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30話 臨床心理士坂巻のカウンセリング記録(◎◎小学校3年保護者 立花 15/11/2025)
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こんにちは。
「あ……。あの、石島先生のところに伺ったら不在で」
ええ。いま、教頭先生と面談に入っているんですよ。予約されてる方ですか?
「いえ。仕事の昼休みを使って来たんです。……あの、先生? も、カウンセラーですか?」
そうです。ぼくは臨床心理士で、石島先生は学校心理士です。……まあ、登録先が違うだけで、専攻過程を履修して資格取得していますのでご安心ください。
「担任の先生が『不安なことがあればスクールカウンセラーに相談ください』って言ってくださったんですけど。いま、お話聞いてもらえます?」
もちろん。どうぞ。
「失礼します」
ぼくは臨床心理士の坂巻と申します。臨時でこの小学校に派遣されました。お名前をお伺いしてもよろしいですか?
「立花です。3年生の立花凛の母です」
メモをとってもよろしいですか? もちろん、「見せてください」と言われたら内容をお見せします。
「かまいません」
ありがとうございます。
今日はご自身のことですか? お子さんのことでなにか心配事が?
「娘の凛のことです。あの……もうご存じでしょうが、あの事件にかかわるひとりがうちの子なんです」
というと……。10月30日の家庭科教室で起こった?
「そうです。娘は腕の骨を折りました。仙田さんのお嬢さんもそうらしいです」
凛さん、お怪我はどうですか?
「おかげさまで、単純骨折だったようで。3週間でつくだろう、と」
そうですか。
「怪我のことじゃなくて……。その、あの日以来、ものすごく暗いところを怖がるんです」
暗いところ。夜とか、電気を消した部屋とかですか?
「そうです。昼間でも家の中に薄暗いところがあると、もう大騒ぎで……。夜になると、『あそこが暗い』『ここが怖い』と騒ぐので、家中簡易ランタンだらけの状態で……」
それは……大変ですね。
「明るくしてるから当然なんでしょうけど、眠りも浅くて……。あの、よく言うじゃないですか。眠らないと成長ホルモンが出ない、って。やっぱり無理してでも薄暗くさせて眠らせるほうがいいですか?」
いまの段階でそこまで無理させることはないと思いますよ。
事故が起こった日からの日数を考えると、ASD……急性ストレス障害と呼ばれるものだと思います。
短期間で症状がおさまるかもしれませんし……。長期間になったら医師に相談してお薬を処方してもらうのもいいかもしれません。もちろん、状態がよくなれば凛さん自身もカウンセリングを受ける、とか。
「成長に害は……」
数年に及ぶ睡眠障害なら影響も出るでしょうが、現段階ではまず、PTSDに移行することを懸念せねばならないかと。
凛さんの精神安定につながるなら、明るくしておく方がいいのではないでしょうか。あの、ネットは?
「うちは夕飯が終わったらスマホは親が管理しますので」
そうですか。ずっと見続けてしまうことが、今後別の心配につながることもありますので。
「なるほど、そういうこともありますね」
お母さんも眠れないのでは?
「そうなんです。夜にトイレにいくために廊下もトイレも電気をつけっぱなしにしているんですが、それでも怖いらしくて起こされるんです」
それは大変ですね。
「寝室は照明を落としているので、娘は入れないんですよね。だからドアを叩くんですけど、それが心臓に悪くて」
凛さんは、小さなころから暗いのが怖いんですか?
「いえ。うちは三姉妹の末っ子で……。そのせいかおおざっぱというか。神経質とは程遠い子だったんですけど」
事件後、変ったということでしょうか。
「はい。暗いと、あの子が来るって」
あの子。
「なおこちゃん」
なおこちゃん。……それは、お友達ですか?
「いいえ。娘の友人関係は把握していますけど、保育園のころからの子にも、なおこなんて名前の子はいません」
事件のことについて、家族で話題になることはありませんか?
PTSDを防ぐためにも、起こったことをたくさん話す必要があります。そうやって凛さんのなかで心の整理がつくことがありますから。
先ほど、三姉妹とおっしゃっていましたが、お姉さんたちにお話をしていたり、とかは? あるいはお父さんとか。
「ありません。うちは母子家庭ですし……。上の子たちも同じように怖がってて……。家でも目を合わさないようにしている、というか。なんなら真ん中の子は、『おばあちゃん家にしばらく行きたい』と」
それはどうして?
「呪いがうつるから、と」
呪いが、うつる。
「一番上の子も、口にはしませんが同じような感じで……。私もずっと『なおこちゃんが怖い』を聞かされるとしんどくって……。その、いま店が繁忙期なんですよ。一番上の子は中学受験を控えていますし、真ん中の子はどんどん扱いが難しくなっていて……。ひどい親だとお思いかもしれませんが、あの子にだけかかわれるほど、時間がないんですよ」
ひどいとは思いませんよ。むしろ大変だなと感じています。
「その……それに」
はい。
「………その」
……なんですか?
「…………」
ゆっくりで結構ですよ。
「先生は、笑うでしょうけど……」
笑いませんよ。大丈夫です。なんでしょう。
「そういう、専門家に相談するほうがいいんじゃないか、とか」
そういう、専門家?
「心霊とか。除霊師とか」
なるほど。凛さんだけではなく、お母さんもそんなことが?
「誰もいない部屋で足音がしたり。後ろに誰かいると思って、『凛?』って振り返ったら誰もいなかったり……。この前は、椅子が勝手に動いてて……」
そうですか。
「凛の気持ちがわかるんです」
凛さんの。
「こんな話、誰にもできないじゃないですか」
……どうしてですか?
「頭がおかしくなったと思われそうで……。かといって、凛とふたりで話をしていたら、どんどん気配が濃くなるんです」
誰の?
「なおこちゃん」
……なおこちゃん。
「あの」
はい。
「こんな話、どこですればいいんですか? どこに相談すれば?」
「あ……。あの、石島先生のところに伺ったら不在で」
ええ。いま、教頭先生と面談に入っているんですよ。予約されてる方ですか?
「いえ。仕事の昼休みを使って来たんです。……あの、先生? も、カウンセラーですか?」
そうです。ぼくは臨床心理士で、石島先生は学校心理士です。……まあ、登録先が違うだけで、専攻過程を履修して資格取得していますのでご安心ください。
「担任の先生が『不安なことがあればスクールカウンセラーに相談ください』って言ってくださったんですけど。いま、お話聞いてもらえます?」
もちろん。どうぞ。
「失礼します」
ぼくは臨床心理士の坂巻と申します。臨時でこの小学校に派遣されました。お名前をお伺いしてもよろしいですか?
「立花です。3年生の立花凛の母です」
メモをとってもよろしいですか? もちろん、「見せてください」と言われたら内容をお見せします。
「かまいません」
ありがとうございます。
今日はご自身のことですか? お子さんのことでなにか心配事が?
「娘の凛のことです。あの……もうご存じでしょうが、あの事件にかかわるひとりがうちの子なんです」
というと……。10月30日の家庭科教室で起こった?
「そうです。娘は腕の骨を折りました。仙田さんのお嬢さんもそうらしいです」
凛さん、お怪我はどうですか?
「おかげさまで、単純骨折だったようで。3週間でつくだろう、と」
そうですか。
「怪我のことじゃなくて……。その、あの日以来、ものすごく暗いところを怖がるんです」
暗いところ。夜とか、電気を消した部屋とかですか?
「そうです。昼間でも家の中に薄暗いところがあると、もう大騒ぎで……。夜になると、『あそこが暗い』『ここが怖い』と騒ぐので、家中簡易ランタンだらけの状態で……」
それは……大変ですね。
「明るくしてるから当然なんでしょうけど、眠りも浅くて……。あの、よく言うじゃないですか。眠らないと成長ホルモンが出ない、って。やっぱり無理してでも薄暗くさせて眠らせるほうがいいですか?」
いまの段階でそこまで無理させることはないと思いますよ。
事故が起こった日からの日数を考えると、ASD……急性ストレス障害と呼ばれるものだと思います。
短期間で症状がおさまるかもしれませんし……。長期間になったら医師に相談してお薬を処方してもらうのもいいかもしれません。もちろん、状態がよくなれば凛さん自身もカウンセリングを受ける、とか。
「成長に害は……」
数年に及ぶ睡眠障害なら影響も出るでしょうが、現段階ではまず、PTSDに移行することを懸念せねばならないかと。
凛さんの精神安定につながるなら、明るくしておく方がいいのではないでしょうか。あの、ネットは?
「うちは夕飯が終わったらスマホは親が管理しますので」
そうですか。ずっと見続けてしまうことが、今後別の心配につながることもありますので。
「なるほど、そういうこともありますね」
お母さんも眠れないのでは?
「そうなんです。夜にトイレにいくために廊下もトイレも電気をつけっぱなしにしているんですが、それでも怖いらしくて起こされるんです」
それは大変ですね。
「寝室は照明を落としているので、娘は入れないんですよね。だからドアを叩くんですけど、それが心臓に悪くて」
凛さんは、小さなころから暗いのが怖いんですか?
「いえ。うちは三姉妹の末っ子で……。そのせいかおおざっぱというか。神経質とは程遠い子だったんですけど」
事件後、変ったということでしょうか。
「はい。暗いと、あの子が来るって」
あの子。
「なおこちゃん」
なおこちゃん。……それは、お友達ですか?
「いいえ。娘の友人関係は把握していますけど、保育園のころからの子にも、なおこなんて名前の子はいません」
事件のことについて、家族で話題になることはありませんか?
PTSDを防ぐためにも、起こったことをたくさん話す必要があります。そうやって凛さんのなかで心の整理がつくことがありますから。
先ほど、三姉妹とおっしゃっていましたが、お姉さんたちにお話をしていたり、とかは? あるいはお父さんとか。
「ありません。うちは母子家庭ですし……。上の子たちも同じように怖がってて……。家でも目を合わさないようにしている、というか。なんなら真ん中の子は、『おばあちゃん家にしばらく行きたい』と」
それはどうして?
「呪いがうつるから、と」
呪いが、うつる。
「一番上の子も、口にはしませんが同じような感じで……。私もずっと『なおこちゃんが怖い』を聞かされるとしんどくって……。その、いま店が繁忙期なんですよ。一番上の子は中学受験を控えていますし、真ん中の子はどんどん扱いが難しくなっていて……。ひどい親だとお思いかもしれませんが、あの子にだけかかわれるほど、時間がないんですよ」
ひどいとは思いませんよ。むしろ大変だなと感じています。
「その……それに」
はい。
「………その」
……なんですか?
「…………」
ゆっくりで結構ですよ。
「先生は、笑うでしょうけど……」
笑いませんよ。大丈夫です。なんでしょう。
「そういう、専門家に相談するほうがいいんじゃないか、とか」
そういう、専門家?
「心霊とか。除霊師とか」
なるほど。凛さんだけではなく、お母さんもそんなことが?
「誰もいない部屋で足音がしたり。後ろに誰かいると思って、『凛?』って振り返ったら誰もいなかったり……。この前は、椅子が勝手に動いてて……」
そうですか。
「凛の気持ちがわかるんです」
凛さんの。
「こんな話、誰にもできないじゃないですか」
……どうしてですか?
「頭がおかしくなったと思われそうで……。かといって、凛とふたりで話をしていたら、どんどん気配が濃くなるんです」
誰の?
「なおこちゃん」
……なおこちゃん。
「あの」
はい。
「こんな話、どこですればいいんですか? どこに相談すれば?」
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