神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第5章 鷹の羽の旗

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椎葉の里の入り口にある簡素な柵の向こう、赤土の道を土煙が埋め尽くしていた。
 赤松家の家紋「三つ巴」の旗が揺れている。兵数はおよそ三百。対する椎葉の防衛戦力は、農具を持った農民を含めても五十人に満たない。
「ひぃ、なんて数だ……」
「終わりだ、皆殺しにされる……」
 柵の内側で震える村人たち。指揮を執るべき村長(むらおさ)も顔面蒼白で立ちすくんでいる。
 絶望が伝染し、今にも逃亡者が出そうな空気の中、博史は柵の上の櫓(やぐら)に登った。
「落ち着け!」
 よく通る声が、パニックを切り裂いた。
 博史は現代のジャケットを脱ぎ捨て、小雪が用意した胴丸(簡易鎧)を身に着けていた。手には、完成したばかりの『鷹野式一型小銃』。
「敵は我々を烏合の衆だと思っている。だからこそ、隊列も組まずに漫然と歩いてきているんだ。これ好機と言わずして何と言う」
「で、でも先生! 相手は三百ですぞ!?」
「関係ない。戦(いくさ)は数じゃない。距離だ」
 博史は、里にあった五丁の火縄銃を持つ男たちに指示を出した。
「いいか、君たちはまだ撃つな。敵が五十歩(約30m)まで近づいたら、私の合図で一斉に撃て。それまでは、何があっても引き金を引くな」
「ご、五十歩!? そんなに引きつけたら、槍で突かれちまう!」
「大丈夫だ。その前に私が、敵の足を止める」
 博史は櫓の縁に銃を委託し、片膝をついて構えた。
 敵軍の先頭を行く騎馬武者が見える。派手な兜を被り、軍配を振っている男。この部隊の指揮官だ。
 距離は三百メートル(約二百七十歩)。
 戦国の常識では、絶対に届かない「安全圏」だ。だからこそ、指揮官は悠然と先頭を進んでいる。
(風、微風。湿度は普通。……もらった)
 博史はスコープのない照準器(アイアンサイト)を覗き込み、呼吸を整えた。
 心臓の鼓動が指先に伝わらないよう、深く、長く息を吐く。
 照星の先端が、指揮官の胸元でピタリと止まる。
 刹那、引き金を絞った。
 ズドンッ!!
 轟音が里の空気を震わせた。
 一秒にも満たない静寂の後。
 三百メートル先で、指揮官がまるで糸の切れた人形のように馬から転がり落ちた。
「……え?」
 敵兵たちの動きが止まる。何が起きたのか理解できていない。
 銃声は聞こえた。だが、こんな遠距離から? 流れ弾か?
 混乱が広がる隙を与えず、博史は素早く次弾を装填する。紙薬莢とボルトアクションではないため、まだ先込め式だが、粒状火薬とミニエー弾のおかげで装填はスムーズだ。
 二十秒後。二発目発射。
 今度は、副将格の武者の兜が吹き飛んだ。
「う、うわあああっ!? 狙撃だ! どこだ!?」
「見ろ! あの櫓だ! でも、あんな遠くから届くはずが……!」
「妖術だ! 妖術使いがいるぞぉぉ!」
 安全圏から一方的に仲間が殺される恐怖。
 それは、「突撃すれば勝てる」という兵士の士気を根底からへし折った。
 隊列が乱れ、逃げ腰になる敵兵たち。
「今だ! 撃てぇっ!!」
 博史の号令に合わせて、引きつけていた味方の火縄銃五丁が一斉に火を噴いた。
 さらに、孫六が急造した「焙烙玉(ほうろくだま)」(手投げ弾のようなもの)を、力自慢の若者たちが投げ込む。
 爆発音と黒煙。
 指揮系統を失い、未知の長距離攻撃に晒された赤松軍三百は、雪崩を打って壊走を始めた。
 勝負は、わずか数分で決したのだ。
 ***
 夕暮れ時。
 勝利に沸く里の広場で、博史は村人たちに囲まれていた。
「先生! いや、大将!」
「すげぇや! 本当に三百の兵を追い払っちまった!」
 もみくちゃにされながら、博史は安堵よりも責任の重さを感じていた。
 これは始まりに過ぎない。赤松家は必ず報復に来る。そして、いずれは「彼」――もう一人の転生者も動き出すだろう。
「皆さん、聞いてください」
 博史が声を上げると、広場が静まり返った。
 小雪が、一枚の布を持って博史の隣に立つ。それは、鮮やかな青色に染め抜かれた旗だった。
「僕たちは勝ちましたが、これで終わりではありません。乱世を生き抜くためには、強くならなければならない。知恵と、技術と、団結で」
 博史は旗を受け取り、高々と掲げた。
 青い地に、白く染め抜かれた家紋。
 『鷹の羽』。
「この旗のもと、新しい国を作りましょう。誰もが飢えず、理不尽に奪われない国を。僕はそのために、持てる知識のすべてを捧げます」
 一瞬の間の後、割れんばかりの歓声が上がった。
「鷹野様万歳! 鷹野軍万歳!」
 その光景を見ながら、小雪が博史の袖をぎゅっと掴んだ。
「……博史様。私も、どこまでもお供します」
「頼りにしているよ、小雪」
 青い旗が風にたなびく。
 それは、血で血を洗う戦国時代に、初めて掲げられた「理性」と「革新」の象徴だった。
 ここに、戦国大名・鷹野家の歴史が幕を開けたのである。
(第5章 完)
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