神隠しな戦国おたく

TAKAHARA HIROKI

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第6章 山の中の産業革命

勝利の宴から一夜明けた椎葉の里。
 二日酔いの村人たちが起き出す頃、博史はすでに鍛冶場で図面を引いていた。
 目の前には、腕組みをした孫六と、数人の若手職人候補たちが並んでいる。
「いいか、よく聞いてくれ。今日から『名刀』を打つのはやめる」
 博史の宣言に、孫六が眉をひそめた。
「あぁ? どういうことだ。大将の鉄砲を作るんじゃねぇのか?」
「鉄砲は作る。だが、孫六、あんた一人が最初から最後まで仕上げるやり方は終わりだ。これからは**『分業(ぶんぎょう)』**を行う」
 博史は一枚の紙を掲げた。そこには銃の部品がバラバラに描かれている。
 引き金、銃身、撃鉄、台座の木部。
「A班は銃身を削るだけ。B班は引き金の金具を作るだけ。C班はそれを組み立てるだけ。一人一人が一つの部品の専門家になるんだ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 職人ってのは魂込めて一丁を仕上げるもんだ! そんな半端な仕事ができるか!」
 孫六の怒鳴り声はもっともだ。この時代の職人気質に反する。
 だが、博史は冷徹に現実を突きつけた。
「魂じゃ国は守れないんだよ、孫六さん」
 博史は、戦利品として回収された赤松軍の槍を指差した。
「敵は三百人いた。次は千人で来るかもしれない。その時、名人が作った至高の一丁と、凡人が作った十丁、どっちが必要だと思う?」
 孫六が口を閉ざす。
 博史は畳み掛けるように続けた。
「それに、部品の規格(サイズ)を統一すれば、戦場で壊れても、壊れた銃同士の部品を交換して修理できる。これを**『互換性(ごかんせい)』**と言う。……俺たちは、職人の工房を『工場(ファクトリー)』に変えるんだ」
 渋々ながらも、孫六はその合理性を認めた。
 こうして、椎葉の里に日本初の「マニュファクチュア(工場制手工業)」が誕生した。
 孫六が作った「親ネジ」をガイドに、若者たちがひたすら銃身にライフリングを刻む。単純作業の繰り返しだが、生産速度は劇的に向上した。
 ***
 さらに、博史はもう一つの「武器」を作っていた。
 それは人を殺す武器ではなく、金を生む武器だ。
 里の外れ、川の下流に設けられた大釜の前で、小雪と村の女たちが鼻をつまんでいる。
「博史様……これ、本当に売れるのですか? 獣の脂の匂いがすごいですけれど」
「最初はね。でも、これにハーブや香木を混ぜれば化けるよ」
 大釜で煮込まれているのは、狩りで仕留めたイノシシの脂と、木灰から取ったアルカリ水だ。
 博史が作っているのは**『石鹸(せっけん)』**である。
 この時代、洗剤といえば「糠(ぬか)」や「灰汁(あく)」などが主流で、洗浄力は弱い。油脂を化学反応(ケン化)させた本物の石鹸は、未知のオーパーツだ。
「戦をするには火薬がいる。火薬の原料の硝石(しょうせき)は輸入頼みで、とんでもなく高い。だから、僕たちはこの『石鹸』を売って硝石を買う」
 数日後。
 博史は完成した白い固形物を、桐の箱に綺麗に並べた。商品名は**『白雪(しらゆき)』**。
 洗浄力はもちろん、殺菌効果で皮膚病も防げる高級品だ。
 噂を聞きつけて堺(さかい)からやってきた商人が、その効果を目の当たりにして腰を抜かした。
「こ、これはいったい……! 手の汚れが一瞬で落ち、肌が絹のように!?」
「一つ、金一朱でどうだ?」
「買います! あるだけ全部買います! 京の公家や姫君たちが奪い合いになりますぞ!」
 商談成立。
 莫大な金が里に入り始めた。その金で、博史は大量の硝石と鉄、そして鉛を買い付けた。
 
 経済が回り始めた。
 貧しかった寒村に、活気という名の血が通い始めたのだ。
 夕暮れ時、煙突から上がる煙を見上げながら、博史は小雪に語った。
「見てごらん、小雪さん。これが『産業革命』の煙だ。この煙がある限り、この里は負けない」
「……はい。博史様の見ている景色が、私にも少しだけ見えた気がします」
 だが、その繁栄は新たな火種も呼ぶ。
 噂は風に乗り、隣国の赤松家だけでなく、さらに強大な勢力の耳にも届こうとしていた。
 そして、北の地では「黒い悪魔」ジョン・ギャレットもまた、着々とその爪を研いでいる。
 博史の「青き鷹」の旗が、真の意味で乱世に翻るのは、まだ少し先の話である。
(第6章 完)

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