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第二章 「のっぽのノッコ」に恋した長男アレックス
昨日も会いましたよね
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日曜日の朝は遅くまで寝ていて、午前中にゆっくりと洗濯や掃除をするのがノッコの日課だ。
寝ぼけ眼のパジャマのままで洗濯をしていたら、インターフォンが鳴った。
誰だろう、宅急便かな?
慌てて上着を羽織って、手櫛で髪を整えた。
ドアの覗き穴を見ると…アレックスだった。
昨夜ここまで送ってもらったけど、別れてから半日しか経ってないよね。
いったい何の用だろう?
ドアを開けて、ノッコはアルさんを部屋の中に入れた。
「いらっしゃい。おはようございます。昨日なにか忘れ物でもしてましたか?」
「オハヨウ…ゴザイマス。」
挨拶をしながら、アルはノッコをジロジロ眺めた。
あんまり見ないで欲しいんだけど。
まだ顔も洗っていないし、よだれでもついてたかしら?
インスタントの紅茶を手早く入れて、台所に座って待っていてもらうことにした。
こういう時は、時間稼ぎにアルバムを渡すのが我が家流だ。
「これを見ながらお茶でも飲んでてくださいね。支度してきます。」
古いアパートだけど2部屋あってよかった。
これワンルームだったら困っていたところだ。
部屋を探していた時、ノッコは台所が広かったのが気に入って、築年数と駅からの距離に目をつむって、このアパートに決めた。
お母さんたちにとっては、大家さんが1階に住んでいるのが安心だったらしいけど。
「お待たせしました。」
ノッコは超特急で、服を着替えて顔も洗って来た。
洗濯機の音はうるさいけれど、これもご愛敬だ、勘弁してもらおう。
アルさんは知り合ったばかりの友達が何げなく時間つぶしにアルバムを見ている感じではなく、結構本気で一枚一枚の写真を食い入るように見ていた。
なんか面白い写真でもあったのかしら?
外国の写真だから珍しいのかもしれないわね。
「ノッコ、君の家族は仲が良さそうだね。」
「ええ、それだけは自慢できます。お金も何もありませんけど…。」
「それが一番だと思うな。うちの家族も仲がいいんだ。」
「そうですか。それは良かったですね。」
何しに来たんだろう?
こんな会話なら昨日もしたような気がするけど…。
日曜の朝にわざわざ訪ねて来たんでしょ。
イギリスの人って、日曜の朝は教会にでも行くんじゃないの?
「今日訪ねて来たのは、ノッコに折り入って頼みたいことがあるからなんだ。僕は3日前に日本に来たんだけど、最初の日に会社が手配していた通訳さんと仕事をしたんだ。この人は英語は堪能なんだが僕の意図を掴めないと言うか、とにかく仕事がやりにくくてたまらなかった。日本人だから感性が違ってもしょうがないのかとその時は思ったよ。でもノッコと昨日観光してみて、びっくりした。物凄く仕事がやりやすかったし楽しかった。出来たらノッコに今年1年専属で通訳をしてもらいたい。どうかな、仕事として考えてくれないか?」
「…えーっと、私は学生なんで、まだ一日中仕事をするわけにはいかないんですけど…。」
「それじゃあ、空いている時間をすべて僕にくれないか?」
「いえそういう訳にはいきません…バイトもしてますし、友達との約束もあります。あのうアルさん、提案があるんですけど。通訳を1人に絞らないで、何人もの人に変わり交代にしてもらったらどうですか?」
「いや、僕はっ…。」
「最後まで聞いてください。いろいろな日本人に接すると、多くの人の意見も集められますし、中には感性が合う人も見つかりますよ。私も長期休暇の時には少しは時間を割けますし、今バイトで家庭教師をしている子が受験に受かったら、アルさんにお付き合いできる時間も増えるでしょう。どうですか?」
アレックスは考え込んでいる。
「わかった。ノッコの言うやり方でやってみよう。でも、ノッコの用事がない時は僕に付き合って欲しい。」
「ええ、なるべく時間を空けるようにします。」
「良かった。じゃあ早速なんだけど、今日は空いてる?」
本当に早速だね。
日曜日にも仕事をするつもりなのかしら?
「午前中は洗濯と掃除があるので、午後からなら空いてます。ただ、今日中に仕上げるレポートがあるので夜はダメです。」
「じゃあ、ノッコの用事が済むまでここで待ってるよ。アルバム、他にある?」
ここで待ってるの?!
この存在感のある人がここに座っていて、私に掃除をしろってか?
最初はアレックスが台所に座っているのが気になって仕方がなかった。
しかし向こうが気にしていないのだ。
ここは我が家、こちらも好きにさせて頂こう。
ノッコはいつもの日曜日のように、部屋に掃除機をかけて洗濯を干し、1週間分の常備食材の用意にかかった。
料理を始めると匂いがするのでアレックスが覗きに来た。
「なんかいい匂いがする。腹が減って来たな。僕に食べさせられる物ってないの?」
「ありません。これは私の1週間分のお弁当になるんです。貧乏学生にたからないでください。」
「じゃあ、僕が食材を買ったら料理してくれる?」
「はぁっ? …はぁ、まあいいですけど。」
「本当だねっ。約束だよ!」
…変な人。
領主の息子のくせに私が作るような料理でもいいのかしら?
「用事が済みましたよ。今日は何処へ出かけるんですか?」
アルバムに没頭しているアルさんに声をかけると、アルさんはノッコの方を見てにっこりした。
「そのコートの色よく似合ってる。」
「ありがとうございます。」
安物のオレンジ色のコートが高級品みたいに思える。
さすが外人。
日本人だとこういうセリフは吐かないね。
うちの無口なお父さんと気の利かない兄貴の伸也の顔をつい思い浮かべる。
ないない。
アルさんが行きたいというのはこのアパートの管理人さんの家だった。
「日本では『大家さん』と言うんです。」とアルさんに説明して、アパートの1階にある谷さんの家に行った。
おばさんはドアを開けると、外人が玄関先に立っていることに驚いたらしく、いつものゆったりと落ち着いた雰囲気はどこへやら、少々テンパっているようだった。
「あっ、グッドモーニング! あら? もうハローって言うのノッコちゃん。」
「ハローで通じてるよ。アレックス、こちらがこのアパートの大家さんの谷さん。谷さん、こちらイギリスからいらしたアレックス・サマーさんです。何かおばさんに尋ねたいことがあるんですって。」
「タニサン、突然お訪ねしてすみません。実は私、1年間の長期出張で日本に来ているんですが、住む所を探しているんです。こちらのアパートに空きはありませんか?」
私はアレックスの言葉に唖然としたが、訳してと言われてそのまま訳してしまった。
「あら、空きはあるわよ。ただこのアパートは古いから防音とかしていないの。だからパーティーとかされると困るから、普通は外人さんはお断りしてるのよ。でもノッコちゃんの知り合いならいいわよ。隣の佐藤さんが結婚して出て行かれたばかりだから丁度いいじゃないの。お部屋も近いしね。」
お、おばさん。
アレックスは家賃の月払いは手続きが面倒なので、1年間分前払いすると言って、おばさんと一緒に銀行へ行く約束まで取り付けてしまった。
「さあノッコ、僕の住む所も決まったしホテルに荷物を取りに行くついでに、昼食でも食べに行こうか。」
そう言って、アルさんはさっさと歩き出してしまう。
どこか美味しい店に案内してくれと言うので、ノッコが行ったことのあるイタリアンレストランでランチを食べた。
その後、アルさんが泊まっていたホテルに来てみると、これがものすごい超豪華ホテルだった。
このホテルに泊まっていた人が、あんなボロいアパートでいいのだろうか?
「…アルさん、本当にあのアパートで良かったの?」
「うん。住居費とは別にホテルの宿泊費は仕事関連の経費になるからね。ちょくちょく旅行するんだから、荷物を置いて置けるベースになる場所があればそれでいいんだ。それに僕としてはなるべくノッコに通訳をしてもらいたいからね。そういう人とすぐにコンタクトをとれる場所をベースにしたほうが効率がいいだろ。」
そっか、そう言われれば利にかなってるね。
呑気なノッコはそう納得した。
けれどこれもアルさんの手の内だとは、思ってもみなかった。
寝ぼけ眼のパジャマのままで洗濯をしていたら、インターフォンが鳴った。
誰だろう、宅急便かな?
慌てて上着を羽織って、手櫛で髪を整えた。
ドアの覗き穴を見ると…アレックスだった。
昨夜ここまで送ってもらったけど、別れてから半日しか経ってないよね。
いったい何の用だろう?
ドアを開けて、ノッコはアルさんを部屋の中に入れた。
「いらっしゃい。おはようございます。昨日なにか忘れ物でもしてましたか?」
「オハヨウ…ゴザイマス。」
挨拶をしながら、アルはノッコをジロジロ眺めた。
あんまり見ないで欲しいんだけど。
まだ顔も洗っていないし、よだれでもついてたかしら?
インスタントの紅茶を手早く入れて、台所に座って待っていてもらうことにした。
こういう時は、時間稼ぎにアルバムを渡すのが我が家流だ。
「これを見ながらお茶でも飲んでてくださいね。支度してきます。」
古いアパートだけど2部屋あってよかった。
これワンルームだったら困っていたところだ。
部屋を探していた時、ノッコは台所が広かったのが気に入って、築年数と駅からの距離に目をつむって、このアパートに決めた。
お母さんたちにとっては、大家さんが1階に住んでいるのが安心だったらしいけど。
「お待たせしました。」
ノッコは超特急で、服を着替えて顔も洗って来た。
洗濯機の音はうるさいけれど、これもご愛敬だ、勘弁してもらおう。
アルさんは知り合ったばかりの友達が何げなく時間つぶしにアルバムを見ている感じではなく、結構本気で一枚一枚の写真を食い入るように見ていた。
なんか面白い写真でもあったのかしら?
外国の写真だから珍しいのかもしれないわね。
「ノッコ、君の家族は仲が良さそうだね。」
「ええ、それだけは自慢できます。お金も何もありませんけど…。」
「それが一番だと思うな。うちの家族も仲がいいんだ。」
「そうですか。それは良かったですね。」
何しに来たんだろう?
こんな会話なら昨日もしたような気がするけど…。
日曜の朝にわざわざ訪ねて来たんでしょ。
イギリスの人って、日曜の朝は教会にでも行くんじゃないの?
「今日訪ねて来たのは、ノッコに折り入って頼みたいことがあるからなんだ。僕は3日前に日本に来たんだけど、最初の日に会社が手配していた通訳さんと仕事をしたんだ。この人は英語は堪能なんだが僕の意図を掴めないと言うか、とにかく仕事がやりにくくてたまらなかった。日本人だから感性が違ってもしょうがないのかとその時は思ったよ。でもノッコと昨日観光してみて、びっくりした。物凄く仕事がやりやすかったし楽しかった。出来たらノッコに今年1年専属で通訳をしてもらいたい。どうかな、仕事として考えてくれないか?」
「…えーっと、私は学生なんで、まだ一日中仕事をするわけにはいかないんですけど…。」
「それじゃあ、空いている時間をすべて僕にくれないか?」
「いえそういう訳にはいきません…バイトもしてますし、友達との約束もあります。あのうアルさん、提案があるんですけど。通訳を1人に絞らないで、何人もの人に変わり交代にしてもらったらどうですか?」
「いや、僕はっ…。」
「最後まで聞いてください。いろいろな日本人に接すると、多くの人の意見も集められますし、中には感性が合う人も見つかりますよ。私も長期休暇の時には少しは時間を割けますし、今バイトで家庭教師をしている子が受験に受かったら、アルさんにお付き合いできる時間も増えるでしょう。どうですか?」
アレックスは考え込んでいる。
「わかった。ノッコの言うやり方でやってみよう。でも、ノッコの用事がない時は僕に付き合って欲しい。」
「ええ、なるべく時間を空けるようにします。」
「良かった。じゃあ早速なんだけど、今日は空いてる?」
本当に早速だね。
日曜日にも仕事をするつもりなのかしら?
「午前中は洗濯と掃除があるので、午後からなら空いてます。ただ、今日中に仕上げるレポートがあるので夜はダメです。」
「じゃあ、ノッコの用事が済むまでここで待ってるよ。アルバム、他にある?」
ここで待ってるの?!
この存在感のある人がここに座っていて、私に掃除をしろってか?
最初はアレックスが台所に座っているのが気になって仕方がなかった。
しかし向こうが気にしていないのだ。
ここは我が家、こちらも好きにさせて頂こう。
ノッコはいつもの日曜日のように、部屋に掃除機をかけて洗濯を干し、1週間分の常備食材の用意にかかった。
料理を始めると匂いがするのでアレックスが覗きに来た。
「なんかいい匂いがする。腹が減って来たな。僕に食べさせられる物ってないの?」
「ありません。これは私の1週間分のお弁当になるんです。貧乏学生にたからないでください。」
「じゃあ、僕が食材を買ったら料理してくれる?」
「はぁっ? …はぁ、まあいいですけど。」
「本当だねっ。約束だよ!」
…変な人。
領主の息子のくせに私が作るような料理でもいいのかしら?
「用事が済みましたよ。今日は何処へ出かけるんですか?」
アルバムに没頭しているアルさんに声をかけると、アルさんはノッコの方を見てにっこりした。
「そのコートの色よく似合ってる。」
「ありがとうございます。」
安物のオレンジ色のコートが高級品みたいに思える。
さすが外人。
日本人だとこういうセリフは吐かないね。
うちの無口なお父さんと気の利かない兄貴の伸也の顔をつい思い浮かべる。
ないない。
アルさんが行きたいというのはこのアパートの管理人さんの家だった。
「日本では『大家さん』と言うんです。」とアルさんに説明して、アパートの1階にある谷さんの家に行った。
おばさんはドアを開けると、外人が玄関先に立っていることに驚いたらしく、いつものゆったりと落ち着いた雰囲気はどこへやら、少々テンパっているようだった。
「あっ、グッドモーニング! あら? もうハローって言うのノッコちゃん。」
「ハローで通じてるよ。アレックス、こちらがこのアパートの大家さんの谷さん。谷さん、こちらイギリスからいらしたアレックス・サマーさんです。何かおばさんに尋ねたいことがあるんですって。」
「タニサン、突然お訪ねしてすみません。実は私、1年間の長期出張で日本に来ているんですが、住む所を探しているんです。こちらのアパートに空きはありませんか?」
私はアレックスの言葉に唖然としたが、訳してと言われてそのまま訳してしまった。
「あら、空きはあるわよ。ただこのアパートは古いから防音とかしていないの。だからパーティーとかされると困るから、普通は外人さんはお断りしてるのよ。でもノッコちゃんの知り合いならいいわよ。隣の佐藤さんが結婚して出て行かれたばかりだから丁度いいじゃないの。お部屋も近いしね。」
お、おばさん。
アレックスは家賃の月払いは手続きが面倒なので、1年間分前払いすると言って、おばさんと一緒に銀行へ行く約束まで取り付けてしまった。
「さあノッコ、僕の住む所も決まったしホテルに荷物を取りに行くついでに、昼食でも食べに行こうか。」
そう言って、アルさんはさっさと歩き出してしまう。
どこか美味しい店に案内してくれと言うので、ノッコが行ったことのあるイタリアンレストランでランチを食べた。
その後、アルさんが泊まっていたホテルに来てみると、これがものすごい超豪華ホテルだった。
このホテルに泊まっていた人が、あんなボロいアパートでいいのだろうか?
「…アルさん、本当にあのアパートで良かったの?」
「うん。住居費とは別にホテルの宿泊費は仕事関連の経費になるからね。ちょくちょく旅行するんだから、荷物を置いて置けるベースになる場所があればそれでいいんだ。それに僕としてはなるべくノッコに通訳をしてもらいたいからね。そういう人とすぐにコンタクトをとれる場所をベースにしたほうが効率がいいだろ。」
そっか、そう言われれば利にかなってるね。
呑気なノッコはそう納得した。
けれどこれもアルさんの手の内だとは、思ってもみなかった。
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