005.タイム・リミット

砂糖菓子

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005.タイム・リミット

神社の境内でしろつめくさを編んでいる君を見た。最初は声をかける勇気が出なかった。でも小さな指で一生懸命に次々と編み目を作っていくその姿が、丸まった背中がどうにも寂しげで、気がついたら隣に座ってしまっていた。
「何を作ってるの?」
白い浴衣姿の僕に君は目を丸くする。一呼吸置いて小さな声で、かんむり、と答えた。その間もぶきっちょそうな指は止まらない。器用に茎をより合わせ、編んでいく。
「上手だねえ」
そう声をかけると恥ずかしそうにうつむいた。やがて楕円状の輪が閉じられ、かんむりが完成する。君はそのかんむりを僕にかぶせてくれた。
「あげる」
「いいの?」
問うと細い首がこくりと動いた。ありがとう、と笑えば君もうれしそうに微笑んだ。

その日から君はよく神社に来るようになった。また君の前に姿を見せていいものかどうか、ためらう気持ちがなかったといえば嘘になる。けれど君は僕を探してあちらこちらをうろうろする。一度など古びた井戸に落ちかけた。その出来事があってから、僕は君の声が聞こえるとすぐに出ていくようになった。
君が名乗らなかったから、僕も名乗らなかった。名前を知らなくても、僕らはいい遊び友達だった。君が花の編み方を教えてくれたから、僕もそのうちかんむりが作れるようになった。一度覚えてしまえば、案外簡単だった。いつしか僕は、君が来るのを心待ちにするようになった。

うだるように暑い夏も、木の生い茂る神社は比較的涼しかった。僕らはセミやかぶとむしなんかを探して過ごした。秋は早くやってきたように思えた。もみじの葉っぱやどんぐりを拾い、工作をして遊んだ。君はやっぱり手先が器用で、その丸っこい指でもみじのドレスを着たどんぐりのお姫様なんかを簡単そうに作ってみせた。見様見真似で僕も作ってみたけれど、ボロボロの何かが出来上がっただけだった。
冬になって雪が降れば、そのどんぐりのお姫様しか住めなさそうなかまくらを作った。雪玉を並べて、小さな小さな雪だるまを作った。ほかの子がしているように雪玉をぶつけて遊ぼうと提案したら、君は首を横に振った。

あっという間に春がやってきた。久しぶりに神社にやってきた君は、真っ赤なランドセルを背負っていた。数日前から小学校に通い始めたのだと言う。そしてもう何日かしたら誕生日だから、誕生会に来てほしいとも。
「ごめん。行けないんだ」
そう言うと君はショックを受けたような顔をした。大きな目に涙を溜め、それでも必死に泣かないようにこらえて、それじゃあしかたないね、と小さな声でつぶやいた。

あれから何年が経っただろう。ずいぶん長い年月が流れて、君が再び神社に姿を見せた。見知らぬ男性を連れている。
「わたし、小さいころによくここで遊んでたんだ」
君は隣を歩く男性にそう告げる。彼はそうなんだ、とあたりを見渡しながら答えた。
2人は境内に近づき、そろって鈴を鳴らした。賽銭を入れ、両手を合わせて目を閉じる。
(あのときは、遊んでくれてありがとう。わたし、結婚するの)
僕は神社の屋根に腰掛けて君の声を聞いた。
「おめでとう、幸せにね」
そう言ったけれど、君には聞こえなかっただろう。
僕の姿を見たり、声を聞いたりすることができるのは7歳までだと決まっている。ランドセルを背負って最初の誕生日を迎えた子は、僕の存在自体を感じることができなくなる。それがタイムリミットだというのが、昔からの決まりだ。
だから下手に仲良くなりすぎることは、結果的に君を寂しがらせると知っていた。それでも一生懸命に編まれていたあの花かんむりのように、僕も君の真っ直ぐな視線を受けてみたかったのだ。


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