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24話 11月14日 伊勢+御子柴邸①
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「なに見てるの? ファンレター?」
風呂から出てきた陽太が、ソファに座って便箋を眺めている涼子に声をかけてきた。
「ん? 違う」
「そうなの? 可愛い便箋だから、小さな子からのファンレターかと」
「これ、例のやつ」
「例って?」
「なおこちゃんの手紙」
「勘弁してよ‼ なんで原本がここにあるんだよ!」
ソファの隣に座ろうとした陽太だったが、結界でも張ってあるかのようにはじけ飛び、床に尻餅をついた。
「それがさぁ」
「なんでまたそれをまじまじ読んでんのさ!」
「なんかこう……いろいろ疑問が残る手紙で」
「なにが! ってかなんで原本……!」
「それがさ。ほら今日、三沢と会うって言ったやん」
「……朝、言ってたね」
陽太は胡坐をかく。パジャマ姿で、髪にワックスもつけていないと、まだ20代前半に見えるぐらい幼く見える。よく保護者から「たよりないよね」と陰口をたたかれたゆえんだ。
「来なかったのよ」
「来なかった? 予定変更?」
「わからん。喫茶店に行ってみたら、ウェイトレスさんが『お手紙預かってます』って、これ渡された。あ、冷蔵庫にパウンドケーキ入ってるから。小腹がすいたらどうぞ」
「それはありがとう、だけど……。じゃあ、手紙だけ渡されたってこと?」
「そう。しかも6枚も。全く同じ文面のやつ」
「6枚⁉」
目を丸くする陽太に、涼子はため息ついた。手紙を裏返し、ふとももの上に載せる。
「写真で送ってきたやつあるやん? メールの。あれが原本みたい。それを真似て同じ筆跡の手紙が5枚」
「5枚って……。確か10日以内に5枚送るんじゃなかった⁉ それじゃないの⁉」
「そんな怖がらなくても」
「だって!」
「だってもなにも。最初にもらってからこっち。なんにも起ってないじゃん」
「……それも、そうか」
テレビの前に置いた卓上カレンダーを見、日数を数えた陽太がつぶやく。
「まあ。三沢の子どもがこれを受け取って。怖くなって私に書いて渡したんだろうけど。……それも、5人に渡さなきゃいけないのに、なんで私にまとめて渡すんだか」
「いやがらせだろ、それ」
珍しく陽太が眉を寄せる。
「かもね。まあ、もう付き合うこともないだろうし」
涼子は言い、ちらりと伏せたままの便箋を見た。
「でも、なぁんか気になるのよね」
「さっきからそう言っているけど。なにが」
「うーん……。この手紙さ、続きがあるんじゃないかって」
「続き?」
「そう。文面覚えてる?」
「なおこちゃんがやってきて、おにごっこするぞ、だったっけ」
「違う。かくれんぼ」
「あ、かくれんぼ」
「そう。『なおこちゃんがやってきて、かくれんぼするぞ』で終わっているんだけどさ」
涼子はソファの背もたれに上半身を預け、再び便箋を手に取った。
「この行の下に、なんか書きかけた跡があるのよ。だけど間違えて消しゴムで消して……。そしたら黒く汚れちゃったみたいで」
「あ、なるね。そういうの。Bとか2Bつかう小学生は。またそういう子に限って消しゴムが可愛い系で……。消せないんだ」
さすが元小学校教諭。そう言いかけてひやりとした。
当時のことを思い出して、またうつ症状になるのではないか。
そう案じたが、本人は懐かしむような顔をしていてほっとした。
目が合うと、陽太は手を伸ばす。なんだろうときょとんとすると、「見せて」というからさらに驚いた。
「こんなの嫌いなんじゃないの?」
「嫌いだけど。よく考えたら、涼ちゃんが言う通り、10日過ぎても呪われてないから大丈夫」
現金だなぁ、と涼子は便箋をまとめて差し出した。
「……確かに。涼ちゃんが言う通りにみえるね。これまだ続きがあるけど、汚れちゃったから別の用紙に書き直そうとしたのかも」
「で、それをもらった子が、これを正しい文面だと思って律儀に5枚書いた、と」
「だろうね。こっちは同じ文面だ。……たぶんだけど、こっちの5枚は低学年女子じゃない? こっちの原本っぽいのは高学年……の女子かな」
「だよねぇ」
「ってことは、だよ?」
陽太は顔をしかめた。
「ぼくたちが無事なのは、ひとえにこれ、ちゃんとした『なおこちゃんの手紙』じゃないものを見たからってこと?」
「さあねぇ」
涼子は肩をすくめて立ち上がった。
「夕飯の準備をする。今日はチキンステーキ」
「わー! 鶏肉、好き!」
「レモンソースなんだけど。はちみつ混ぜたからそこまで酸っぱくはないと思う」
「ハニーレモンソースだ!」
「なんかおしゃれに言った」
涼子は笑ながらキッチンに立つ。エプロンをつけ、手を洗っていると携帯の着信音が鳴る。
「あ。ぼくみたい」
首だけねじると、陽太の声が聞こえてきた。営業の仕事をしている陽太は、休日でも夜間でも顧客から電話がかかってくることがある。それでも学校に勤務していたころよりだいぶんマシだ。
「あ……。どうも、その節は。お久しぶりです」
陽太の声を聞きながら、涼子はフライパンに火を入れた。冷蔵庫を開けて、下味をつけている鶏もも肉を出す。涼子は胸肉がすきなんだが、陽太がもも肉派なのだ。
「はい、はい。ちょっとお待ちください。……涼ちゃん」
フライパン、温まったかな?と手のひらをかざしていたら、いきなり声をかけられて涼子は目を丸くする。
「なに? あ。外出する?」
「違う。いま、ちょっといい?」
「う、うん」
慌ててフライパンの火を止めた。
「石島先生覚えてる? スクールカウンセラーの」
「もちろん」
陽太の精神状態が一番悪いときに親身になってくれた学校心理士だ。
「その石島先生が、少し涼ちゃんと話したいんだって。いい?」
「私?」
再び驚いた。いまはもう中学校を辞めて1年経つ。退職の折には挨拶にも行ったはずだ。いまさら学校の相談とは思えないが。
「『なおこちゃんの手紙』の件らしい」
神妙そうな陽太の顔。
涼子は迷わず差し出されたスマホを取った。
風呂から出てきた陽太が、ソファに座って便箋を眺めている涼子に声をかけてきた。
「ん? 違う」
「そうなの? 可愛い便箋だから、小さな子からのファンレターかと」
「これ、例のやつ」
「例って?」
「なおこちゃんの手紙」
「勘弁してよ‼ なんで原本がここにあるんだよ!」
ソファの隣に座ろうとした陽太だったが、結界でも張ってあるかのようにはじけ飛び、床に尻餅をついた。
「それがさぁ」
「なんでまたそれをまじまじ読んでんのさ!」
「なんかこう……いろいろ疑問が残る手紙で」
「なにが! ってかなんで原本……!」
「それがさ。ほら今日、三沢と会うって言ったやん」
「……朝、言ってたね」
陽太は胡坐をかく。パジャマ姿で、髪にワックスもつけていないと、まだ20代前半に見えるぐらい幼く見える。よく保護者から「たよりないよね」と陰口をたたかれたゆえんだ。
「来なかったのよ」
「来なかった? 予定変更?」
「わからん。喫茶店に行ってみたら、ウェイトレスさんが『お手紙預かってます』って、これ渡された。あ、冷蔵庫にパウンドケーキ入ってるから。小腹がすいたらどうぞ」
「それはありがとう、だけど……。じゃあ、手紙だけ渡されたってこと?」
「そう。しかも6枚も。全く同じ文面のやつ」
「6枚⁉」
目を丸くする陽太に、涼子はため息ついた。手紙を裏返し、ふとももの上に載せる。
「写真で送ってきたやつあるやん? メールの。あれが原本みたい。それを真似て同じ筆跡の手紙が5枚」
「5枚って……。確か10日以内に5枚送るんじゃなかった⁉ それじゃないの⁉」
「そんな怖がらなくても」
「だって!」
「だってもなにも。最初にもらってからこっち。なんにも起ってないじゃん」
「……それも、そうか」
テレビの前に置いた卓上カレンダーを見、日数を数えた陽太がつぶやく。
「まあ。三沢の子どもがこれを受け取って。怖くなって私に書いて渡したんだろうけど。……それも、5人に渡さなきゃいけないのに、なんで私にまとめて渡すんだか」
「いやがらせだろ、それ」
珍しく陽太が眉を寄せる。
「かもね。まあ、もう付き合うこともないだろうし」
涼子は言い、ちらりと伏せたままの便箋を見た。
「でも、なぁんか気になるのよね」
「さっきからそう言っているけど。なにが」
「うーん……。この手紙さ、続きがあるんじゃないかって」
「続き?」
「そう。文面覚えてる?」
「なおこちゃんがやってきて、おにごっこするぞ、だったっけ」
「違う。かくれんぼ」
「あ、かくれんぼ」
「そう。『なおこちゃんがやってきて、かくれんぼするぞ』で終わっているんだけどさ」
涼子はソファの背もたれに上半身を預け、再び便箋を手に取った。
「この行の下に、なんか書きかけた跡があるのよ。だけど間違えて消しゴムで消して……。そしたら黒く汚れちゃったみたいで」
「あ、なるね。そういうの。Bとか2Bつかう小学生は。またそういう子に限って消しゴムが可愛い系で……。消せないんだ」
さすが元小学校教諭。そう言いかけてひやりとした。
当時のことを思い出して、またうつ症状になるのではないか。
そう案じたが、本人は懐かしむような顔をしていてほっとした。
目が合うと、陽太は手を伸ばす。なんだろうときょとんとすると、「見せて」というからさらに驚いた。
「こんなの嫌いなんじゃないの?」
「嫌いだけど。よく考えたら、涼ちゃんが言う通り、10日過ぎても呪われてないから大丈夫」
現金だなぁ、と涼子は便箋をまとめて差し出した。
「……確かに。涼ちゃんが言う通りにみえるね。これまだ続きがあるけど、汚れちゃったから別の用紙に書き直そうとしたのかも」
「で、それをもらった子が、これを正しい文面だと思って律儀に5枚書いた、と」
「だろうね。こっちは同じ文面だ。……たぶんだけど、こっちの5枚は低学年女子じゃない? こっちの原本っぽいのは高学年……の女子かな」
「だよねぇ」
「ってことは、だよ?」
陽太は顔をしかめた。
「ぼくたちが無事なのは、ひとえにこれ、ちゃんとした『なおこちゃんの手紙』じゃないものを見たからってこと?」
「さあねぇ」
涼子は肩をすくめて立ち上がった。
「夕飯の準備をする。今日はチキンステーキ」
「わー! 鶏肉、好き!」
「レモンソースなんだけど。はちみつ混ぜたからそこまで酸っぱくはないと思う」
「ハニーレモンソースだ!」
「なんかおしゃれに言った」
涼子は笑ながらキッチンに立つ。エプロンをつけ、手を洗っていると携帯の着信音が鳴る。
「あ。ぼくみたい」
首だけねじると、陽太の声が聞こえてきた。営業の仕事をしている陽太は、休日でも夜間でも顧客から電話がかかってくることがある。それでも学校に勤務していたころよりだいぶんマシだ。
「あ……。どうも、その節は。お久しぶりです」
陽太の声を聞きながら、涼子はフライパンに火を入れた。冷蔵庫を開けて、下味をつけている鶏もも肉を出す。涼子は胸肉がすきなんだが、陽太がもも肉派なのだ。
「はい、はい。ちょっとお待ちください。……涼ちゃん」
フライパン、温まったかな?と手のひらをかざしていたら、いきなり声をかけられて涼子は目を丸くする。
「なに? あ。外出する?」
「違う。いま、ちょっといい?」
「う、うん」
慌ててフライパンの火を止めた。
「石島先生覚えてる? スクールカウンセラーの」
「もちろん」
陽太の精神状態が一番悪いときに親身になってくれた学校心理士だ。
「その石島先生が、少し涼ちゃんと話したいんだって。いい?」
「私?」
再び驚いた。いまはもう中学校を辞めて1年経つ。退職の折には挨拶にも行ったはずだ。いまさら学校の相談とは思えないが。
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