6 / 60
第6章 山の中の産業革命
しおりを挟む
勝利の宴から一夜明けた椎葉の里。
二日酔いの村人たちが起き出す頃、博史はすでに鍛冶場で図面を引いていた。
目の前には、腕組みをした孫六と、数人の若手職人候補たちが並んでいる。
「いいか、よく聞いてくれ。今日から『名刀』を打つのはやめる」
博史の宣言に、孫六が眉をひそめた。
「あぁ? どういうことだ。大将の鉄砲を作るんじゃねぇのか?」
「鉄砲は作る。だが、孫六、あんた一人が最初から最後まで仕上げるやり方は終わりだ。これからは**『分業(ぶんぎょう)』**を行う」
博史は一枚の紙を掲げた。そこには銃の部品がバラバラに描かれている。
引き金、銃身、撃鉄、台座の木部。
「A班は銃身を削るだけ。B班は引き金の金具を作るだけ。C班はそれを組み立てるだけ。一人一人が一つの部品の専門家になるんだ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 職人ってのは魂込めて一丁を仕上げるもんだ! そんな半端な仕事ができるか!」
孫六の怒鳴り声はもっともだ。この時代の職人気質に反する。
だが、博史は冷徹に現実を突きつけた。
「魂じゃ国は守れないんだよ、孫六さん」
博史は、戦利品として回収された赤松軍の槍を指差した。
「敵は三百人いた。次は千人で来るかもしれない。その時、名人が作った至高の一丁と、凡人が作った十丁、どっちが必要だと思う?」
孫六が口を閉ざす。
博史は畳み掛けるように続けた。
「それに、部品の規格(サイズ)を統一すれば、戦場で壊れても、壊れた銃同士の部品を交換して修理できる。これを**『互換性(ごかんせい)』**と言う。……俺たちは、職人の工房を『工場(ファクトリー)』に変えるんだ」
渋々ながらも、孫六はその合理性を認めた。
こうして、椎葉の里に日本初の「マニュファクチュア(工場制手工業)」が誕生した。
孫六が作った「親ネジ」をガイドに、若者たちがひたすら銃身にライフリングを刻む。単純作業の繰り返しだが、生産速度は劇的に向上した。
***
さらに、博史はもう一つの「武器」を作っていた。
それは人を殺す武器ではなく、金を生む武器だ。
里の外れ、川の下流に設けられた大釜の前で、小雪と村の女たちが鼻をつまんでいる。
「博史様……これ、本当に売れるのですか? 獣の脂の匂いがすごいですけれど」
「最初はね。でも、これにハーブや香木を混ぜれば化けるよ」
大釜で煮込まれているのは、狩りで仕留めたイノシシの脂と、木灰から取ったアルカリ水だ。
博史が作っているのは**『石鹸(せっけん)』**である。
この時代、洗剤といえば「糠(ぬか)」や「灰汁(あく)」などが主流で、洗浄力は弱い。油脂を化学反応(ケン化)させた本物の石鹸は、未知のオーパーツだ。
「戦をするには火薬がいる。火薬の原料の硝石(しょうせき)は輸入頼みで、とんでもなく高い。だから、僕たちはこの『石鹸』を売って硝石を買う」
数日後。
博史は完成した白い固形物を、桐の箱に綺麗に並べた。商品名は**『白雪(しらゆき)』**。
洗浄力はもちろん、殺菌効果で皮膚病も防げる高級品だ。
噂を聞きつけて堺(さかい)からやってきた商人が、その効果を目の当たりにして腰を抜かした。
「こ、これはいったい……! 手の汚れが一瞬で落ち、肌が絹のように!?」
「一つ、金一朱でどうだ?」
「買います! あるだけ全部買います! 京の公家や姫君たちが奪い合いになりますぞ!」
商談成立。
莫大な金が里に入り始めた。その金で、博史は大量の硝石と鉄、そして鉛を買い付けた。
経済が回り始めた。
貧しかった寒村に、活気という名の血が通い始めたのだ。
夕暮れ時、煙突から上がる煙を見上げながら、博史は小雪に語った。
「見てごらん、小雪さん。これが『産業革命』の煙だ。この煙がある限り、この里は負けない」
「……はい。博史様の見ている景色が、私にも少しだけ見えた気がします」
だが、その繁栄は新たな火種も呼ぶ。
噂は風に乗り、隣国の赤松家だけでなく、さらに強大な勢力の耳にも届こうとしていた。
そして、北の地では「黒い悪魔」ジョン・ギャレットもまた、着々とその爪を研いでいる。
博史の「青き鷹」の旗が、真の意味で乱世に翻るのは、まだ少し先の話である。
(第6章 完)
二日酔いの村人たちが起き出す頃、博史はすでに鍛冶場で図面を引いていた。
目の前には、腕組みをした孫六と、数人の若手職人候補たちが並んでいる。
「いいか、よく聞いてくれ。今日から『名刀』を打つのはやめる」
博史の宣言に、孫六が眉をひそめた。
「あぁ? どういうことだ。大将の鉄砲を作るんじゃねぇのか?」
「鉄砲は作る。だが、孫六、あんた一人が最初から最後まで仕上げるやり方は終わりだ。これからは**『分業(ぶんぎょう)』**を行う」
博史は一枚の紙を掲げた。そこには銃の部品がバラバラに描かれている。
引き金、銃身、撃鉄、台座の木部。
「A班は銃身を削るだけ。B班は引き金の金具を作るだけ。C班はそれを組み立てるだけ。一人一人が一つの部品の専門家になるんだ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 職人ってのは魂込めて一丁を仕上げるもんだ! そんな半端な仕事ができるか!」
孫六の怒鳴り声はもっともだ。この時代の職人気質に反する。
だが、博史は冷徹に現実を突きつけた。
「魂じゃ国は守れないんだよ、孫六さん」
博史は、戦利品として回収された赤松軍の槍を指差した。
「敵は三百人いた。次は千人で来るかもしれない。その時、名人が作った至高の一丁と、凡人が作った十丁、どっちが必要だと思う?」
孫六が口を閉ざす。
博史は畳み掛けるように続けた。
「それに、部品の規格(サイズ)を統一すれば、戦場で壊れても、壊れた銃同士の部品を交換して修理できる。これを**『互換性(ごかんせい)』**と言う。……俺たちは、職人の工房を『工場(ファクトリー)』に変えるんだ」
渋々ながらも、孫六はその合理性を認めた。
こうして、椎葉の里に日本初の「マニュファクチュア(工場制手工業)」が誕生した。
孫六が作った「親ネジ」をガイドに、若者たちがひたすら銃身にライフリングを刻む。単純作業の繰り返しだが、生産速度は劇的に向上した。
***
さらに、博史はもう一つの「武器」を作っていた。
それは人を殺す武器ではなく、金を生む武器だ。
里の外れ、川の下流に設けられた大釜の前で、小雪と村の女たちが鼻をつまんでいる。
「博史様……これ、本当に売れるのですか? 獣の脂の匂いがすごいですけれど」
「最初はね。でも、これにハーブや香木を混ぜれば化けるよ」
大釜で煮込まれているのは、狩りで仕留めたイノシシの脂と、木灰から取ったアルカリ水だ。
博史が作っているのは**『石鹸(せっけん)』**である。
この時代、洗剤といえば「糠(ぬか)」や「灰汁(あく)」などが主流で、洗浄力は弱い。油脂を化学反応(ケン化)させた本物の石鹸は、未知のオーパーツだ。
「戦をするには火薬がいる。火薬の原料の硝石(しょうせき)は輸入頼みで、とんでもなく高い。だから、僕たちはこの『石鹸』を売って硝石を買う」
数日後。
博史は完成した白い固形物を、桐の箱に綺麗に並べた。商品名は**『白雪(しらゆき)』**。
洗浄力はもちろん、殺菌効果で皮膚病も防げる高級品だ。
噂を聞きつけて堺(さかい)からやってきた商人が、その効果を目の当たりにして腰を抜かした。
「こ、これはいったい……! 手の汚れが一瞬で落ち、肌が絹のように!?」
「一つ、金一朱でどうだ?」
「買います! あるだけ全部買います! 京の公家や姫君たちが奪い合いになりますぞ!」
商談成立。
莫大な金が里に入り始めた。その金で、博史は大量の硝石と鉄、そして鉛を買い付けた。
経済が回り始めた。
貧しかった寒村に、活気という名の血が通い始めたのだ。
夕暮れ時、煙突から上がる煙を見上げながら、博史は小雪に語った。
「見てごらん、小雪さん。これが『産業革命』の煙だ。この煙がある限り、この里は負けない」
「……はい。博史様の見ている景色が、私にも少しだけ見えた気がします」
だが、その繁栄は新たな火種も呼ぶ。
噂は風に乗り、隣国の赤松家だけでなく、さらに強大な勢力の耳にも届こうとしていた。
そして、北の地では「黒い悪魔」ジョン・ギャレットもまた、着々とその爪を研いでいる。
博史の「青き鷹」の旗が、真の意味で乱世に翻るのは、まだ少し先の話である。
(第6章 完)
0
あなたにおすすめの小説
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる