サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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第二章 「のっぽのノッコ」に恋した長男アレックス

冷や汗の婚約式

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 お父様とお母様をお迎えに関西空港まで来たのだが…私達の方へ歩いてこられているのは3人だ。
もう1人の方はどなただろう?

近くまで来られて、ノッコも気がついた。

「ドナシェラ大叔母様…。」

アレックスが息を呑んでいる。

「アーレックス! 出迎えご苦労様。荷物を取ってきなさい。あの人が持ってるから。」

そう言われて後ろを見ると、大量の荷物をカートに乗せたポーターの人が2人も、よろよろとついて来ていた。

お父様がアレックスにサッと近づいて来て、小さな声で断りを入れている。

「アレックス、すまん。今日、空港に行ったら大叔母さんが座ってるんだよ。もうまいったのなんの。飛行機の席に空きがあって助かったよ。申し訳ないがホテルの部屋や宴席の追加を頼めるか?」


ドナシェラ大叔母さんは、コンッと杖の音を鳴らしてお父様に向き直った。

「サマー! なにをこそこそ話しているのっ? んもう、貴方はいくつになっても落ち着きがないんだから…。」

お父様は呆れて大叔母さんの方を振り返ったが、アレックスが父親の代わりにフォローを入れた。

「すみません、大叔母様。すぐに荷物を車に運びます! あそこの喫茶店でお茶でもいかがですか? 僕が車を持ってきたら声を掛けに行きますから。」

「ふんっ。アレックスは少しは仕事が出来るようになったみたいね。かわいい子には旅をさせよだわね、マーガレット。」

「そうですね。大叔母様。」

「あんたときたらまったくもう。『そうですね。大叔母様。』以外の言葉が喋れないの?!」

…聞きしに勝る暴君ぶりだ。
なるほどー、あの如才ないおじい様が要注意人物と評するだけあるわ。


「あんたがノリコかい? また大きな女だね。日本人は背が低いと聞いていたけど違うじゃないの。」

「初めまして。ノリコ・カタオカと申します。遠い所を私達の為にご足労いただいてありがとうございます。今後共よろしくお願いします。」

ノッコが慌てて挨拶をすると、大叔母さんはふーんと言いながら顔をじろじろ見てきた。

「英語は喋れるようだね。外国人なんかを伯爵家の血筋の中に入れるってストランドが言うからどんな女なのか私が確かめに来てやらないと駄目だと思ったのよ。あの子は、嫁を選ぶ時にもひと騒動起こした子ですからねっ。」

イギリス外交の大御所でもあるおじい様も、この大叔母様の前では小さな子供のようだ。


皆様を喫茶店にご案内して、ノッコはアレックスを外に逃がした。
急な変更の対応はアレックスの事だから対処できるとは思うが、とにかく時間を稼がなくてはならない。

「ふーん、空港の店にしてはまあまあね。」

やれやれ、店の内装には合格がでたようである。

ノッコはこの店でアレックスが美味しいと言ったケーキも含めて、お茶菓子を何点か選んだ。

お茶の種類を何にするかお三方に尋ねると、「ノリコ、お茶の種類を聞いてからケーキを選ぶのよっ。」と大叔母さんに怒られた。

「申し訳ありません。大叔母様はダージリンがお好きだと聞いていたものですから、それに合わせてケーキを選んでしまいました。他のケーキにされますか?」

そうノッコがと尋ねると、憮然としながらも許容の頷きをしてくれた。

「ふん。まあいいわ。あなたがそう言うなら、勧められたものを食べてみましょう。」

沈黙の静かなお茶の時間に落ち着かない心持ちで居ると、やっとアレックスが皆を呼びに来てくれた。


車に乗る時に、おばあ様の為にしつらえた障がい者用の電動収納椅子に、大叔母様に座ってもらった。

「これは…。」と言ったきり大叔母様が何も言わなくなったので、ノッコがオロオロしていると、お母様に車の後ろに引っ張り込まれて耳打ちをされた。

「大丈夫よ。大叔母様が何も言わなくなったら気に入っているということなの。さっきのケーキも今の椅子もね。ごめんなさいねノリコ、大叔母様を連れて来ちゃって。」

「いいえ。賑やかなのは嬉しいです。お母様もよくいらしてくださいました。ご挨拶が遅くなってしまってすみません。」

「まぁ! そう言って頂いて、ひと安心したわ。こちらこそこれからよろしくね、ノリコサン。」



◇◇◇



「あのトイレはなんなのっ!」

大叔母様がサービスエリアのトイレから出て来て怒鳴ったので、何があったのかと思っていたら、「アレックス、あのトイレを私の屋敷にもつけなさいっ。」とアルに命令している。

…なんだ、洗浄便座が気に入ったのね。
なんだか大叔母さんに翻弄されてしまう。

お父様とお母様は聞こえないふりをしている。
んー、ここまでの境地に到達するまでは長い時間がかかりそうだ。

しばらくすると時差のせいで、3人とも椅子にもたれてお休みになった。

ノッコとアックスは小さい声で今後の予定を話し合った。

「今夜の顔合わせは、うちの両親だけに出来ると思うよ。流石の大叔母様も今日は疲れてるからホテルで休むだろう。奮発していい部屋を取っといたから、部屋でゆっくりしてもらおう。」

「じゃあ、家にもそうメールしておくね。式の会場の方はどうだった?」

「大丈夫だ。1人だけだし、増える方にはいい顔をするからね。何とかしてくれるって言ってた。」

「よかった~。」


「ンゴゴッ!」

ビクッとしたけれど大叔母様のイビキだった。

私達はチラリと顔を見合わせてくすっと笑った。

「寝てるときも静かじゃないんだ。」

「もうっ、アルったら…。」

ノッコはその言葉がツボに入って、笑いを押さえるのに苦労した。



◇◇◇



 「ドナシェラ大叔母様が来たんだって?!」

「お父様とお母様もね。」

「父様たちはいいんだよ。来る予定だったんだから…。まったく人騒がせなばぁさんだよな。」

実家の伸也のところに遊びに来ていたデビッドが、そんな風にぶつぶつ言った。

エミリーとキャサリンは恵里ちゃんといっしょに買い物に行ったらしい。
秀次くんが通訳としてついて行ったそうだ。

アレックスの友達で通訳として来てもらったと説明してるけど大丈夫なんだろうか?
本家の人たちは重宝して秀次くんを使っているけど後で後悔しないかしら?

秀次くん本人は楽しんでやってるようだけど、本家の人たちのその後の心境を思うと身の縮む思いがする。

そういえばロベルトはどこにいるんだろう?

「ロベルトはどうしてるの? 買い物?」

「いいや、ホテルの部屋にこもってる。昨日見つけた例の新幹線ロボットを分解してるんだ。」

デビッドはノッコに応えながらも、伸也とやっているゲームの画面から目を離さない。


ロベルトは本当に研究者気質だ。
昨日、皆で大賀にお城を観に行って、その後大型店に寄って買い物をして帰ったのだが、ロベルトが選ぶ物は精巧な機械や工具、それに検査キット等で、一般的なお土産とは程遠い。
鉄道ファン向けの模型の専門店を見つけると、その場所から動こうとしなかった。

デビッドはというと、朝からずっと伸也とゲームをやっていたようだ。
「外でも身体を動かしてきたよ。」と言っているが怪しいものである。


夕方に、我が家の座敷で双方の両親の顔合わせをした。

両親と私達の6人だけである。
後で兄妹も一緒に食事に行くことになっているので、早めの時間にお茶だけを出しての座を設けた。

「このお茶は何が入っているの? 花?」

「これは婚礼などのお祝いごとの時に出す桜茶というものです。形だけ口を付けて下さい。後で紅茶をお出ししますから。」

お母様に桜茶をお出しして、伸也に紅茶も持ってこさせた。

ノッコは挨拶を英語でしているお父さんを見てびっくりした。
伸也が自分が教えたとドヤ顔をしている。

よく覚えられたね。

どうもお父さんは朝からその文句を繰り返して暗記していたようだ。

「ふつつかな娘ですがどうかよろしくお願いします。」

ノッコはジンときて涙ぐんでしまった。

アレックスが慌てて「この表現は日本人特有の謙譲の言い方だ。ノッコはふつつかなんかじゃなくて素晴らしい女性だよ。」とフォローしているのが可笑しくて、泣き笑いになってしまった。


するとアレックスのお父様が座布団を外して正座をして、日本語で挨拶をしてくださった!

「一人娘を遠いイギリスにいただくことになって申し訳ありません。大切にさせて頂きます。どうかお父さんとお母さんも度々イギリスにお出で下さい。」

これにはノッコもアレックスも驚いた。

「日本大使に教えてもらったんだ。でも、僕たちの本当の気持ちだよ。」と英語で言って、ウィンクされた。

ありがたいことである。
両方の親にこんなに大切に思ってもらって…。

この気持ちを忘れないようにしないといけないなと、ノッコは心を新たにした。

アレックスが泣いているノッコの肩をそっと抱いてくれた。
その様子を4人の親たちが微笑んで見守ってくれていた。


翌日の婚約式にはドナシェラ大叔母様が復活していて、うちのお父さん方の兄妹親族10人とお母さん方の6人、合わせて16人の挨拶を、女王陛下のように頷いて受けていた。

秀次さまも大叔母さんの通訳に大忙しだ。

「大叔母さんも意地が悪いよなぁ。エムの婚約式で滝宮たきのみや様に会ってるんだから、あれ皇太子さまだとわかってやってるんだよ。」

そうデビッドが言っているけど本当だろうか?

「滝宮様もわかって楽しんでるんだよ。ほら、たまに大叔母様を揶揄からかってるだろ。」

アルが言う通り、あまり大叔母様の横暴が過ぎると秀次くんがたしなめている。ある意味最強の窘め役かもしれない。


全員が揃って、会食の前に伯父さんが親族代表で挨拶をしてくれた。

これも前半は英語のスピーチで、ノッコは目を丸くして恵里ちゃんを見た。

恵里ちゃんが放射線技師をしている洋子叔母ちゃんの方を見たので、どうも洋子叔母ちゃんがレクチャーしてくれたようだ。

ありがたいことだ。
皆に助けられて応援されて生きているということがここ何日かでよくわかった。

よく初枝おばあちゃんが言っていた。

「ノッコ、人は字の形からもわかるように1人では生きていかれないんだよ。色々な人が自分に与えられた仕事を全うして、社会が動いてる。そして目に見えない空気や光や自然の恩恵が、その社会を包み込んで助けてくれているんだ。自然や社会に感謝して生きなさい。自分がなにか大きなものに生かされているんだという事を感謝して受け入れて、そのご恩返しをしようと思える人は、幸せな人生が送れるよ。」

そうだね、おばあちゃん。


こういう人生の節目に立ってみると、おばあちゃんの言っていたことがよくわかる。
恩を受けたら恩返し。

自然にも社会にも、そして親・親族をはじめとする自分の根っこになる人たちにも。

典子は大人へのスタートラインに立っている気がしていた。
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