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36話 11月15日 伊勢+御子柴邸
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「涼ちゃん!!!!!」
玄関扉が開く音がした直後、リビングに突撃するように陽太がやってきた。
煮物の味見をしていた涼子は、反射的にお玉を振り上げたが、それが陽太だと認識してため息をつく。
「実家に行け、ゆうたやん」
「そもそもそんな危ない状態なのに、涼ちゃんをひとりで置いておけないよ!」
陽太はビジネスバッグを放り出し、涼子にハグをしようとしたが、「手洗い」と言われ、ハウスを命じられた犬並みに洗面所に向かった。
「ところで、なにがどうなってうちになおこちゃんが来るかもな状態になったわけ?」
タオルで手を拭きながらリビングに戻ってきた陽太が涼子に尋ねる。
涼子はタイマーセットをし、自分も手を洗いながら立花家での話をかいつまんで話した。
「だから、凛さんが『伊勢涼子のところに行け』って言ったら自動的にうちに来る」
「なんで『教頭先生のところに行け』って言えばいいって教えないのさ!」
「それはいかんでしょう」
あきれながら涼子は陽太を見るが、彼は真面目な顔をしていた。
「いいんだよ! それが管理職だよ!」
「ひどい話……」
涼子は冷蔵庫からお茶ポットを取り出し、グラスに注ぐ。ちらりと陽太を見るが、彼は無言で首を横に振るからいらないらしい。
「まぁ……。『伊勢涼子のところに行け』って言われなくても、なんかこう……。すでになおこちゃんにはつきまとわれていた可能性はあるんだけどね」
「……まさか、あのピンクTシャツの女の子?」
陽太が眉根を寄せる。
以前彼が送ってきた写メ。
そのショーケースに映りこんだ、いるはずのない女児。
それだけではない。
そもそも、涼子は小学校の駐車場で女児と出会い、会話したのだ。
「容姿といい、パンを持っていたことといい……。あれがなおこちゃんなんだろうけど」
「でも、1回目の手紙の時はつきまとわれなかったのに?」
陽太はソファのひじ掛けに腰かけ、首をかしげる。涼子はグラスを傾けながら「たぶん」と続けた。
「1回目は写真だったやん? 次は実際に手紙が届いたからなぁ」
「あ……。なるほど」
「そのあたりの違いが……」
今回の件につながったんじゃないか。
そう言おうとした涼子だったが、インターフォンの音が室内に鳴り響いて、口を閉じた。
ちらりと壁時計に視線を走らせる。19:42。こんな時間に訪問する友人は涼子にも陽太にもいない。
「ぼくはなにも買ってないけど……。君の原稿?」
宅配だろう。そう思って立ち上がる陽太を涼子は止めた。
壁に埋め込まれたインターフォンの画面ボタンを押す。ポーチの様子が画像として現れた。
「あれ?」
陽太が目をまたたかせる。涼子もまじまじと画面を見た。
誰も、いないのだ。
「いたずら? ピンポンダッシュとか?」
陽太がつぶやいたとき、またインターフォンが鳴った。
だが画面には誰も映っていない。
しゃがんで画角に映らないようにしているのだろうか。
「……確認、する?」
陽太は言うが、涼子は首を横に振った。
ぴんぽーん、と。
三度インターフォンが来訪を告げる。
「あーそーぼ」
次に聞こえてきたのは、幼い女の子の声だった。
「……誰?」
涼子が静かに尋ねる。
「あ。おばちゃん?」
途端に声に喜色が混じる。
そして。
唐突に画面に女児が映りこんだ。
相変わらず、肩の抜けそうなピンクのTシャツを着ている。
伸ばしっぱなしの髪。蓬髪にも見える前髪の間につぶらな瞳がのぞいた。
カメラにむかって手を振る。その手には、相変わらず菓子パンの入ったビニール袋が握られていた。
「あそぼ? 入れて」
「だめだよ。おうちに帰ろうね」
涼子がきっぱりと応じる。
女児はビニール袋を握ったまま、わずらわしげに前髪をのけた。
露わになった顔は本当に幼い。
少なくとも今日会った立花凛と同い年には見えない。
「なんで? あそぼ」
「もう夜だよ。君のおうちに帰りなさい」
「おうち……。お母さん、いないし」
つまらなそうに唇を尖らせ、女児はちょっと後ろを振り返る。
そして。
現れたときと同じぐらいの唐突さで、姿を消した。
「……あれが、なおこちゃん?」
呆然とした陽太の声に、涼子は顔を向けた。
「いい? 絶対に招き入れんなよ。入られたらややこしい」
「そりゃ……いれないけど」
困惑した陽太の語尾は、空気を揺るがすような音に消えた。
一瞬、地震が来たのかと思った。
どんっと、空気ごと揺さぶった音は。
立て続けに三度、発生した。
「二階……?」
陽太が天井を見上げる。
彼の言う通り。
音は二階から聞こえた。
というか、二階の窓を叩いたのだ。
無言でリビングを出て行く涼子に、陽太は慌てた。
「危ないよ、涼ちゃん!」
「よーたくんはそこにいて」
言い放ち、階段を駆け上がる。
階段にはソーラーを使った間接照明があり、それが仄暗く足元を照らしてくれる。
二階には3室ある。
ふたりの寝室。
それから陽太の荷物置き場と涼子の資料部屋だ。
まずは寝室から開け、照明をつける。
異常はない。
「りょ、りょうちゃん」
完全に腰が引けつつも、追ってきた陽太が涼子の後ろに抱き着く。
「邪魔」
「危ないって」
二人羽織状態で、次の部屋を開けようとした時。
ぴんぽーんと。
インターフォンが鳴る。
涼子は首をねじる。
背後にいる陽太と目があった。
涼子は彼の手を振り払い、階段を駆け下りる。
「あぶないって!」
陽太の声だけが追いかけてくるが、リビングに舞い戻り、画面にとりつく。
そこにはなにも映っていない。
「涼ちゃ……」
追ってきた陽太がリビングに到着するや否や、また二階でドンドンと激しく窓を打ち鳴らす音がする。
涼子が二階に駆けあがる。陽太もそのあとを追った。
寝室に入ろうとしたら、またもや階下でインターフォンが鳴った。
階段を駆け下りると、きゃきゃきゃきゃきゃ、と子ども特有の甲高い笑い声が聞こえて、真後ろで陽太が「ひぃぃぃぃ」と情けない悲鳴を上げた。
「ちょっと。帰りなって言ってるでしょ。怒るよ」
インターフォン越しに涼子は低い声で命じた。
ふ、と。
またピンクのTシャツを着た女児が映りこむ。
「あそぼ?」
「だめ」
「なんで」
「おばちゃん、忙しいの。夫のご飯を準備しなきゃだから」
「おっと?」
女児はきょとんとした顔で目をまたたかせた。
「おっと、ってなに?」
「おばちゃんと結婚した人のこと」
「あれ⁉ おばちゃん、結婚してるの⁉」
「してるよ」
「じゃあ……そこにいるの、お父さん?」
お父さん?
この女児にとって、夫=お父さんという理解なのだろうか。
確かに幼い子だと、夫婦をみたら無条件で「夫・妻」というより「お父さん、お母さん」と思うようだ。
それよりなにより。
凛の話した内容を思い出した。
『お父さんに相談すればいい』。
手紙にも「お父さん」の文字が出てきていた。
涼子は慎重に口を開いた。
「そうだよ。いまからお父さんのご飯を……」
「帰る」
言うなり、画面から女児は姿を消した。
「……え?」
涼子だけではない。
陽太も。
あっさりと引き下がり、無人のポーチを映す画面をしばらく無言で見つめていた。
玄関扉が開く音がした直後、リビングに突撃するように陽太がやってきた。
煮物の味見をしていた涼子は、反射的にお玉を振り上げたが、それが陽太だと認識してため息をつく。
「実家に行け、ゆうたやん」
「そもそもそんな危ない状態なのに、涼ちゃんをひとりで置いておけないよ!」
陽太はビジネスバッグを放り出し、涼子にハグをしようとしたが、「手洗い」と言われ、ハウスを命じられた犬並みに洗面所に向かった。
「ところで、なにがどうなってうちになおこちゃんが来るかもな状態になったわけ?」
タオルで手を拭きながらリビングに戻ってきた陽太が涼子に尋ねる。
涼子はタイマーセットをし、自分も手を洗いながら立花家での話をかいつまんで話した。
「だから、凛さんが『伊勢涼子のところに行け』って言ったら自動的にうちに来る」
「なんで『教頭先生のところに行け』って言えばいいって教えないのさ!」
「それはいかんでしょう」
あきれながら涼子は陽太を見るが、彼は真面目な顔をしていた。
「いいんだよ! それが管理職だよ!」
「ひどい話……」
涼子は冷蔵庫からお茶ポットを取り出し、グラスに注ぐ。ちらりと陽太を見るが、彼は無言で首を横に振るからいらないらしい。
「まぁ……。『伊勢涼子のところに行け』って言われなくても、なんかこう……。すでになおこちゃんにはつきまとわれていた可能性はあるんだけどね」
「……まさか、あのピンクTシャツの女の子?」
陽太が眉根を寄せる。
以前彼が送ってきた写メ。
そのショーケースに映りこんだ、いるはずのない女児。
それだけではない。
そもそも、涼子は小学校の駐車場で女児と出会い、会話したのだ。
「容姿といい、パンを持っていたことといい……。あれがなおこちゃんなんだろうけど」
「でも、1回目の手紙の時はつきまとわれなかったのに?」
陽太はソファのひじ掛けに腰かけ、首をかしげる。涼子はグラスを傾けながら「たぶん」と続けた。
「1回目は写真だったやん? 次は実際に手紙が届いたからなぁ」
「あ……。なるほど」
「そのあたりの違いが……」
今回の件につながったんじゃないか。
そう言おうとした涼子だったが、インターフォンの音が室内に鳴り響いて、口を閉じた。
ちらりと壁時計に視線を走らせる。19:42。こんな時間に訪問する友人は涼子にも陽太にもいない。
「ぼくはなにも買ってないけど……。君の原稿?」
宅配だろう。そう思って立ち上がる陽太を涼子は止めた。
壁に埋め込まれたインターフォンの画面ボタンを押す。ポーチの様子が画像として現れた。
「あれ?」
陽太が目をまたたかせる。涼子もまじまじと画面を見た。
誰も、いないのだ。
「いたずら? ピンポンダッシュとか?」
陽太がつぶやいたとき、またインターフォンが鳴った。
だが画面には誰も映っていない。
しゃがんで画角に映らないようにしているのだろうか。
「……確認、する?」
陽太は言うが、涼子は首を横に振った。
ぴんぽーん、と。
三度インターフォンが来訪を告げる。
「あーそーぼ」
次に聞こえてきたのは、幼い女の子の声だった。
「……誰?」
涼子が静かに尋ねる。
「あ。おばちゃん?」
途端に声に喜色が混じる。
そして。
唐突に画面に女児が映りこんだ。
相変わらず、肩の抜けそうなピンクのTシャツを着ている。
伸ばしっぱなしの髪。蓬髪にも見える前髪の間につぶらな瞳がのぞいた。
カメラにむかって手を振る。その手には、相変わらず菓子パンの入ったビニール袋が握られていた。
「あそぼ? 入れて」
「だめだよ。おうちに帰ろうね」
涼子がきっぱりと応じる。
女児はビニール袋を握ったまま、わずらわしげに前髪をのけた。
露わになった顔は本当に幼い。
少なくとも今日会った立花凛と同い年には見えない。
「なんで? あそぼ」
「もう夜だよ。君のおうちに帰りなさい」
「おうち……。お母さん、いないし」
つまらなそうに唇を尖らせ、女児はちょっと後ろを振り返る。
そして。
現れたときと同じぐらいの唐突さで、姿を消した。
「……あれが、なおこちゃん?」
呆然とした陽太の声に、涼子は顔を向けた。
「いい? 絶対に招き入れんなよ。入られたらややこしい」
「そりゃ……いれないけど」
困惑した陽太の語尾は、空気を揺るがすような音に消えた。
一瞬、地震が来たのかと思った。
どんっと、空気ごと揺さぶった音は。
立て続けに三度、発生した。
「二階……?」
陽太が天井を見上げる。
彼の言う通り。
音は二階から聞こえた。
というか、二階の窓を叩いたのだ。
無言でリビングを出て行く涼子に、陽太は慌てた。
「危ないよ、涼ちゃん!」
「よーたくんはそこにいて」
言い放ち、階段を駆け上がる。
階段にはソーラーを使った間接照明があり、それが仄暗く足元を照らしてくれる。
二階には3室ある。
ふたりの寝室。
それから陽太の荷物置き場と涼子の資料部屋だ。
まずは寝室から開け、照明をつける。
異常はない。
「りょ、りょうちゃん」
完全に腰が引けつつも、追ってきた陽太が涼子の後ろに抱き着く。
「邪魔」
「危ないって」
二人羽織状態で、次の部屋を開けようとした時。
ぴんぽーんと。
インターフォンが鳴る。
涼子は首をねじる。
背後にいる陽太と目があった。
涼子は彼の手を振り払い、階段を駆け下りる。
「あぶないって!」
陽太の声だけが追いかけてくるが、リビングに舞い戻り、画面にとりつく。
そこにはなにも映っていない。
「涼ちゃ……」
追ってきた陽太がリビングに到着するや否や、また二階でドンドンと激しく窓を打ち鳴らす音がする。
涼子が二階に駆けあがる。陽太もそのあとを追った。
寝室に入ろうとしたら、またもや階下でインターフォンが鳴った。
階段を駆け下りると、きゃきゃきゃきゃきゃ、と子ども特有の甲高い笑い声が聞こえて、真後ろで陽太が「ひぃぃぃぃ」と情けない悲鳴を上げた。
「ちょっと。帰りなって言ってるでしょ。怒るよ」
インターフォン越しに涼子は低い声で命じた。
ふ、と。
またピンクのTシャツを着た女児が映りこむ。
「あそぼ?」
「だめ」
「なんで」
「おばちゃん、忙しいの。夫のご飯を準備しなきゃだから」
「おっと?」
女児はきょとんとした顔で目をまたたかせた。
「おっと、ってなに?」
「おばちゃんと結婚した人のこと」
「あれ⁉ おばちゃん、結婚してるの⁉」
「してるよ」
「じゃあ……そこにいるの、お父さん?」
お父さん?
この女児にとって、夫=お父さんという理解なのだろうか。
確かに幼い子だと、夫婦をみたら無条件で「夫・妻」というより「お父さん、お母さん」と思うようだ。
それよりなにより。
凛の話した内容を思い出した。
『お父さんに相談すればいい』。
手紙にも「お父さん」の文字が出てきていた。
涼子は慎重に口を開いた。
「そうだよ。いまからお父さんのご飯を……」
「帰る」
言うなり、画面から女児は姿を消した。
「……え?」
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