もうバザーの仕事の方は終わったのかしら?」
こちらの都合を尋ねるというより、召喚命令に近い言い方だ。
エミリーがタナー夫人の方を見ると、心得たように頷かれた。
「エミリー様ここはもうよろしいですから、こちらの方をお屋敷の方に案内して差し上げてはどうでしょうか。私の方も直ぐに参りますから。」
タナー夫人の言葉を受けて、カンザス何某さんをサマー邸の方に誘導する。
わー、なんだこれ。
なんか怒られるのかなぁ。
なんで母様は私の名前を出すのよ。
キャスが一人で課題を仕上げたことにしとけばいいのにぃ。
へびに睨まれたカエルじゃなくて、魔女に睨まれた、女の子?
…いやコウモリ?黒とかげ?
…いや黒猫のほうがいいかな。
などと要らぬことも考えながら歩く。
側を歩いているミズ・カンザスは、朝と変わらず背筋をピンと伸ばしてついてくる。
本当にこの人は何歳なんだろう。
エミリーがよく知っている年寄りのサムじいさん夫妻などは、腰を屈めてもっとゆっくり歩く。
こんなにシャキシャキ歩かない。
キャス達が吸血鬼疑惑を語るのも無理はないね。
こちらが魔女を案内しているのか、ドナドナと引き連れていかれているのかわからないが、とにかくサマー邸に着いたので玄関に一番近い応接室に魔女を通した。
◇◇◇
驚いたことに、私たちがソファに腰を掛けると同時に部屋の扉がノックされ、タナー夫人がお茶のセットを持って現れた。
お茶請けのロールケーキまで添えられている。
凄い!タナー夫人。
どうやってこんなに早く用意したんだろう。
瞬間移動でもできるのか?
エミリーに勧められたお茶を一口飲むと、魔女のカンザスは口を開いた。
「エミリー・サマー、私は貴方の姉キャサリンの学校の教師です。先日のエプロンの課題が提出されたとき、キャサリンのものに非常な不審感を感じました。」
「不審?」
キャスはミズ・カンザスに褒められたと言っていたけれど、どういうことなんだろう。
「キャサリンの技術にしては出来過ぎていました。かと言ってブリジットの家庭教師をしているエリザベス・クレマーの手ではない。タナーさんが作ったとは思えない。非常に不審なものでした。」
ひぇーー何でそんなことまでわかるのぉ。
怖い怖すぎる。
「貴方に聞きたいことは、キャサリンが一人で課題をこなしたかということです。キャサリンはあなたが手伝ったのは、エプロンの作り方を誰かに聞いてそれを側で教えくれただけだと言っていましたが、それは本当ですか?」
これには胸を張ってこたえられる。
「そうです。私はあまり裁縫が得意ではありません。姉の代わりに縫うことはできません。」
ミズ・カンザスは鷹揚に頷いた。
「そうでしょうね。マーガレット、ブリジット、キャサリンこの三人の裁縫の成績を考えると貴方だけが突出して出来るようになるとも思えません。貴方の父方・母方どちらの祖母も裁縫を苦手としていました。エプロンの縫い方は、誰に習ったのですか?」
なんだこれ?凄い把握力。
頭の中にどれだけの人物とその関係図が入っているんだ?
なつみさんたちのことを言ってもいいのだろうか?
でも、この人の情報の把握量だと下手なごまかしも聞かなさそうだ。
ええい、めんどくさい!
信じるかどうかはこの人次第だ。
エミリーは記憶チートの事から始まって、なつみさんやおきぬさんの事も包み隠さずに全部話した。
さすがの魔女も驚いたのだろう。
顔つきは変わっていないが、お茶を飲む手が止まっている。
魔女はやっと手に持っていたカップを受け皿に置いて言った。
「貴方の言いたいのは、貴方の中の前世の記憶が出てきて、キャサリンに縫い方の師事をしたということですか?」
「そうです。信じてもらえないと思いますが、そうなんです。」
「…いえ、信じましょう。こんなことで噓を言うとも思えません。私もそのなつみさんとおきぬさんに会ってみたいですね。ここで呼び出してみてください。」
えっ、マジですか?
こう簡単に信じてもらえるとは思わなかったよ。
いや、呼び出せということは信じてないのか?
腹をくくって呪文を唱えるしかないようだ。
ここで、私の事を気が狂ったと思わないでねという例の説明をしておく。
やれやれ。
「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ピーンポーーン
『はぁーい。呼んだぁ?』
なつみさん、今日は大人し目に出てきてくれたね。
良かった。
「なつみさん、こちらキャサリンの学校の先生で、ま…ミズ・カンザスです。ミズ・カンザス、今出てきているのがなつみさんです。」
『はじめまして。大田なつみと申しま…と言う者でした。』
えっ?
なつみさんってファミリーネームがあったんだ。
そりゃあそうだよね。
魔女のカンザスは、エミリーが一人でしゃべっているのに驚いている。
あっけにとられている様子が今度は顔に出ている。
『今回は何の用事? こちらの先生に日本料理でも差し上げるの?』
「ううん。違う。この間、キャスのエプロンを作ったでしょ。その時上手にできてたから、縫い方の指導をした人に話を聞きたかったんだって。」
『あら、じゃあおきぬさんを呼び出した方がよかったんじゃないの? 私はミシンのかけ方を教えただけだもの』
ここでミズ・カンザスはやっと我に返ったのか、なつみさんに質問する。
「ミシンのかけ方というとどのように指導されたのですか?」
なつみさんは『あら、基本的なことだけですわ…。』と言って先日のミシンがけの時に言ったようなことをミズ・カンザスに教えた。
「なんということでしょう。この歳になってもまだ学ぶことがあるとは…。」
ミズ・カンザスがなつみさんに詳しく聞いていたのは、型紙を工夫して布を裁つ裁ち方と小布を使って糸の端を始末するやり方だ。
こういうめんどくさがり考案の効率重視のやり方は、裁縫の王道をいく教師にとってえらく新鮮なものだったらしい。
とことんなつみさんに質問して、魔女のカンザスは満足したようだった。
「なつみさん、ありがとうございました。今度は裁縫だけでなく他のことでもご教授下さい。それでは、次におきぬさんに交代してもらえますか?」
なんと!
まだ尋問があるんですか?
…満足したのかと思ったよ。
なつみさんは気軽に『いいわよー。では先生またお会いしましょう。』と消えていく。
ミズ・カンザスがこっちをじっと見ているのでしかたがない。
エミリーは今度はおきぬさんを呼び出した。
「【アラ アラ カマラ アナカマラ】」
ピーーンポーーーン
『お呼びですか?』
「ええ。先日キャスに教えた手縫いのやり方をこちらのキャスの先生に話してもらえるかしら。」
おきぬさんは改まって、前に座っているミズ・カンザスに挨拶をする。
『先生様でいらっしゃいますか。お初にお目にかかります。私高野城で縫いカタの取りまとめ役をしており…ました河内村樋ノ口、杉田源兵衛の娘 おきぬと申します。どうぞよろしゅうお見知りおきください。』
あら、おきぬさんのお父さんと、それに住所も初めて聞いたよ。
おきぬさんにもミズ・カンザスはいろいろ質問していた。
特にしつけの方法が気になったらしく詳しく聞いていた。
これはこの間おきぬさんが考案したと言っていためんどくさがりの工夫というやつだろう。
どれもこれも「めんどくさがり」が手間を省くために考え出したやり方だ。
それにミズ・カンザス程の筋金入りの御仁が興味を示すのだ。
可笑しなことだがたいしたものだ。
ミズ・カンザスは得心と満足を得たのか、やっと帰って行った。
「また伺います。」という怖い言葉を残していったが、どっちにしろエミリーに会いに来るのではなく、なつみさんかおきぬさんに質問に来るのだろう。
あーー、今日は疲れた。
初めてのバザーの仕事の上に、魔女の襲来。
しばらくはゆっくりしたいものである。
夜には母様たちにミズ・カンザスが何を言っていたのか聞かれたが、こっちの方が誰が何を言って私が尋問されるハメになったのか聞きたい。
兎にも角にも、魔女のカンザスが恐ろしいという総評に行きついた。
あの記憶力、情報力、隅々まで見逃さない目。
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王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
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