1 / 25
【紳士と霊能者の少女】
しおりを挟む
【プロロ―グ】
夕暮れ時になると、橋の向こうに軒を連ねるパブに明かりが灯る。時刻はまだ午前だというのに。
さっきまでいたのは阿片窟。追い出された女はパブの灯りを待っていた。
ハマ-スミス橋の緑と金、お城のような塔が中央に聳える。
「まったく、この国は橋を渡るにも金がいるんだね」
懐かしい声が聞こえた気がしたけど、多分そら耳。昔、一人の娘が泣きながら橋の上からカ-ドを投げ捨てた。
未来を占うカ-ドは風に舞い、テムズ川の水の上を流れた。それも今思えば随分と昔の話に思える。
橋向こうは血濡れの心臓通り。彼女の住む部屋もそこにある。
部屋の床に落ちた水晶玉が砕けて割れた。所詮硝子で作られた偽物、割れて失われたところで何もない。
なにもかもが偽物なのだから。割れた水晶玉から生まれたように女の子が1人彼女の部屋から飛び出した。
橋の上には食べ物を売る行商人や見物客が大勢いて、その場に倒れ込んだ老婆の周囲に人が集まり始めていた。
【紳士と霊能者の少女】
「霊です、これは全て貴方についた霊の仕業なんです!」
言うが早いか、女の子は扉をノックした紳士の腕を掴み外へ飛び出す。
部屋の中には砕けた硝子に囲まれ、大の字になった紳士がもう1人倒れていた。男は呼びかけても何も答えない。
「大丈夫!死んでませんから!」
振り向くと、驚くほどあどけない少女の顔がそこにある。染み1つないビスクのように美しい顔と、金糸のような髪はたちまち薄汚い外套のフ-ドの奥深くに隠れてしまった。
「僕は君の犬だ」
振り向くと彼女は彼にそう言って、かん高い声で吠えて見せた。
彼は答えられなかった。
「僕は君がこの森に捨てた犬だよ」
彼が答えないので、彼女は彼にもう一度言った。
「僕は犬なんて森に捨ててない」
「私はこの森で貴方に絞め殺された女」
「僕は女なんて絞め殺さない」
「本当にそうかしら」
「でたらめや言いがかりは止めてくれ」
「生まれる前に捨てたかも、殺したかも、ええきっとそうしたはずよ!」
「この…頼りにならない霊能力者め!」
彼は舌打ちをした。彼女はドルイド僧を思わせる灰色のコ-トに身を包み、頭巾のようなフ-ドを眉の下深くまで被っていた。
ドルイドの語源は確か、この森の木々と同じオ-ク【オ-クの賢者】という意味だ。彼の記憶だとア-サ-王伝説に登場する魔術師マ-リンはドルイドだ。
彼女がマ-リンのようなら頼りになるのだけれど。
「御主人様」
「今度は何だ」
「私は銀の食器なんて盗んでおりません」
「君がそう言うなら盗んでないだろうな」
「御主人様にメイドとして誠心誠意仕えて参りましたのに、疑いをかけられ処刑された…」
「知らない知らない」
「心に決めたフォロワ-がいましたのに、生娘の私にあんな事やそんな事まで、きゃあ」
「しっかりしてくれ!霊媒師が悪霊に取り憑かれてどうする!」
「枝ぶりは、まあよしとしようじゃないか…だがこの野郎!靴が私の頭の上ってのはどういう訳なんだ!くそったれが!」
「私まだ子供だったのに」
リリスみたいに顔の表情や声が変わる。これが憑依というものか。取り憑かれ放題のなすがまま。
もう、いちいち受け応えするのにも疲れた。
「この辺りは確かジキルとハイドのハイドが最後を迎えた場所」
「それだけは呼び出さないでくれ」
「フィクションですよ、御主人様」
お前がジキルとハイドみたいになってるじゃないか。
彼女が次々口にするのは森のざわめきに似た人の声。その恨みつらみや罵詈雑言を浴びながら、依頼者の男と霊能者の若い女は森の奥へと進んだ。
「フィールド・ワ-クなんて大げさなもんじゃあない…散策、そう散策だ!旅先で様子のいい森を見つけたんで歩いてみようと思った、ただそれだけなんだ」
「霊が360体憑いています」
若い霊能者の娘は彼を見るなり事も無げにそう言った。
夕暮れ時になると、橋の向こうに軒を連ねるパブに明かりが灯る。時刻はまだ午前だというのに。
さっきまでいたのは阿片窟。追い出された女はパブの灯りを待っていた。
ハマ-スミス橋の緑と金、お城のような塔が中央に聳える。
「まったく、この国は橋を渡るにも金がいるんだね」
懐かしい声が聞こえた気がしたけど、多分そら耳。昔、一人の娘が泣きながら橋の上からカ-ドを投げ捨てた。
未来を占うカ-ドは風に舞い、テムズ川の水の上を流れた。それも今思えば随分と昔の話に思える。
橋向こうは血濡れの心臓通り。彼女の住む部屋もそこにある。
部屋の床に落ちた水晶玉が砕けて割れた。所詮硝子で作られた偽物、割れて失われたところで何もない。
なにもかもが偽物なのだから。割れた水晶玉から生まれたように女の子が1人彼女の部屋から飛び出した。
橋の上には食べ物を売る行商人や見物客が大勢いて、その場に倒れ込んだ老婆の周囲に人が集まり始めていた。
【紳士と霊能者の少女】
「霊です、これは全て貴方についた霊の仕業なんです!」
言うが早いか、女の子は扉をノックした紳士の腕を掴み外へ飛び出す。
部屋の中には砕けた硝子に囲まれ、大の字になった紳士がもう1人倒れていた。男は呼びかけても何も答えない。
「大丈夫!死んでませんから!」
振り向くと、驚くほどあどけない少女の顔がそこにある。染み1つないビスクのように美しい顔と、金糸のような髪はたちまち薄汚い外套のフ-ドの奥深くに隠れてしまった。
「僕は君の犬だ」
振り向くと彼女は彼にそう言って、かん高い声で吠えて見せた。
彼は答えられなかった。
「僕は君がこの森に捨てた犬だよ」
彼が答えないので、彼女は彼にもう一度言った。
「僕は犬なんて森に捨ててない」
「私はこの森で貴方に絞め殺された女」
「僕は女なんて絞め殺さない」
「本当にそうかしら」
「でたらめや言いがかりは止めてくれ」
「生まれる前に捨てたかも、殺したかも、ええきっとそうしたはずよ!」
「この…頼りにならない霊能力者め!」
彼は舌打ちをした。彼女はドルイド僧を思わせる灰色のコ-トに身を包み、頭巾のようなフ-ドを眉の下深くまで被っていた。
ドルイドの語源は確か、この森の木々と同じオ-ク【オ-クの賢者】という意味だ。彼の記憶だとア-サ-王伝説に登場する魔術師マ-リンはドルイドだ。
彼女がマ-リンのようなら頼りになるのだけれど。
「御主人様」
「今度は何だ」
「私は銀の食器なんて盗んでおりません」
「君がそう言うなら盗んでないだろうな」
「御主人様にメイドとして誠心誠意仕えて参りましたのに、疑いをかけられ処刑された…」
「知らない知らない」
「心に決めたフォロワ-がいましたのに、生娘の私にあんな事やそんな事まで、きゃあ」
「しっかりしてくれ!霊媒師が悪霊に取り憑かれてどうする!」
「枝ぶりは、まあよしとしようじゃないか…だがこの野郎!靴が私の頭の上ってのはどういう訳なんだ!くそったれが!」
「私まだ子供だったのに」
リリスみたいに顔の表情や声が変わる。これが憑依というものか。取り憑かれ放題のなすがまま。
もう、いちいち受け応えするのにも疲れた。
「この辺りは確かジキルとハイドのハイドが最後を迎えた場所」
「それだけは呼び出さないでくれ」
「フィクションですよ、御主人様」
お前がジキルとハイドみたいになってるじゃないか。
彼女が次々口にするのは森のざわめきに似た人の声。その恨みつらみや罵詈雑言を浴びながら、依頼者の男と霊能者の若い女は森の奥へと進んだ。
「フィールド・ワ-クなんて大げさなもんじゃあない…散策、そう散策だ!旅先で様子のいい森を見つけたんで歩いてみようと思った、ただそれだけなんだ」
「霊が360体憑いています」
若い霊能者の娘は彼を見るなり事も無げにそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる